再生の司祭【中】

 リズレッドが竜の息吹より強いかもしれないと言った炎に、どうしてがここに現れたのかということも、ヴェインたちが対処に苦労した波動をどのようにしてかき消したのかも。

 


 巨大な神殿の柱廊、開けた空間。

 柱が並んだだけの壁の外側から届くウィンデアの風に、七人の髪が揺れていた。



「レン、なのか?」


「ああ」と。



 ヴェインは気が動転していたのかもしれない。

 彼は自分が、自分の仲間たちが満身創痍であることばかり考えてしまい、冷静に考えることができていなかった。

 いま見たレンの強さに、うまく触れられていなかった。



「……あいつは危険だ」


「ああ、わかってる」



 だけど、ヴェインたちで倒せたはずなのに。

 レンはこの状況に疑問を抱きながら、



「でも、心配しないで」



 短い返事を、微笑を浮かべて。

 だが、すぐに変わった。



「あとは――――俺がやる」



 彼はヴェインに向けていた顔をオルフィデに向ける際……顔から笑みを消した。

 ヴェインにとって級友のレンから、彼が一度も目の当たりにしたことのない、剣聖としてのレンに表情を変えた。



 手にしていた炎の魔剣を石畳に突き立てる。

 腰に携えていたミスリルの魔剣を抜き、歩を進めた。



「……何者であるかは、どうでもいいですね」



 オルフィデが、脚を鋭く振った。

 魔弾だ。彼が一度倒れる前と比べて数段高まった破壊力を秘めた、魔力の塊を放った。

 空間ごと揺らすかのように震えながら、黒と赤の閃光となった魔弾。



 レン! と、ヴェインが叫ぼうとした声は消えた。



 これまで戦場で見たことのない、級友の姿。

 彼はいま、すべての者へ示そうとしていた。



「……お前がどうして立ち上がったのかも気になるけど」



 たとえるなら、予期せぬイベント戦のようなもの。

 事実として、七英雄の伝説でもレン・アシュトンがヴェインたちの窮地に助力する機会があった。いまはそれそのもの。



 オルフィデの攻撃に対し、一切の恐れを見せず。

 ミスリルの魔剣が、目にもとまらぬ速度で横に薙がれる。放たれた魔弾が雲散したことが、七英雄の末裔たちをこれまで以上に驚かす。

 


 数秒の静寂だった。



 ヴェインたちはレンの強さに言葉を失い、目を覚ましたオルフィデは急に現れた強者の存在に緊張感を強めていたから。

 せきを切ったように驚きの声を上げたのはカイトだった。



「嘘だろアシュトン!? お前……っ!」



 彼はレンを守ろうとしていたけれど、身体が思うように動かず一瞬だけ反応が遅れていた。

 しかし、明らかに不要だった。

 ……不要どころか、下手に手を出すとレンの邪魔になるとすら思えていた。



「その制服、帝国士官学院のものですね。ご友人たちを助けに来られたといったところでしょうか」


「――――それだけじゃない」



 レンは簡潔に答え、動いた。

 竜の息吹で溶けていた石畳が崩れ、浮かび上がっていく。魔力が瓦礫の間に浮かび上がり、力を蓄えた。



 いまにも爆裂しそうな魔力の激流の中心に、ミスリルの魔剣が。



 聖域堕とし。

 レンが剣魔が使った技を、いま――――



「もう一つ、お前に聞きたいことがあって来たんだ!」



 ミスリルの魔剣を振り下ろすと同時に、聖域堕としがオルフィデへと。

 七英雄の末裔はあまりに強大な力をレンが放った姿に絶句し、息を呑む。



「ッ――――!?」



 聖域堕としを防ぎきれず弾き飛ばされたオルフィデは、追ってくるレンをいつの間にか見失った。



 少年の気配は、オルフィデの背後に現れた。

 魔王教の司祭は、ヴェインたちと戦っていたときに抱かなかった感情に心を支配される。

 七人を相手にしたときと違うこの感覚は、そう。



 ……明らかな上位者!



 オルフィデは絶対的な再生の力を持っていながら、レンの攻撃に敬意を抱いた、、、、、

 両腕を魔力で覆いクロスさせて防ごうとするも、ミスリルの魔剣はオルフィデの魔力を障害とすることなく容易に切り伏せた。

 剣閃はオルフィデの首筋から下腹部まで一本の線を描き、しかし血液は流さない。



 傷跡も瞬時にかき消したが、消耗は激しい。

 見た目の傷跡以上に再生するために魔力を消耗していた。



「遠慮はしないぞ、オルフィデ」



 権能ノ剣。

 剛剣を扱う者のなかでも、剣聖級のみが扱える特別な戦技。

 扱うものにより纏う波動の色が異なり、破壊力以外に持つ特性もまた使用者により異なるという異質なもの。



 レンが用いる権能ノ剣は、二色の波動が生じる。

 リシアの力を思わせる浄い白銀と、フィオナの力を思わせる漆黒の二色が。

 いまだ使用者個人の性質は不明ながら、破壊力は特筆すべきもの。

 彼が振り上げたミスリルの魔剣。



「これほどの力を学生が!?」



 レンにとってこの戦いは、オルフィデから情報を聞き出すための戦い。

 あの少女のことを聞き、七英雄の伝説における惨劇――――聖女リシアを殺した理由に迫れるかもしれない。



 抑えた戦いをする必要は一つもなかった。

 二色の魔力が雷撃が如く迸るミスリルの魔剣が、その力を解き放つ。



「はぁぁああああああああああッ!」



 雄叫びに似た咆哮につづき、迸る力と剣閃がオルフィデへ。



 巨神の使いワダツミに対して、ほぼその攻撃のみで命を奪うほどの破壊力。受け止めるオルフィデは圧倒的な力を感じてはいたが、命を落とすとは思っていなかった。



 彼が持つ再生の力は、特別なもの。

 それ自体は勇者の力によりヴェインが特効を誇ったが、レンの力はそうではないはず――――そう、思っていたはずなのに。



「馬鹿――――な――――ッ!」



 権能ノ剣に限っては、違った。

 レン自身、まだ自分の特性が何なのか理解していなかったが、何故かオルフィデの再生能力に対してヴェインのように力を示したのだ。

 ミスリルの魔剣が迸らせた白銀と漆黒の力が、オルフィデの身体にいくつもの傷をつけていた。



 血が、流れている。

 真っ赤な血だ。



勇者の力ではない、、、、、、、、。それなのに何故、私の力を否定できるのです……ッ!?」



 思わず漏れ出したオルフィデの独白に、レンが反応。

 技を受けたオルフィデが言うには、勇者の力とは違うまた別のもの。それなのに効いた。これが意味することはまだ不明だったが、効果があることに意味がある。



『……もう、神性を帯びた特別な力を使ってるとしか思えないかも』



 学院長室でのクロノアの言葉が頭をよぎる。



 神性。

 ローゼス・カイタスを満たしていた魔力の性質でもあり、勇者などの例外を抜かせば、人が自分の力で体に宿すことができない特別な性質。

 神の魔力に等しいか、それそのもの。

 特別な方法を用いなければ、人の身に収まることのない性質だった。



 オルフィデの再生能力も神性を帯びたものであれば、常軌を逸していたことも理解できなくはない。

 そのくらい、神性というのは常識外れ。



 勇者の力は神性の中でも上位の力を秘めているから、他の神性と張り合えた。

 だが、レンが用いる権能ノ剣は神性を否定した――――オルフィデがそう表現したように思えていた。



 神性の否定が、彼が使う権能ノ剣の特性?

 星殺ぎの上位ともいえる性質である。



(まぁ、なんだっていいや)



 敵の神性を抑えられるのなら、それ以上のことはない。

 いま考えるべきことは、オルフィデを止めることだけだから。



「勇者の末裔も、君の存在も想定外だった!」


「だったら、なんだっていうんだ!」


「いえ! 剣王に魔女、獅子聖庁の長官も遠ざけていたというのに……このような結末になるとは思いもしなかっただけですよ!」



 言い終えたオルフィデがレンから距離をとる。

 そして司祭は、メガネの位置を直し、



「もう――――命を賭して、私の価値を示すほかありません」



 自らの胸を貫いた。

 胸に空いた風穴は赤い血を流さず、漆黒の魔力を霧のように流しはじめていた。

 オルフィデは両手を大きく広げながら天を仰いだ。

 


 何かするつもりなんだ。

 レンが止めようと踏み込みかけた直前、オルフィデの力は風より早く石畳に広がり、柱廊を飛び出した。

 広場へ到達し、ウィンデアの自然を……水を侵食していく。

 レンがミスリルの魔剣を振って黒い霧を払うと、



「夜より昏い、闇であれ」



 宵闇が広がる空を、オルフィデが放つ魔力がより昏く覆いだす。

 鎖骨と胸の間にあった魔王教の刻印が、彼の全身に広がっていった。



 文字通り、命を燃やして生み出した力をすべて、魔王教の刻印に封じられた魔王の力と合わせて発動させる。

 ウィンデア全体が揺れはじめてしまうくらい、膨大な魔力。



「アシュトン君! 周りの魔力の様子が……っ!」



 ネムが魔道具で測った数字を見て言った。

 風の魔力と、水の魔力に何やら異変が生じていたようで、徐々に人や大地を蝕む瘴気へ変わっていく。

 それを見たスコールが自らの魔法を行使しながら、



「……ウィンデアごと手にかけるつもりですか」


「くふふっ――――せっかく聖なる力に満たされた場所なのです。最期は華やかに参りましょう」



 戦いの終わりへ向け、拳を構えた魔王教の司祭が。

 こうしている間にもウィンデアが内側から揺れを伝えてくる。



 このままではどうなるか、想像するのは容易だ。



 水と風が眠る場所・ウィンデアという名前を鑑みるに、決して小さくない影響を周辺の地形にも届けるだろう。七英雄の伝説Ⅰのクライマックス、バルドル山脈のような景色に早変わりするかもしれない。



 だが、レンは考えがあった。

 彼はヴェインたちを振り向き、彼らが少し回復しているのを確認した。

 まだ、戦うのは辛いだろう。



「ヴェイン、あっちを見て」



 神殿の奥の床が壊れている。その下へ通じる階段が姿を見せていた。

 水の聖日この日の夜にヴェインが近づくと現れる隠された階段で、それ以外の日に訪れてもただ石畳が広がっているだけ。

 つい数分前に現れたばかりで、まだ誰も存在にすら気づいていなかった階段だ。



「あれはいったい……?」


「あいつの力は地下に溶け込んだみたいに見えるから、下の様子を見てきてほしい」



 簡単に言うが、疲れ切っていたヴェインたちには鞭のような言葉でもある。

 けれど、ただ頼みたいとか、確かめてきてほしいという考えだけでなく、これはレンがヴェインたちのこれから、、、、を思って口にしていた。



「レンはどうするんだ!」


「そんなの、決まってるよ」



 駆けていく。

 これからヴェインたちを階段の下へ向かわせるために、これ以上オルフィデが邪悪な力をばらまかないように。



 権能ノ剣を駆使して、変貌したオルフィデにミスリルの魔剣を振った。

 オルフィデの両腕がミスリルの魔剣を受け止めた際、金属と金属がぶつかるときに似た甲高い音が響く。

 命を燃やして戦う司祭の実力は、先ほどと比べて数段上。



「早く!」



 レンはそれでも一人で戦うと言いつづけ、迷うヴェインたちを後押しした。



 彼らが神殿の奥に現れた階段へ向かっていく途中に、瘴気が彼らの後ろを追った。

 しかし、ヴェインが剣を振ればかき消される。彼は階段を下りる途中にもう一度レンを見て、仲間たちと階段の下へ向かっていった。

 決死の戦いを挑むオルフィデが、



「あの階段の下に何かあるのですか!」


「さぁ! 俺もはじめて見たからよくわからないな!」


「それにしては、はっきりとした声でしたが!」



 剣と格闘による戦闘を重ねるうちに、ウィンデアを覆う黒い影が広がっていた。

 オルフィデはもはや再生能力のほとんどを戦いのためにしか使っていない。

 これまでもそうだったといえばそうだったのだが、後のことを考えず、いま、レンと殺しあうことにすべてを注いでいた。



 鋭く、疾い正拳突きがレンの横っ腹を掠めた。

 掠めただけなのに、なんて衝撃だろう。

 レンは頬を歪めかけたものの堪えてみせた。



 オルフィデが放った黒い力が神殿が立つ広場を侵食していく。

 神聖な水で満たされた泉へも瘴気が、床をたどる黒い波が届こうとしていた。柱廊を囲むような山肌、あるいは岩肌からあふれ出る水も同じだ。



 レンはそれらを、戦いながら止めようとした。

 オルフィデを一秒でも早く倒すこともそうだが、もう一つ、頭の中に水の魔剣を思い描いた。


 

 戦いの途中で余計なことを考えようとしたわけではなかった。

 彼の心の底に訴えかけるような気配があり、それが水の魔剣だったのだ。



(何かできるはず――――!)



 それは水の女神が落とした力。

 ウィンデアは水の女神の力が宿る地だ。その地の水と魔力を守るために、この魔剣なら何かできるかもしれない。



 召喚し、宙に現れた水の魔剣を握りしめた。

 新たに現れた剣を見たオルフィデが眉をひそめている。

 そんなことを気にせず、レンが水の魔剣を石畳に突き立てると――――



「これ、は」



 驚愕したオルフィデの声。

 レンの足元を中心に、うっすらと青く澄んだ水が石畳に幕を張るように広がった。



「力を示せ!」


「ほう! 水魔法まで使えたとは!」



 オルフィデの力が、瞬く間に浄化されていく。

 水の魔剣が張った水にかき消されていった。



 柱廊の床一面を覆う美しい水の膜だった。



 レンが、オルフィデが歩くたびに水の波紋が広がっていく。

 生み出された水は、すべて水の魔力の従者のようなもの。

 レンが水の魔剣を引き抜き、切っ先を水の表面に滑らせると、その後につづいて波紋が光る。ただの水ではないことはオルフィデの目にも明らかだ。



 ウィンデアを流れる水が穢されていくのにも、歯止めをかけることができていた。



 オルフィデは咄嗟に片足で石畳を蹴って、前へ踏み込む。

 彼がさっきまで立っていたところに波紋が生じるより先に、彼がレンとの距離を詰めている。



 彼が拳を振り下ろして波動を放とうすれば、レンは水の魔剣を振り上げた。



「はぁああ!」



 特別な力が使えなくても、それ単体で物理的に防げると確信した剣の振りだが、



「っ……これって」


「くくっ! このような水魔法ははじめてみますよ!」



 水の魔剣が振り上げられたとき、石畳に張られた水が舞い上がった。

 青々とした水の壁がレンの前方に、彼とオルフィデを遮る壁になった。



 水の壁は風に揺れており、物理的な攻撃に耐えられるようには見えなかったが、見た目に反して巨神の使いワダツミが用いた水の守りに似て強靭。オルフィデが放った魔力の波を防くと、床を覆う水に戻った。



 水の粒が風に乗って落ちていく。星明りに照らされ幻想的に。

 二人はその光景を目の当たりにしながら、視線を交錯。



 ……これほどの戦力を、生きて返すわけにはいきません。

 ……このままじゃ、どちらかが倒れるまで戦いになる。



 この戦いの果てに、尋問する余裕などあるはずもない。

 であれば、一対一の戦いをしながらするしかない。

 水を警戒したオルフィデが後退し、巨大な瓦礫の上に立ってレンを見下ろしていたところで。



「オルフィデ」



 聞くならいま。

 これ以上戦うと、その時間は間違いなく訪れないと確信して。



「銀髪に黒髪が混じった少女のことを知っているか?」


「っ……」



 答えは言葉と態度で。

 オルフィデは「何故……あのお方のことを……」と声に出しながら、レンの真意を探るようにレンの瞳の奥を見ていた。



 やはり、知っていた。

 レンが夢で見た少女のことを、オルフィデは間違いなく知っている。



「彼女はどこにいる!」


「……どこにいる、ですか」


「ああ!」


「……ははっ」



 短い笑いから入り、



「ハァーッハッハッハッハッ! どこであのお方のことを知ったのかわかりませんが、お会いしたいなどと――――」



 オルフィデの顔に余裕が戻った。

 狂気と強い決意を感じさせる、不思議な笑みを浮かべていた。



「なんと傲慢なことを仰るのですか」



 彼はメガネのレンズに星明りを反射させ、瞳をレンに見せなかった。

 彼の懐から小さな宝石が落ちたのは、そのときである。



 七英雄の伝説と違い、オルフィデが立ち上がれた理由があった。

 先日、某国の神殿を襲った際に手に入れたある聖遺物、希少な治癒の力を持つ宝石。使えばたちまち生命力を呼び戻す代物だった。

 それが、彼のズボンのポケットからぽとりと落ちたのだ。



 落ちた宝石は床に張られた水に沈み、波紋を生んだ。

 オルフィデが落とした宝石が彼を再び戦わせたのだろうと、レンは思った。



「私もお尋ねしたい」


「……俺に?」


「ええ。水の女神の指輪を取り出したのはあなた――――そうですね?」



 確信めいた声音ではあるが、オルフィデに情報はあまりない。所詮は直感だ。

 レンは「そうだ」と答えるはずもなく閉口して相手にしていなかったが、それが逆に真に迫る。



 誰がこの状況を作り出し、自分を追い詰めたのか。

 司祭がたどり着いた答えがあった。



「あなた方は……いえ」



 一連の襲撃において、あまりにもレオメルの動きが速すぎたということを思い出し、レンがさっき行使した水の力を考えて。

 これ以外の答えはないと力強く。



あなた、、、は今日、私が想像していた以上に我々を追い詰めていたようだ」



 水が広がる、幻想的な柱廊の内側で……。

 今日、、の出来事のすべての裏に、どんな黒幕、、がいたのかを悟った。





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