再生の司祭【後】

 階段は長かった。

 しかし、ヴェインたちは身体に鞭を打って走り、その先にオルフィデの力による影響がないか確かめようとしていた。



 もし見つけたら、スコールの力かヴェインの力で浄化する。

 壁や床、天井がところどころ苔むした石材に覆われた階段だった。



 さらに数分も駆けたところで、七人は風を感じた。

 たどり着いたのはウィンデアの内部に位置した場所、円柱の内側をそのまますべてくり抜いたような大空洞。



「なんだ……ここ」


「っ……あれを見て!」



 シャーロットが大空洞の中心を指さした。

 七人が足を踏み入れた大空洞は、彼らが立つ高さに円を描くように壁沿いに作られた道がある。



 円を描くような道から、アーチ状の橋が中心に向けて何本も伸びていた。

 空洞の中心に、翠と蒼の線が複雑に入り組んで作り出す光球が浮かんでいる。ひと際大きな光球の他にも、いくつかの光球が周りを囲むように浮遊する。



 彼らが見つけた一番大きな光球は中央に浮かび、黒い霧に蝕まれつつあった。

 レンが危惧した通り、ウィンデアの内部からこの地の魔力に変化をもたらしている。



「ここはウィンデアの魔力が集まる神聖な場所っていうのがあたしの考えなんだけど、どうかしら」


「だな。俺も同じだと思うぜ」



 カイトの同意につづいてスコールが疲れた様子で、



「急いで浄化しましょう」



 しかし、アーチ状の橋を渡ろうとしたら、強力な風に阻まれた。

 危うく下に落下してしまうところ。底が見えないこの高さから落ちてしまったら……その先のことは誰も考えたくなかった。



 風をどうにかしなければと思ったが、ただの風ではない。

 ウィンデアの中央に宿る力を守るためのもので、止めようにも手段が思いつかなかった。

 スコールが魔法を使う。

 


 一つは呪いを解くための魔法。

 次に使ったのは、悪しき力を払う白魔法の上位魔法。



 橋を遮る風は弱まったが、オルフィデの力がウィンデアの力を穢しつづけていた。

 あまりにも強力な魔王教の力に、次はヴェインの力でどうにかすることが考えられたとき。

 シャーロットが周囲の様子に目を凝らしていた。



「あれって――――」



 彼女はこの七人の中でだれよりも目がいい。

 一際大きな光球を囲むいくつかの光球の中に一つ、違いを見つけだした。



 周りの光球と違い、風の魔力だけに包まれていた。

 風の魔力に包まれた光球の内部に、確かに眠っていたのである。

 それは、 



「どうして……こんなところにあるの?」



 まるで昨年のカイトのように、自身の目を疑う。



 しかし、見間違えるはずもない。

 シャーロットも絵でしか見たことはないが、風と光球の中に見えたシルエットは間違いなくある人物が用いた弓そのもの。



 ロフェリア家の祖、七英雄の弓。



 どうしてここにという疑問は、アイリアが見つかったときと同じ。

 何か理由がありそうだ、、、、、、、、、、と思わせられる瞬間だ、、、、、、、、、、った、、



 あの弓は無視できない。

 ウィンデアの内部の風を支えるかのようにそこにあった弓の名は『風王弓シルフィナ』、風の精霊の祝福を受けたとされるもの。



 手にしてよいものか、どうしたら手にすることができるのか。

 迷うシャーロットとともに、六人も光球の中にシルフィナの姿を見た。

 ふと、シルフィナを包む光と風が収まると、ふわりと浮かびながらもゆっくり降りてくる。



「っ――――待って!」



 シャーロットは足をくじいていたことを忘れて走る。

 じんと熱を帯びた痛みを感じても、まるで気が付いていない様子で足を動かした。

 彼女は落ちていくシルフィナを風魔法で引き寄せた。シルフィナは空洞の底に落ちていくことなく、彼女の手に収まった。



「シャロ先輩!」



 体勢を崩したシャーロットをヴェインが抱き寄せるも、勢い余って二人はアーチ状の橋の上で転がった。

 シャーロットはシルフィナを抱きながら、身体を支えてくれたヴェインに「ご、ごめんなさい!」と謝ってすぐに礼を言う。



 二人の元へ仲間たちが駆けつけてくると、シャーロットはヴェインに手を借りて立ち上がった。

 足をくじいていたこと、その痛みを再確認しながらも、



「……どうして、この弓がここにあったの」



 大切そうにシルフィナを抱いて、疑問を。

 彼女の隣にセーラが立って聞く。



「ねぇシャロ、やっぱりそれって……」


「ええ。どうしてここにあったのかはわからないけど……アイリアと一緒かしら」


「そうだな。俺のほうも相変わらずどうしてこうなってたのかわかんねーけどよ……」



 カイトがニカッと笑い、



「ご先祖様たちの力が、俺たちを呼んでくれたのかもな」


「……そうかもね」



 シャーロットは一際巨大な光球を襲う黒い魔力を見た。



 一直線に、彼女が放つ矢のように鋭く。

 すると、彼女が抱いていたシルフィナが翡翠に似た美しい碧の光を放ち、シャーロットに何かを伝えようとしていた。



「この子が自分を使えって言ってるみたい」



 巨大な翡翠を切り出し、美しい木の装飾を施したような威容の弓である。

 弦は金色。弦はぴんときつく張っているように見えたのに、シャーロットが引くと抵抗はそう強くない。



 感触を確かめた彼女は、仲間たちより前に出て光球を見た。

 することはいつものように弦を引いて、一度深く呼吸するのみ。

 物理的な矢はつがえなくていい。指先に強く意識するだけで、風魔法による矢が現れる。



 シャーロットが振り向かずに。



「きっとこの弓、すごく強いから! 風で下に落とされないようにしてて!」



 風魔法の矢が生じると、シルフィナの周囲に力強い風が生じた。

 いつものシャーロットが用いる以上の風が、七英雄が用いた弓を中心に意を示す。 

 風は碧に染まり誰でも視認できるようになり、つがえられた矢の矢じりに向けて渦を巻いた。



 しかし、オルフィデとの戦いで消耗していたせいか、力が入らず狙いが定まらない。

 足だってそうだ。くじいたせいで下半身に思うように力が入らなかったのだが、



「外したら、死ぬまで笑ってあげますからね!」



 妹のように可愛がってきたリズレッドの激を受け、シャーロットが一度振り向いた。

 心配した様子で、半泣きにも見える表情で唇をきゅっと結んだリズレッドを見てから、力が抜けて頼りなかった足元にしっかり力が入った。



「ばーか、言ってなさい」


「いくらでも言いますよ! それでシャロに気合が入るなら!」


「勘違いしないの。リズに心配されるようなことにはなってないわよ」



 でも、



「昔から、リズに言われると弱いのよね!」



 実の妹のように可愛がってきたからかもしれない。

 素直に感謝できないあたり、自分もかっこいい姿を見せたいのだろう。



 シャーロットは気を取り直して狙いを定めた。

 今度は、揺れることも震えることもない。



 ――――弓の名手シャーロット・ロフェリア。


 

 手にしたシルフィナが纏った風が落ち着き、彼女を笑わせた。

 主君を見定めるための儀式は、もう済んだ。



「私を主人として認めたのなら――――」



 魔法の矢から、指先が離れる。



「あの穢れを払ってみせなさい!」



 神聖な風の力が、碧の閃光に変わって飛んだ。

 巨大な光球を侵す黒い魔力が伸びる腕へ姿を変え、何本も伸びた。



 十数本の腕が放たれた風の力をつかみ取ろうとしたが、どれも弾け、消えていく。

 残る数本の腕が閃光を囲むようにねじれたが、いずれも閃光に触れることすら叶わず弾け、光球の中へ届こうとしていたオルフィデの魔力を貫いた。



 大空洞を、蛍のように瞬く緑の魔力が満たした。

 七人の身体に届く風が魂を洗うような清らかさを皆に届けると、シャーロットの身体が揺れた。

 それをセーラが支え、



「やるじゃない、シャロ」



 満面の笑みで迎えたのだ。

 七人にとっての戦いは、ここでようやく終わりを迎えた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 シャーロットがシルフィナを用いたことによる影響が、神殿で戦うレンたちにも届いていた。



 神殿の外側は柱廊の造りのそれで、外の様子が容易に見て取れる。

 夜でも満天の星による灯りで、周囲は薄暗い程度。

 神聖なるこの場で司祭オルフィデは呼吸を乱し、片腕をかばうようにウィンデア周辺の様子を見てから柱廊を飛び出す。



「こうも完全にしてやられるとは、思いもしませんでしたよ」



 オルフィデは一貫して態度を変えず、顔に涼しげな笑みを浮かべてみせた。

 だが、オルフィデが『あのお方』と呼ぶ少女のことは絶対に答えない。彼女の情報は自分の命よりも重い、そう言ってもよかった。



 追いつめられる。

 聖遺物によりすべての力が強化されていたはずが、これでは勝てない。

 では、求めるべきは限りなく勝ちに近い引き分けのみ。

 


「……私は司祭」



 上半身を両腕で抱いたオルフィデが、全身から黒い波を放ちレンを弾き飛ばす。



「エルフェンの子にこうべを垂れるつもりはありません!」



 一瞬の隙に彼が広場に生み出したのは、紫色に光る魔法陣。

 迸る魔力は触れるだけで人を消し炭にできるだけの破壊力を秘めている。



 魔法陣の中央で……オルフィデは笑いながら膝から力を失った。

 彼は岩肌から崩れ落ちてきていた岩石に背を預け、壊れた石畳に腰をつく。

 もう、立ち上がる気力もない。



 オルフィデが十数メイル離れたところに立つレンと言葉を交わす。



「いかがです? 私と、死後の世界で改めて戦うのは」


「俺が応じるとでも思ったのか」


「思いませんよ。ですが、是非とも応じていただきたい。何故なら、あなたが危険だからです」



 レンは水の魔剣を石畳に突き立て、ミスリルの魔剣に持ち替えた。

 ミスリルの魔剣に収まりきらなかった白銀と漆黒の魔力が、彼の腕を覆う。



 エレンディルを発つ前、リシアとフィオナに見送られたレン。

 二色の魔力が、ここでも二人のことを思わせた。こうした状況にありながら勇気づけられているような気がして、



「……全部終わったら、すぐに帰りますから」



 魔法陣の力が膨張しきると、座り込んでいたオルフィデがレンに向けて手を伸ばした。

 手の先に、魔力が満ちる。

 


 レンはミスリルの魔剣を振り上げた。

 そして……



 一瞬の、風切り音。



 オルフィデが伸ばした手の先から、リズレッドが放った竜の息吹にも似た大きさの光芒が放たれる。

 魔法陣と同じ色で、周囲に風に揺らぐ炎に似た魔力を伴って。



 石畳をまっすぐ破壊しながら、レンへ向かった。

 また、振り下ろされていくミスリルの魔剣からは、権能ノ剣が。



 本当の最後。

 面と向かい合っての、力比べ。



 受け止めたレンの権能ノ剣が――――少しずつ敵の光芒の力を削っていく。



「ぐっ……」



 だが、レンも代償を負っていた。

 片方の腕が、オルフィデの魔力に灼かれていた。深く、筋線維の奥にまで入り込もうとする呪いによる痛み。

 しかし、ミスリルの魔剣を掴んだ手から力は抜かず、



「馬鹿な……これでもあなたは――――!?」



 終わりは、唐突に。 

 そして、鮮烈だった。



「ああああああぁあああああああッ!」



 遂に完全に振り下ろされた、権能ノ剣を行使するミスリルの魔剣。

 レンが咆哮を上げながら。



 暴風と紫電の渦が入り乱れ、最後は破壊力を伴わない風となり爆ぜた。

 白銀と漆黒の閃光はオルフィデが放った光芒を、展開した魔法陣ごと砕いて、切り裂き、浄化して、滅した。



 オルフィデの魔力は光の粒子へ分解され、空を漂う。

 それまでの苛烈さが鳴りを潜めた景色に変わっていた。

 魔法陣が破壊されたことによる光と、水の魔剣による青々とした魔力が混在した美しく幻想的な光景が広がる。



 光と水の粒が舞う光景が、ひどくゆっくり動いているように見えた。

 オルフィデは腰を下ろしたまま、



「素晴らしい――――」



 七英雄の末裔にも、レンにも奪わせたくない。



「今日がこれほど――――美しい凶日だったとは」



 オルフィデは忌むべき美しさを前に。

 レンにされるわけでもなく、自然に事切れた。

 レオメルの手に落ちるつもりはないという意思を最後まで貫き、事切れる直前にもレンを見て笑っていた。



 ……そして、戦いの終わりを見ていた者たちがいる。



 ヴェインたちのことだ。

 彼らが外に出たのはオルフィデが魔法陣を展開した後で、最後の戦いを目の当たりにした。



 蒼い魔力の結晶が展開された空間と、白銀と漆黒の魔力。

 何か恐ろしいことが起こりそうになっている気配は全員、階段を上る途中でわかっていたが、このような状況になっていたとは夢にも思っていなかった。



「…………」



 戦いが終わり、立ち尽くすレンは何も語ろうとしなかった。

 最後の鬩ぎあいの影響で、彼は片方の腕がだらんと脱力している。

 彼がいま、何を思っているのかは誰も知らない。

 


 やがて、一人の少女が。

 リズレッドが戦いの終わりに、黙るレンの背を見て。

 


「……あれが」



 彼が、



剛剣の剣聖レン・アシュトン――――なんですね」 



 夜のウィンデアに、清らかな風が舞っていた。

 戦いの終わりに感謝を告げるように、穏やかに。

 



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