第5話 月明かり そして (最終回)

 今日の夕ご飯。何時もと同じように、お母さんのご飯は美味しい。この間の露地栽培のトマトはおいしかったなぁ。滅多に食べられないし。


 でも、今日は何時もと少し違う。

 何時もはニコニコ笑いながら、喋りながらご飯を食べるのに、お父さんもお母さんも難しい顔をしている。

 きっと、きっとあの話が出るんだ。


 そして、私の予感は的中した。

 ぱたり、食べ終えて箸を置いたお父さんが言った。

 「少し、大事な話があるから、聞きなさい。」


 その話は。『疎開』、の話。ああいつか、きっといつかは出てくると思っていた。


 私たちが住む地球は、私が生まれるずっと前に、月と呼ばれた地球の近くにあった星が爆発して、地球も、そしてそこに住んでいたヒトたちも半分になってしまった。

 その影響で、それから生まれてくるヒトたちは、ほとんどのヒトが体のどこかがかけている状態で生まれてくるようになった。


 けれど、中には全て生身の身体で生まれてくるヒトもいた。

 それを、私たちは、純人間と呼ぶ。

 そして、私もお父さんもお母さんも、その純人間、だ。

 純人間、のヒトはとても少なくて、その月の毒素に強い体質の解明や、体のどこかが欠けたヒトのための機械の見本にされている。だから私も両親も、定期的に病院で検査を受けている。


 ごめんね、前置きが少し長くなっちゃった。

 疎開、それは、この半分しかなくなってしまった地球の、その中でもマシな場所に移住するか、宇宙に浮かぶ人工星に移住するか、ということ。

 もっとも地球も月の欠片の毒素による汚染が進み、住む所はどんどん減ってきている。

 いくらおバカな私でも、それくらいはニュースで聞いて知っている。学校の皆も、どこに疎開するかで盛り上がってるしね。

 「疎開、するってこと」

 お父さんとお母さんは、黙って頷いた。

 ……お前も知っているとは思うが、もう地球にこれ以上汚染が進んでない場所はないんだ。

 ね、クラスメイトの子たちも、みんな疎開したでしょう?仕方の無いことなのよ。


 私は、特にこの地球という星に未練とかそういうものは持っていない。

 だって生まれてきてからも空はどこかどんよりとしていて、歴史の教科書で見るような緑のあざやかな場所はほとんど無くて、小学校の頃からどんどんクラスメイトは減っていった。「ほら、お父さん達もお前も通っていた病院も、第6人工星に移転が決まっただろう?

 そうなると、そちらに移らないと病院に通えなくなるしな。」

 病院、か。お父さん、知ってるよ私。私たちはあそこで実験体って奴になってるんだよね。 

 毎月たくさん血を抜かれて、面倒な検査をいろいろして。私の担当のおじいちゃん先生が人型師、機械の体を作るヒトだってことも知ってる。


 「ほら、みんな疎開してクラスメイトも減って寂しくなったでしょう?」

 みんな、か。お母さん、私知ってるよ。第6人工星は、ほぼ純人間だけで構成されている星だってこと。


 そして、あの星はどの人工星より進んでいて、作り物だけれど青い空もあって、とってもとっても人気があって、そこに住めるのはほとんど純人間だけだってこと。

 私のクラスメイトは、ほとんどが純人間じゃないのに。


 ねえ、知ってるんだよ。

 露地栽培のトマトなんて、くじ引きだろうがなんだろうが、滅多に手に入らないこと。それを手に入れることができるのは、優遇されている純人間だけだってこと。


 だから、私はお弁当の時間に騒がなきゃいけないの。何にも知らない振りをしていなくちゃいけないから。じゃないと、みんなを馬鹿にしていることになるから。


 「ほら、あの星は太陽光が入るから、電気も地球よりずっと自由に使えるぞ。

 お前の苦手な月明かりも精錬しなくて済むぞ。」

 月明かり、それは電気も自由に使えなくなった地球で、月の欠片の成分から生成した、ライト代わりの青白い光を発するもの。


 ねえ、知ってるんでしょ、精錬がとても苦手なはずの私が、いつも学校帰りに強い月明かりを持っていること。

 そう、クラスのあの子が。内臓と脳髄だけで生まれ、体の外側は全部機械で出来たあの子が、そのとても精巧な手で作ってきてくれてたってこと。

 ああ、このことは知らないかな。

 とってもシャイな彼に頼まれ、いつも私の仲良しの友達が、それを手渡してくれること。誰が作ったなんて言わなくてもわかるよね?なんて笑いながら。

 だから、私は思いっきりはしゃぐの。そして彼に、とっても大げさにお礼を言うの。そうすると、ほとんど表情が浮かばない彼が、照れ笑いしするの。


 そう、彼は表情がほとんど表に出ない。なぜなら、どれだけ精巧に作っても、 ヒトの顔だけは人形のような顔になってしまうから。

 喋る、聞く、見る、食べる、呼吸する。

 そんな当たり前のことを、私たちにとっては当たり前のことを可能にするには、どうしても作り物の人形のような顔になり、表情を浮かべるのが難しくなるの。

 ……よぉく見れば、分かるのにね。だから私は彼を笑顔にしたくて、大げさに喜ぶの。


 そして、いつも橋渡しをしてくれる私の大事な友達。

 これもお父さんもお母さんも知らないよね。あれだけクラスに沢山友達がいるのに、彼女はいつも一人でお弁当を食べること。

 彼女は、腸が全て機械で出来ている。だから、私たちが普通に食べる「普通食」の中にはその機械の腸では消化できないものがあって、それをカバーするために「保持食」というものも、一緒に食べている。


 きっと、彼女のお弁当は、とっても美味しそうなんだろうな。彼女のお母さんが必死に工夫した普通食と、彼女のお父さんが必死に手に入れた、普通食に近い見た目の保持食で出来ているんだろうな。

 きっとそれは、彼女にとってとても誇りなこと。だから一人でお弁当を食べる。

 ね、だからね、私は毎日誘うの。一緒にお弁当を食べようって。

 何にも知らない振りをしないといけないもの。私は何でも食べられる純人間だから。

 たとえ断られることが分かっていても、毎日誘うの。


 みんな、みんな、純人間として生まれてきたかったと思ってる。

 みんな、みんな、機械の身体を疎んでいる。


 だから、私は何にも知らない振りをする。喋って、笑って、馬鹿なことを言って。なんて嫌な奴なんだろう、私は。


 木偶、の子たちは私をどう思っているのだろう。それは少し、分からない。

 木偶、それは、脳髄以外はすべて機械で出来たヒトたち。

 いつも月明かりを作ってくれる彼とは違い、内蔵も何もかも機械で出来ている。

 私は分かってる、つもりだった。表情を浮かべることが出来ない彼らでも、笑って、泣いて、微笑んで、怒って、そんな表情を浮かべているって。

 でも、本当に分かってるのかな。分かってたのかな。私がそう思い込んでるだけなのかな。


 「新しい星、楽しみだね!」 

 そう言ったら、お父さんもお母さんもほっとした顔をしていた。

 そうよ、今は星間移動シャトルもあるし、今までのお友達にも会えるわよね。

 そうだよ、また新しいお友達も出来るだろうし、なんせお前の苦手な月明かりの精錬もしなくていいからな。


 私は、とてもはしゃいだ。

 ねえ、あっちの星には何をもっていけるのかな?ベッド、気に入ってるからあれは絶対ね!あ、漫画も絶対持っていくよ!

 そんなに大荷物は持っていけないよ。そうよ、あっちで新しいものを買いましょう。引越しは二週間後だよ。ええ、それって早くない?


 笑わなきゃ。はしゃいで笑って騒がなきゃ。明日学校に行ったら、いの一番に、みんなに大きな声で言わなきゃ。


 それは私の役目。とても恵まれて生まれた私の役目。希望といわれる私たちの役目。

 この身体も、何もかも、私のものであって私のものではない。

 よりよい機械を作るための、純人間を更に生み出すための、みんなのもの。


 泣いたりはしない。悲観したりはしない。たとえ心ではそう思っても、私は、笑い続ける。

 だから、ねえ、私の月明かり。私は貴方の前でしか涙を流せない。

 この青白い、頼り無いのに強い光の前でしか、私は泣けない。

  

 さようなら、地球。さようなら、友達。さようなら、私の月明かり。


 どうぞ神様、次に生まれてくるときは、みんな純人間にしてください。

 月明かりを知らない人たちばかりにしてください。


 どうぞ、お元気で。


******

 『……先日申し上げましたように、地球上の全人類の移民が完了しました。

 この地球は、今後は無人観測機による観測のみとなります。

 わたくしもこれからシャトルに乗って移動となります。

 どうぞ、私たちの地球に、私たちの先祖にお別れを。


 それでは、これにて最後の地球からの放送を終了いたします。

 皆様の未来に、光があることを祈って』


 ジーッ、だれかが忘れたのか、それとも置いていったのか。

 月明かりにぼんやり照らされた画面から、地球最後の通信がノイズとともに流れた。

 誰もいなくなった、その星で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月明かり 百合川リルカ @riruka3524

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る