第3話

「ううううう・・・・・・」

智也は自室のベッドにうつ伏せ,うめき声をあげていた。原因はほかならぬ,アルバイトである。

(レジバイト,そうはいってもなあぁ)

考えれば考えるほど,前回のバイト先を思い出しトラウマになる。あれからしばらくの時を経て,前ほどは感情があれることは無かったものの,バイトのことを考えるといつも心臓が痛くなってしまう。


「智也はレジバイトするんね?」

いつものように学校で昼食をとっていた時,那須が思い出したように言った。

「うーむ,まだ迷ってる段階なんだけどね」

智也は手に持っていたコンビニおにぎりのかけらを口に放り込み応える。那須が口をもごもごさせつつ,ふおん,と返事をして飲み込む。

「坂本君,どんなレジに行きたいの?」

「どんなって?」

たとえば,と池田が自身のタブレット端末を取り出し何か操作をしつつ話す。

「レジバイトの中にも,いろんな店があったりレジ機が自動精算型だったり」

池田のタブレットには,いくつかのレジ機が表示されている。

「たとえばこれが自動精算型。うちのレジもこれなんだけど、店員が商品を売ってお金入れたら、自動でお釣りが出てくる。これはコンビニとかで多いけど、店員がお釣りを逐一取るやつ。」

なるほど。今まで意識することが無かったが、種類によって楽かどうかも決まってくるのかも。智也は考えた。

「まあ慣れたらどれも同じなんだろうけど。あとは店によっても負担が違うんじゃないかなー」

池田はそう続けた。

「バイトよりも今は遊びや!俺はしばらく遊ぶ!ってことで遊ぼうや!」

昼を食べ終えたのか、那須が立ち上がり背伸びをしつつ話す。

「そんな悩むことも無いと思うよ、坂本くん。心配なら一回見学に行ったりするといいかもね」

池田はそう言って、カバンにタブレットを直した。

そんなもんかね、といいつつ、智也は昼食の後片付けをしたのだった。



大学での講義が終わり、智也は友人と別れを告げ家に帰宅した。自宅は大学から自転車で30分程度の距離にある。買い食いでもして帰りたい気分だが、あいにく持ち合わせが無い。

(バイトもしてればお金もあるんだろうが……)

大学に入ってからお小遣いがストップしてしまった智也は、しみじみ思うのだった。



「ただいま」

帰り着いたのは18時を少し回ったころだ。

「おかえりなさい」

家の奥から声がする。母の声だ。

最近仕事の関係で夜遅くなることが多かったが、今日は珍しくいるようだ。いつもは早く帰る父が料理をするが、今日は母がしているらしい。続けて妹の声もする。

父親は2階で洗濯物を畳んでいる。久しぶりに4人で夕食を取ることになる。


夕食時、母が最寄りのスーパーの話をしていた。今日仕事帰りに寄ったスーパーらしい。

「そういえば、そこのスーパー求人募集してたわよ」

智也を向きつつ話す。

「あんた、スーパーとかどう?」

偶然ながら、そう持ちかけられた。どうしようか、悩んでいるところなのだが。

「今考えてるとこー」

「いつもそんなこといってー」

妹が茶々を入れるも、それを父が制す。

売り言葉に買い言葉、智也はうっかり、そこでバイトする!と言いかけたが、冷静になる。即決はあやうい。結局智也は曖昧な返事で済ませた。

母はさらに掘りこもうとしたところだが、この話題は一旦切り別の話題に移す。

「それにしても、今日は仕事が早く終わってねー……」そこから母の仕事の愚痴が始まるのだった。




後日、休日の土曜日を利用し市内の中心駅に来た智也は、母から聞いていたスーパーの系列店を見学に来ていた。

最寄りのスーパーにしなかったのは、単純に母の提案に乗るのが少し嫌だったからだ。

駅内のスーパーは休日の昼間ということもあり、それなりに忙しそうだった。大概の客は惣菜など持って並び、レジに立つ店員は忙しなくレジ打ちをしている。

よく見ると少し年増の女性が多いようだ。よくある光景である。その間に男性がちらほら見える。

しばし見た後、智也はここにバイトを申し込むことに決めた。特に何がよかったわけでは無いが、特段悪い、めんどくさそうな点も見つからなかったからである。

引っ越しに比べれば、と思いつつネットから面接を申し込んだ。


次の土曜日。

開店前の店の裏方で、智也は面接を受けていた。相手は店長らしい。女性の店長だった。

声は優しいが、言葉の節々に厳しそうな性格が滲み出ており、智也は背筋が伸びる思いだった。

とはいえ、面接とは名ばかりのもので、実質はバイト内容の説明であった。意外とあっさり終わった後、彼は駅にあったうどん屋で少し早めのお昼を取って帰宅した。



そして次の日、スーパーから採用の連絡が来たことで、いよいよ智也はレジバイトを開始することとなる。季節は春から夏へ、雨で塞がれる憂鬱な時期へと変わっていくのと対照に、彼の心は晴れ渡っていた。


これから始まるレジバイト生活に向けて、改めて気を引き締める智也であった。




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レジバイト男子 眠たいマン @nemutai-man

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