夢の続きを列車の中で。

 去り際に。



「待て」とラディウスがレンの背に声をかけた。


「いまから三人でエレンディルに帰るんだろう、気をつけてな」


「ん、ありが――――」「特にレンは落ち着いて行動するように」「――――どうして俺だけ特別扱いなのかなって」


「さて。だがレンには二度いっておくくらいがちょうどいい」


「……なんか腑に落ちないけど、気にしてくれてありがと」


「そう不満そうにするな。これでも私なりに心配しているのだ。……あの二人にも伝えておいてくれ。貴族の責務はあっても、私は三人が無茶をすることは望んでいないとな」



 貴族の責務、簡単に言えば民のために尽くすこと。

 クラウゼル家に生まれたリシアはクラウゼルとエレンディルのために、フィオナも似たようなものだ。

 


「学院長は昼過ぎにでも学院を発つはずだ。エレンディルに向かうことになっている」


「え? どうして?」


「念のため、守りを固めるためにだ。学院長から聞いてなかったか?」


「……クロノアさんとは、エステル様の話とか敵の話ばっかりしてて、あんまりゆっくり話せなかったから」



 帝都には剣王がいるから、ということでもあった。

 二人は今度こそ、



「ではまた今度、落ち着いたころに会おう」


「ああ、ラディウスも気を付けて」



 リシアとフィオナはいつも使う図書館奥の小部屋で待っている。



 レザードとユリシスは一足先にエレンディルへ戻っていた。

 ユリシスもエレンディルへ向かったのは、イグナート家の仕事をするためだ。

 朝早く、ガーディナイト号がエレンディルを通過する。ガーディナイト号は昨年完成した地上の新たな便で、帝都から水の都エウペハイムへ向かうもの。

 昨冬の竣工式にはレンも招待されて参加した。


 

 そのガーディナイト号の乗組員から、運営に携わるイグナートの当主として、道中で何か問題がなかったかなど聞くべきことがいくつもあった。

 少しでも早く聞くなら、帝都よりエレンディルにいたほうが都合がよかった。



 いつもの小部屋の扉を開けると、二人がレンを見て立ち上がる。

 合流した三人は学院を出て、エレンディルへ向かう列車に乗った。

 護衛は彼がいれば、間違いなく問題ない。



 帝都からエレンディルへ向かう途中、魔導列車は平原を横切る。

 エレンディルまでの所要時間は、およそ一時間だ。



 魔導列車の中は多くの席が空いていた。

 魔王教徒が活動しているという話を聞いてか、多くの民はわざわざ移動するようなことを避けていた。

 線路を車輪が踏みしめる音がいつもより響く気がする。



 三人用の椅子が対面に並べられた客席。

 片方にはレンが一人で、対面の椅子にリシアとフィオナが座っていた。



(やっぱり、俺が知ってる情報だけじゃうまくいかないのかな)



 完全に後手に回らないために動けているが、完全にこちらの好きなように動けるかと言ったらそうではない。



 何度も考えたことだが、魔王教も考えて動くのだ。

 こちらが敵の想定外の動きを見せれば、敵も倣い新たな動きをする。

 歯がゆいが、仕方なくもある。

 相手が予定プログラムされた動きを繰り返すデータだけの存在なら話は違ったけれど、そうではないのだから無理もない。



 レンがそうしたことを考えながら、魔道列車の揺れを感じていたときのことだ。

 彼の胸が大きく拍動し、視界が霞んだ。



「ッ……痛……」



 唐突に。

 座っていたレンが強烈な頭痛に苛まれ、彼は両手で頭を抱えながら倒れた。

 椅子の上で横になって苦しそうに蹲っていると、リシアとフィオナが彼の左右にやってきて、



「っ……レン!?」


「レン君っ!?」



 心配するような声を何度も発していた。

 しかし、レンは二人の声より鮮明に聞こえてきた声に意識を持っていかれる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――蹲っていたレンが無理やり身体を起こすと、いつのまにか周りの景色が違っていた。

 この前の夢だ。



 レン・アシュトンが謎の少女と出会い、何か話していたときの夢。

 最後に掠れて聞こえなくなった少女の自己紹介のつづきが……再び。

 また、唐突に何かを見せようとしていたのだ。



『私は――――』



 少女がつづけて言った言葉を、レンは確かに耳にした。



 今度は確かにレンの耳に届いた、少女の名。

 予想なんてしていたはずもない、驚きの名。



 自己紹介を終え、カーテシーを終えて話しかけてくる少女。

 蠱惑的にも見え、しかし、油断すると飲み込まれてしまいそうな迫力を漂わせていたことがレンの目には印象的に映った。



『どう? あなたが知ってる名前だった?』


『……ああ』


『よかった。じゃあどうする? 私と話したくて探してたのよね?』



 レン・アシュトンは迷うことなく、



『お前がすべての黒幕なのか?』



 少女はその言葉にきょとんとしてから、すぐにくすくすと笑ってしまう。



『何を話してくれるのかと思ってたら、おかしなひと』


『誤魔化すな』


『ふぅん、誤魔化してるように聞こえたんだ。でも残念。私は何も誤魔化してないわ。あなたが私を笑わせたのよ』



 少女が軽い足取りで一歩前に。

 少女の瞳から放たれるのは、レン・アシュトンが経験したことのない不気味な圧。



『黒幕ってどのこと? あなたが白の聖女を殺したこと? それとも、あなたがクロノア・ハイランドを殺したこと?』


『…………』


『それとも、もっと深いことを聞いているのかしら』


『もう一度言う。すべてだ』



 少女がもう一歩前に出た。

 彼女は楽しそうに微笑みながら声を弾ませる。



『おかしなことを聞くのね。あなただって、誰かにとっての黒幕なのに』



 また、一歩前に。



『だけど、誰にとっての黒幕かしらね。あんな騒動の中心にいた貴方は、もしかすると帝国レオメルにとって事件の黒幕かも。エルフェン教にとってもそう。あとは、魔王教にとっても貴方は七英雄の末裔を庇う敵。まるで誘導されたかのように切り伏せられた教徒たちにとっては、きっとその企ての黒幕みたいなものよ』


『……はぐらかしてるつもりなのか?』


『いいえ、そのつもりはないわ』


『だったら、お前は何を言いたいんだ』


『同じことを。結局、あなたは誰の黒幕なのかってこと』



 少女がレン・アシュトンのすぐ前に立つ。



『俺が魔王教徒を斬ったことに、文句は言わないんだな』


『私は私がしたいようにするだけよ。あの子たちが何をしていたって、私が関与してるわけじゃないもの。あなたがしたいようにすればいいわ。斬りたければいくらでも斬ればいい』


『ああ、そうか』



 話がここで戻される。

 少女がレン・アシュトンに向けて、



『いま、正しいのは誰かしら。世界? それともあなた? それとも私?』


『哲学的な話をしたいのなら――――』


『ぷ、くく……あーっはっはっはっ! そんなつまらないことは話したくない! せっかくこうして会えたのに、時間を無駄にするはずがないじゃない!』



 少女がレンの鎖骨へ、人差し指を押し当てた。

 払おうにも、彼女が放つ圧が許さない。

 戦いになったら剣を振る覚悟がレン・アシュトンにはあったが、いま、そうなる気配は二人の間に皆無だった。



 だが、何か小さなきっかけがあれば……。



 二人は常軌を逸した領域の殺し合いをはじめていただろう。

 幸いなことに、いまはそのきかっけが訪れることはないのだが。



『もっともっと苦しんで、悲哀に喘ぎなさい。そうしていたらきっといつか、あなたが求める答えにたどり着ける。まだ、痛みが足りていないのよ』



 少女はそう言い、レン・アシュトンとすれ違う。

 レン・アシュトンは止めず、彼女に振り向くこともない。



『お前は、本当に何を知ってるんだ』


『あなたが知らないことの多くを』



 少女が笑った。




弱かったあなたは選べ、、、、、、、、、、なかった、、、、。あなたは罪深い人ね、レン・アシュトン』




 少女はそんな少年に、わざとらしく告げた。



『そんなのは俺も、お前の王、、、、もそうだったはずだ』


『それ、あなたが言うんだ?』



 少女の口の端から、八重歯のようにも見える牙が覗いていた。

 二人は背を向けながら、



『いまは気分がいいから殺さないであげるけど、次は殺しちゃうかも。気をつけなさい』


『ああ。俺もここで戦うつもりはない』


『賢明な判断ができるいい子ね。血筋がいいからかしら』



 また、世界が掠れていく。

 霞がかると遠ざかり、また、レンに夢の終わりを告げていた。

 白昼夢は、いつものように唐突に終わりを迎えた。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 夢の中で立ち上がっていたレンはまだ椅子の上で横たわっていた。

 リシアとフィオナが彼を案ずるように寄り添い、リシアは神性魔法を指先から放ちレンを癒すことに勤めていた。



 こんなときでなければ、さすがのレンも緊張していたかもしれない。

 二人の甘い香りと温かさはいくらでも脳を焦がせただろうが、いまのレンにそのようなことを考える余裕は一切なかった。



 レンは彼女たちに「すみません」と言い、ゆっくり座りなおした。



 リシアの指先から迸る暖かな光を感じていると、あの夢の世界ではリシアがもういないということを思い出す。



「レン君、急に倒れちゃって大丈夫ですか……?」


「急に身体を動かさないで。もうちょっと休んでないと」



 これ以上二人を心配させないよう、彼は二人に支えられながら気丈に笑った。

 リシアは神聖魔法をもっとレンに使おうとしていたが、彼は「平気です」と固辞した。



 いま使ってもらっても何の意味もなさないだろう。

 レンは怪我をしたわけでも、病に罹っているわけでもない。リシアの魔力を無駄にしてしまうだけだ。

 心地のいい温かさに包まれることはできるが、彼女に悪い。



(……どうしていま、あんな夢を)



 この前見た夢のつづきを……。

 ここで見せつけられたことに作為的、、、なものを感じる。

 レンが深呼吸を繰り返しながら考えた。夢の内容のことをだ。

 あれをただの夢と一蹴することはできない。



(どうして……)



 頭痛はいつの間にか消えており、夢で見た少女の言葉が繰り返される。



弱かったあなたは選べ、、、、、、、、、、なかった、、、、。あなたは罪深い人ね、レン・アシュトン』



 これが、何を意味するのか。

 レンは弱くなければ選べたのだろうか、とも思った。

 彼は十数秒の沈黙を経て二人を見た。



「……すみません。用事ができました」



 何が何でも戦いの場へ向かわなければならない、そんな用事が。

 あの少女は知っている。七英雄の伝説における惨劇のことを、そして、魔王教の行動原理も。



 彼女の情報を集めるには、自分も戦いに行かなければ。

 あの男から、オルフィデから直接聞きだすために。



 当然、レンの急な言葉に二人の少女が驚いていた。

 しかし彼女たちが驚きの言葉を口にする前に――――

 不意に魔導列車が揺れ、緊急停車。



 様子を見に行こうとしたレンが立ち上がろうとしたら、足元がふらっと揺れる。



 夢でみたことの衝撃が大きかったからかどうかはわからない。

 彼を見て、二人も立ち上がり左右から支えた。



「私も行くわ」


「私も参ります」



 二人が言う。

 外には街道や平原にも普段より多くのレオメルの騎士がいるはずで、こういうときだから車内にも騎士がそれなりに控えている。

 レンはすぐにいつもの調子を取り戻し、足元のふらつきも完全に消えていた。



「駄目です。これは俺の仕事です」



 しかし、



「それこそ、私たちが受け入れると思う?」


「……いまのレン君だけで行ってもらうのは、私たちだって心配なんですからね」


「そ。さっき倒れたばっかりなんだから、いまのレンは逆に止められる立場よ」




 本心だったし、譲れない気持ちであることは事実だった。

 少女たちはそれなら自分たちも傍にいると言う。



「私がいれば、レンにもフィオナ様にも傷一つ付けさせないわよ」



 自信に満ちた声に裏付けされた実力と、自身による言葉。

 神聖魔法を使うことにまだ多少の忌避感はあったが、レンとフィオナに対して使うと思うと不安な気持ちにならない。

 リシアにはそれが不思議に思えたが、気にしないことにしていた。



 リシアの根底にあるのは、純粋な聖女としての気高さである。

 また、いまのリシアがそれを言うのが無謀なことではない。彼女は剛剣使いとして剣豪になり、剣聖へも日々近づいている実力者だ。

 少なくとも、彼女もセーラやヴェインを圧倒できる実力を秘めている。



 それに――――と二人が、



「私たち、結構強いんだから」

「私たち、結構強いんですよ」



 揃った声を、まっすぐレンに向けて。

 停車した魔導列車の連絡通路へ向かうと、すでに多くの騎士たちがいた。

 そこへ現れたレン、リシア、フィオナの三名を知る者は多く、彼らが登場したことで騎士たちは驚いた。

 ここにいる騎士を率いていた女性の騎士が言う。



「小規模ですが魔王教徒たちによる攻撃です。進路を妨害されたのですが、すぐにエレンディルへ向かいます」



 そうは言うが、騎士たちが外で、街道を守る者や警備のために増員されていた騎士たちが平原で魔王教徒を相手に戦っていた。

 帝都とエレンディルを往復する列車は強力な装甲に加えて、魔導兵器も搭載されている。すべては備えであり、こうした事態のため。



 片方には広大な平原を望み、片方には山へ向かう街道もつづくこの周辺。

 春の風が舞いながら、しかし命のやり取りを。

 レンの足取りに違和感はなかった。彼は席を離れる前に召喚していたミスリルの魔剣を手に、街道や平原で繰り広げられる戦いを視界に収めた。



 交戦中の騎士や魔王教徒たちの間で魔法が飛び交い始めた。

 それをレンたちが、騎士たちが外に出るために開けていた扉の外に見つける。

 彼はすぐに車両の外に出て、車両を襲う敵がいないか確認していた。

 すると、彼の隣に降りてきた黒髪の少女が。



「私に任せてください」



 フィオナがレンとリシアに先んじて手を伸ばした。

 バルドル山脈で披露した頃から、彼女の氷魔法は一流とも言える質を示していた。

 先日、リシアとの立ち合いでもその一端を示していたフィオナが、大きく息を吸って目を伏せて集中。



 青々とした魔法陣が彼女の前、車両を覆うように広がっていく。

 レンはそれを見て、まさかと驚愕しながらも、



あの魔法、、、、を使えるくらい強くなってたなんて)



 氷魔法でも最上級に相当近く、扱える人物はレオメルでも数少ない強力な魔法。

 仮に剣術に置き換えるとするならば、剣聖級のそれに並んだ等級であることは明らか。



 ――――名を、アブソリュート。



 絶対零度の氷が、フィオナの足元から。

 氷の波が平原を、街道を駆け抜けていった。



 あたりは瞬く間に氷の世界へ変貌して、地面のほとんどが青々としたクリスタルのような氷におおわれていた。



 それらは騎士たちを襲わずに、魔王教徒のみ対象に。

 手足を凍り付かせ、武器を奪う。魔法もそれが発動されたままアブソリュートに飲み込まれ、一瞬で姿を消してしまう。


 

 できあがった氷界。

 巨大な氷柱が各所で天高く伸びていた。



 いたるところから聞こえてくる驚きの声の多くが、魔王教徒によるもの。

 騎士たちは自分たちが対象になっていないことから増援と確信し、魔王教徒の鎮圧に力を注ぐ。

 フィオナがレンを見て、



「どう……でしょうか。私、あのときより強くなったんですよ」


「……すみません。驚きすぎてうまく言葉がでてこないです」


「ふふっ、そう言っていただけると、頑張った甲斐がありました」



 再び魔法の構えに。

 魔王教徒たちが狙うべきはこちらであると確信し、狙いを魔導列車のすぐ前にいたレンたちを標的にした。



 だが、リシアが魔王教徒が放った魔法を見た。

 すぐにレンも対応しようとしていたが、リシアが「私に任せて」と言った。



 放たれていた魔法は雷撃が、炎のように赤い風が。

 複数属性の魔法を扱える魔王教徒が、それらを重ねた魔法を放つ。

 高難易度とされている魔法の術である。



 ……やっぱり、今回は力の入りようが違う。



 魔王教も本腰を入れてレオメルに牙を剥きはじめたようだ。

 レンにしてみればわかっていたことではあるし、だからラディウスやユリシスと協力して事に当たっていたわけなのだが、こう実際に目の当たりにすると気が引き締まる。



 しかし、それらの魔法も届かない。

 レンが何もするまでもなく、彼女たちがすべて終わらせてしまう。



「――――その程度の魔法で、どうにかなると思ったの?」



 リシアが手にした白焉に放たれた星殺ぎが、すべての魔法を完全に無効化する。

 後に残されたのは、ただの風だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 レンたちがエレンディルについたのは、昼過ぎのことだ。

 こちらにも魔王教が現れたことによる余波があり、街中はいつもと違い騒然としていたが、ラディウスが警戒態勢を敷いていたこともあって、思っていたほどではない。



 防衛のための準備は元より整っている。

 事件らしい事件は勃発しておらず、安全な状況を保てていた。



 屋敷に着くと、レザードとユリシスがレンたちを迎えた。

 彼らはリシアとフィオナが力を振るったという話を聞いていた。

 心配だったが怒るようなことはない。彼女たちは臣民のために力を使ったのだから称えられた。



 レンが一度倒れてしまったこともリシアとフィオナは口にした。

 そしてレンの口から、「自分が剣を振る前に戦いが終わったくらい」と告げられる。

 二人がレンの代わりに乗客を守るために振る舞ったことはこれで理解できた。



「何か理由があると思っていたら、そういうことか」


 

 合点がいった様子でユリシスが頷いていた。



「もう、大丈夫なのかい?」


「平気です。ふらっとしたのも少しだけだったので」


「……そうかい。ならよかったよ」



 安堵したユリシスに代わってレザードが、



「レンが剣を振るまでもなかったとはな。だが、後は休んでいなさい。三人が無理をする必要はないよ」


「……」


「レン?」



 黙ってしまったレンが何を言い出すのか、レザードはこれまでの経験からある程度察しがついていた。

 まだ、レンがその言葉を言い出すに至った理由はわからない。

 しかし、何か彼なりに譲れない理由があってのことだろうと思った。



「俺は、ヴェインたちのところへ行こうと思うんです」



 いまさらになってどうして、という疑問がレザードとユリシスの頭に浮かんだ。

 しかし、レザードはレンが言うのだから何か理由があるのだと思い、冷静に問う。



「理由を教えてくれるかい?」



 理由は誰に話そうにも難しい話だった。

 夢で見た少女のことが気になるから、と言っても戸惑いを生むだけ。

 それらしい理由として、敵が予想以上の数でレオメル国内に現れ、帝都などの近くでも活動している事実だろう。

 



 だから、ヴェインたちのことも心配なのだと。

 もっともらしい理由だったため、何らかの疑いをかけられることはなかった。

 想定外の事態というものは、どうしようもないことだったから。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 空中庭園にて。

 このときばかりは見送りにリシアとフィオナがいて、専用のドックまで同行している。



「レン! いつでも飛べるぜ!」



 こうした事態だ。

 ヴェルリッヒはレムリアを動かす可能性があると考えて、ユリシスとほぼ同じタイミングでエレンディルに来ていた。



 レンがレムリアに乗り込む前に、彼の手にリシアとフィオナが触れた。

 偶然にも全員の手が重なり、三人が笑みを交わした。



「二人とも、どうしたんですか」


「ごめんなさい。やっぱり心配になって、つい」


「たはは……私もそうなんです」



 白の聖女と、黒の巫女。



 相反した属性の力を持つ彼女たちが、手を重ねたまま目を伏せた。

 無事に帰ってきてくれるように、そう願いを込めて。

重ねられた手から、二人の力が届くような……心地のいい暖かさがレンの全身に届けられる。

 手が離れると、今度こそ見送りの言葉を。



「私たちも、こっちで頑張るから」



 予想外の襲撃に対してするべきことはいくつもあり、リシアやフィオナのような存在が町にいると頼もしく思う民が安心できる。

 二人も、こちらでするべきことはいくつもあった。



「さっきの戦いの影響で、リシアとフィオナ様の名前を呼ぶ人もいましたね」


「……言わないで。ちょっと恥ずかしいから」


「わ、私もです……まさかあんなに注目されていたなんて……」



 特にフィオナは派手な魔法を行使したこともあろう。

 リシアは照れ隠しに話を戻す。



「……それについては、帰ってきてからまた話しましょう」



 レンがレムリアに乗り込むと、龍脈路に魔石の力が一気に流れていく。

 開かれたドックの出入り口から、レムリアが勢いよく飛び出した。



――――――――――



 3巻が発売中&4巻の準備中です!

 また、今年の『このラノ』で2巻と3巻が投票対象となっておりますので、是非ご検討の一つに加えていただけますと幸いです……!


 


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