第15話 愛のスマッシュ

「なんで勝手に決めたわけ?」

神楽かぐらが俺に挑んで来たから俺の意見が尊重されるかと思いまして」



 成宮なるみやが俺に指を差しながら距離をじわりじわりと一歩ずつ詰め寄る。顔はとても険しいです。せっかくの美人が台無しですよ。そんなこと言えないけど。



「助手が探偵を差し置いて前に出るなんて許されないわ。十歩後ろを歩くのが自然でしょ」

「それは共に活動していると言えるのか?」



 俺と成宮がにらみ合う。視線はバチバチとぶつかり合う。成宮の大きな目からは俺の軽く五倍は威圧感がにじみ出ている。

 お、俺だって負けていられない。勝っても何も無いけれど、負けられない戦いがここにある。きっと。



「はいはいそこまで。何で味方同士で敵対し合ってんの。作戦考えよ?」



 険悪な雰囲気を見かねてか、さかき仲裁ちゅうさいに入った。

 正直助かった。何をどう頑張っても俺が勝てる要素が何処どこにもなかった。

 絶対弱点見つけてやるからな。犬とか苦手そう。あと雷。そんで幽霊。多分こいつは、チョロインぽい性格と言動をしていることから、中盤で一気に好感度上げるイベントが来るはず。今現在で好感度はほぼゼロだろう。



白奈しろなの顔に免じて今回は許してあげるわ」

「寛大な配慮に感謝でーす」



 こういう友人に甘いところもツンデレあるあるだ。なるほど、ラノベに出てくる典型的なクーデレヒロインか……

 果たして俺は主人公しているだろうか。主人公じゃなかったら多分このシーンはカットされてる。されてないよな?



「それでダブルスってことは私たちのどっちかがクロ君とペアを組むってことだけど……どっちがいいの?」

勿論もちろん私に決まってるわ。探偵だもの」



 今日、この部室に入ってから今の今まで探偵要素は一つも無かった気がするんですが。

 そろそろ名前なまえ詐欺さぎだと言われてもおかしくない頃ですよ。貴女、今までなんか一度でも探偵らしいことしましたか?



「どっちも魅力的過ぎて選べないです」

「無の表情で言わなければ、好感度下がらなかったのにね」



 上がらないんじゃなくて下がってるのかよ。どうあがいても好感度は一切上昇しないと。配点厳しすぎるぜこの試験官。

 だが選べないという点においては嘘は言っていない。

 成宮なるみやさかき、どちらが運動神経がいいのか俺には判断できないからだ。

 実際にボールを打っている場面を見なければ、作戦も意味を成さない。



「ちなみにテニスの経験は?」

「フッフッフ」

「ヨホホホホ」



 何処の骸骨がいこつだお前。だが二人からあふれ出る自信に、背中からにじみ出るこのオーラ。

 これは期待できる。彼女らは強い。言葉だけは。



「硬式ならやったことあるわよ」

「体育の授業で週二でやってるよ」

「どちらも素人と」



 中途半端な期待をさせることって罪なんだよ、知ってた?

 しかし、硬式テニスをしていたならば、軟式もできる。軟式は硬式が学校に無かった奴が通る道だからな……。

 素人なら尚更、練習をする時間は欲しい。てかあいつは勝負の日時決めてんのか?最悪今日来なかったら、明日聞きに行くとしよう。それまでになるべくお前から出向いて来い。



「燃えてきたわ。私の華麗な両手バックハンドから放たれたフラットが空を切って相手のコートに突き刺さるのよ」

「あ、軟式は基本的に方手打ちだぞ」

「嘘。私、持ち方変えたら一ヶ月は修正に時間がかかるわよ」



 一ヶ月もあいつが待ってくれる訳がない。俺も待たない。こうなれば、さかきのセンスに託すしか……



「ちなみに榊はテニスで得意なプレーはあるのか?」

「相手にボールを渡すのは得意だよ!」



 目をキラキラとさせる榊さん。それはプレーじゃないんですよ。

 詰んだ。もういっその事一人で戦った方がまだ勝算があるかもしれない。

 神楽かぐらが俺のペアを集中攻撃すれば、あっという間にデュースに持ち込まれて逆転負けするだろう。

 一点取ればゲームを取れるなんて、ハンデとしては破綻はたんしているが、なるほど、割と対等な条件になっているらしい。

 俺も最後にテニスをしたのは中学生以来なので、ブランクがどれ程あるか分からないが。



「昼休みにテニスコートを使わせてもらえるように許可を取らないといけないわね」

「今行くの?明日でもよくない?」

「いえ、思い立ったが吉日きちじつよ。今すぐ行動よ」



 成宮なるみやはエネルギーを持てあましているらしい。俺はそろそろ限界なのでここは任せるとしよう。適材適所だ。助手は表立った行動はしないと聞くからな。



「早く来なさい」

「え、俺も?」

「大体あなたがこの依頼のメインでしょう?自分の人生の分岐ぶんき点になるかもしれないのよ?」

「そんなに大事だったかこれ?」



 確かにちょっと前まではシリアスっぽい雰囲気だったが、俺は負けてもなんやかんや言い訳してテニス部には絶対入部しないつもりなんだけど。



「絶対に負けられない戦いだもんねこれ」



 彼女らはどうやら本気でこの勝負に挑むらしい。当の本人以外で盛り上がるな。

 そもそもなんで負けたらテニス部に入らないといけないのか、さっぱり分からん。

 神楽の考えていることが一ミリも理解できない。まだ、中学時代のことを根に持っているのかあいつは。



「早く来なさい」



 ドアの前でやる気に満ちている二人を見ていると、何故かやらなければならないような気がして、少しけ足気味になる。

 他人に影響されるなんて俺らしくもない。だが、それほどまでに異常事態なのだ。文句は言ってられまい。

 来週中にかたをつけてやる。




 ***




 翌日のお昼休み。昨日、テニス部の顧問の先生から快く使用の許可が下りたのでありがたく使わせていただいている。

 多分俺一人じゃ門前払いだったが。さかき成宮なるみやの顔を見るやいなや、顔をデレデレさせやがってあの先生ハゲ。だから女子テニス部の生徒からの評判悪いんだよ。

 何が「君たちのお願いだったら出来るだけ協力するからな」だ。そこに俺はいるんだろうな?

 そんなやさぐれて黒いオーラをまとっている俺を日光が浄化しようとしているのか、これでもかというほどに輝いている。が、木々が葉を散らして枝をらす程に風が吹いている為、若干寒い。長袖ながそで着てよかったぁ……。

 一方、長袖を着てない硬式テニス経験者の方はこちら。



「さ、さむい……ストーブかエアコンちょうだい……」

「んなもんねぇよ。根性でなんとかしろ」

「君、自分が優位に立ったら、他を見下すタイプね。そういう奴はいつか下剋上げこくじょうにあって斬首ざんしゅされる運命なのよ」

「ギロチンが迫ってるのはお前だが」



 大体言ってることの全てがブーメランとなって首をちょん切ってしまっている。

 いい気味だ。これは日頃の鬱憤うっぷんをここで消化させるべきだな。



「ずっとここで、ボールと用具を取りに行って貰ってるさかきを待っているのもあれだ。準備体操しよう。まずは腕立てからするか」

「普通ランニングじゃなくて?」

「馬鹿野郎。男子の体育の授業ウォーミングアップは腕立て、腹筋、背筋を三十回やるんだよ知っとけ。それから校舎の周りを一周。それを二セットやって終了だ。返事は、ヨシ!だ、ドゥーユーアンダースタン?」



 俺は鬼教官になったつもりで成宮に説明をほどこす。我慢してくれ。これもむちなんだ。飴はどうせ榊が用意してくれるから、俺は鞭担当として鬼畜にも、ビシンバシンと泣いて叫んでわめき散らしたところを動画で撮影するまで叩きのめすつもりだから覚悟しとけよ。



「この……鬼!」

「なんとでも言え。ほらほら早くしないと時間がもったいないぞ?時間は有限だ。それにしっかり準備体操しないと怪我けがをするからな。さぁうつ伏せになれ」



 俺はじわりじわりと近寄って成宮に考える時間を与えないようにする。

 成宮は俺をにらみながら渋々といった様子で腕立て伏せの体制を取る。

 普通に考えれば、筋トレはしなくていいし、テニスコートを二周ぐらいして準備体操すればいい。

 だが、なんだろう、女子が筋トレをする姿を見てみたい気がする。これは背筋の方が良かったか?あ、いや別に深い意味はないんですよ。ただただシンプルに……



「はいドーン☆」

「ぐぅえ……!?」



 背中に張り手の数倍の威力で、何か柔らかいものが猛スピードで襲い掛かった。絶対腫れてる。血が出てる。なんなら背中に穴空いてる。

 振り返るとそこには満面の笑みでラケットを握るさかきの姿。ちなみに左手には軟式のテニスボールが握られている。

 おそらく俺の背中目掛けて思い切りボールを打ったのだろう。いや何故。俺は成宮なるみやに愛を持って接していただけなのに。



「私ね、ボールを渡すの得意なの」

「背中に渡すとはなかなか難易度が高いですね。主に理解する方が」

「私もたまには愛のスマッシュをビシバシと体中が温まるまでやってみたいなって。ほら、張り手をした部分って熱く感じるでしょ?痛みこそ人の体温を温める最終奥義だと思うんだよね」



 その最終奥義を使う時にはもう人間の心やめてるな。鞭でシバかれる方がまだありがたいぞ。



「すみませんでした。もう二度と偉そうに指示しません」

「あと、ジロジロ見ないこと」

「はい、以後気を付けます」


 やっぱ欲って醜いよな。特に性欲。他人に見せてならない欲求第一位間違いなし。理由は俺の背中をどうぞご覧あれ。



「さ、三十回終わった……もう無理……」



 チラッと健康そうな太ももが目に入る。おっとそれ以上はまずい。マジで下に着る例の布がけて見えたりしたあかつきには俺の目は使えなくなるだろう。物理的に破壊されるきがしてならない。



「しろなぁ……水ぅ……」



 成宮なるみやが仰向けに倒れる。彼女は榊ほどではないが、無いわけではないので、物体πがゆらゆらと揺れる。まるでさざ波のように。ゆっくりと。母音母音ボインボインと効果音が聞こえそうだ。いや、そんなにはねぇな。

 そして、榊もゆっくりとボールを頭上に投げて、ラケットを思い切り振りかぶる。

 体育でしかテニスをやったことない割には綺麗なフォームだ。まさか真正面から見ることになるとは思わなかったけど。これ死ぬ?



「いや、これはジロジロとは見てな」

「えいっ」



 そんな可愛らしい掛け声とともに凶悪な意思が宿ったサーブが、俺の顔面を目掛けて放たれる。

 俺はサーブが放たれる瞬間にひざを即座に曲げて回避した。かに見えたが、予測していたかのように、ボールは俺の目と鼻の先にあった。そして左のお目目にクリティカルヒット。

 いさぎよく顔をおおって防御していたら良かった。痛いけどまだ耐えられた。



「いっっっっっってぇぇぇぇぇえぇぇぇえええええ」



 俺の視界は白くなった。あぁなんだか眠くなってきたよ……

 俺はしばし休むことにした。人生を。

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アオハル・探偵部 霜谷七音 @Ka_i_07

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