第4話 ヒトガタシ

 それは、俺がまだお袋の腹に出来たばかりの頃のことだった。

 それまであったという、月という地球に最も近い星が突然爆発した。


 お袋が、おやじが言ったことでは、そりゃもうえらいことだったらしい。

 その月の破片が巨大な隕石になって地球に降り注ぎ、俺が知っている地球の面積の半分が壊れちまったってことだ。当然、そこにいたヒトたちも死んじまった。


 「あんたは本当に幸運だったんだよ」

 そりゃもう、耳にたこが出来るくらいに聞かされたね。

 お袋たちが住んでいた場所は、なんとかその爆発の被害に巻き込まれなかった。まあ、そりゃ地球上は大混乱になったわけだが、そんな大混乱の中でも、俺は何とかこの世に生まれ出ることが出来た。


 ……ただし、片腕が無い状態で、な。


 俺も詳しいことは知らないが、月って星は、内部にかなりの毒性の強い物資を含んでいたらしい。

 その時孕んでいた子供、それから孕んだ子供、そいつらはほとんどが体のどこかが無い状態で生まれてきた。そして、それは今じゃごく当たり前のことになっちまった。


 俺が最初に付けられた腕は、ただの飾りみたいなもんだった。関節も動かすことも出来ない、無事付いて生まれた左手の支えをする程度のもの。そりゃまぁ、不便だったね。


 まあそれでも、俺が成人するくらいになるまでには、それなりの機能も付いてきたんだがね。

 でもなぁ、何かをいじったり作ったりすることが大好きだった俺は、とにかくもっと動く腕がほしかった。それでな、弟子入りしたんだよ、人型師、って奴に。

 人型師、と書いてヒトガタシと読むその職業は、まあつまり義手や義足を作る生業のことだ。俺は、俺の腕をもっともっと、どこまでも人間に近い動きが出来るよう、朝から夜まで、時には徹夜を続けて修行し、自分の腕を精巧に作り変えた。


 ところがな、子供達が失ったものは手足だけではなかった。

 腸や胃、肺など内臓が無い子供、時には脳髄しか生まれてこなかった子供がたくさんたくさん、そりゃもうたくさん生まれてきた。

 だから俺は医療の勉強もし、医学者と共同でそういった内臓などを人工でカバーできるものをどんどん開発して言った。

 いやまぁ、これは医者になれって口うるさかった親父のおかげだな。修行と平行して勉強ってのもしていたからよ。


 そうこうしている内に、俺は人型師の『神様』なんて呼ばれるようになった。


 そりゃあさ、あっちこっちが無い子供の体を作ってやって、その作り物で生きながらえることが出来るようになった子の親達には、感謝されたよ。

 時には涙を流しながらありがとうございます、なんて。

 管で直接栄養を流し込むことしか出来なかった子供が、初めて自分の力でミルクを飲んでにっこり笑ったときなんざ、俺のほうが泣いちまった。


 ありがとう、ありがとう。

 その言葉に、嘘は無いと思う。

 正直俺だって、感謝されて褒められれば多少はうれしいしな。


 けどよぅ、まだまだなんだ。まだまだ足りないんだ。もっともっと人間に近づけなければ。いや、人間にしなくては。


 脳髄だけで生まれてきた子供は、当然その状態では生きていけない。だからな、全身が機械で出来た殻に入れてやる。喋り、聞き、見て、食べて。それが出来るように。

 そういった子供は、「木偶」と呼ばれる。

 なんとも嫌な言葉だ。

 人間のように、顔を動かし、機能させるには、どう頑張ってもそれこそ人形のような顔になっちまう。

 少しでも個性を、少しでも表情を、そう思いながら俺達人型師は開発を続けてきた。でもな、どうしたってそれが出来ないんだ。


 ……話が、止まっちまったな。


 俺は、俺が作ってやった身体の持ち主を、全員覚えている。そりゃもう数知れず作ってきたが、全員覚えている。

 だってなぁ、俺の子供みたいなもんだ。はは、俺の歳だと、孫みたいなもんかも知れねぇ。

 腕や脚をつけたりしてやったら終わり、 の仕事じゃない。

 月に一度、もしくは年に数回、そのつけてやったもののメンテナンスをしなきゃいけないんだ。

 それは時には、痛みを覚えるものもある。だからさ、柄にもないけどよ、俺はいつだってにっこり笑って施術をしてやるんだ。おかげさんでやさしいおじいちゃん、なんて言われるけどな。ハハッ、ほんとに柄じゃないな。

 けどよう、難しい、おっかない顔してやってたら、みんな怖がるじゃねぇか。せめてよ、外側だけでも笑って、笑わせてやんないと。


 ああ……あの子は、元気かな。そろそろメンテナンスの時期だ。

 それは、内臓などは全てもって生まれてきたのに、筋肉や皮膚や骨格がまったくなしで生まれてきた子。

 とにかくそれじゃ生きていけないから、俺はすぐに全身作り物の殻にいれた。付いてこなかった手足を、精一杯動くものにして。

 ありがとうございます、そう何度も頭を下げて小さな作り物の身体を抱いて退院した両親の顔を、今でも鮮明に思い出す。

 でもな、俺はそれに笑顔で応えながら、心の中で地団駄を踏んでいた。

 その理由は、その子の中身が成長してそれに応じた殻を作ってやるたびに、強くなった。

 だって、この子は、人形の顔をしている。

 体の外側をそっくり作り物にしているから、所謂木偶、と同じ状態になる。

 大きくなるごとに、きっとあの坊やは悩むだろう。生身のヒトのように笑えない顔を、個性がほとんど無いその顔を、身体を。

 勿論良く見れば個性はある。多少の表情もある。けれども、はたからみれば木偶にしか見えないその見た目。


 ……ヒトと同じ皮膚ではないから、痣とかそういうもんは出来ないけどな、俺は分かってる。メンテナンスにくるたびに、ほほの部分の人工皮膚を強く捻った痕があるのを。

 きっと、みなと同じように笑えないその顔を、一人、鏡の前で抓っているんだろう。

 うん、メンテナンスにくるときは、それは元気にやってくる。

 先生、僕の腕みんなにすごく羨ましがられるよ、こんなに綺麗に動かないって!

 そうして、器用な指先で細かな折り紙を作って見せたりする。

 ああ、そんなにお礼を言うんじゃ無い、まだまだまだまだ足りないんだ。もっともっと、微笑んでいられるように出来るはずなんだ。


 ふと、メンテナンスの予約表を見る。ああ、今日はあの女の子か。

 この子は、内臓のうち腸だけないままで生まれてきた子。生まれてすぐに人工腸を埋め込んでやった子だ。

 この子のご両親は、朝昼夜と、それは忙しく働いている。

 わが子の腸を、メンテナンスのたびに最新のものに変えるために。

 いっつもな、昨日のお弁当が美味しかったとか、こんなものを食べたとか、とにかく食べ物について話してくる子なんだ。

 食いしん坊、てわけじゃない。最新の腸に変えて食べられるものが増えたことや、内蔵などが人工のヒトが食べる保持食、て言うものがどれだけ美味しくなったか、そういうことを伝えたいんだ。いかに自分の両親に感謝し、そして自慢に思っているかってことを。

 だからさ、俺は、そんな子供達、いや子供達だけじゃない、その親も何らかのものを失った状態で生まれてくるから、大人達を、もっともっと、ヒトとしての姿に近づけたい、いや、ヒトにしたいんだ。


 俺はさ、感謝されるようなヒトじゃないんだよ。

 神様、なんて呼ばれるようなもんじゃないんだよ。


 俺が神様ならば、この年老いた身体はもっと動いて、全ての子供達を、全てのヒトを完璧に出来るはずなんだ。

 なのに、何にもできねぇ。身体は年々言うことを利かなくなり、右腕以外はどんどんしわくちゃの筋張ったものになりつつある。


 ああ、神様、とやらがいるんなら、あと10年、俺の身体を動かしてくれよ。

 俺の体は、月の毒素の影響で次第に機能しなくなる。そうなったらあの子の殻も、あの子の腸も、どうにかしてやれなくなるじゃないか。

 「おじいちゃん!ひっさしぶり!」

 突然大きくて、それは元気な声が聞こえた。ああ、今日はあの子が来る日だったか。

 頭のてっぺんから足のつま先まで生身で出来たヒトを、純人間、と俺達は呼ぶ。その純人間、の一人、の子だ。

 まったく、おじいちゃんなんて呼ぶのはお前さんくらいだぞ。まあ、先生なんて呼ばれるよりはなんだかいいけどよ。

 純人間、は、基本的にメンテナンスは行わなくていい。なんせ全部生身だからな。

 けれどもその貴重な、月の毒素に勝てる体質を持って生まれた家系を残すために、すこしでも異常がないか定期的に検診をする。

 そして、作り物の身体をもつヒトたちの、その機械を研究するための観察対象となる。そうか、今日から三日間の入院で消化器系の検査をするんだったな。


 「おいおい、検査前は食っちゃいけない決まりだぞ?」

 そう言った俺に、その子はニコニコ笑いながら真っ赤なトマトを差し出す。

 「これね、お母さんが配給のくじで当てた路地栽培のトマト!おじいちゃんに食べてほしくて」


 露地栽培のトマト、とんでもねぇご馳走じゃないか。

 くじ、ね。まあ、知らなくていいことだ、純人間は配給で他のヒトよりいいものが与えられることなんて。

 俺は、にっこり笑ってそのトマトにかぶりつく。大丈夫、他の連中はいないから。

 「かーっ、こいつはうまいな!ありがとな!」

 そう笑った俺に、彼女は満面の笑みを湛える。そうだ、それでいいんだ、純真にすくすくと育っていけ。お前さんは人類の希望なのだから。

 

 おっと、珍しく強い光の月明かりをもってるじゃないか。ははん、精錬の苦手なこの子はいつもこんな完璧な月明かりは作れない。さては、あの外側だけ作り物の、ゆえにとても器用な指先をもったあの男の子が作ったんだな。

 月明かり、とは、乏しくなった化石燃料の生み出す電気の代わりに光を点す、月の欠片から作ったもの。


 今は、こんな青白い光しか望めない。

 けれど、いつか、いつか。

 もっと明るい光を、澄んだ空気を、太陽を浴びて土の中から育った食べ物を、完璧なヒト、が享受できる日を願い、俺は今日も愚鈍にがむしゃらに働く。


 さあ、貴重な月明かりなんだ、電気が優先的にくる病院内では消しておけ。お前さん、自分で作らないとだめだぞ?そういうと彼女は朗らかに笑う、ばれたぁ!と。


 柄でもないが、俺は祈る。

 どうか、みなが微笑みますように。

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