第3話 吉谷歩は、救いようのないおばかさんなのである
で、これだ。
翌朝学校に着けば、早くも机に突っ伏して寝ている吉谷と遭遇した。
前足の間に顔を埋めて眠る猫よろしく、完全に眠る体勢だ。
昨日は何の配信もしていないから、最近始めたというアルバイトだったのだろうか。そういえば、一体何のアルバイトを始めたんだろう。今度ちゃんと聞いてみよう。
取り敢えず具合が悪い場合も考えて、どうしたの、体調悪い?と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「昨日、さくたんの動画の切り抜きとファンイラスト見始めたら止まらなくなっちゃって、気が付いたら深夜を超えてました」
「……」
呆れて物も言えないとはこのことか。
身体を起こすのもダルいとばかりに、顔も上げずにくぐもった声が聞こえてくる。
あーあ、こいつもちゃんとしていればそこそこ顔は可愛いのに。
「有住、それ聞こえてるからな」
思わず口から出ていたらしい。
舟を漕ぎながらも、私の声は届いている、と。
なんでそれで私と犬養の声が同じだと気づかないんだ。
こいつ本当に私のことが好きなのか?
そこまで考えてハッとする。
いやいやいやいや、別に吉谷が好きなのは犬養桜であって私じゃないから。声と見た目がああだから、きっと好きなんだもんな。現実と作り物の区別がつかなかったら、それこそあれだ、イタいもんな。
危ない危ない。
まあ、それはそれとして。
重症である。
私自身は、未成年という事もあって配信は22時までにしているから、その後はすぐに寝ている。
そもそも生活習慣がぐちゃぐちゃだと、学校と配信者の二重生活自体が大変なので耐えられるはずがない。
こちとら、配信がない日はジョギングまでして体力づくりに勤しんでいるのだ。
それなのに、こいつは何でこうも夜更かしさんなのか。
教室を見渡すと、まだ吉谷の前の席に座る子は来ていない。
少し座席を借りて吉谷の前に腰かける。
振り向き吉谷の机に頬杖をついて、まだ眠そうにしている彼女に、「バイトと学校の両立だけでも大変なのにさ、せめてさくたんの配信観る時間は何時までって決めたらどう?」と、親切心から言ってやった。
なのに、こいつは。
「ん……有住には、分かんないよ」
両腕に顔を埋めたまま、またもくぐもった声だけが聞こえてくる。
お、何だかご機嫌斜めか?
「分かんないって、何が」
「昨日親にも同じ事言われた。いい加減、そんなの観てないで勉強しろって。でも、さくたんは私の心のオアシスなんだよ。さくたんの配信や切り抜きを観始めると、 どうしても止められないんだもん……」
一見するとかなり私のファンになっているようでありがたいのだが、要するに楽しいことだけ優先して、他を蔑ろにしているだけのクズである。
しかもその理由に犬養桜を使ってるって、なんだか、それって。
面白くない。
付き合ってらんないや。
ちょうど、私が占領していた席の子が登校し、教室に入ってきた。目があったので、「ごめんね」と目配せをしてスッと静かに立ち上がる。
そろそろ朝のホームルームが始まる。
いつもならこのタイミングで吉谷を起こして席に戻るけど、今日はそれをしなかった。
1時間目も、その次の時間も、私がその日、吉谷を起こすことはなかった。
放課後、帰り支度をしている時に吉谷の視線を感じたけれど、気づかない振りをしてさっさと教室を後にした。
このクラスで友達になってから、吉谷と話さずに帰るのは初めてのことだった。
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