あの場所の異変。

 レンがエレンディルを発ったのと同じ頃に。

 帝都から魔導船で何時間もの距離の、とある渓谷で。



 数多くの魔物が現れるこの地に、ヴェインたちが足を運んでいた。

 どうしても、魔王教徒が現れたこの頃合いでなければならない理由があった。



 今年、帝国士官学院に入学したスコール・メルデーグの祖先、シシル・メルデーグは七英雄だ。シシルは魔王との戦いを終えてレオメルに帰ると、レオメルに隠された聖殿を三か所設けた。



 大きさは一般的な民家とほとんど変わらない。

 いくつかの結界を用いるなどして、普段は見ることも気配を探ることもできないように隠されていた。

 そこには、シシル・メルデーグが残した神聖なる力が眠っている。



 またいつか、魔王が復活してその力をレオメルに振るおうとしたとする。

 シシルはそのときに自分の力の一端を、彼の末裔たちが用いることができるように、と巨大な魔方陣を敷いた。



 魔法陣は、三か所の聖殿で儀式を行うことで効力を発揮する。



 けれど、起動させるためには膨大な魔力と恵まれた才能を要した。

 シシル・メルデーグの血が薄くなってきたからか、メルデーグ家の人間が魔方陣を起動することはここ何代も叶っていない。

 たとえ魔王教が現れていなかった時代でも、いざとなったときに使えるようにとメルデーグ家の人間が必ず試していたのだが、結果はどれも同じだった。 



 しかし、スコール・メルデーグは違った。



 彼は聖殿で儀式を行い、魔法陣を起動することができた。

 できるようになったのは彼が入学して間もなくで、それもまた勇者の末裔が現れたことの影響かもしれないと語られていた。

 


 ――――渓谷に存在する、巨大な滝の周辺だった。

 散乱した大きな岩を足場に川を渡って、滝つぼの近くに七人が立つ。



 七人という小人数は、この隠された場所が明らかにならないようにするためで、魔導船デウスも敵に見つからないよう気を遣っている。

 スコールは深呼吸をすると、胸に手を当て祈りを捧げた。



「メルデーグの名のもとに」



 滝が左右に割れ、奥に岩肌が現れた。

 そこへ足元の岩を伝って歩を進め、スコールが触れた岩肌が青白く何度か瞬いて見せると、岩肌はすぐに透けて、岩肌がはじめからなかったかのように消えて道が奥へ通じる道が現れた。



「うまく、いきましたね」



 スコールが笑みを浮かべ、身体をふらつかせた。

 すると、ヴェインが慌てて横から身体を支えた。



「スコール!?」


「す、すみません……扉を開けるだけでもかなりの負担なんです……。でも、儀式は最後まで頑張りますから」


「……本当に大丈夫なのか?」


「信じてください。メルデーグの人間として、絶対に最後までやり遂げますから」




 それは、彼ら七人が帝都を発つ前にあった。

 いくつかの聖殿へ足を運び、そこでシシル・メルデーグが残した魔方陣を起動させることにより、魔王教に対して大きな効力を発揮するはず、と現メルデーグ英爵が話した。



 守られる範囲は水と風が眠る場所・ウィンデアを中心に広く、近くの人里も含まれた。

 ウィンデアが中心になるように作られたのは、かの地が風と水という、レオメルに限らず大陸の民にとって重要な自然が生まれる場所だったからだ。



 魔法陣はウィンデアを囲む三角形。

 起動すれば、その範囲に存在する魔王軍の力をほぼ無力化できる、そう言い伝えられている。



 シシルは他にも守りの力を残そうとしていたが、彼はこの巨大な魔方陣を敷いたことで余力が尽きて、以後は主神エルフェンの教えを広げることに力を注いだという。



 魔法陣はシシル・メルデーグが長い年月をかけて自ら歩き、自らの手で広大な敷地を覆えるほどの大きさに作り上げたもの。ミリム・アルティアが作った帝都やエレンディルを守る力に似て、量産できない代物だった。



「すみません」


「気にしないで。こういうときのために俺たちも来たんだ」



 ヴェインは謝るスコールに肩を貸し、隠されていた道を進んだ。



 これが、七英雄の伝説Ⅱにおける一章のクライマックスへ向かう冒険。

 先に魔方陣を起動しておかなかったのは、敵が現れる前に起動しても無駄になってしまうため。



 聖殿へ向かうすべての道は、秘匿されていなければならない。

 しかし、こういった場にスコールだけで向かわせるなどもっての外だ。

 その点、ヴェインや英爵家の子たちが同行するのは人数から言ってもそうだし、秘密を守るためにうってつけだった。



 中に魔物はいない。洞窟のような道を十数分も歩けば、地下に眠る聖殿が見えた。

 広い空間は鍾乳洞に似ており、大きな水たまりから青白い光を空間全体に放たれていた。



 聖殿を見つけた頃には、スコールも体力を取り戻し自分の足で歩いていた。

 七人は聖殿の前で足を止めた。石造りの聖殿は七人が前に立つと、壁伝いに幾つかの松明に火が燈される。

 誰よりも先に前へ進み、正殿の中に足を踏み入れたスコールが、



「ここは、僕が春になってすぐに確かめに来た聖殿なんです」



 聖殿の中はあまり飾りっ気がなく、石造りの簡素なもの。

 中には広い床に魔方陣が敷かれた部屋が一つあるだけで、魔法陣の中心に台座があり、磨き上げられた白い珠が置かれていた。



 スコールはその珠に両手を添え、目を伏せる。

 珠が震え、床の魔法陣が光で満たされていくのがわかった。

 見守ることしかできないヴェインたちが息を呑む。



「僕は六人と違って全然戦えない……だから――――っ!」



 スコールの全身から、白く眩い魔力が生じた。

 魔法陣も負けじと輝きを増して、遂には聖殿そのものが光に満ちた。七人の足元にある魔法陣だけが存在感を主張する中で、スコールは大粒の汗を浮かべていた。

 雷が駆け巡るようにバチッ、という音が彼が両手を添えた珠から。



「ぐ……ぅ……」



 六人が想像していなかったほどの、膨大な魔力を懸命に使って。

 スコールは自分が口にしたようにあまり戦えない。しかし、彼は癒しの力で皆を助けていた。



 それでも彼は、仲間が戦っているときに自分が安全なところにいることに負い目があった。

 だからなのだろう。

 いまの彼は、必ずこの儀式を成し遂げるという強い決意を抱いていた。



 そして――――彼の決意は勝った。



 眩すぎた光は落ち着き、珠がスコールの手を離れて宙に浮いた。

 スコールが汗を石畳に滴らせ、



「やりましたよ、みんな」



 晴れやかな顔で言ったのだ。 



 六人は心配だった。

 残る聖殿は二つだというのに、スコールの消耗が大きすぎる。

 現れた魔王教と戦うために重要な力ではあるが、軍の力やレオメルの実力者が動けば、ここまでスコールが頑張る必要はないのかもしれない、誰もが一度はそれを考えかけた。



 しかし、それも理由があった。

 今回はこれまでと違い、力のある者が魔王教徒を率いている。

 出し惜しみは不要。敵が現れた箇所が魔法陣の内側であるならば、使わない理由はなかった。



 七英雄の伝説でも同じく聖殿に出向くことはあったが、そのときはIでユリシス・イグナートがアスヴァルを復活させようとしたこともあり、いまとは少し違う理由も含め念のためにだった。


 

 七人が隠して停めていたデウスに戻ると、



「あと二つですね。早く済ませてしまいましょう」



 スコールはポーションを飲み、また決意に満ちた瞳で。

 力強く、六人に言った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夕方になる頃、各地で戦闘が勃発していたとき。



 茜色だったはずの空が、煌々とした雲に覆われた。

 それらの雲が煌めく光の結晶を雪にように下ろしていく。

 ゆっくり、穏やかに。

 各地の戦場はこれによって一変した。



 ……これは一体!?

 ……わ、わからないが、我らにとっては都合がいい! 見ろ! 奴らの様子を!



 シシル・メルデーグが残した魔法陣が起動していた。

 ただでさえラディウスたちも戦いに備えていた場が、さらに有利に。舞い降りる光の結晶が風に乗り、魔王教徒たちの力を弱体化させていく。



 光の正体は国家機密のため騎士たちに語られることはないが、彼らはこれを味方の攻撃だと信じ、弱体化した魔王教徒たちを瞬く間に押さえ込む。

 七英雄の伝説における該当の時系列と違い、被害はほとんどなかった。



 空を飛ぶデウスの甲板から様子を見ていたヴェインたちが、そこで風を浴びながらハイタッチ。



「っしゃあ! これでどうにかなるだろ!」


「まだわかりませんよ、カイト。油断は禁物です。ばば様も言ってました」


「そうよ~、気をつけなさい」


「僕も同じ意見です。まだ気を引き締めていきましょう」


「わかったって……にしてもやったな、スコール」



 スコールは疲れ切っていたが、カイトに肩を借りて甲板に来ていた。

 カイトがスコールに握りこぶしを向ける。スコールはそれをきょとんとした様子で見ていたが、



「こうすんだよ」



 拳をぶつけ合うんだとカイトに教わり、そうしてみた。

 そうしてから、カイトの豪快な笑みにスコールも笑わされる。



「カッコよかったぜ!」


「……ええ、それはよかったです」



 今日は役に立つことができただろうか。スコールはこれまでにない達成感を得られたことに、心温まる思いだった。

 彼ら四人が喜ぶ姿を見て笑うヴェインがいた。

 ヴェインの隣にセーラが足を進めた。



「これで戦況が一気に傾くわね」


「ああ。後は例の司祭か」


「ええ……どこにいるのかしら。どこかに潜んでいるはずなんだけど」



 戦いの終わりは、オルフィデをどうにかしてから。

 だからこそまだ油断できなかったのだが、シシル・メルデーグが残した力を発動できたことは喜ばしい。



 二人が話していると、甲板に置かれていた魔道具から声が届く。

 いまも一人で操舵室にいたネムのものだ。



『みんな! そろそろ戻ってきて! ちょっと進路を変更するから!』



 一行はその声を聞き、急いで操舵室へ駆けていく。

 デウスは常に英爵家が管理してきたとあって真新しく、操舵室も古臭くない。

 前方一面に張られた窓ガラスの前にある、デウスを操作するための魔道具が並んだ場所にネムが立っていた。



「ネム、何かあったのか?」



 ヴェインが問う。



「ほら、あの魔法陣を起動できたでしょ? だからネムたちは急いで報告に行かなくちゃダメなわけだよ」



 軍の魔導船が近くの空域に停泊している。

 いまからそこへ行き、空に浮いたままタラップをつなげて報告をすることになっていた。



 ネムは全員の返事を聞いてから進路を変えた。

 帝都を発つ前に聞いていた空域へ舵を切り、空を進むこと数十分。 レオメル帝国の魔導船が何隻も飛ぶ空域に到着し、七人はその様子に驚いた。

 七英雄の伝説ではいいとこ数隻だったが、いまは十数隻も空を飛んでいる。

 


 そのうちの一隻に近づくと、魔道具のタラップが繋げられた。



「先ほどの魔法の件は詮索するな、と連絡が届いております」



 待っていた騎士の声だ。

 あの魔法陣による力は国家機密。報告といっても詳細は語れないこともある。

 代わりに、軍部へは味方の攻撃であるという旨が伝えられていた。



「ネムたちからは、やるべきことは無事に終わったって報告があるくらいかな」


「はっ。我々もそのように帝都へ報告いたします。そして、こちらからですが――――」



 いくつかの共有事項が話されること十数分、話すべきことはすべて話した。

 まだいくつかの個所で戦闘状態にあるが、もう間もなく、すべての戦いが終わるだろうと。

 やはり、レオメル側が魔王教を圧倒している状況だった。



 七人が甲板を離れて操舵室に戻ると、



「やっぱり、魔王教徒を率いてる人は見つかってないみたいだねー」



 ネムは糖分が欲しくなったのか、棒に刺さった飴を舐めながら皆に話しかけた。

 デウスの操作に使うもろもろが並んだ手前に置いた椅子に座り、背もたれに両手を乗せる普段と反対の座り方で。



「でも、あたしはこのまま終わるとは思えないわ」


「みんな同じことを考えてると思うぜ。なぁ、リズ」


「とーぜんです。いきなり襲い掛かってきておいて、失敗したから終わりっていうのは考えにくいですから」



 七人が帝都への帰路に就く前に、すっきりしない気持ちで話していたら。

 鈴の音が二度、三度と鳴る。デウスを操作するためのスイッチや、何かしらの数値を図るための数多くの目盛りが並んだパネルから聞こえてきた。


 

 ネムは椅子に座ったまま上半身をひねる。

 近くの目盛りに表示された数値を確認した。



「――――へ?」



 彼女が咥えたままだった飴が落ちた。

 慌てて立ち上がると、他の数値もすべて照らし合わせてみながら、しかしそれでも情報が足りず、彼女は操舵室に置いていた自分の鞄から魔道具を取り出して戻る。



「おいおい! どうしたんだ!?」


「ごめんカイト君、ちょっと静かにしてて」



 いつになく真剣な表情を浮かべたネムが腕組み。

 いくつかの数字を何度も確認し、それでもぬぐい切れない違和感に、今度は持ってきたばかりの魔道具を動かして何かを確認。



 彼女が持ってきたのは、一枚のガラスのような見た目で普通のノートくらいの大きさをした魔道具だ。

 そこにも多くの目盛りが並んでいた。



「違うよね……これだとこの数字は出ない。でも反応は正常だから――――空気中の魔力の揺れは間違いない……」



 何度も、



「計算するのはこっちじゃなくて、こっちかな……。うん――――やっぱり正しい数字が出たけど……これだとやっぱり、おかしい数字が出てる」



 何度も、



「誤差には思えな――――」



 ハッとした表情で、窓の外を見ていたネム。

 彼女が窓の外に見つめていた先には、とある場所があった。

 シャーロットがその方角に何があるのか気が付いた。



「ウィンデアの方を見て、どうしたの?」



 この付近は、ウィンデアへもあまり遠くない空域だった。

 スコールが起動させた魔法陣による力はもうずっと前に消えているが、場所という意味ではその領域の内側だ。



 それまで黙っていたヴェインは、ネムが「まさか」といい何か気にしていた様子を見て、レンが口にした言葉を思い返す。



『思ったんだけどさ、ウィンデアもその標的にされないかなって』



 彼が、ぽつりと。



「魔王教が聖遺物を集めてるって話……もしかしてそれが関係してるのか……?」



 操縦席の近くに置かれたテーブルに広げられたレオメルの地図へ、ネムが勢いよく詰め寄った。



 水と風が眠る場所・ウィンデア。

 水の女神の指輪が眠るという逸話が残された場所で、この春、ヴェインたちが足を運んだばかりの場所だ。

 


 ネムにつづき、六人が。

 全員がテーブルを囲むように地図を見た。

 


「ネム、どんな異常があったのか教えてくれますか」



 リズレッドが地図を見ながら。



「空気中に漂う魔力の様子が変だったんだ。誤差かなって思ったけど、それにしては妙な動きをしてたから」


「それ、どんな動きだったのです?」


「無理やり別の場所から押しのけられたせいで、ちょっとずつ空気にのって移動してるって感じかな」


「……なるほど。人の手によって妙なことをされていそうな気配ということですか」



 話を聞いていたシャーロットがふぅ、と息を吐いた。



「例のオルフィデとかいう男が、水の女神の指輪を探していてもおかしくないわね」


「調べに行く価値はあると思うぜ。行っても無駄足にはならないだろ」


「ええ。乗り掛かった船だし、ここまできたら最後までよね」



 セーラが同調すれば、ヴェインが腰に携えた剣の持ち手を握りながら。



「周りの魔導船にも話してウィンデアへ行ってみよう」


「じゃあ、決まりだね! 進路をウィンデアに変更!」


「おう! じゃあ俺がちゃちゃっと伝えてくるから、準備しててくれよな!」



 勢いよく操舵室を飛び出したカイトが甲板に出ると、再びタラップをつなげてほかの魔導船の騎士たちに告げた。



 デウスに積まれた魔道具はネムが作ったものがほとんど。

 それらの性能はアルティア製と言えば十分伝わる。それにより探知した異常を確かめるべく、ウィンデアへ急行すると言った。



 数分もしないうちに、デウスが他の魔導船より早く発進する。



 軍用の魔導船にも勝る速度でぐんぐん加速して、ウィンデアへ向かう。

 周りの魔導船も何隻かつづいており、あと数十分もすれば到着できるだろうと予想される。



「水の聖日せいじつに、何をするつもりなのでしょうか」


 

 リズレッドが言った水の聖日というのは、水の女神の誕生したとされている日。

 水の聖日の夜は、水の魔力が各地で高まると言われていた。



 魔王教は以前から聖遺物を集めていた。

 今回、本当の狙いは水の女神の指輪に関連した何かなのかもしれない、ヴェインたちはそう思い、より強くオルフィデがウィンデアへ向かったのだろうと思った。

 そしてあの男はこの日の夜になると、水の女神の指輪を手にすることができると考えている可能性のことも。



 聖遺物を集めている理由は不確かながら、彼らの手に渡っていいものではない。

 ウィンデアに向かうようになっておよそ三十分が過ぎた頃に、



「見えてきたよ!」



 あの日、ヴェインの力を確かめるために足を運んだウィンデア。

 星明りに照らされた幻想的なあの場所を見て、ネムがデウスの操縦席で見れるいくつもの数値を比較した。



「水の聖日だからかな! 今日は風の魔力が落ち着いてるよ!」


「お? ってことは上のほうに停まれるのか!?」


「うん! 前にウィンデアに行った後でネムが頑張ってデウスを弄ったから、多少なら無茶できるし!」


「ちょっとネム! あいつが本当にここに移動したのかわからないんだから、落ち着いて!」


「大丈夫だってセーラちゃん! ネムが頑張って障壁を強化したんだよ? 今日くらいの濃度の魔力だったら、こんなのちょちょいの――――」



 急に黙りこくったネムを見るセーラが頬をひきつらせた。



「……緊急事態とか言わないわよね?」


「い、言わないよ! だけどほら、これを見て!」



 周辺の魔力の質や濃度を測る魔道具なのだが、見てと言われてもセーラたちにはさっぱりだ。いくつか数値が不規則に動き、ある方角を示しはじめていたことくらいしかわからない。



「これ……上を示してるの?」


「そうだよ! やっぱりウィンデアの上層で何かあったのかも!」



 操縦かんを握る手を大きく動かし、デウスを勢いよく上へ向かわせる。

 周囲の魔導船はデウスの急激な動きについていくことができていなかった。このデウスの方が高性能で、方向転換をする際にも他の魔導船に比べて反応が早いからだ。



 デウスがさらに上へ向かうという信号を周囲の魔導船へ送り、騎士たちにはウィンデアの中でもほかの場所を探索するよう頼む信号を送った。



「こんなの、神殿に向かったに決まってるじゃねえか!」


「私もそう思いますよ! でも、私たちは何日もかけてあのウィンデアを踏破したんです! どうやって神殿に向かうんです!?」


「カイト君もリズも、そんなの答えは一つでしょ!」



 ネムがデウスの操縦席にある、真っ赤なボタンに握りこぶしを勢いよく下した。

 デウスはその巨躯を魔力の壁で覆いだすと、乗っている全員の耳を刺す甲高い音を立てた。



「いけるところまで、力技で一気に駆け抜けるわけだよ!」



 誰もが操舵室にある何かに掴まってすぐ、デウスが大きく揺れた。

 空気中に漂う風の魔力がデウスを不安定にさせていた。



 しかし、ネムは神殿の近くの高さまで進めるとは思っていなかった。それができるなら、春に来たときだってできたから。

 それでも、おかしなことがあった。ネムが新たに搭載した防衛装置を作動させながら空を進んでいたこともそうだが、それにしても、風の抵抗が少なすぎた。

 操縦席から確認できる数字を見ると明らかにそうで、ネムを疑問に思わせた。



「やっぱり、人の力でウィンデア周辺の魔力を抑えてる……っ!」



 それができないわけではない。

 たとえば、強力な魔法で風の魔力を弱体化させることができないわけじゃない。

 仮にそれをしているとすれば、やはりオルフィデだろうか。



「みんな! もうすぐ停まるから! 何かに捕まって離れないでよ!」



 気にしても答えはなく、デウスを操縦することにほとんどの意識を向けたネム。



 神殿までかなり近い高さにて、ようやくデウスは速度を下げはじめた。

 ヴェインたちが来たときに休憩するのに使った、比較的なだらかな岩肌の近くを狙いすまし、ネムは勢いよくデウスのエンジンを逆噴射。



 これまでで一番の揺れが中にいる全員を襲ったが、デウスは無事に停泊を果たす。

 調度品などがごろごろ雑多に転がってしまった広間で、七人が同じように転がっていた。

 ネムは額の汗をぬぐいながら立ち上がると、



「……ほら、どんなもん?」



 へへっ、と笑いながら勝ち誇った。



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