拗らせた?

 今回は大部分がSSとして書いていたもので、本編と内容が離れておりますが、お蔵入りも寂しかったので投稿させていただきました。

 そういったかたちでお楽しみいただけますと幸いです。



 ――――――――――



 すぐに場所を変え、クロノアが言った倉庫へ。

 授業をしていた教室から数分歩き、まず校舎の裏側へ出てからだ。

 石造りの倉庫は神殿のようにも見える立派な作りで、一般的な民家が数件並んでやっと同じ規模の大きさ。



 リシアが「こんなところがあったのね」と言っていた。

 現地で合流したフィオナが倉庫の扉を開けようとしたのを見て、レンが手を貸す。



「俺がやりますよ」


「……あ、ありがとうございます」



 後ろから覆いかぶさるようにとは言わないが、フィオナが伸ばした手を制するように後ろから手を伸ばしたから、フィオナにとっては少し気恥ずかしい体勢だった。

 リシアがクロノアと話をしていた間の出来事である。



 倉庫の扉を開けると、中から埃っぽい風が勢いよく舞った。

 苦笑したレンとフィオナがクロノアを振り向く。



「クロノアさん、何を探せばいいんですか?」


「えーっとね……」



 クロノアがリシアを伴って倉庫の前へ。

 彼女はいつものように杖を軽快に振って見せた。宙に光る文字をいくつか浮かび上がらせる。



「ここに書いてある年代の資料を集めてほしいんだって」


「集めてほしいってことは、クロノアさんが倉庫整理をしようとしてたわけじゃないんですね」


「うん。そうだよ」



 クロノアはニコニコ笑っていたのに、彼女から漂う迫力があった。



「すごいよねー。忙しいのに、昔の資料を倉庫から引っ張り出して来いっていきなり連絡してくるんだもん。忙しいのに、今日中にってさ」



 わざと二度も忙しいのにと言うくらい、余裕がなかったようだ。

 クロノアに連絡をしてきたのは国の機関で、そこに所属する文官や役人たち。連絡の行き違いにより、資料を提出してもらう日がうまく伝わっていなかったらしい。

 


 その提出日が今日の夕方までだったという話である。

 どこで行き違いがあったのかなど、責任の所在を明らかにするのはまたあとで。いまは必要な資料を探すことを優先したかった。



 クロノアが唐突に頭を下げる。

 先がとんがった魔女の帽子がぴょん、と揺れた。



「ごめんね! みんなも午後から遊びたかったと思うんだけど……!」


「だ、大丈夫ですって! このくらい手伝いますよ!」



 慌てて言ったレンの後で、フィオナとリシアが何度も頷いて「そうです!」と。

 クロノアが顔を上げると彼女は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべており、いまにも再び頭を下げそうな勢いだった。



 これではいけないと思ったレンが、倉庫に足を踏み入れる。

 掃除する前の図書館奥の小部屋以上に、こちらにはいろいろなものが保管されていた。



(資料……資料……)



 雑多としているようで中はしっかり整理されており、本棚が並んでいる箇所を見ればそこには整然と本や紙の束が並んでいる。



 レンは途中で道を変えて、倉庫の中にある階段へ向かった。倉庫の二階にも窓があったから、換気のためにも開けようと考えた。

 その窓を開けると、涼しい風が倉庫の中を行き交った。

 彼が三人の待つ本棚の前へ戻ると、クロノアがうんうんと唸っている。



「……おかしいなー、この辺りにあるはずなんだけど」


「もしかしてこれですか?」


「あっ! それそれ! リシアちゃんすごいね! そんなに早く見つけちゃうなんて!」


「いいえ、偶然ですから。でも必要な資料はまだありますし」



 手分けして本棚をいくつも探しながら、一つずつ目的の資料を見つけていく。

 クロノアは不意に、



「大人ってずるいよね……行き違いがあっても、強く言えばどうにかなると思ってるところとかさ……」



 妙に切ない呟きをして、切ない表情を浮かべていた。レンは前にも思ったが、彼女は苦労人気質なところがありそうだ。

 レンたちはそんなクロノアの味方であろう――――そう思った。



 二時間もしないうちに資料探しが無事に終わり、クロノアが深く感謝していた。

 彼女は倉庫で見つけた木箱をついでに外へ出して、何度もレンたちに礼をした。



「ほんっとーにありがとう! 今度、一緒にご飯に行こうね! ボクにお礼をさせてほしいからさ!」



 今度こそ立ち去っていくクロノアは、途中で何度もこちらを振り向いて頭を下げた。

 レンたちはクロノアが見えなくなるまで見送ってから、



「行きますか」



 クロノアがついでに外へ出した木箱の中には、過去の催し事で使うことが検討された衣装が入っているという。いわゆる学校祭のようなイベントで、生徒の出し物で使うためのものだ。



 中にあるのは商人が注文に応えて用意した試供品なのだとか。

 いまからレンたちは、これを校舎の中にある資料室へ運ぶ。クロノアが忙しそうにしていたから、これも手伝うと言ったのだ。



 彼ら三人は校舎に戻り、資料室へ向かって歩いた。

 窓の外から差し込む夕日がいつの間にか茜色。



 校舎の中にある資料室は先ほどの倉庫と違い、埃っぽくなかった。

 クロノアに指示された保管場所へ向かうと、木箱から衣装を取り出してみたフィオナが気付く。



「少し汚れちゃってますね」



 何らかの衣装のようだが、木箱の中で埃を被っていた。このまま保管するのは気が引ける。木箱の中に納品された際に封入されていたと思われる書類があったため、レンはそれを手に取った。

 様子を見ていたリシアがフィオナに提案する。



「更衣室で綺麗にしますか?」


「そうですね……せっかくですし」



 この学院の更衣室はシャワールームが併設され、大きな洗面化粧台もあった。制服を整えるための魔道具も置かれている。



「じゃあ俺はクロノアさんのところに行って、書類これのことを話してこようと思います。……俺は女子更衣室には入れませんので」


「すみません……レン君」


「いえいえ、それではちょっと行ってきます」



 レンは彼女たちと別れ、彼女たちは話していたように更衣室へ。

 木箱の中に入っていた謎の衣装は折りたたんだまま持ち運んだ。

 広い更衣室の洗面化粧台は、横一面の綺麗な鏡を奥に臨んでいた。鏡の前で二人は手にしていた衣装を広げてみる。

 リシアが広げた衣装を見て、



「これ、給仕の衣装でしょうか?」


「だと思うんですが、スカートが普通のものよりちょっと短いですね。女の子たちの希望だったのかも」



 フィオナが可愛らしく笑いながら答えた。

 リシアが手にしていたのも同じ衣装だ。フィオナが手にしていたものと若干色が違うだけで、見た目はほぼ変わらない。

 給仕が着るような服をより可愛らしくアレンジしたもの。



 貴族の子も多くいるが、それでも年頃の少女たちなのだから可愛い服に興味を抱くこともあるだろう。

 この衣装が用意された経緯もそんなものだと思われた。



 二人は予定していたように衣装の汚れを取っていく。

 埃は近くに置いてあった櫛にも似た形の魔道具を服の表面に滑らせれば、それだけで綺麗にできる。

 つづけて衣装を綺麗にしながら二人が話をしていた。



「魔王教はどうして水の女神の指輪を探していたんでしょうね」



 リシアが言った。



「フィオナ様も聞いておられますよね。最近、また魔王教が各地で暗躍しだしたって」


「お父様や第三皇子殿下が尽力なさっていることですよね? でもあれ、絶対にレン君も関係していると思いませんか?」


「……思います」



 不満なのではなく、またレンがレンなりに動いているなという予想をしただけ。

 近頃は世界中で動いているとも言われている魔王教だが、よく狙われているのはレオメルだ。



 何故か。



 レオメルが世界一位の大国だからというだけではない気がしたし、それを思うならローゼス・カイタスを襲った過去も、エウペハイムの旧市街が水に沈んだことだってそうなのだ。

 魔王教はいままでも、特にレオメルを狙ってきた過去があった。



「……どうしてなのかしら」



 リシアが考えながらローゼス・カイタスでのことを思い出す。

 どうしてあのような力を、自分の意志とは別に使ったのか。どうして自分の身体がいうことを聞かず、心も何処か遠くへ行ってしまいそうな気がしたのか。

 無意識のうちに鏡に映る自分をただじっと見つめていた。



 瞳の奥に何かを探るようにしていると、あのときの不安な気持ちが僅かに蘇る。

 そんなとき、フィオナがリシアの手を握った。



「大丈夫ですか? 具合が悪いとか……」


「い、いいえ! 平気です!」


「……本当に?」


「ほ、本当だってば!」



 リシアは不思議と、自分が落ち着きを取り戻してきたことに気が付く。

 手を握ってくれたフィオナの体温なのか、はたまた別の要素からか、心のざわつきがすべて消え去っていた。



 そのあとリシアは、衣装を折りたたもうとした。

 埃を払って間もない衣装を自分の身体に合わせながら、話題を変えるかのように。



「スカートの長さは私たちの制服とあまり変わりませんね」



 なので丈が短めだ。



「あ……ほんとですね。それにフリルがたくさんあって可愛らしいです」


「こういう給仕の服ってあまりないですから、ちょっと珍しいかも」



 じゃあ、とフィオナが人差し指を立てて何か思いついた様子で、

 


「……着てみますか?」



 半分冗談で、半分本気の提案だ。

 そのくらい大丈夫だろう。壊さなければ怒られない。レンはまだ戻ってこないだろうし、ちょっと袖を通すくらいの時間ならあるはず。



 提案したフィオナは自分でも珍しいことを言ったと思いながら、こういう服を着たことがなかったから楽しみでもあった。

 リシアも同じ気持ちで、思いがけない提案に驚きながら興味を抱いていた。



「……本気?」



 先日と同じく、思わず砕けた口調で。

 この前と変わらずフィオナはそれを全く気にすることなく、むしろ喜びすら感じられる笑みを浮かべて「結構本気……だったりします」と遠慮がちに頷き、



「普段はその、こういう可愛い服なんて着ることがないですし」


「私もですってば、フィオナ様」



 本当にちょっとくらい、こういう服を一度着てみたかったくらいの気持ちで。

 二人はそれらの服を手に取って、背を向けながら着替えてみた。



 数分と経たぬうちに振り向き、顔を合わせてみる。

 スカートの短い給仕服に身を包んだリシアとフィオナ。



 いまここにいる彼女たちは、どれほどの異性を虜にすることができただろう。しかし更衣室を出るときは制服に着替えているから、その機会は訪れない。

 レンがどんな反応をしてくれるか気になったが、彼の目の前で着る勇気はなかった。



 彼女たちがそう思った矢先、

 ガチャ、と。

 離れたところからドアノブが回る音がした。



「――――え?」


「いま、誰かが――――」



 誰かが来た。でも不思議ではない。

 なぜならここは学院の更衣室で、女性なら誰でも入ってくる可能性があった。

 問題は服装だ。二人は制服ではなくこんなスカートの短い給仕服を着ていたから、見られるのは恥ずかしい。特に知り合いにみられたときだ。



 二人が危惧していた通りの結果になったのは、すぐ。



「……はい?」



 セーラ・リオハルド。

 驚きに全身を硬直させた彼女は語らなかったが、更衣室に忘れ物をしていたことを思い出して一人で学院に戻ってきたという経緯がある。



 そこで見つけてしまったのが、リシアとフィオナの可愛らしい姿。



 十数秒……たっぷりとした時間だった。

 鏡越しに視線を重ねた三人、この状況に何か思い付いたセーラが遂に決心した様子で問いかけるのだ。



「――――こ、拗らせたの?」



 主に初恋を。



 おおよそ学院で着るような衣装ではないからこそだ。

 それにはリシアとフィオナが頬を真っ赤にしていたが、リシアが慌てて言う。



「こ、拗らせてないわよ!」


「じゃあどうして、そんな服を着て……」


「だから、そうじゃないんだってば! 勘違いなの!」


「この状況で勘違いっていうのは、ぜんっぜんわからないけど……」



 セーラが後ずさった。

 摺り足とまではいかないが、静かな足取りで。



「ご――――ごめんね!」



 何か悪いものを見てしまったと謝罪するように言い、逃げるようにリシアたちに背を向けた。するとリシアは慌てて駆け寄り、セーラの腕を掴んだのだが……勢いあまって、二人は更衣室の外に出た。

 そこには、ついさっきセーラと一緒にここまでやってきたレンがいた。



「……えっと?」



 黙りこくったレンが苦笑しながら頬をかく。

 開いた扉の奥で少し奥に立つフィオナのいまの姿も、彼の目に焼き付いていた。

 二人がこれまで以上に顔を真っ赤にしたのは言わずもがな。可愛いから着てみたい、そんな軽い気持ちからここまで自爆するとは、リシアは思ってもみなかった。



 リシアは何も言わず、目を点にしながら静かに更衣室の扉を閉めた。

 そのとき、セーラは外に出ていたまま。



「……忘れ物、取れなかったわ」


「……もう少ししたらお二人が出てくると思うので、それからの方がいいかもしれませんね」


「うん、そうしとく」



 しかし珍しいものを見れたと、セーラは悪い気がしていなかった。



「ヴェインは一緒じゃなかったんですか?」


「ええ。屋敷でお父様と剣の訓練をするからって。だからあたし、ヴェインに内緒で来たの。邪魔したくなかったから」



 セーラは西日に横顔を照らされながら、いま屋敷で剣を振っている思い人のことを頭に浮かべ、



「……ヴェインは頑張ってるから、私も負けないようにしないと」



 勇者ルインの末裔であると明らかになって以来、特にヴェインの成長は目覚ましく、それはレンが予想していた成長曲線そのもの。

 これからさらに頼もしく成長するはずの友人の未来に、レンも強く期待していた。



「さっき話したでしょ。ヴェイン、帝城会議のときに挨拶をするのが緊張してるんですって」


「気持ちはわかりますよ。でも、ちゃんとかっこよく決めてくれると思います」



 きっと、多くの貴族を前に勇ましい姿を見せるだろう。

 そんなヴェインもいつか、レンと剣を手に取る日がやってくるかもしれない。



 共に戦うためか、、、、、、、はたまた敵としてか、、、、、、、、、



 数分後、フィオナがリシアより先に更衣室から姿を見せた。

 ドアからこっそり身体を覗かせるように背を丸め、まだ少し赤い頬のまま。

 するとセーラは、



「じゃあね」



 フィオナと入れ替わりで更衣室に入っていった。残っているのがリシアなら遠慮はいらないと思ったからだろう。

 レンはフィオナにどう話しかけるべきか迷った。

 ここ数年、戦いに関係したこと以外ではかなり上位に入る迷いだった。



「すみません。覗き見るつもりじゃなかったんです」



 まずは謝罪を。



「う、ううんっ! 私のほうこそ見苦しい姿を……っ!」


「いえ、すごく可愛らしかったですよ」


「っ~~!?」



 レンに可愛いと言ってもらえるのは嬉しい。

 嬉しいのだが、あのような状況から、しかも不意打ちで可愛らしかったと言われるのは心の準備ができていない。

 あまりの嬉しさと羞恥心で隠すことなく顔を真っ赤にしたフィオナが頬を両手で隠した。瞳には薄く涙を浮かべている。



 彼女は多くの感情を抱きながらも、



「……ありがとうございます。それと、お待たせしてすみませんでした」



 礼と謝罪を口にして、少しずつ心を落ち着かせたのだ。



 ――――――――――



 次の更新から本編に戻ります……!

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