第14話 勝負の内容

 神楽蒼斗かぐらあおと。中学校では三年間一緒のクラスだった男。

 黒縁くろぶちメガネが似合うインテリヤクザのような容姿をしていて、必要最低限の会話と、基本無表情で真顔がデフォルトの、愛想あいそ愛嬌あいきょうも持ち合わせていないような奴だが、これでも女子はカッコいい……とひそかに人気を集めているといううわさを一条から聞いたような気がする。

 顔は悪くないのだろう。そして成績も優秀である。だが、曲がったことは嫌いな真面目野郎だ。

 そして、こいつは俺に張り合ってくるふしがある。


 例で言えば、国語のテスト。俺は中学二年生の時に一度だけ国語のテストで百点を取ったことがある。その時の神楽かぐらの点は九十点。そのことが神楽にとっては屈辱くつじょく的だったのだろう。それから奴は国語のテストの時は毎回、俺に点数を聞くようになった。

 そして大体俺が勝つのだが、負ければ負けるほどあいつはやけになって勉強の時間を増やしていった。

 だが、国語は数学のように、勉強時間の増加に比例して点数が上がるような、目に見えた変化がみられるような教科ではない。

 だから、一番五教科の中でも向き不向きが激しい教科だと俺は思っていたのだが、神楽はそれでも諦めきれず、卒業する最後の学期末テストまでらいついてきた。

 だが、俺は三年生の頃から、どの教科でも八十点ほどをキープするようになり、卒業式の日に最後の言葉を交わして以来、会話をすることはなかった。

 今、神楽がこの部室に来るまでは。



「断る。勝負をする理由がない」

「ここは探偵部たんていぶだろう?生徒の悩みを解決する場所だと柏木かしわぎ先生から聞いたのだが」

「それは先生が勘違いしてるだけで、ここは生徒の悩みを聞いてアドバイスするだけの場所だ。カウンセラー的な何かだと思ってくれ」

「でも私の時はヘアピン探してくれたじゃん」

「お前余計なこと」

「なら、僕の悩みも探偵部が直々じきじきに解決へと向かってくれるよな」



 さかきは申し訳ないと絶対に思ってない笑い顔で、ごめんねと手を合わせて謝るがもう遅い。

 コイツ余計なこと言いやがって。先生も先生だ。生徒の面倒事は全部こっちに流してるんじゃないだろうか。

 そして、依頼を受けるのかどうかは部長(多分)の成宮なるみやにかかっている。そして知っている。久々にまともそうな悩みが来たのだ。そして、神楽の狙いは俺。

 となれば……



「その依頼、引き受けるわ!」



 ですよね。知ってた知ってましたよ。また面倒くさいことに巻き込まれるのか……



「でも勝負の内容はどうするの?勉強?スポーツ?それともゲーム?」

「それは俺から提案させてもらいたいんだが構わないか?」

「いや、俺から」

「いいわよ神楽君。聞かせて」

「俺の意見は……」



 探偵部の人権ランキングでは万年最下位の俺に発言権などあるはずもなく。

 学力テストとかだったら勝ち目無いぞ?俺の今の成績は中の中ぐらいだからな。

 スポーツも最近ロクにしてないし、ゲームも大してやってない。あれ俺、詰んでね?



「テニスでどうだ?ソフトテニス」

「はぁ?テニス部のお前に勝てるわけないだろ」

勿論もちろんハンデは用意する。フェアじゃないからな」



 テニスなんて中学以来やってない。最後にしたのは体育の授業でやった時だ。

 ハンデがあっても有利なのは間違いなく、ソフトテニス部に所属している神楽かぐらだ。正直勝ち目がないからサレンダーしたいけど。



「そっちはダブルスでいい。僕はシングルスでする。あと、点数は三点ビハインドの五ゲームマッチでどうだ?」

「お前正気か?」

いたって僕は冷静だ」



 ソフトテニスは一ゲーム四点先取だ。五ゲームマッチなら先に三ゲームを取った方が勝者となる。

 そして、一ゲームの中でどちらも三点を取った場合、デュースに移行する。

 デュースとは、先に二点差をつけた方がそのゲームを取れるという制度だ。

 だが、デュースになるには、俺たちが連続で三失点する必要がある。ましてやこっちは二人、相手は一人だ。あまりに条件が神楽かぐらにとって厳しすぎる。

 何か裏があるのではないか。



「でもそれって神楽君が不利過ぎない?勝負になるの?一つでもミスしたらゲーム取られるんだよね?」

「あぁそうだ。だから、僕が勝った場合は報酬が欲しい。勿論もちろん君達が勝てば、僕にできることであれば、一つだけ何でもしようじゃないか」

「すごい自信ね。負けることなんか考えていない口振りだわ」



 成宮なるみやは呆れたように手を組んでそう言った。

 成宮の言う通り、大層な自信だ。こうは言っているが、自分が負けることなど微塵みじんも考えていないのだろう。自分の実力を見誤っていないといいがな。



「で?お前が勝ったら何が欲しいんだよ」

黒咲くろさき。お前はテニス部に入れ」

「は?なんで俺が」



 意味が分からない。何故今更テニス部に勧誘するのか。こいつの考えていることは昔からよく理解ができない。

 そんなことに何のメリットがあるのだろうか。



「じゃあ、俺たちが勝ったら」

「ちょ、ちょっと。何で勝手に決めてるのよ」



 成宮なるみやさかきには申し訳ないが、こればかりはゆずれない。俺は椅子いすから立ち上がり、神楽の眼鏡の奥にあるひとみを見て、宣告する。



「もう二度と勝負を仕掛けてくるな」



 部室の空気が少しずつ冷えていく。四月も終わりに近づくというのに、手先は冷たいままだった。

 俺はいつぶりかの神楽の勝負を受けることにしたのである。

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