第2話 月明かり 木偶
それは、僕が生まれる前の話。
その頃は空に浮いていたという、月という星が突然爆発してしまった。
そしてその月の破片は、まるで狙ったかのように僕らの住む地球にふりそそぎ、地球と、そしてそこに住んでいたヒトの半分は失われてしまった。
そして、月、の中にあった物質は、僕ら、ヒト、の体に多大な影響を与えた。
僕は、母さんのお腹の中から、内臓と脳だけで生まれ出た。
骨格も皮膚も筋肉も無い僕は、生まれてすぐに、機械の殻の中に入れられ、今まで生かされている。
え、とても大変なことじゃないかって?
そうでもない、僕らにとってはこれは良くあること。
たとえば、腕だけが作り物、足だけが作り物、僕のクラスの皆だけでも、体のどこかが機械で出来ている。
そして、中には、脳だけが生まれてきた友達もいる。
完全な機械の体、生命体は脳だけ、そういう風に作り上げられた彼らは、「木偶」と、呼ばれる。
うん、この呼び名は差別的ではないかと思うのだけれど。けれども、皆も、偉い人たちも、当たり前のように木偶、と呼ぶ。僕はそれがとても嫌だったりするんだけれど。
木偶、かれらはとても精巧な機械の体で生きている。
けれど、どうしても今の技術では出来ないこと、それは、
「人間らしい顔」
を作ること。
彼らは、一様にまるで人形のような顔をしている。表情を作り出すことも無く、多少の個性があるとはいえ、とてもよく似た顔立ちをしている。
見る、聞く、喋る、そういった動作をするには、そういう顔になってしまうのが仕方が無いんだって。
君はどう思う?僕?僕は……。
話が飛んでしまった。いけない、これは僕の悪い癖だ。
一部が機械で出来ているヒトは、単純にヒト、と呼ばれる。
ということは、臓器も脳も完全に生身である僕も、ヒト、ということになる。
けれども、僕をヒト、と認識するのは、ごく一部の人たちだけ。なぜならば、皮膚も骨格も筋肉も持たずに生まれてきた僕の体を維持ずるには、外観、そう、外側だけを、「木偶」にする必要があったから。
僕の顔は、誰かととても似た顔をしている。
僕の顔は、そこに表情をほとんど浮かべない。
僕の顔は、まるで人形そのもの。
僕は、たとえ外見がそれだとしても、食べ、飲まなければ生きていくことは出来ない。
胡乱な話になってしまうけれども、 所謂生殖器、も持ち合わせ、排泄機能も持ち合わす。だから、僕はとても不便な体を持ち合わせていることになる。
機械の体を持つヒトが多くなったにつれ、僕たちはいろいろな生活の変化が生まれたらしい。
たとえば、ごく一部が機械で出来たヒトは、他の部分を維持するために、「普通食」と呼ばれる食事を取る。
逆に、木偶のように完全な機械の体を持ったヒトは、「保持食」と呼ばれる、脳髄の栄養を補う食事をとる。
勿論それを間違えて食べてしまえば大変なことになるから、僕らは必ず全員「身体内部証明書」というものを持ち歩く。
どの部分が機械か、どこまでが生身か、全身が機械なのか。万が一医療機関に運ばれても、すぐにそれが分かるように。
さて、厄介かつ、不自由なのは、僕は見た目は完全に木偶なのに、中身は生身の人間だということ。
筋肉などを保持しなくてもいい分食べる量は減るけども、この体の内側をキープするには普通食、を食べなければならない。
『失礼ですがお客様、こちらは普通食となっております』
ちょっと立ち寄ったフードコートで注文するたび、繰り返される言葉。黙って身体内部証明書を差し出すと、店員は慌ててあやまり、けれども僕の顔をチラチラと確認する。
うん、これにも慣れた。決して愉快ではないけれども。
さて、残った地球に住むヒトが全員機械の体を持ち合わせているのか、といえば、実はそうではない。
「純人間」
そう呼ばれるヒトが、ごく僅かにいる。
それは言葉のとおり、頭のてっぺんから足のつま先まで全て生身で出来ているヒトのこと。
たまたま、月の欠片の毒素に強い家系から生まれる、今となってはとても貴重な人たち。
僕が生まれる前はそれが当たり前だったんだって。とても信じられないけれど。
僕のクラスにも、「純人間」のクラスメイトがいる。
彼女は、くるくるとその表情を変える。
彼女の食事は、実にいろいろな種類のものが入っている。
彼女は毎月のメンテナンスを受ける必要は無い。
太った、にきびができた、そんなことをクラスメイトと笑いあい、いつも楽しそうにしている。
……いいじゃないか、外見どおりに中身も成長し、不摂生すれば吹き出物も出来る。いずれはゆっくりと、その生身の外見と共に、年老いていくのだろう。
純人間はとても貴重なため、特別扱いが多い。
まず、純人間をまた生み出す可能性が高いということ。機械の体を作る時に、参考にする部分が多いこと。そして何よりも、月の毒素に勝てる体の仕組みを知るために大切な治験体となること。
中には生きた体を手に入れようと、誘拐しようとするヒトもいる。だから、純人間は手厚いガードも受けられる。
今、地球は、ヒトが住める場所がどんどん少なくなっている。
そのために大抵のヒトたちは、まだあぶなくない場所か、人工星に疎開をし始めている。その疎開先と時期はくじ引きできめられるのだけれど、純人間に限ってはいつでもどこでも疎開することが可能になっている。
決して、彼女が悪いわけではない。
侮蔑的な目で見てくることも無ければ、木偶もそうじゃないヒトにも、勿論僕にも平等な態度を取る。
けれど、彼女は知らないだろう。
みためだけが変わらず。僕の内臓はいずれ老いてゆき、見た目についていけなくるということを。僕の見た目が木偶だから。
機械パーツ泥棒に襲われかけたことが何度もあったことを。僕の見た目が木偶だから。
……ぼくの体のことを知っている人間が、内臓を盗むために僕を誘拐したことがある、ということも。馬鹿だな、今現在の医療を持ってしても、生体移植なんて簡単に出来ないし、拒絶反応で死ぬ確率も高いのに。
中には、特殊性癖という奴なのだろうか、例えばトイレで、僕の生殖器などが生身だと知った途端、襲ってくる人間もいることも。僕の見た目が木偶だから。
両親に、全て機械の体にしてくれと泣きついたことも、何度とある。
表情を浮かべない顔をつねり、殴ったこともある。
どくどくと動く心臓が、呼吸をする肺が、これほど憎いと思っていることも、きっとみんな、誰も知らない。
ああ、今日も暗くなってきた。
月明かりを、出さなきゃ。地球を壊した月が、唯一人間に残した、青白い光をはなつ鉱物を。生身の僕の目は、木偶の人たちのように夜目が利かないから。
ああ、純人間の彼女の月明かりがかなり小さくなっている。危ないな、今日はガードマンが付かない日なのに。
そういえば、彼女は月明かりの精錬が苦手、って言っていたな。精密に作られた僕の手はそれがとても得意だから、今度作ってきてあげよう。
僕は……ヒト、だ。
もがきながら、苦しみながら、憎みながら、愛しながら、この作り物の中にある僕自身と生きていこう。
いつか、その内臓が、死に絶え、腐り落ちるまで。
さあ、月明かりの元、帰ろう。
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