よっつ

 その夜、おばあちゃんの家には大勢の人がやってきた。

 僕は布団で寝かせられていたが、閉め切られた襖の向こうからは、村の人たちがざわついている気配がひしひしと伝わってきた。


 ———あんむこう———いったんなら————


 ————ちが————すいなら————やろうが————


 ———なんいよるか——きしもが——てなさまが———がなかろうが————


 ————で——ふだがねえなら————さまも————


 ———あんこは————なら———ななつがみの————


 ————つく——みち————れるわけが————


 ———どっちに————ふだ———おさめんかったら————


 ————なら———ていってもらうしか————


 ———なんを———なこと————あんこはおやから————


 ———ここんおるよりは———ずれ————よばれ————


 ————とおれんうちに————るしか————


 そんな大人たちのひそひそ声を聴いている内に、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。目覚めると朝になっていて、僕は布団の中でおばあちゃんに抱かれていた。

「大丈夫やからなあ、大丈夫やからなあ」

 おばあちゃんはそう繰り返すと、起きていつものように朝ご飯を作った。僕は不思議に思ったが、昨日のことは訊かないことにして、黙々と朝ご飯を食べた。

 その日は家から出ることなく、一日を過ごした。外に行くのが怖かったからだ。おばあちゃんも、なぜか一日中家の中にいた。いつもと違って、僕が見つめても顔をくしゃくしゃにせず、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。




 次の日、家に叔父さんが訪ねてきた。なぜか車は、僕を乗せてきた時のものと違っていた。

 叔父さんは家に上がり、おばあちゃんと、何人かの村の人たちとしばらく話し込んでいた。僕はその間、玄関先で地面に列を成す蟻を眺めていた。

 やがて、話し合いが終わったのか、僕はおばあちゃんに呼ばれた。村の人たちは入れ違いで帰っていった。なぜか、みんな妙に余所余所しかった。

 家の中に入ると、叔父さんが、

「帰るぞ」

 と、僕の手を取った。僕は思わずその手を払い、おばあちゃんに抱き着いた。

 おばあちゃんはそんな僕を優しく抱きしめると、

「ごめんなあ、ごめんなあ、ばあちゃんが見とらんばっかりになあ」

 と、泣き出した。僕も泣いた。

 叔父さんはしばらく待ってくれていたが、やがてしびれを切らし、僕の手を引いて車に乗せた。僕は車が走り出しても、窓からずっとおばあちゃんを見つめていた。おばあちゃんも、車の中の僕をずっと見つめていた。車が村の外から出ても、僕はずっと後ろを向いたまま泣いていた。

 その内、いつの間にか眠っていて、気が付くと車はアパートの駐車場に停まっていた。叔父さんに促されて車を降り、部屋の扉を開けると、中には誰もおらず、父と母は帰ってきていない様子だった。

 そのまま出て行こうとする叔父さんを呼び止め、僕は、

「おばあちゃんの家はどこにあるの?」

 と、訊いた。叔父さんは伏し目がちに黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……つくてな村だ」

 それだけ言うと、叔父さんは僕を憐れむように見つめて、アパートから去っていった。僕はその背中に何度も、

「待って、置いて行かないで」

 と、言ったが、叔父さんは一度も振り向くことはなかった。

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