月明かり

百合川リルカ

第1話 月明かり

それは、ある日突然のことだった。

 まん丸の、いつものお月様が、突然爆発して粉々になってしまったの。私が生まれるずっと前のこと。


 偉い学者さんたちがどれだけ議論を交わしても、世界中の天体望遠鏡って奴の記録を調べても、どうして爆発したのか、わからなかったみたい。


 そして、其の爆発した破片は、私たちの住む地球にふりそそいだ。

 そう、それはまるで空から大きな隕石が無数に落ちてくるように。

 その破片で、地球の半分は壊れてしまった。どうしてそうなったかは、今もちっとも分からない。唯一つ、真実は、夜空には二度とあのまん丸いお月様は登らなくなり、地球の半分のヒトの命と、住処がなくなってしまった、ということだけ。


 ああ、もうこんなに暗くなっちゃった。早く、月明かりを出さなきゃ。

 あら、しまった、もう月明かりがこんなにすくなくなってるわ。


 地球が半分になってしまった時、化石燃料、つまり、私たちが当たり前につかっていた、石油や石炭がほとんど使えなくなってしまった。

 だから、残り僅かなそれらを使えるのはほんのごく一部、重要な研究所や、病院だけになってしまったの。

 まあ、仕方ないよね。まずは命を守ることが最優先ってわけ。


 そうそう、説明しなくちゃ分かんないよね、「月明かり」が何なのかってこと。

 それは、街から明かりが消えてしまったので、その代用品として作られたもの。

 降り注いだ月の欠片の、何かを精錬して作ったもの。それは青白くぼんやりと、私たちの暮らしを照らす唯一の光となった。

 何で出来ているのかって?だから、そういう難しいことはわかんないの。

 ただ、私たちは、教えられた方法で月の欠片から、月明かりを精錬するだけ。それにしても困ったな、家までもつかしら。


 あ。あの子、まだとても強い光の月明かりを持っている。少しだけ、分けてくれないかな?


 『ごめんなさい、私もこれだけしかもっていないの。』

 そうか、それじゃあ仕方ないよね。早く帰って月明かりを精錬しなきゃ。あれ面倒だから、嫌なんだけどな。

 最近は月明かり強盗なんてのも、発生してるんだって。だから夜道はとても暗くて、強い月明かりをもっていたあの子はとても怯えていた。

 闇、の月明かり売り、なんてのも居るらしいけど、それは勿論違法で値段もとても高い。

 基本的に月明かりは決められた量を配給される材料を、自分の家で精錬したものしか使えない。闇で買えば、それは買ったほうも売ったほうも犯罪になるんだって。私、そんなことで捕まりたくないしね。お父さんも、お母さんも、そんなことしたらすごく怒るし。


 さあ、早く帰らなきゃ。この月明かりが、消えぬまに。


 お月様が壊れて、地球の半分が壊れてしまった今、変わったことは月明かりだけでは済まなかった。


 ヒトは、ヒトの姿を保つのが難しくなってしまった。

 弾けて地球に降り注いだ、月の内部にあったものの影響なんだって。難しいことはよくわかんないけど。もっとも、これまた偉い人たちも分からないらしいけど。


 だから皆、ヒト、は、腕や脚、顔やお腹のどこかが、機械で出来ている。

 中には、脳以外は全て機械で出来ている人もいる。

 そういう人たちは、

 「木偶」

 と、呼ばれる。

 いいのかなぁ、これってさ、差別的表現って奴じゃない?でも、そう呼ばれ呼ぶことに誰もが慣れてしまった。


 え?私もどこか機械なんじゃないかって?

 残念、私は頭のてっぺんから、足のつま先まで生身の体を持っている、ヒトはそれを、「純人間」と呼ぶ。

 なんだかなぁ、これも特別扱いみたいで嫌なんだけど。

 うちの家系は、その月の内部の成分とやらに強い家系で、お父さんもお母さんも純人間。だから、それはそれは、とても羨ましがられるし、色んな検査もたくさん受けた。

 いいじゃないかって?

 うーん、そうなのかなぁ。だって木偶、なら、歳をとることも、太ることも無いじゃない。いいなと思うんだけど。

 あ、でも、ひとつだけ、ちょっと嫌なことはある。

 木偶、の人たちは、顔がまるで人形のようなこと。

 なんでも今の技術じゃ人間の顔みたいには作れないらしくて、みんなどこかしら同じ人形の顔をしている。……おっと、これも差別、になっちゃうかな。

 まあ、クラスに何人も木偶、の子はいるし、その子達の区別も勿論付くけどね。


 とにかく話を纏めると、地球はもうぼろぼろで、これからもヒトが住めるところはどんどん少なくなっていくんだって。

 それほど、月の内部にあったものは、怖いものだった。

 だからみんな、生き残ったヒト、は、まだ月の影響のないほんの僅かな土地や、人工星に移住しようとしている。私のクラスでも結構な人数が移住してしまった。

 「おっはよー、疎開先、決まった?」

 なんて言葉が挨拶になるほどには、地球に残されたものは少ないみたい。きっと、今私が住んでいるこの街も、そのうち消えてなくなるだろう。


 そうしたら、地球に残る人はいるのかしら。

 地球に残れるからだにしたヒト……木偶、の子だけになるのかな。


 家族全員純人間の私たちは、実はいつだってどこにだって疎開することが出来るようになっている。

 それだけ、純人間というヒトは、珍しく、貴重なものだからだって。

 うーん、これも差別、じゃない?純人間だけが、特別待遇だって。


 ああもう、訳わかんないし。難しいことはわかんない。


 さあ、早く帰って、月明かりを作らなきゃ。

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