スーホの琴白馬

金澤流都

どすこーい、どすこい

 ある日のことでした。日は、もう遠い山のむこうにしずみ、あたりは、ぐんぐん暗くなってくるのに、スーホが帰ってきません。


 おばあさんは、心配でたまらなくなりました。近くに住むひつじかいたちも、どうしたのだろうと、さわぎはじめました。


 みんなが、心配でたまらなくなったころ、スーホが、なにか茶色いものをだきかかえて、走ってきました。


 みんなが、そばにかけよってみると、それは生まれたばかりの、小さな力士でした。


「しこ名は琴白馬でいいと思うんだけど、どうだろう」と、スーホは笑顔で言います。


「っていうか生まれたばかりの力士ってなんだよ、生まれた時点で力士になるのかよ。まだレスリングとか柔道とかやる可能性あるんじゃないの」ひつじかいたちはそうツッコみました。


 さて、琴白馬と命名されたモンゴル力士はあっという間にどんどん強くなり、アンコ型の屈強な力士になりました。すごいスピードで番付を駆けあがり、ついに全勝で千秋楽結びの一番を横綱と戦う日がやってきました。ここで勝てば次の場所は横綱になれるかもしれません。


 スーホは海外版のN●Kで、モンゴルの草原にあるゲルから琴白馬を応援していました。琴白馬の力は日本だけでなくモンゴルにもとどろいていて、ひつじかいたちはスーホのゲルに集まり、テレビにかじりついて琴白馬の勝負を見届けようとしていました。


 そこに、唐突に殿様がやってきました。殿様は、琴白馬が貧しいひつじかいのスーホにどんどん送金するのが気に入らず、横綱に巨額の裏金を渡し、その上で横綱を改造人間にして、琴白馬を再起不能にしようとしていました。そして、スーホたちがパブリックビューイングをやっていると聞いて、がっかりする顔が見たくてやってきたのです。


 琴白馬と横綱が土俵に上がり、塩を華やかに撒きました。二人はにらみ合い、行司が待ったなしを告げ、軍配を返しました。


「ハッキヨォイ、ノコッタぁ!」


 どすん、と琴白馬と横綱が激突しました。横綱は改造人間なので、常人には不可能な勢いで琴白馬に張り手を浴びせます。琴白馬の鼻からひとすじ血が滴りました。額も切れています。琴白馬は目に血がかかって視界がぼやけるなか、どうにか横綱のまわしを取ろうとしますが、横綱は目にもとまらぬスピードで琴白馬の体をはじきます。


「なんだ……?! 横綱、異様に強いぞ!」スーホが叫びます。


「ノコッタノコッタ、ノコッタぁ!」行司が甲高い声で叫びます。


 横綱と琴白馬が僅かに離れた瞬間、横綱はコマンドを入力してビームを撃ちました。なすすべなく吹っ飛ばされるかと思った琴白馬は、ギリギリ土俵際で残って耐えました。


 琴白馬は反撃に転じますが、横綱は軽く体をさばくと、琴白馬をそのまま土俵に叩きつけようとしました。あっ、とひつじかいたちは声を上げます。


 しかしまたしても琴白馬はギリギリのところで手をつかず体勢を立て直しました。


「ノコッタノコッタ」


 琴白馬はまわしをとり、見るからに重そうな横綱を自重で倒れるように投げました。しかし横綱は背中のロケットを噴射させて、倒れませんでした。


「長い勝負になっているぅっ!」とN●Kのアナウンサーが叫びます。


「いやロケットは反則だと思いますよ」と解説の舞●海さんが言います。


 横綱の右の張り手が琴白馬の顔に命中します。琴白馬はバランスを崩し、膝がくだけて足首があらぬ方向に曲がりました。ああっ。スーホたちは顔をしかめました。


 しかしそのとき、横綱は思わず琴白馬のまげを掴んでしまいました。まげを掴んで叩きつけて、横綱は(しまった、これ反則だ)と思いました。


 当然、横綱が反則行為をしたため、軍配は琴白馬に上がりましたが、琴白馬は足首を再起不能と言えるほど傷めていました。優勝旗や賜杯やでっかいマカロンを受け取る間も、足首が震えていました。


 優勝インタビューの間も、琴白馬は足首の痛みを気にしていて、本当なら横綱になれたはずの琴白馬は、その場所を限りに引退することになりました。


 スーホは悔しくて悔しくて仕方がありませんでした。なんで相撲でビームやロケットを使う改造人間の横綱がまかり通るのか。それはその日のスポーツニュースで、横綱に横審が厳重注意を与えたと流れても、ぜんぜん納得できませんでした。


 かなしさとくやしさで、スーホはいくばんも、ねむれませんでした。


 でも、やっとある晩、とろとろとねむりこんだとき、スーホは琴白馬のゆめを見ました。スーホが横っ腹をぺちぺちたたくと、琴白馬は人懐こい笑顔になりました。そして、やさしくスーホに、話しかけました。


「ウス。自分は、横綱になれなかったっス。足首をやられて再起不能になったっス。だから、モンゴルに帰って後進の指導にあたりながら、日本式のちゃんこ鍋の店を開きたいっス」


「ちゃんこ鍋……って、鶏肉がいっぱい入った鍋料理だな。ぼくも食べたいなあ」


 スーホがそう言うと、琴白馬はぞんざいにちゃんこ鍋の作り方を説明しました。


「ウス。作り方を説明するっス。まず鶏肉をいっぱい用意して、適当に野菜とか豆腐もいっぱい用意して、グツグツ煮て、味噌とかしょう油とかで適当に味つけるっス。煮えてきたらネギもいっぱい入れるっス。つくねとかキノコも入れるとうまいっス」


 スーホは、ゆめからさめるとすぐ、そのちゃんこ鍋を作りはじめました。ゆめで琴白馬がおしえてくれたとおりに、鶏肉や、野菜や、豆腐や、キノコを、夢中で味噌味で煮ていきました。モンゴルの草原で味噌が手に入るのかはさておき。


 ちゃんこ鍋が出来上がりました。やがて、スーホと琴白馬の作ったちゃんこ鍋は、ひろいモンゴルの草原じゅうに、ひろまりました。そして、ひつじかいたちは、ゆうがたになると、より集まって、そのおいしい味に「ごっつぁんです!」と舌つづみを打ちながらちゃんこ鍋を食べ、一日のつかれをわすれるのでした。

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スーホの琴白馬 金澤流都 @kanezya

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