再生の司祭【前】

 一度歩いた山道。

 帰りも含めれば二度歩いた夜の山道を魔道具の明かりで照らしながら駆け抜け、神殿がそびえたつところまで急いだ。



 広場へ通じる階段に差し掛かる。

 広場は満天の星を臨み、その光だけで全体を見渡せるほど明るく照らされていた。

 神殿に使われている石材も、仄かに光っていた。



 階段の先、広場に入ってすぐのところに男が立っていた。

 ヴェインたちより早く到着していたオルフィデが、ヴェインたちの足音を聞いて、



「なるほど。あなたたちの仕業でし、、、、、、、、、、たか、、



 オルフィデが涼しげな笑みを浮かべて。

 ヴェインたちはオルフィデを睨みつけ、各々が武器を構えた。



 オルフィデはそれを意にも介さず、広場を進んでいく。

 途中で彼は、指を鳴らして漆黒の魔力をヴェインたちの足元に生んだ。

 底なし沼のように皆の足を奪い、食らいつくそうとしていたのだが、



「こんなの!」



 スコールの魔法で弾くと、階段の途中でオルフィデは次なる攻撃を。

 彼は腕を振り、その手に纏っていた魔力を弾丸のように放つ。いくつもの魔力の弾丸を、今度はカイトがアイリアで防いだ。



 広場にて待っていたオルフィデが眼鏡の位置を直す際、レンズが星明りを反射して不気味に光った。



「やっぱり、お前が例の司祭なのか」


「例の、というのが誰のことを指しているのかがわかりませんが……」



 オルフィデのことは外見などの情報も含め、共有されていた。

 異常なまでの再生能力と、破壊力に富んだ魔法も使う魔王教徒がいると。



「いずれにせよ、あまり遊んで差し上げる時間はありません」



 ヴェインたちに空気を伝ってひしひしと届く、凶悪なほどの圧だった。



「みんな」



 ヴェインが声をかけ、頷き合う。

 彼らがオルフィデとここで戦う、Ⅱにおける一章の締めくくり。この世界戦における彼らにとって、これまでにない実力者が相手となる戦い。



「まずは褒めて差し上げましょう。さすが七英雄の末裔ですね」



 オルフィデの声にヴェインが疑問を抱く。



「何のことだ」


「何のこと? 別に隠す必要はないでしょう? 敵ながら見事な推理だ。水の女神の指輪を事前にどこかへ隠していたとは驚きました。それに――――」



 ヴェインたちがわけもわからないうちにも話はつづき、



「下にも腕利きの騎士たちを隠しているようですね」



 やはり、わからない。

 騎士たちがウィンデアに派遣されていたことも、水の女神の指輪を誰かだどこかに隠していたことも。

 


 ヴェインたちはそもそも、水の女神の指輪がどこにあるのか知らなかった。

 伝承によるとどこかに隠されているとのことだったが、彼らが知っていることはそのくらいで、オルフィデたちのようにどこにあって、もうなくなっているという情報は一つも持っていない。

 七英雄の伝説でプレイヤーが任意でできた探索を、彼らはしていなかったからだ。



「おや」とオルフィデが少し驚いてみせた。


「そのご様子では、英爵家が関与しているわけではなさそうだ」 



 ヴェインはオルフィデの言葉に答えることなく話す。



「水の聖日になったら、水の女神の指輪を手に入れられると思っていたのか?」


「ええ。この時間になれば水の女神の力が増すことで、様子が変わる可能性を考えていたのです。ですがどうやら違うらしい。指輪が今日より前に取り出されていたことがその証明です。いったい、どうやって取り出したのか……」



 オルフィデの目的は皆の予想通りだったが、指輪がないことはヴェインたちをまだ困惑させていた。



 いまの話がオルフィデが騒動を引き起こした理由だった。

 この世界線においては一度、水の女神の指輪を取り出そうと試し、失敗。どうすれば取り出せるか考えた結果、この特別な日に関係があると思い立った。

 ウィンデアに足を運んだのは、そうした考えがあってこそ。



 先日、某国で報告を聞いたときは取り出せなかったと聞いただけ。

 それが、彼の放った魔王教徒たちがウィンデアを離れてから誰かがどこかへ持ち出したということ。

 オルフィデはウィンデアに到着してすぐ、魔王教徒から指輪がないと聞き驚いていた。



 一方、七英雄の伝説では少し違っていた。

 魔王教徒たちは水の女神の指輪を発見できておらず、オルフィデはそれが水の聖日になると神殿や泉に現れるのではないか、と予想していた。



 これらの違いを完全に理解できる者も、説明できるも者もいない。

 確かなことは、戦いは避けられないということ。



「馬鹿ね。わざわざほかの町なんか襲わないで、こっちに力を注いでいたらよかったんじゃない?」



 セーラがもっともらしいことを言えば、



「こちらも事情があったのですよ。聖遺物をいただきに参ったら、レオメルの戦力が控えていたに過ぎません。……ですがいずれにせよ、私は再びレオエルに牙をむいていたことでしょう」


「水の女神の指輪がなかったから、あたしたちが取ったと思って?」


「ご明察です。しかしあなた方も知らないようですから、どうしたものでしょうね」



 考えたオルフィデが、短くため息。



「――――エルフェンの涙の効果を高めるためにも、あの指輪が欲しかったのですが」



 誰に聞こえることもない、囁くような声だった。

 彼は仕方なさそうにシャツの袖を少しまくってみせた。

 左手に、高価そうな銀の腕時計をつけている。



「いえ、殺ることは変わりませんか」



 細身ながら筋肉質な白い肌。

 首元のボタンも一つ余分に外してみせる。

 司祭オルフィデは、トンッ、トンッと足を軽く動かしはじめる。両手を構え、赤黒く濃密な魔力のオーラを重ねてグローブのように用いた。



 先手は、その男が――――。



「さぁ、大人の殺しをお見せしましょう!」




 オルフィデの腕が広場の石畳に深く突き刺さる。

 魔力の波が瓦礫を巻き上げながらヴェインたちへ。



「おらぁ!」



 カイト・レオナールが生み出す壁。

 オルフィデが煩わしそうに眉間にしわを寄せ、「忌々しい」と吐き捨て前進。

 アイリアが生んだ魔力の壁へ、



「お前の攻撃は絶対に通さねぇ!」


「結構。では、耐えてごらんなさい」



 格闘術を得意とする司祭の強さ。

 若い貴族のような凛々しいオルフィデが放つのは、いずれも殺意に満ちた恐ろしいもの。拳を何度も放ったと思えば、洗練された足技を放った。

 展開された魔力の壁が一度目の戦い以上の傷を負う。



 連撃。赤黒い魔力をより濃厚に纏った左右の腕が、アイリアにより生み出された輝く壁に幾たびも突きつけられた。



「なんだってんだよ! こいつの力!」


「おや、もう苦しいのですか?」


「馬鹿言え! 余裕ぶってられんのもいまのうちだぞ!」



 そうは言うが、強烈な揺れだった。

 カイトはそれでも仲間たちを守るために立ちはだかり、連撃を防ぐ。

 アイリアには傷一つ付かなかったが、アイリアが生み出した光の壁は違った。ガラスが割れるときに酷似した音が鳴り、大きくヒビが入っていた。



「僕の魔法ならどうです!」



 スコールは癒しの魔法を得意としていたが、白魔法による攻撃もいくつか使えた。

 魔法の威力だけを考えればリズレッドの魔法には絶対に勝てないし、ヴェインやシャーロットのように物理的な威力が高い攻撃魔法というわけでもない。



 だが、一つ。



 神聖な力は悪しき魔力に頼る魔王教徒たちにも効果を示すことが少なくなかった。

 彼が放ったのは、十数本の光の矢。風のような速さで放たれるや否や、一本がオルフィデの拳に突き刺さった。



 だが、それも血は出てこない。

 しかし効果はあって、オルフィデの動きを少し鈍らせた。



「行け! ヴェイン!」



 いつの間にかオルフィデの背後を取っていたヴェインが、いま。

 巨神の使いワダツミとの戦いを経て、訓練を重ねたことで少しずつ使えるようになった聖なる力を剣に乗せる。



 光だった。

 勇者の力、魔王に与する人間に対する特効。



 聖宮騎士たちが使う力とも違う光る魔力が彼の剣に乗る。剣身のシルエットが光に満たされていた。

 オルフィデは軽い身のこなしで身体を側転させてヴェインの剣を避け、その際にもカイトの壁を足蹴に、身体を浮かせたまま体勢を整えた。

 それでも切っ先がオルフィデの首筋を掠め、流れ出た血液を一瞬で蒸発させる。



「私のことも忘れないようにね!」



 いつの間にか立ち位置を変え、弓を深く引いて構えていたシャーロットが。

 放たれた矢は刃のように鋭利な切れ味の風を纏いながら、それらの風を渦を巻くように放ってオルフィデの肩を貫く。



「噂には聞いておりましたが、本当に勇者ルインの血が残されていたとは驚きました!」



 肩を貫いた矢が石畳に突き刺さる。

 オルフィデの傷は瞬時に塞がっていた。



「……何よ、あいつの力」


「シャロ先輩、聞いていた通りですよ。異常な再生能力だ」


「ええ……わかってるけど……あれじゃ……」


「何もできないわけじゃありません。俺の力は間違いなく通用していました」



 他の誰が攻撃しても、オルフィデに傷を付けられても血を流させることはできなかった。

 しかし、ヴェインの剣は間違いなく流させていたのだ。

 


「だったら、つづけるしかねえよな」



 だが、それだけじゃない。

 試す価値のある助言を、ヴェインはレンから聞いていた。

 短い時間に話すヴェインらを傍目に、



 ……誰から落とすべきでしょうか。



 オルフィデは冷静に優先順位を考えると、一人に目を向けた。

 狙いを定め、腰を深く落として突進。

 スコールが驚くも、彼の正面に立ちはだかったカイト。



「どうにかできると思ったのか?」


「ええ。思いましたよ」


「この……舐めてんじゃねえ!」


「とんでもない。客観的な事実だ」



 涼しげな笑みにつづいた、凶悪な拳の連打。

 スコールを守るカイトが、ここで動きを封じられるも、ほかの六人がいる。



 だが――――オルフィデの狙いは違った。



 彼は攻撃の向きを唐突に変えた。

 これまでより一段と濃密な魔力で片方の腕を纏い、その腕をある方向に向けて石畳に振り下ろす。

 その先にいたのは、



「……え?」



 シャーロット・ロフェリア。



 遠距離攻撃を得意とする彼女の前に、魔力の波が迫る。

 だが、オルフィデの攻撃が一切やむことなくカイトへ振り下ろされるため、彼は壁をシャーロットに向けて生み出すことができなかった。



 リズレッドが炎魔法を放ち衝撃を相殺しようとするも、殺しきれなかった勢いがシャーロットへ届く。

 彼女の身体が数メイル弾き飛ばされ、セーラが駆け寄った。



「シャロ! 大丈夫!?」

「っ……だ……大丈夫だけど――――」



 シャーロットは足をくじいてしまい、頬を歪めた。



「両脚をいただくつもりでしたが――――ッ!」



 それを狙うオルフィデが一瞬で方向転換し、セーラとシャーロットの近くへ。

 セーラがシャーロットを守るため、剣を振った。



「はぁあああっ!」



 光落ひかりおとし。聖剣技を扱うものの戦技。

 剣豪級になれた者が扱うことができ、その力を見舞われると相手は身体から活力を奪われる。



 追撃を仕掛けるヴェインも同じ光落としを放った。

 どちらも魔力を纏ったオルフィデの腕に阻まれたものの、効果はあった。

 ヴェインが、セーラが目配せを交わして力強く頷く。



 ……それは帝都を発ってすぐだった。

 夜にデウスが空を飛びながら、操舵室で皆が顔をそろえていたとき。



『おん? アシュトンが?』


『レンは、被害に遭ったところの生き残りだった冒険者から聞いたみたいです。小耳に挟んだって話みたいですけど、手掛かりは多いほうがいいですしね』


『そりゃーな。けど……実際のところどうなんだろうな』


『あのさーカイト君、物は試しだよ。試し』


『わ、わかってるって! けどよ、本当にそれが例の司祭に通用するのか……? すっげぇ再生能力だって話だぜ?』



 操舵室で疑問を口にするばかりのカイトに対し、今度はシャーロットが。



『いいじゃないの。ヴェイン君とセーラに試してもらいましょ。――――例の司祭さんが纏った魔力に対して、二人の『光落とし』を使ってもらうだけなんだから』




 オルフィデの再生能力に対して、真正面から殴り合うことはほとんど意味がない。

 だが、奴の力も有限ではなく、異能を用いるごとに魔力を消費する。体力を削れないのなら削るべきなのは魔力だ。



 オルフィデの体力を消耗させようにも、ヴェイン以外の攻撃はほとんど意味をなさないため、無駄なことをするくらいなら狙いを定めたほうがいい。



 聖剣技の戦技、光落とし。



 剣に纏わせた魔力が、相手の魔法的防御を弱体化させてダメージを与える。

 剛剣使いが用いる通常の剣もほぼ同じ性質を持つが、光落としはその名にあるように光属性の力も持ち合わせていた。

 それらの効果がこれ以上ない組み合わせで作用し、オルフィデの再生能力にも効果を示した。



 七人がいま、どう戦うべきか声に出さず確信。

 主軸となるべきは、ヴェインとセーラ。



「ふむ」



 オルフィデは感嘆した。

 この短い間に的確に消耗させる戦い方を見出すとは思ってもみず、さすが七英雄の末裔たちだと思った。



「ですが、悪くありません」



 だが、オルフィデはそれでも強かった。

 オルフィデが円を描くような蹴りを放ち場を離脱し、二人の剣士から距離をとる。

 たった一人なのに、この男は七人を相手に互角以上に立ち回って見せる。



 シャーロットが痛みを堪えながら立ち上がり、弓を構えていた。

 カイトは再び全員の前に立って盾を構えていたが、



「このままじゃ、じり貧だな」



 悲観的に言うのではなく、考えなければ自分たちが負ける可能性があると示唆。

 光落としはそれなりの効果を示すが、まだ足りていない。



「俺たちが攻撃をして怯ませることはできる。けどよ、どうにかしてヴェインの本気の一撃を見舞うくらいじゃねーと、あいつを倒せる気がしないぜ」



 どうにかしてオルフィデに致命の一撃を放てれば……。


 問題なのは、その隙がないこと。

 何のために俺がこんな力を持ってるのか、よく考えろ。

 自らを鼓舞していたヴェインを、カイトが肘で小突いた。



「カイト先輩?」


「一人で戦ってるんじゃない。俺たちは七人で戦ってるってことを忘れるなよ」



 するとオルフィデが再びの攻撃を。

 二度、そして三度と繰り返していくうちに、ヴェインたちの消耗が目立つようになっていた。 



 無尽蔵なのかと思わせるほどの魔力を豪勢に使うオルフィデと違い、七人は息が切れ、遂にはカイトにも疲労の色が見えはじめる。

 ヴェインの剣も、彼とセーラの光落としも力を発揮した。

 が、オルフィデの地力が七人を少しずつ追い詰める。



 ……どうすればいいんだ。



 ヴェインの顔に焦りが見えはじめると、リズレッドが勝負に出た。

 彼女は杖を自分の目の前で真横に構えて、



「六人で時間を稼いでください!」


「どのくらい稼げばいい!?」


「そんなのいっぱいですよ! いっぱい!」



 ヴェインに答えてから目を閉じて、古い言葉を詠唱した。

 魔法の力を司る神に祈りを捧げ、杖から炎が迸る。

 カイトが、ヴェインが、セーラが。

 前衛を務める三名がリズレッドを守るように立ち、オルフィデの連撃を懸命に防いだ。



 一秒、二秒。

 もう何分も時間を稼いだと思ったのに、実際には五秒も経っていない。

 オルフィデの正拳突きが、鋭い蹴りが六人の命を奪おうとしていた。



 六人が待ち望んだときが訪れたのは、時間を稼ぐよういわれてから三十秒が過ぎたところである。



「これならどうです! 小娘の魔法と一蹴できるならしてみなさい!」



 竜の息吹。

 強大なドラゴンが口から放つ炎を思わせることから名づけられた、高位の炎魔法。

 リズレッドの杖の前から、直径10メイル近い太さの炎がうねりながら現れ、先端が龍の顔を模して猛威を振るう。鎌首をもたげた竜のように、雄々しく。

 このときばかりは、オルフィデが目を見開いて全身に力を入れた。



「これほどの力を行使するとは!」



 龍の頭部を模した炎を両腕を広げて受け止めるオルフィデが、はじめて額に汗を浮かべた。リズレッドが両腕を前へ前へと押し出す様子は、竜の息吹をオルフィデに押し付けているようにも見える。



 結果は、押し切れた。



 竜の息吹の圧を殺しきれず、オルフィデは猛烈な勢いで押されていく。

 オルフィデの身体が岩肌にぶつかると、杖から生み出し切れていなかった炎が百メイルはつづき、すべてオルフィデの身体に飲み込まれていくように突進した。



 無尽蔵の再生能力を連続で行使したことによる消耗に、オルフィデが一度舌打ち。



 ふと、リズレッドが膝をつく。

 隣に駆け寄ろうとしたヴェインへと、彼女が、



「私のことは気にしないで! いまのうちに考えるんです!」



 少女の叫びに皆が頷き、竜の息吹が消えるまでのわずかな時間で考えた。

 そして、七人が力を合わせてオルフィデに対抗するために何をするかが決まった。



「そうと決まれば、この隙を逃がすわけにはいきませんね!」



 まずはスコールが光の矢を何本も放ち、ほとんど同時にシャーロットが先ほどより鋭利な風に覆われた矢を連続で放つ。



「絶対に外さないわよ!」



 オルフィデの身体の中でも、魔力を纏った手足を狙い済ました矢の数々。

 岩肌に叩きつけられていたオルフィデはまだ姿を見せていなかったが、砂埃の奥にそのシルエットを見せていたから、彼女たちはそれを狙った。

 砂埃の奥で、オルフィデが何度か身体を揺らして短くも呻いた。



「何人も同時に攻撃するからって、悪く思わないでよね!」



 セーラは砂埃が晴れたところで剣を振る。

 竜の息吹による影響か、オルフィデは息を切らしながらヴェインたちを見ていた。強力な再生の力は健在だが、明らかに消耗している。



 それだけでも十分。

 七人が決死に攻撃を放つ価値がある。



 一本、シャーロットが放った矢がオルフィデの手の甲を射抜くと、



「ぐっ……」



 ふらっと身体が揺れた。



「まだまだよ!」



 セーラの光落としが二度、三度と。

 怯んだ魔王教の司祭がセーラを睨もうとすれば、



「光弾――――!?」



 視界の端から超高速で近づく光が、彼のこめかみを射抜いたのだ。



「ネムもこのくらいならできるんだよ!」



 戦いにあまり向いていないネムが用いたのは、自家製の魔道具が放つ銃弾だ。敵の魔力に作用し、その動きを阻害する効果があった。

 見た目にはあまり消耗しているように見えなくとも、効果はあった。



「っ……英雄の、末裔……!」



 だが、オルフィデは魔王教の実力者。

 数多の教徒を率いる、司祭の地位にあるもの。



 全身に赤黒い魔力を纏い、纏ったときの圧でセーラを、シャーロットを、スコールを、ネムの四人を吹き飛ばし、威風堂々とした立ち姿でそこに君臨。

 しかし、消耗は残されており、



 ――――私のことを忘れていましたか?



 そういわんばかりにニヤリと笑ったリズレッドが大粒の汗を額から頬へ、地面に落とす。

 彼女はまた杖を構えて、古い言葉を詠唱していた。

 あの攻撃力は無視できないと思い、オルフィデが一瞬でリズレッドを殺すべく踏み込もうと試みるも、



「悪いな、俺のことも忘れてたわけじゃないだろ?」


「レオナールの、盾――――!」


「セーラも言ってたが、七人がかりだからって悪く思うんじゃねーぞ!」



 カイトがアイリアから壁を生み、それをアイリアごと押し付けるつもりでオルフィデの身体を圧迫する。

 カイトの全身、筋肉という筋肉が軋んだ。

 しかし、髪の毛一本一本に力を入れるかのごとく、その少年はオルフィデの圧に堪えた。



「くっ……レオナールの末裔、が……ッ!」



 壁は前方にあるだけ。

 けれど横に避けようにもカイトが身体を動かし、下がろうにも後ろは解けた岩肌。



 敵の逃げ道は目の前、ただ一つ。



 だが、カイトはオルフィデを抑え切った。

 誰かを守るために力を分散する必要もなく、カイトはただ目の前の司祭と力比べをするだけ。



 いまここに、アイリアがなければ話は違ったかもしれない。

 もしもの話をしても価値はないが、アイリアの力も強く関係していた力比べ。



 ……そのときは再び、ここに。



「よく覚えておくことですね! アーケイの魔法がどれほど強大なのかを!」



 竜の息吹が、いま一度。

 先ほどより力強い炎の塊が、リズレッドの杖の前方から放たれた。

 カイトは最後に力を入れてオルフィデの身体を押しのけると、自分が焼き尽くされないうちに離脱。

 竜の息吹は宙で蛇のようにうねり、器用にもオルフィデだけ飲み込んだ。



「……あとは、頼みましたから」



 ぱたり、とそんな音が聞こえてきそうな倒れ方でリズレッドが気を失う。

 その間にも竜の息吹は猛威を振るい、炎の中で再生を繰り返すオルフィデを何度も、何度も、何度も灼いた。



 先ほどよりも長い攻撃の果てに、しかしオルフィデは岩肌に身体を押し付けられることなく、今度は神殿の方角へ身体を押しのけられていた。

 神殿の床は溶け、最奥にてとうとう炎が消えた。

 オルフィデは一度目と違い、竜の息吹を受け止めてみせた。



「はぁ……はぁ……」



 苦し気に呼吸を繰り返すオルフィデが、最悪を想定。

 この一連の流れの中で攻撃を仕掛けてきたのは何人だ? そう、六人。

 一人……彼がまだ。



 勇者ルインの末裔、ヴェインがこのときを待っていた。



「オルフィデ!」



 逃げ切れない、確実に。

 再生はできていても、全身の消耗が激しすぎて足元が思うように動かない。

 数十人の聖宮騎士を相手にしても、これほどの消耗はしなかった。



 さすがは、七英雄の末裔たち。

 いまの攻撃で自分は何度死んだのだろう。数えようにも数え切れず、オルフィデはそれでも両腕に魔力を纏わせた。

 彼は光を帯びた剣の切っ先を見て、



「甘く見ていたのは……私だというのですか?」



 ここにきても不敵に笑いながら。



 彼はどこまでも、実力者であろうとした。

 切っ先を向けるヴェインに対し、オルフィデは両手でつかみ取る。

 真正面から、最後の根競べ。



「陛下が再臨される前に死ぬなど、あってはならない!」


「っ……ぐぅ……!」



 ヴェインが歯を食いしばりながら力を込めると、光が増した。

 オルフィデは光が増すごとに高まる痛みに笑いながら、両腕に纏う魔力を、剣をつかみ取った両手を通じてヴェインに届けていた。

 身体の奥底から生じる痛みにヴェインが堪え、剣を手にした両手が火傷のように赤くなっていく。



 だが、恐れずに剣を前へ押しつづけた。

 痛みに堪えて、少しずつ。



 光の魔力が、闇の魔力が鬩ぎ合った最後――――


 光が邪悪な魔力を砕く。

 オルフィデのむき出しの肌が直接勇者の力に触れた瞬間、彼の全身から魔力が消えた。

 光が、勝った。



 戦いの終わりは、静寂の中で。

 すとん、と石畳に膝をついたオルフィデ。。



「……やはり、忌々しい力でしたね」



 ヴェインの剣がオルフィデの鎖骨を貫き、血を流させている。もう止まることはなく、傷口が塞がっていく様子もなかった。

 オルフィデは身体を支えきれずに神殿の天井を仰ぎ見た。

 ヴェインが剣を抜くと、司祭の背中から黒い魔力がコウモリのようにどこかへ飛び去って行く。

 司祭は背中を石畳に下した。



「……やった」



 完全に事切れたオルフィデの前で、ヴェインは力を使い果たして膝をついた。



 ――――ヴェイン!



 仲間たちの声がいくつも重なり、彼のもとを訪れた。

 ヴェインを横からセーラが支える。

 カイトにシャーロット、それにネムとスコールが気を失ったリズレッドを連れて合流。



 皆、この戦いの終わりに笑みを浮かべていた。

 斃れたオルフィデからおよそ十メイル離れたところで彼らが話す。



『やったな! ヴェイン!』



 七英雄の伝説と同じ台詞を、カイトがいまヴェインに告げた。

 Ⅱにおける一章の戦いは、ここでようやく終わりを迎えた。



 カイトは消耗しきったヴェインの頭をぐわし、ぐわしと勢いよく撫でた。

 ヴェインにしてみれば疲れているからやや面倒だったが、面倒な絡みも嬉しくて笑いがこみあげてくる。



 ……それにしても満身創痍だ。

 もう、弱い魔物と戦うのだってしばらく避けたい。



 しかし戦いを終えた七人の顔は、つい数十分前と比べても大人びて見えるほど。

 オルフィデとの戦いは過去に経験がない苛烈さで終わりを迎え、七人をまた一段と成長させていたのだろう。



 そうしていると、リズレッドが目を覚まして自分の足で立った。



「おや……私が生きているということは、やったのですね」



 彼女がかわいらしく笑えば、六人が同じように頷いて笑った。



「それにしてもカイト、私はあれを「俺ごとやれ!」という意味なのかと思っていたのですが、きちんと躱していたようじゃないですか。私を騙したんですね」


「ば、馬鹿言うな! あんな魔法を食らったらひとたまりもないだろ!」


「あはは~! ほらほら、あんまり騒ぐと帰りが大変だよ!」



 ネムの言葉には「もうすでに大変でしょ」とシャーロットが笑い、「同感。歩くだけでも大変だと思う」とセーラが首肯。

 帰る前に休憩して……騎士たちが来てくれることを願って……。



 七人が勝利の要因に浸っていたところで、



「――――」



 ドクン、と一回。

 オルフィデの胸元が大きく揺れ、七人の言葉を失わせた。

 鼓動の音なんてこの距離で聞こえるはずもないが、七人の耳には間違いなく聞こえた。



 終わっていたはずなのに。

 レンが知る流れでは、もうオルフィデは目を覚ますことがなかったはずなのに。

 司祭は間違いなく目を開くと、むくりと身体を起こすと同時に、



「まだ……終わりではありませんよ」



 血を流しながら言い、凶悪な波動を放とうと試みる。

 ヴェインたちは変わらず満身創痍も同然。

 ここからまた、さっきまでのような戦いをすることはほぼ不可能。それでもオルフィデが止まるはずもなく、何度目かの波動が放たれた。



 激しい勢いで迫る攻撃を前に、七人は身体に鞭を打って戦おうとした。

 しかし、足元がおぼつかないような七人に何ができるか。痛みにこらえ、懸命に耐えようとした――――そのときだった。



 黄金に煌めく炎の壁、だった。



 両者の間に割って入るように生じた炎の壁は、オルフィデが放った力をいとも容易く焼き尽くす。

 眩しいほどの炎が、リズレッドの瞳を照らしていた。



「私の炎より……強い……?」と声を漏らして。



 突如現れた炎に守られた七人。

 炎が収まると皆は呆気にとられたオルフィデの顔を見た。

 彼はヴェインたちより先に何か、、に気が付き、これまでと違い魔力を脚にも濃く纏わせて、その脚から鋭い蹴りを放つようにオーラを飛ばした。



 だが、それも届くことは叶わなかった。

 飛ばされた波動はヴェインたちに届く前に消えた。



 あのカイトも対処するのに懸命だった攻撃が、一振りの剣閃によって殺がれた、、、、

 現れた少年が、手にした魔剣にて。




「――――ごめん、遅くなった」




 近くの空に、魔導船が飛ぶ音が聞こえた。

 ネムがその方角に目を向けると、帆船のような魔導船が岩肌を離れていく。



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