レジバイト男子
眠たいマン
第1話
長かった高校生活が終わり,18歳の中岡智也は大学に進学する。
紆余曲折あり地元の大学に進学することとなった智也だが,内心県内にいられることに安堵していた。新居を探す必要がないこと,自炊をしなくてよいこと,その他もろもろ理由はあるが,一番はやはりアルバイトをすぐに始められることが大きな要因である。通っていた高校は県下でもそれなりの進学校であり,アルバイトはもちろん禁止だった。
彼は特段アルバイトをすることに対して強い思いを持つ人間ではなく,お金に執着するような性格ではない。ましてや自ら望んで働くことなどはせず,どちらかと言えば面倒くさがりなうえ,自ら進んで努力ができないタイプである。
高校時代は友人の作ったコミュニティについて回る金魚のフンのような生活をしていた。青春などしたことがない。そのくせ辺に格好つける部分は中学時代から治らずに,異性と接するときはいつもから回ってばかりいた。
唯一性格に関しては特筆すべき優しさがあった。
幼少期によくいじめに近いようなからかいを受けていたことが原因である。
その多くが原因不明のいじりだったが,いつからか容姿に関するものへ変わり,彼は容姿へのコンプレックスを持つようになる。
しかし,いじめられる苦しみを知っている分,優しさを他人に分けることのできる人間に育った。
そのような人間である智也がアルバイトをしたいと考えるようになったのは,高校卒業を間近に控えた,三月の頭に起きたとある事情に起因する。
まだ冬の寒さが残る季節。前期の受験が終わり,合格かはたまた後期に続くかの緊張の中で過ごす日々を送る彼は,実家に帰省していた四つ年の離れた姉と軽い諍いを起こした。その時は緊張から気持ちが苛立っていたためだと,心無い言葉を投げたことを後に反省することがあったのだが,姉から投げられた言葉のひとつに,
「自分で稼ぐことも知らんクソガキが!」
というものがあった。
もちろんその時は双方興奮状態であり,お互いがお互いに投げ合った言葉など売り言葉に買い言葉,さしたる深い意味を持つものではないことは分かっている。されどその言葉はどうしても彼の中で引っかかっており,未消化なものとして残っていた。深く考えても意味がないことは分かっているが,四つ離れた程度の弟に向かってそれはないんじゃあないか,などと考えてしまう性分である彼であったが。
さておき,智也の頭の中にはバイトの存在があった。
何とか大学に入る前までには就いておきたいが,そう運よくいけるのか,彼はしばし悩んだ。けしかけた張本人である姉は,焦ることはないなどと言いさらに彼を悩ませる。
さらに悩んだ末の結果として,彼は引っ越し業者を選択した。
彼は自分の体力に自信があった。中高と運動部に所属し,鍛えた体力は伊達ではない,そう信じた。
家族からはもっと精査して選ぶべきだと注意されたが,変に頑固な部分のある彼は聞く耳を持たずして面接を申し込む運びとなる。
バイト初日。
形ばかりの面接をした次の日,即出勤である。
七時出勤は早起きの苦手な智也にとって難点ではあったが,初日ということで何とか間に合わせ,母が作ってくれた弁当を持ち,業者の服に着替えて車に乗り込む。
車内は多少においのきつかったものの気さくそうなおじさんと若い兄ちゃんとで何とかやれそうかと思いいたっていた。
現実はそう甘くなかった。
体力など役に立たぬ,精神の弱い智也がいられる場所では到底ない。
歩けば怒られ,動けば間違いを怒鳴られ,自分が悪いことをしたのは分かっているがどうしてもつらかった。気さくそうなおじさんは変貌し,若い兄ちゃんは質問しても反応を返してくれなかった。甘く見過ぎていた。まさか初日からここまでのものを体験することになろうとは思わなかった。
なにより彼にとってつらいことであったのは話しかけても無視されることである。
それも仕事中や移動中ではない。休憩中にである。車内は彼含め三人,ほとんどいない扱いをされ,あまりの辛さに泣きそうであった。なぜ自分が働いているのか,彼自身が分からなくなるほどまで追い詰められた。
休憩中に食べた弁当で更に寂しさが増し,むなしさと孤独感で胃からこみ上げる思いを抑えるのでいっぱいだった。
自分など,すべて揃えられた温室の中で温められて生きてきた人間にすぎぬのだと,深く実感した。お金を稼ぐとはなんと辛いことなのだろう。
たった一日の体験ながら,智也は自分の考えの緩さに後悔していた。
かくして仕事が終わり,本部から家に帰宅する智也の足取りはそれは軽いものだった。
初日から残業二時間。12時間労働。アルバイトである。彼の体は悲鳴を上げていた。それでも気分は軽かった。
家に帰りつき,何も食べず,ふろにも入らず,布団へ飛び込み,泥の様に寝た。
そして次の日。
智也は二日後に控えた出勤二日目を前にして,アルバイトを辞めた。
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