第2話

引っ越し業者バイトを辞めて一か月弱。

アルバイトという存在に対しての恐怖心がいまだ拭えずにいた智也は大学に入学し,一週間がたっていた。

なんとなく過ごしていると友達ができた。話は合いにくいが合わせてくれるタイプの人間だ。そのような大学生ありがちのつながりをいくつか作りつつ,これから訪れるであろうキャンパスライフにわずかながらも胸を躍らせていた。


さて,入学はした。友人もできた。なんやかんやで部活にも入った。

大学生,残すは例のアレである。智也は深く考えに浸っていた。


前回,バイトを辞めてから姉から謝罪と焦ることはないとの話があった。

そんなもの,とっくに智也は理解していた。バイト選びの重要さは自らを持って痛いほどに知っている。へたに選んでしまえばまた辛く苦しい思いをすることになる。


恐怖はぬぐえぬまま,あっという間に一か月がたった。



「いい加減働いたらどう?」

今度は智也の妹からだった。

少し年の離れた彼の妹は,最近中学になりやたらと生意気になった。昔は智也の後をどこでもついてくるような可愛げのある妹だったのに。

「お前には関係ない話だよ」

智也は軽くあしらう。

「このまま働かないつもり?」

「そんなことはないけど,,」

「ならなんで働かないのよ」

「そらお前,,」

恐怖心があるから,と言おうとして彼は一旦口をつぐんだ。

バイトを辞めた理由に関しては,父にしか言っていない。父は寡黙で,秘密を漏らすような人間ではないことを智也は知っている。


「なんで急に黙るのよ。早く働いてよ。

実家生で働かないなんて犯罪なのよ?」

妹はやたらと智也をけしかける。ここまで食い下がるのはいつぶりだろう,彼はしみじみとした。

「なんでそこまで食い下がるんだよ。お前には一番関係ないだろ」

「なんでって,バイト代でなんかおごってくれるって兄ちゃん言ってたじゃん」

そうだった。彼はすっかり失念していた。

「まさか,忘れてたなんてオチは許さないから!早くおごってよね!」

忘れてたとは言わせない剣幕で妹が迫ってきたため,智也は一旦その場を収めるべくして,

「分かった!働くから!」

そういうと妹は満足げに微笑み,去っていった。

面倒なことになったな,そう智也は思った。

ちなみに一日だけ働いて得た一万円程度のバイト代は母と父との三人で食事に使ったのと,残りはマンガなどに使っていた。食事に行ったことは姉と妹には秘密にしている。


さて,その場しのぎとはいえバイトをすると妹に言った以上始めなければ,と智也は意気込んでいた。再度始めることにしたのはいいものの,どのようにして選ぶべきか悩む日々である。

今度こそは,と意気込む智也を知ってか知らずか,妹はあれ以来催促することはない。姉に釘でも刺されたのか。ちなみに智也の姉は県外の大学に通っている。そのため家に帰ることが年に数回しかない。

数回のうちの一回の口げんかで苦しみを味わったのか,智也はまだ姉を恨んでいた。ともかく人に責任を押し付けるタイプだ。


バイト情報サイトで探すも,時給の希望額から検索をかけるがどうもきつそうなものしかない。

働くからには高時給が良いが,高いものは大概きついものである。それで一回失敗をしているんだから,この際時給には目をつむるしかないか,智也は悩んだ。


そんなこんなの日々が数日過ぎ,五月を迎えた。

大学ではグループが徐々に固まり始め,智也は身軽に話せる友人を数人,見つける。グループとしては陰キャ族であったものの,大学でも話せる友達ができたことに智也は純粋な喜びを感じていた。


とある昼休み,智也は仲良くなった池田と那須の二人とバイトについて話をしていた。池田はもうすでにバイトを始めて一か月たつ。実家生で,家の近くのスーパーでレジ兼品出しのバイトをしている。身長が180近くあり,いつも腰が痛くなるという。那須は一人暮らしで,しばらくはバイトをせずに過ごすという。


「まあ,僕は実家にいるから働くべきかなと思ってね。あとは一,二年でできるだけ稼いどきたいし」

「俺はまだいいや。今はまだ遊びよきたいけんねー」

こう見ると二人は対照的だなと智也は思った。

那須は池田と対照的に身長が小さい,が割に態度が大きい。しかしなかなか面白いやつで,この短期間で智也が一番気軽に話せる人となった。

「智也はまだ働かんね?」

「うーん,働きたいとはおもっちょるんやけどね,,」

「坂本君は何系で働きたいとかあるの?」

「何系,か,,」

池田の発言で智也はしばし考えた。

そういえば時給ばかり見て職種を気にしていなかった気がする,と思った。

「例えば僕とかだと,ドラッグストアでレジと品出しとか。

意外とすぐ時間がたつから楽だよ。人もいいし。時給は低いけどね。」

なるほど,智也は感心した。あまり考えてない方面からヒントをもらえた気がした。

「俺はパン屋さんとか行ってみたいかも。なんかおいしそうやし楽しそうやんかー」

「那須君?店員は食べるんやなくて売る方だよ」

「そか,,じゃいいや,,」

「那須君は早く働いた方がよさそうだね,,」


池田と那須が話している間,智也は今後の方針を決めていた。

ともかく時給はされど,楽しくできそうなところがいい。

できれば軽めの仕事だったったら心に負担をかけずにできそうだ。そんなことを考えていた。

「坂本君?お昼もう終わるから次の講義行くよ?」

「なににやにやしよっとね?はよいくで」


「今行く」

智也は答え,一歩を踏み出した。













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