第5話 有住愛花は、犬養桜として視聴者に向き合ってみた
――多分、こういうところが真面目だって言われるんだろうな。
「ハッ、ハッ、ハッ」
数日前と比べると若干ひんやりとした空気で、肺が満たされる。
この間までは少しランニングするだけで全身に汗がふき出していたのに、今日はじんわりと皮膚の下から染み出てくる汗の感覚があるだけだ。
それも、信号待ちで少し立ち止まるだけで、ひっこんでしまうような。
透き通った青と橙が入り混じった夕暮れの空を見上げながら、もう秋なんだなぁと気づく。
見上げて一番最初に目に入るのは、夕方の空ではなく、街中に張り巡らされた電線だ。
満点の星空を見るよりも、私にとってはこちらの方が見慣れていて落ち着いた。
吉谷を見ていて、やっぱりこのままではいられないと思った。
本人とはまた話すとして、配信者として私に何ができるか。
視聴者である吉谷と、それと似たような境遇の視聴者の皆に何ができるか。
我ながらいちいち真面目に考えていると思う。
ひとっ走りしてシャワーを浴びたら、今夜は21時から1時間だけの雑談配信のスタートだ。
『はーい皆さんこんばんは!心は狼、見た目は子犬。真面目な狂犬、犬養桜です。本日は雑談配信ということで、皆さんから来ているコメントやお便りを元に、最近の近況などお話していこうかと思います』
……毎度の事ながら、このキャッチフレーズには違和感しかない。
断じて断っておくけれど、このキャッチフレーズを作ったのは私じゃない。
運営側が勝手に作ったのだ。
私はそれを言わされているだけだ。
何が “心は狼、見た目は子犬。真面目な狂犬” だ。
犬なのか狼なのか、子犬なのか狂犬なのかどっちかにしろ。
けどまぁ、絵師さんがデザインしてくれた犬養桜の見た目は結構、気に入ってるんだけど。
犬耳に、ブルー系の薄花桜をベースにした基本カラーと可愛い衣装。
それが犬養桜だ。
描き起こされたデザインを初めて見た時は、私はこれからこの子になるんだ、ってわくわくしたっけ。
そのわくわくは、今でもずっと、続いている。
雑談配信は、コメント欄や事前に募集していたお便りとの会話だ。時間も限られているのでどんどん捌いていく。
今日の最初のお便りは、小学生からのお便りを選んだ。
『はい、それじゃあ最初のお便りね。今日はなんと!小学生からのお便りだよ。えーと、何々?“さくたんは小学生の頃どんなことをして遊んでいましたか”だって』
『うーんとね、昔は私、友達がひとりもいなかったから、ずーーっと家で親のパソコン触って遊んでた』
途端にコメント欄に「草」や「かわいそう」のコメントが流れ始める。
みんなこんな時だけコメント入力が速くなるんだよなぁ。失礼な奴らめ。
『結果、そこそこパソコンに詳しくなったからよかったけど。でも、そういえば小学校とかの給食の後って長い休み時間なかった?そういう時もずっとひとりだったから、本を読むか黒板を何十分もぼーーーーーっと見てたかも。地獄ですね』
「まじかww」「ぼっちじゃん」「俺も!」「ワロタww」とコメントが流れていく。
なんだかいま、ゴリゴリ身を削っている気がする。
ていうか、コメントの流れ速いな。
そんなこんなで、ひとつひとつのコメントやお便りに答えていくと、あっという間に時間は流れていく。
時計を見ると、もうすぐ1時間が経とうとしていた。
そろそろ配信終了の時間だ。
よし、言うか。
『あ、そういえばね。たまに視聴者さんに、夜中までずーっと私の配信を漁って観てるよ、って人がいるんだけど。ありがとう。でもね、学生さんや昼のお仕事している人は、夜はしっかり寝ること!!夜更かししてもいいことありません!私は大体、22時過ぎには寝てるからね』
吉谷、聴いてるか。
お前に言ってるんだぞ。お前に。
『本来私からは視聴者さんの姿って見えないし、生活スタイルも年齢も違うから、こうだ!って押し付けることはできないんだけどね。でも私から見てもたまに心配になる人っているんだ。配信を観るのは用法容量を守ってくださいね!でも、いつも観てくれているのはとっても嬉しいよ。みんながいるから頑張れるからさ。以上!今日の配信はここまで!今後もゲーム配信や雑談配信、歌ってみたの公開をしていきますので、よければチャンネル登録をお願いします。それではまた~さよならだワン~』
配信を切ると、椅子に深く座り直してふぅー、と長めに息を吐く。心地よい気だるさが体を包み込む。
今日も配信は楽しかったけれど、終始考えてしまうのはあいつのことで。
「疲れたぁ」
吉谷、ちゃんと聴いたかなぁ。
私の言葉、届いたかなぁ。
まぁ、そう簡単に人の習慣って変わらないと思うけど。
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