第6話 犬養桜は、これからも配信する

 「おはよ」

 「……はよ」


 配信から一夜明け、吉谷の様子を伺う。

 昨日までの行動で、私が吉谷に怒っているのはきっと本人も気づいていて、戸惑っているのは感じていた。

 おはよう、と言って返ってくる言葉に力が無いのもそのせいだろうか。


 「今日は眠そうじゃないね」

 「うん……、まあ、昨日は寝たからね」


 それを聞いて、お?これは、昨日の配信のお陰か?と、さくたん効果を少し期待する。

 「へぇ……、珍しいね、なにかあったの?」

 「うん……、まぁ……その……あのさ……」


 うんうん、効いてる効いてる。

 やっぱ配信で言ったかいがあったか……と、思っていたら。


 「有住……最近私がちゃんとしてないから怒ってたんでしょ……?」


 「へ……?」

 予想外の返答に、思わず間抜けな声が出る。


 こいつは何を言ってるんだ?

 吉谷は言いづらそうに私から目を逸らし、手指を弄んでいる。

 何だか気まずそうだ。


 私も、ちょっと気まずい。


 気まずいけれど、何か話さないことには始まらない。

 まあ、怒っていたのは事実だし。ここは正直に肯定しておく。


 「あー、気づいてたんだ?」

 「気づくよ。休み時間も起こしに来てくれないし、話してくれないし、……帰る時、声も掛けてくれない、し……」

 「朝っぱらからなに泣いてんの」

 「泣いてないよ!」


 だんだん涙声になってきたくせによく言うよ。

 そういう私も、吉谷の言葉に少し鼻の奥がツンとなるのを堪えるので精いっぱいだった。


 思えば私自身、高校に入るまでほぼ友達がいなかったから、こういう、気持ちを剥き出しにした素のやり取りをするのって、初めてかもしれない。

 なんでこいつは。


「昨日ってさくたんの配信観てないの?」

「うん、有住のことばっか考えてて、昨日はスマホ自体あんまり見てない」


 いま結構、私、恥ずかしいこと言われてないか。


 吉谷は、いつもそうだ。

 目の前のことに一直線で、直情的で、でもだからこそ、嘘がない。

 吉谷の言葉は、いつもストンと私に入ってくる。

 私は、この子のこういうところが気に入って友達になったんだった。


「何か言ってよ。有住」

「だから泣くなって」


 泣いてないんだってば、と言ってジト目で私を睨む吉谷の鼻も目も赤くなっており、もはや泣いているといっても過言ではないのだけれど……。

 ああこれ、周りから見たらどう思われるんだろう。


 周囲から聞こえるクラスメイトの雑談に耳を凝らそうとするも、そんな器用なことはできないので、すぐ諦めた。

 それでじっと吉谷のことを見ていると、相手もこちらを見るもんだから暫く見つめ合うかたちになり、今度は同じ女子グループのさっちゃんから「おはよ。朝からふたりして何してんの?仲直り?」と突っ込まれた。


 さっちゃんもやっぱり、私と吉谷がギクシャクしていることに気がついていたらしい。

 その上で、これまで何も言わず見守ってくれていたのだ。

 いまの私は、友達に恵まれていると思う。


 ……これ、配信で言いたいな。「今の私はぼっちじゃないんだぞ!!」って。

 コメント欄、どうなるかな。


 「私、吉谷のこと、やっぱ好きだな」


 自然と口からそう漏れて、自分でも分かるくらいに、へらっと笑ってしまう。

 何だか少しかっこ悪い気もするけど。いまの正直な気持ちだ。

 勿論、さっちゃんもその他のみんなも好きだ。

 そこまで言うのは、流石にちょっと恥ずかしいから言わないけど。

 吉谷だけじゃなく、私は私と関わってくれているみんなのことが好きだ。


 と、そこまで考えたところで、目の前にいる吉谷と隣に立っているさっちゃんが固まっていることに気づいた。

 吉谷に至っては、いつもなら売り言葉に買い言葉で小競り合いをしているから、即座に「キモッ」と返ってくると思っていたんだけれど。


 ……顔を真っ赤にして固まっている。

「有住って本当に天然だよねぇ、まあ、いいと思うよ」

 さっちゃんが私の頭を柔らかい動作でぽん、と撫でて、もうすぐ先生来るよ、とだけ言って席を離れる。


「え?え?」

「……」

 私と吉谷だけがその場に取り残される。

 何だろう、いまのは。


「あ、取り合えず、何か変な態度とっちゃってごめんね。もう大丈夫だから。でも心配になるから、吉谷も睡眠時間を削ってまでのさくたんは、ほどほどにしなよ?」


 そう告げると同時に先生が教室に入ってきたので、「じゃ、席に戻るね」と言い残し私も立ち上がる。

「……ん」


 吉谷は、何かそういう人形のように首を上下にコクコクと動かし、無言で同意を示す。

 急に喋れなくなったな、こいつ。


 何はともあれ、最近の私の悩みはこれでひと段落したということだ。

 これでまた配信に集中できる。

「よーし、解決解決」


 座席に着いて、大きく伸びをする。

 今日はどんな授業でも頑張れそうだ。

 犬養桜、これからも配信と勉強、頑張ります。




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『推しのVTuberに恋をした』第1章はこれで終わりです。


また次回から第2部を始めようと思います。

応援してくださる方が少しずつ増えてきて、とても励みになっています。

本当に本当にありがとうございます!(><)


拙い文章ですが、これからも宜しくお願い致します。

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