リシアとフィオナ(数年ぶり)
休日に、帝都を目的もなく進む馬車の中だった。
馬車の中には三人が乗っていた。レンにラディウス、それに鍵の修理状況を共有しにきたラグナだ。
いま、ラディウスはある国で神殿が町ごと襲われたと二人に伝えた。
「レンに頼まれていたように、調べられる限り動いている」
その襲撃もレンが止められたり、どこに敵が現れるから戦備をしろと言えたら一番よかったのだが、レンも他国でどのように魔王教が動くかまでは知らなかったし、予想がつかない。
「聖地が派遣していた聖宮騎士も全滅。神殿はただの瓦礫と化し、保管されていた聖遺物はすべて破壊されるか、持ち出されていたことが確認された」
「その情報、どうやって手に入れたの?」
「影を潜ませたり、いろいろな」
そうでなければ情報共有をしてもらえるかわからない。
同じ大陸にあってもどの国も機密はあるから、致し方なかった。
「他には? どういう被害だったのかとかはわからない?」
「一つだけある。町から懸命に逃げた者の話では、やってきた男は貴族のような出で立ちだったそうだ。聖宮騎士に何度身体を貫かれても、何度魔法で焼かれても死ぬことがなかったらしい」
一瞬、考えるそぶりを見せたレンはある人物のことを思い描いていた。
魔王教の実力者である。七英雄の伝説で登場する時期もほぼいまと同じであるため、レンに一つ予想させる。
以前思い返した、司祭の存在。
「魔王教だ。その男が部下に命令して水の女神の指輪を狙ったのかも」
話しながらも、レンはその男が魔王教徒であることを確信していた。
すぐにでも、ラディウスとどうにかして情報を共有したい。それらのことを考えていると、
「魔王教徒の中でもかなりの実力者ということだ。何か企みがあるのかもしれん。水の女神の指輪を探していたのがその男だとすれば、気になるな」
ラグナが口を開く。
「俺とレンが見つけた洞窟の中はかなり荒らされていたぞ。どうしても水の女神の指輪を欲する理由があるからだろう。だが一方で、俺たちが水の女神の指輪を持ち出したことは機密だ。魔王教はそのことを知らないだろうから、また取りに行く可能性が高い。妙に聖遺物を集めている連中だからな」
「私も同じ意見だ。これらの予想ができる状況で、何もしないのは愚かなことだな」
「だけど、危険でもある」
レンが言葉をはさみ、二人の視線を自分に向けさせた。
「なぁラディウス、どれほどの強者か予想はつかないのか?」
「難しいが、これまでの魔王教徒と比較にならない実力者であることは明らかだ。聖宮騎士といえば、相当な実力者揃い。獅子聖庁の強者が束になっても、結果がどうなるか想像できん」
「……では、どう動くべきか決められないな」
ふぅ、とラグナが息をついた。
「ラディウスもそうだろう。軍備のことなど考えることは山ほどある」
「……確かにな」
悠長に構えるつもりはなく、しかし落ち着きを欠くこともなく。
ここでの話し合いは一度終わりを迎え、ラグナが話題を変える。
「ミューディの隠れ家を示す魔道具のことだ。壊れていた鍵があったろう、おそらく一か月と経たぬうちに修理は終わるが――――どうしたラディウス、俺をそんな疑うような目で見て」
「すまない。疑っているのではなく、ずいぶんと時間を要するのだと思って驚いたのだ」
「その分、丁寧に作られた鍵ということだ。俺の見立てではあれもミリム・アルティアが作ったものだぞ」
「ならば修理するために使う品も、される品もかなりの貴重品だな」
「だからこそ先が気になる。水の女神の指輪の取り扱いは検討中だが、まずは俺たちのために引きつづき、力を分けてもらうとしよう」
「その後も秘密裏に管理することになるだろうが」
「違いない」
今日話したかったことは、これで終わった。
あとは目的もなくさまよう馬車をどこかで止めて、レンとラグナが下車して解散の流れなのだが、それではあまりにも寂しかったので、ついでの雑談を。
「もうすぐ帝城会議だが、二人の予定は?」
「私は初日から最終日まで会議に参加する。パーティにも顔を出すつもりだ」
「俺はパーティにだけ参加する予定です。レザード様にお声がけいただいたので。ラグナさんはどうなんです?」
「行くはずがないだろう。いまは鍵の修理しか興味がない」
「ほう、魔王教のことは気にならんのか?」
「ならないと言えば嘘になるが、魔王教は任せた。俺は俺がするべきことをする。シンプルでいいだろう?」
「ああ、ラグナらしいな」
穏やかな午前中の雑談は、もう三十分ほどつづけられた。
「レンはこれからどうする?」
「俺は学院に行くよ」
「学院? 休日だぞ?」
「知ってる。でも、リシアとフィオナ様がいるみたいだから、様子を見に行こうと思って」
今朝、レンはリシアと一緒に帝都に来ると、この馬車に乗る前に彼女を学院に送ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
時刻は午後の一時になる少し前。
レンはあまり詳しい話を聞いていなかったが、リシアとフィオナは図書館で勉強でもしているのだろうと思っていた。
しかし、レンが校門の前に到着すると、そこでレンを待っていたエドガーが声をかけてくる。
「レン様、お二人は訓練場にいらっしゃいますよ」
「訓練場? どうして訓練場にいるんですか?」
「それでしたら、直接ご覧いただいたほうがよろしいかと」
エドガーにそう言われ、レンは疑問に思いながら後につづいた。
訓練場まで数分ほど歩けば、半分開いていた出入り口から、
「――――え」
耳を劈く衝撃音と、足元に漂う冷気。
つづいて、
「っ……まだ放てるの!?」
「そ、そういうリシア様こそ! 何回魔法を斬るんですか!?」
彼女たちの声を聞いて、レンは急いで訓練場の中に足を踏み入れた。
「今度は私から!」
「ええ! 私だって負けません!」
リシアは訓練用の剣を、軽やかな身のこなしで振っていた。
対するはフィオナだ。彼女はレンとはじめてあったときもそうだったように、氷魔法を得意としている。
以前、エドガーがレンに見せた氷魔法を駆使した戦技。
あれとは違い、フィオナが放つ氷は空中に生まれたと思えば地面に生え、はたまたダイヤモンドダストを思わせる煌めく氷の風を放つ。
……すごい。
レンが感嘆せざるを得ない、美しい戦いだった。
気が付けば、どうして二人があんなことをしているのかを忘れて見惚れてしまう。
剣豪級のリシアはレンと同じく星殺ぎを行使できる。しかし、削ぎきれない氷の魔法がリシアに迫っていた。
一進一退の攻防に見えたが、
最後は、一瞬で。
「……私の勝ちね」
「……私の負けです」
フィオナの背中が訓練場の床にすとん、と落ちた。
覆いかぶさるように、リシアが上から剣を構えていた。
レンはほぼ無意識のうちに拍手。
二人はその音を聞くと、リシアがフィオナに手を貸して彼女を起こし、互いに制服に付着した汚れを手で払ってからレンに近づいてくる。
その間、
「……で、どうしてこの状況に?」
レンはエドガーに質問を投げかけた。
「お二人は、魔王教が活発化してきたことを懸念しておいでなのですよ」
リシアは対魔法の戦い方を、フィオナは対剣の戦い方を。
実力者同士であるからこそ、互いに理のある訓練をするのはどうだろう、と二人は話していたそうだ。
いま、訓練を終えた二人がレンの隣にやってくる。
「お待たせ、レン」
「すみません、レン君。お待たせいたしました」
二人の戦いぶりが瞼の裏に焼き付いて離れない。
特に、フィオナがどう戦うかは最近見られていなかったから、新鮮だった。
レンは二人の戦いぶりがすごかったことを口にして、いま気になったことをフィオナに問う。
「フィオナ様って、誰から魔法を習ってるんですか?」
「私は昔からクロノア様に習ってるんです。エドガーにも指南してもらうことはあるんですが、ほとんどクロノア様ですね」
「なるほど。道理で」
レンの頭に浮かぶ魔法使いの実力者といえば、一番は間違いなくクロノアだ。
ここで、訓練の疲れから息をついていた二人の少女。
彼女たちが訓練を再開し、二度目の立ち合いを。
レンは一度席を外し、訓練場を出て学食へ向かった。
休日でも職員はいるし、何らかの活動をしている生徒のために学食は開かれていた。
そこで軽めの食事をいくつか見繕うと、紙袋に詰めてもらって訓練場へ戻った。
ちょうど最後の訓練を終えたリシアとフィオナ。外はもう薄暗く、軽食を食べるには悪くない時間だった。冷たい飲み物もある。
「というわけで、どうぞ」
訓練場の椅子に座って食べればいいのだが、そこはレンに心を寄せる少女たち。
訓練を終えて間もないとあって、気になることがいくつかあった。
「さ……先に汗を流してこないと!」
「そ、そうなんです!」
「あっ、わかりました。じゃあ俺はエドガーさんと待ってますね」
彼女たちは慌ててシャワーを浴びてくるといい、訓練場に併設されたシャワー室へ。
残されたレンはエドガーと椅子に座り、リシアたちを待った。
茶を飲みながら、世間話を交えて。
◇ ◇ ◇ ◇
湯を浴び終えた後の、髪を乾かすための時間。
リシアもフィオナも自慢の髪は長く、乾かし終えるのも一苦労だ。
以前も似たようなことがあった。そのときはリシアがフィオナに髪を梳かしてもらうだけだったのだが、今日は魔道具で髪を乾かしてから、交代で櫛を滑らせた。
訓練場に併設されたシャワールームは清潔で、白いタイル張りの明るい空間。
中にはまだわずかに湯気が立ち込めている。二人は大きな鏡の前にある椅子に隣り合わせで座っていた。
「……」
「……」
なんとなく沈黙を交わすこと数分。
彼女たちは身支度を整えながら話した。
最近のリシアは獅子聖庁で、毎日のようにエステルと剣の訓練をしていること。それにより一段と腕が磨かれており、剣聖になるべく邁進していることを話した。フィオナもクロノアから魔法を学ぶことが多いと話した。
二人は同年代と比較にならない実力に到達するまで、常人がする以上の訓練を数えきれないほど積み重ねてきた。
今日のような訓練は互いにはじめてだったのだが、悪くない。
また同じ機会を設けたいという気持ちにさせられていた。
「次は、私が勝ちますから」
敗北を喫したフィオナが言い、
「いいえ。次も私が勝ちます」
リシアが言い放った。
「……それにしても、こういう機会ってはじめてでしたから、つい張り切っちゃいました」
可愛らしくはにかんで言うフィオナの声に、リシアが確かに、と思わされた。
リシアもそうで、フィオナとの立ち合いは経験したことのない緊張感を抱くことができた。
だが、それとは別にいまの言葉に気になることもあった。
「……いままでしたことのない立ち合いだったから、だけですか?」
これまで鏡越しに目が合っていた二人の視線が離れた。
フィオナがふっと視線をそらし、リシアに表情を窺わせない。
明らかに、何か隠しているのがわかった。
「あっ! そっぽを向かない! レンが来たからでもあるんでしょ!」
「し、知りません! 何のことですか!?」
「声が震えてるじゃない! 私を見て答えてくれないと……っ!」
気が抜けていたからか、立ち合いの昂ぶりが残っていたからなのか、リシアは普段レンに接するような声でつっこみをいれてしまう。思えば昔も、レンを好きだという気持ちを共有した際も砕けた態度で接してしまったことがあった。
だがすぐにリシアは、申し訳なさそうな表情を浮かべて「すみません」と言った。
謝罪の声を聞いたフィオナが慌ててリシアに視線を戻す。
「気にしないでください! 私、たまにリシア様がいまみたいに話してくださるの、好きですから!」
つくづく、この少女はずるいと思った。
可愛くて綺麗で、純粋で。
「じゃあ……私が普段からこういう風に話してたらどうするの?」
いまの二人の関係性だから言える冗談を、リシアがわざとらしく。
冗談だったのに、フィオナは本気で迷ってみせた。
彼女は唇に人差し指を持っていき、数秒にわたって考えて導き出した答えを口にしてリシアを戸惑わせる。
「……それだと今度は、様って呼ばれるほうに違和感があるかもしれません。
「……それはそれで、答えになってないでしょ」
リシアとフィオナ。
数年前に女子寮でも話した二人の関係は、いまも複雑なようで単純なのかもしれない。
二人にも、それがどんなものか言葉で言い表すことはできなかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます