第4話 有住愛花は、真面目に考えてみた


「――って、ことがあってさ」


 帰宅すると、スマホの通知が光っていた。

 見ると、配信者の同期からのメッセージで。

 「さくちゃんいまヒマ~?お話しましょ~」というだけのメッセージだったが、なんだ吉谷のことでもやもやしていたこともあり、 即座に通話ボタンを押したのだ。


「なるほど、それで桜はイラッとしたわけだ。真面目だねぇー」

「真面目かなぁ」


 まじめまじめ、流石マジレッサーだよ、と電話の向こうで頷いている気配がする。

「それって相手のことを真面目に考えてるからだと思うのよねぇ。心配なんでしょう?その友達のことが」

「うん…」


 確かに心配だ。

 このままだと授業にもついていけなくなるし、最悪、学校にも来なくなるかもしれない。


 吉谷は、そんなに要領が良くないのだ。

 折角出来た気の置けない友達を、簡単に失いたくなかった。

 しかも、その理由が私の配信だなんて辛すぎる。


「人によって考え方も価値観も違うものねぇ」

「うん……」

「私も自分のライブ配信で、いつも頑張って投げ銭額を多く投げてくれる人がいるんだけど、無理はしないで欲しい、って言ってるなぁ。その人の経済状況は私も分からないから、嬉しいけど心配になるのよ~。ていうかどれだけ尽くしてくれたのか、どれだけ配信やSNSを見てくれたのか、っていうバロメーターで視聴者のこと区別して見ているわけじゃないしね」

「うん……」


 画面の向こうの視聴者が吉谷のように学生の可能性だってある。

 視聴者の個別事情なんて、いちいち考えていたらキリがない。

 割り切ればいいのに、と自分でも思う。


 でも、吉谷は画面の向こうの視聴者じゃないのだ。

 実際に、私の傍にいるのだ。

 同じ教室で、同じグループで、いつも黙っていれば可愛いのに、アホヅラでさくたんさくたん、と話しているあいつが、どうしても放っておけなかった。


「その友達も、投げ銭するためにバイト始めたって言ってた」

「あ~嬉しいけど、学校だけでそんな状態なんだったら、ちょっと心配になるね」


 配信でそれとなく注意するのもいいと思うよ、でもあんまり重たい話にしないように気を付けてね、と同期からの言葉に、ありがと、考えてみる、と返した。



 翌日、学校に行くと、机の上が凄いことになっていた。

 私がいつも飲んでいる紙パックのジュースやパンが、盛大に、山盛りに積まれていたのだ。


 ちょっとびびった。

 これが机への誹謗中傷の落書きや、花瓶とかが置かれていたのならショックだけれど、どうやらこのラインナップからすると敵意は感じられない。


 こんなことをする奴は、と。

 だいたいひとりしかいないのでそちらの方に目を向けると、ちらちらとこちらの様子を伺う吉谷と目が合った。


 目が合った瞬間、バッと効果音がつけられそうな勢いで顔を背けられる。

 頬杖をつきながら、「私は何にも関係ありませんよ」というような顔で明後日の方向を見ている。


 いや、いま目があったやろがい。

 うーん、でもこれ、どうするか。


 よく見ると、脇に手提げ袋も一緒に置いてある。吉谷にしては殊勝な気遣いが感じられた。

 そこまでするなら、直接手渡しか名前付きのメモでも書いておけとも思った。何も言わずこんなに食料が置かれていると、正直声も掛けにくい。


 が、もう置いた犯人はほぼ態度で分かっているから良しとする。

 取り敢えずお昼時間に声を掛けることにして、大量の食糧を袋に詰め直した。


 今日の吉谷は、いつもと少し様子が違っていた。

 私は朝の挨拶もしなかったし、昨日同様、朝のホームルーム前の声掛けも、休み時間の度にわざわざ起こしに行くこともしなかった。


 こう考えると、結構私は、普段から吉谷に構っていたんだなとしみじみ思う。

 当の本人は、眠そうだが身体は机の上に倒れることなく、ちゃんと椅子に座っていた。

 授業中はかなり眠そうで、頭が前後左右に小刻みに揺れ、白目を向いていたけれど。


 涎が垂れていないだけマシか。

 兎に角、なんだか頑張っている気がしたのだ。私の思い過ごしかもしれないけれど。


 昼食時になり、皆で机を囲んでいると、同じグループのさっちゃんが「今日の朝、吉谷が大きいコンビニの袋両手に抱えて教室に入って来てさぁ。いきなり有住の机の上で中身を全部ひっくり返して並べだしたんだよ。一体、何が始まるんだって思ったよ」と早速暴露してくれた。


 目の前にいる本人は「い、言わないで……」と焦っているが、そりゃそんな光景を見ると誰だってびびる。あと、周囲に口止めしていないツメの甘さが、やっぱり吉谷だと思う。


 さっちゃんだけではなく、遠巻きに見ていたクラスの皆も大層驚いたことだろう。

 因みに私が今日食べているウインナーパンは、その大量の食糧の中から適当に選んだものだった。


「ありがと」

 吉谷の方を見て言ってみる。

 二日間話していないだけで、久しぶりの交流のように思えた。

「うん…」

 しょぼくれた声が返ってくる。


 この間の寝姿は猫みたいだったのに、今度は飼い主に叱られた犬みたいだ。

 しゅんと垂れ下がる犬耳が見えそうで、じっと目を凝らしてみる。

 猫になったり犬になったり忙しい奴。まぁ、犬も猫も結構好きだし、それに。


「結局可愛いけど」

「「「え?」」」

 しまった。最後だけ声に出てたか。


 吉谷が若干頬を赤らめて、照れたように口元を抑える。

 誤解させちゃったかも。これはフォローしないと駄目か。


「いや、あの、吉谷見てたらなんか可愛いなって、思っ…て…さ?」

 犬や猫みたいで、というのはあまりにも失礼かもしれないと思って省いた。

 でも何となく皆の様子と俯いてしまった吉谷の反応を見たら、フォローは失敗だったみたいだ。

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