溺れたがり。

萩原稀有

溺れたがり。

 なんとなく。

 疲れた、って思うことはある。


 何が、って言われると、実はあんまり思い浮かばない。

 だけど、疲れたな、って思いだけは、砕けた鎖の欠片みたいに、胸の真ん中に引っかかってる。


 嫌なことは、ある。

 変えたいなってことも、ある。


 でも、きっと。

 どうにかなるのに、どうにもしてないだけ。


 それを知っているから、なんだか自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 ううん、ほんとに馬鹿なのかな。


 元を辿れば、気にするまでもないような些細なこと。

 半分ぐらいは、自分のせいだったりもするぐらい。


 でもなんだか、解決出来ない苦悩の海って、溺れたくなるじゃない。


 溺れている間は、泳がなくても許されそうで。


 泳げるのに泳がないで、溺れないかなって思うだけ。

 時には自分から、潜水してみちゃったりして。

 人間の浮力は、だいたいいちなのにね。 確か、だけど。


 まぁ、自分の海に溺れられないのは、なんとなく知ってた。

 如何せん、浅瀬が過ぎるもので。

 潜ろうとするのも、滑稽だよね。いやになっちゃう。


 だったら次は、他人の海に行ってみたくなるものじゃない。


 そしたらびっくり。

 割と深いのよね。

 海の持ち主達、気付いてなかったりするんだけど。


 嬉しくなっちゃって、海岸から飛び込んでみたりして。

 そしたらやっぱり、上がってこれない。 波も強かったり。

 海の持ち主と、二人きり。波に揉まれて、海水を呑んで。

 なんだか特別な気分。

 たのしいな。


 自分の海に帰ってきて、浜から海を眺めてみる。

 海なんて言えないような、浅瀬を眺めて気付いてみる。


 何してたんだろうね。


 溺れたいのは、泳ぎたくない言い訳。

 だったら、まだ良かったんだけど。


 かっこいい、って思っちゃう。

 溺れている人って。


 なんだか、「とくべつ」みたいで。


 だから、溺れてみたかった。

 溺れて、波に呑まれて、身動き取れなくなってみたかった。


 自分の海じゃ出来なかったから、他人の海に入ってまで。

 タダ入りなんてさせてもらえるわけないから、泳ぎ方を教えてあげるって言ってみたり。

 まぁ、入ったら泳げないことなんて、知ってるんだけどね。


 で、散々溺れて、たのしんで。

 適当に一般的な泳ぎ方を教えて、はい終わり。

 ほんとに泳げるのか、見せてみたことなんてないよ。

 他人の海で泳げるのは、海の持ち主だけだから。



 それなのに、貴女達はいつも、「ありがとう」って笑うの。


「泳げる気がする」って、笑うの。


 当たり前じゃない。 そういう気にさせてあげないと、入れてくれないでしょう。

 また貴女の海が荒れた時には、一緒に入ってみたいんだから。

 どうせなら、誘われてみちゃったりしないかなって、思うんだから。



 そこまでしても私は、溺れたいから。


 そうしたら少し、「とくべつ」になれた気がするから。



 貴女達の横に立っていても、いいのかなって思えるから。




 だからきっといつまでも、私の海は浅瀬のまま。



 *


 私が消えても貴女達、今と同じように笑えてたよ。

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