第3話 ランチ・タイム

 私は、お弁当を絶対に一人で食べる。

 どんなに他の皆から誘われても、絶対に一人で食べる


 うん、違うの、こう言っちゃ何だけど、友達は多いほうだと思う。だから、皆誘ってくれるんだ。


 そのたびに、こう言う。

 「ごめぇん、今日のお弁当、残り物弁当だからぁ」

 「ごめぇん、ちょっと一人で食べたい気分かなぁ?」

 そういっている間に、誰も私をお弁当タイムでは誘わなくなった。さびしいじゃないかって?

 そうでもないよ、他の時は友達とずっと一緒だし。うん、寂しくなんか無い。



 私が生まれてくるずっと前に、月という、地球の近くにあった星が突然爆発して無くなった。

 そして、その星の大きな欠片が全部地球に降り注いで、地球は半分になっちゃったんだって。住むところも、そこに住んでたヒトも、みんな半分になってしまった。

 そして、その月の欠片の中にあったなんだかよく分からない物質のせいで、それから生まれてくるヒトのほとんどが、体のどこかが欠けた状態で生まれるようになった。

 腕の無い子、脚の無い子、色んな子がいる。そしてそういうヒト達は、とても精巧に作られた部品を取り付けて、生きている。

 中には脳だけで生まれてきて、ほかの体の部分が全て作り物の子もいる。

 そういうヒト達を、私達は「木偶」と呼ぶ。

 正直、私はこの呼び方が好きじゃない。だって、体が作り物なだけで、いろんなことを考えたりするのは私達と同じ、脳。

 けれど、そう呼ばれるにはちょっとした理由もあったりして。


 木偶、のヒト達は、みんな同じような顔をしている。それは、まるで人形のように。

 どう頑張っても、喋り、聞き、見て、食べる機能を持たせるには、それしかないんだって。貴方はどう思う?私は、うん、内緒。

 そんな中、私は生まれてくる時、腸がすべてない状態で生まれてきた。

 他の身体は全て生身、でもおなかの肝心の部分が空っぽ。

 だから生きていくには、ミルクを飲み、ご飯を食べて、その栄養を摂取するためにそういう器官が必要となる。


 そして、私は生まれてすぐに、人工の腸をお腹に埋め込まれた。昔はね、大変だったのよ、おトイレもふつうに用足しできなかったんだから。今の技術は進んでるから、随分楽になったのよ。


 そう何度も話すお母さんも、やれやれまたかと新聞を読むお父さんも、内臓は全てある状態で生まれてきた。

 もっとも、二人とも体のどこかが一つ、欠けているんだけどね


 ああ、前置きが長くなっちゃった。

 ね、気になるでしょう、私がなぜお弁当を皆と一緒に食べないかって、こと。      

 私の作り物の腸は、確かに優れている、らしい。お父さんとお母さんが一生懸命働いて、メンテナンスのたびに最新の人工腸に変えてくれるから。すごく高いらしいのに。

 そうそう、私たちみたいに、体の一部が機械、のヒトは、毎月、もしくは年に数回、必ずその機械を作ってくれたところでメンテナンス、をしなければいけない。

 すごく面倒だし、入院も必要だから嫌なんだけれど、それを受けなければ生きてはいけないから。ヒト、なのにね。


 だめだ、また話が飛んじゃった。これ友達にもよく言われるんだよね。

 つまり、腸が機械の私は、食べられるものが限られてくる。

 この今の時代の地球で、私たちヒトが食べるものは、所謂普通の、内臓が当たり前にあるヒトが食べる「普通食」と、内臓が欠けているヒトや、木偶の人たちが食べる、「保持食」というものの二種類がある。


 私は、ほとんどの部分が肉体だから、普通食をメインに食べる。けれども機械の腸では消化吸収しきれないものがあるから、それ以外は保持食、を食べる。


 保持食、これも昔はペーストみたいな、味気のないものだったんだって。

 けれどもヒトの、『食べたい』という気持ちはすごいもので。

 保持食、も、見た目がどんどん普通食に近づいてきている。私のように味覚が機能しているヒトでも、それらしい味を感じられるくらいに。


 だから、私はみんなと、お弁当を食べない。

 私の友達は、みんな内臓系は生身だから、全て普通食のお弁当を食べるから。


 見た目はね、きっと分からないと思うよ、私のお弁当。それほど細かく普通食に似せた保持食と、食べられる種類の普通食だからね。

 でも、私はみんなと絶対に一緒にお弁当を食べない。


 ねえ、純人間、てヒト、知ってる?

 純人間、それは頭のてっぺんからつま先まで、すべて生身の体で出来たヒトのこと。月が壊れるまでは、それが当たり前だったらしいけど。


 私の友達にも、一人、純人間の子がいる。

 彼女のお弁当は、いつもいろ鮮やかで、色んなものが入っている。

 「やった!今日はすごいご馳走!露地栽培のトマトが入ってる!」


 すごいなぁ、今時露地栽培の野菜なんて滅多に手に入らないのに。

 純人間、のヒトたちは、いろんなことが優遇されてる。最も彼女はそのことは知らないと思うけどね。

 私たちのような機械の体の参考にするためにも、純人間のヒトたちの身体はとても貴重なもの。そして何よりも、月の欠片に入っていた毒素に勝てるその素質を研究するためには、絶対にいてはくれないと困るヒトたち。

 だから、彼女達は優遇される。

 地球上にまともに住める場所がどんどん減っている今、私たちは少しでも環境がマシなところか、人工星に疎開するようになってきた。

 でもそれは、くじ引きで順番と場所が決められる。

 けれども純人間の彼女達は、それを好きに選ぶことが出来る。一番人気のある一番進んだ人工星は、ほとんどが純人間で占められている。それほど、貴重なヒトたちだから。私の友達の彼女は両親共に純人間だ、配給で回ってくる食べ物も、上等なものが回ってくる、っていう噂だしね。


 露地栽培のトマトかあ、どんな味がするんだろう。

 私の食べる、私の食べられるトマトは、トマトの味に似せて作った保持食。だから、私は本物のトマトの味を知らない。

 私のお父さんとお母さんは内臓は生身だから、全て普通食のご飯を食べる。私に合わせて保持食を、とも思ったらしいけど、保持食だと二人の身体には栄養が足りない。

 だから、お母さんは少しでも普通食の割合が多いメニューを考えて、作ってくれる。

 だから、お父さんは配給に並んで、少しでも本物に近い保持食を買ってきてくれる。


 今日の私のお弁当は、卵焼きにウインナー、ブロッコリーとお豆の煮たもの。

 見て、すっごく美味しそうでしょう?貴方にはどれが保持食かわかるかな?


 うん、きっと友達もみんな、見ても分からないと思う。じゃあ、普通に一緒に食べればよいんじゃないかって?


 それはね、ぜったいに嫌。皆のことは大好き。たとえ保持食が分かっても、それをあれこれ言うような子はいない。


 けれど、私のお弁当は、お母さんとお父さんがとても苦労して作ってくれたもの。決して同じメニューを一緒に食べられない私のためだけに、あれこれ考えて、工夫して、苦労して手に入れて作ってくれたもの。

 私の腸が機械なのは、皆知っている。身体内部証明書、そう呼ばれるものをもっているから。どこまでが生身なのか、どこまでが機械なのか、それを記した、絶対に持ち歩かなければいけない証明書。

 それがあるから、みんな私の体のことは知っている。普通食だけで生きていけないことも分かってる。

 だから、私のお弁当は誰にも見せない。教室の隅で、天気のいい日は今日みたいに屋上で、一人で食べる。

 皆には、分からない、いや知っていたとしても、それがどれだけの手間と苦労がかかっているかは分からない自慢のお弁当を、ああ、保持食も入ってるんだな、普通食だけじゃだめなんだな、なんていう目で見られたくないから。

 これは、私のプライド。つまらないことかもしれないけど、私のためだけのもの。

 ああ、今日は彼も、屋上でお弁当を食べている。

 彼、は、体の内臓や排せつ器官などが全て生身なのに、それを支える体を持たずに生まれてきたヒト。 

 だから、見た目はそう、木偶。けれども、普通食を食べなければその内臓を維持して生けない。彼のお弁当は普通食で作られているんだろうな、トマト、の味も知っているんだろうな。


 私たちは、黙って別々のところに座ってお弁当を食べる。それから、いつも少しだけ話をする。

 今日のお弁当何?内緒だよ。そう言いあって、少し笑う。うん、彼の顔がいくら作り物でも、クラスにも木偶の子はたくさんいるから笑ってることくらい分かる。


 「あのさ、これ、彼女に渡してくれない?」

 そう言われて手渡されたのは、月明かり。

 月明かり、それは月の欠片の何かを精錬して出来る、今は電気を点すこともとても貴重になった地球で、光の代わりに使うもの。

 そっか、あの子月明かりなくなりかけてたもんな。おまけに不器用だから、精錬するのも嫌いだし。


 「……自分で渡せばいいじゃん」

 そう言ったら、彼は少しはにかんだ。他のヒトには分からないかも知れないけど、確かにはにかんで、やさしく微笑んだ。

 そうだね、私も、君も、あの子を、純人間のあの子を、羨んでいる。

 羨み、好いている。ああ違うよ、恋愛とかそんなんじゃなくて。きっとクラスの皆が、そう思ってる。

 あの子は、とてもいい子だから。花のように笑い、鳥のようにパタパタと動くから。


 「仕方ないな、でも君からだってことは、言うからね?」

 「え、それはちょっと」

 「馬鹿ね、こんなにうまく月明かりを作れるのは君くらいしかいないもん、バレるわよ。」

 また、少し困った顔で笑う。うん、これは了承のしるしだね。


 さあ、昼休みが終わっちゃう、早く教室に戻ってあの子にこの月明かりをわたさなくちゃ。きっと喜んで、精錬サボれちゃった!なんて言って、彼に満面の笑顔でお礼を言うんだろうな。何の曇りも無い笑顔で。



 明日のお弁当は、何だろう。きっと明日もとても美味しいお弁当。

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