第2話 吉谷歩は、さっちゃんの誤解を解いてみる

「――とまぁ、これが今朝の私と有住の会話」


 体育の授業中、バレーボールで同じ班になったさっちゃんと、体育館の外に設置されている手洗い場で汗を流しながら事の次第を話す。


 さっちゃんは、つい最近、私と有住の中がギクシャクしていた時に、心配してくれたうちのひとりだ。

 その心配の仕方が、「吉谷、あんたまた何して有住怒らせたの」って、私が悪いことが前提だったのが少し引っ掛かったけれど。

 まぁ、大抵の場合がそうだから仕方ないのかもしれない。


「ふぅん……」

「ま、私の勘違いだったってことよ。さっちゃんもごめんね、気を遣わせて」

「いや、私は全然いいんだけど…。因みに吉谷がいま使っているそのタオルって」

「ん?有住に借りた。あいついま試合中だし」

「……ほんと、仲良いな」

「そうかな?普通じゃないかな?」


 借りたタオルで顔を拭きながらそう答える。

 さっちゃんは、両手を組んで空を仰ぎながら、眉間に皺をつくりながら、うーんうーんと唸っている。


「吉谷って、その、犬養桜だっけ、それのどこが好きなんだっけ?」

「もうね、見た目もドンピシャ好みだし、性格もだし、あの声と喋り方も好きだなぁ。あとね配信の時に……」

「ああ、もういいから。……それでなんで気づかないかな」

「え?」


 さっちゃんは「何でもない」と言うとひらひらと手を振り、「先に戻るぞー」と体育館の中に戻ってしまった。

 それと入れ代わるように、有住が他のクラスメイト達と一緒に向かってくる。

 有住が顔を洗うのを待って、横からタオルを差し出してやる。


「ああ、ありがと」

「ん」


 有住との関係性も、元通りだ。

「今日さ、ずっと周りの子達から今朝の私達の会話のことからかわれるんだけど」

 タオルで顔や首回りを拭きながら、有住がうんざりしたように言う。


「あー、ごめんねほんと」

「いや、いいんだけどさ。元は私の言動が誤解を招いたんだし。でも、まさか犬養桜に負けるとはね」


 ぷはっと堪えきれない様子で笑い出す有住は、なんだか嬉しそうだ。

「そうだねー。私はさくたん一筋だから」

「中の人も含めて?」

「中の人なんていない…って前は言ったけど、そうだね。私が好きなのはVtuberの犬養桜だから、中の人も含めて全部好きかな。って、なんでそこで距離をとるの?」


 話しているうちに、徐々に有住が遠ざかっていくことに気がついた。

 笑顔を顔に貼り付けたまま、近づくな、というオーラを感じる。

 じりじりとすり足で私から離れていこうとするから、追いかけて捕まえる。


 やっぱり有住はさくたんのことがあまり好きではないのかもしれない。私がさくたんの話をするたび、顔が固まったり話を遮ったりするからだ。

 他の話の時には、そんなことないのに。

 うーん。


「大丈夫だ。有住も黙って動かないでいれば、そこそこ美人だから」

「中身が残念みたいな言い方やめろ。あと、誰が犬養桜のように美人やねん」

「そこまで褒めてないしお前とさくたんは似ても似つかないから調子にのんな」

「なんだと、表へ出ろ」

「もう既にここ外なんだよな」


「……お前ら、いい加減さっさと戻ってこいっ!!」


 ビリビリとした気迫のある声に気圧されて体育館の入り口を見ると、体育の先生が鬼の形相でこちらを見ている。見渡すと、辺りに他の生徒の姿はなくて、皆、体育館の中で私達を待っているようだった。


 えっ、周りの子達も声くらい掛けてくれても良いのでは?


 ああ、もうまた皆に何か言われる…。

 有住も同じ考えのようで、お互いにげんなりしながら、お前のせいだぞ、あんたのせいでしょと小競り合いをしながら体育館に戻った。

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