水の女神の指輪。
仕事でつづけてお休みとなってしまい恐れ入ります。
そして六日分の更新が予約日時を間違えて更新ができていなかったので、今回1つにまとめて投稿させていただきました……。
慌ただしくて申し訳ありません……。
――――――――――
ウィンデアを構成する山の部分の中でも、岩肌に設けられた洞窟に似た隙間の奥。
ここまで来ると古き地の蒼鹿の縄張りではないため、もう追ってくることはなかった。
緑色に光る鉱石がいくつも岩に埋まった、そんな洞窟のような道を進む二人が、
「せっかく自然魔法で作られた植物に手を出さなかったのに、どうして俺たちをすぐに狙ってきたのか」
「機嫌が悪かったんじゃないですか?」
「……ないとは言えないが」
それにしても、ああいった魔物にとって風の結晶から飛び出した魔力はいい餌だったはずが。
「それか、ラグナさんの鞄の中にある風の結晶を狙ったとか……」
「ないな。俺の鞄は中と外が隔絶されている。見た目以上に物が入る特別製だから気付かれたとは思えない」
「じゃあやっぱり、機嫌が悪かったのかもしれませんね」
答えの出ない会話をしながら先へ進んでいく。
この洞窟の中はそれなりに広く、五、六人なら横に並んでも歩けそうだ。緑色の光を放つ鉱石が各所に眠っているから足元も明るい。
(――――なんだ、これ)
気になる光景もあった。
地面には踏み荒らされたような跡があり、洞窟内の壁や天井も不規則にえぐれ、あるいは崩れている。
明らかに、何者かが入り込んだように見える。
しかし、レンにはそうしたイベントがあった記憶はなく警戒心を強めた。
彼と同じようにラグナも気にしながら、二人はその先へ向かった。
十数分ほど歩けば、この洞窟の最奥に足を踏み入れることができた。
円状の開けた空間は高さと直径が二十数メイルもあって広い。数歩進むと、レンの膝くらいまでの深さがある泉が広がり、泉を満たした水は揺れるたびに青々とした美しい光を放っていた。
やはりこの空間も踏み荒らされたような跡があり、岩々が破壊されたような痕跡もある。
泉の中心には磨き上げられたクリスタルのように輝く蒼い水晶があり、その中に水の女神の力が宿った指輪が眠っている。
七英雄の伝説でも手に入り、装備することで水魔法を強化することができたのだが――――
「こちらも、何やら様子がおかしいな」
ラグナが言った。
レンは水で足元が濡れることを気にせず泉の中央へ向かった。
鎮座していたはずの美しい蒼い水晶には、剣などを叩きつけられたような傷が数えきれないほど刻まれている。
しかし、内部に現れていた指輪は残されていた。
……誰かが無理やりとろうとしたのか?
そんなイベントもやはり、七英雄の伝説にはなかった。
いったい誰がこのようなことをしたのか、気になっていた二人の脳裏には、魔王教の存在が浮かんでいた。
しかし情報が少なすぎたせいで確証はない。
とりあえず指輪をどう取り出すかがラグナの課題となった。
「その様子では、何者かが無理やり取り出そうとしたようだな。しかし、無理だったらしい」
「……そうみたいですね」
「ということは、俺たちが取り出そうとしても同じ結果となる可能性が高いわけだ」
「いえ、それなら大丈夫です」
レンは訳知り顔で言ってすぐに言い直す。
「……えっと、風の宝玉を近づけてみるのがいいと思います。ラグナさんも言ってたように、ウィンデアの水と風は親和性が高いですから」
もしかすると、それで水の女神の指輪に手が届くかも、という言い方だ。
風の宝玉は世界に数個しかない貴重品。そして、水の女神の指輪は世界に一つしかない貴重品だ。
指輪を蒼い水晶の中から取り出してよいものか迷っていたラグナが、そこで「仕方ない」と前置き。
「何者かが無理やり持ち出そうとした、それが重要だ」
神嫌いの男が深々とため息をついてから言い、レンを促す。
「レンが言った案を試してみる価値はありそうだ。面倒な奴らが持ち出すよりは、俺たちが持ち出してしまうほうがよっぽどいい。神秘庁の人間としては見過ごせん」
ラグナの実験的な考えに対して、レンは水の女神の指輪を持ち出しても大丈夫だと知っていた。
レンはラグナが鞄から取り出した風の宝玉を手に、迷わず蒼い水晶へ近づいた。
念のために、ラグナを守るような立ち位置を保持しながらだ。
「……見てください。何とかなりそうです」
「ああ、そのようだな」
風の宝玉は蒼い水晶に近づいてすぐに、緑色の穏やかな風を放った。
「……よくわからない状況ではあるが、興味深い現象だ」
風は蒼い水晶を包み込む。
表面にうっすら刻まれていた傷をかき消してしまうと、その中から吸い出すように水の女神の指輪を引き寄せた。
風にさらわれるようにも見える光景だった。
指輪はそれから、数秒後に水の中へ落ちてしまう。
「……やれやれ、本当に不思議な旅だった」
「ラグナさん、まだ帰りがあるので終わってないですよ」
「ああ……そうだったな」
レンは水の中に落ちた水の女神の指輪を拾おうと手を伸ばした。
すると、
「え?」
水の女神の指輪はレンが手を触れる前に動いた。
自ら水の中から姿を見せ、レンの目の前に浮かんだ。
青々と輝く魔力の粒を指輪が発し、どこへ向かうのかと思うとレンの腕輪の水晶へ吸い込まれていってしまう。
ラグナが目をそらしていた短い間の出来事だった。
・水■剣■■――――■
一瞬だけ、腕輪の水晶に文字が浮かんだような気がした。
しかしレンが完全に視認できるより先に消えてしまう。
すぐに何だったのか興味を抱いたレンが水晶に目を向けたが、浮かび上がってくる文字は、この前、ローゼス・カイタスに行った際に見たままだった。
「レン、どうした?」
「ああいえ、指輪が急に浮かび上がってきたのでびっくりしちゃって」
「そうだな。安易に触れていいものか迷ってしまうが……」
「平気だと思いますよ。ほら」
迷わず指輪を握りしめたレンを見て、ラグナははじめ驚きのあまり頬を引き攣らせていた。
水の女神の指輪はラグナが持っていた箱に厳重にしまわれ、レンも管理を任せた。
「この件は、俺が各所に報告しておく」
「神秘庁の人間としてってところですか」
「そうだ。しかし、魔王教が狙っていた可能性があるから情報は慎重に取り扱うつもりだ。レンもそのつもりでいるように。ちなみに、この
リシアにフィオナ、レザードやユリシスも知っていると話した。
数秒考えたラグナは、それらの人物にもこちらから手紙を送るとだけ言った。緘口令のようなものだろう。
「それならいっそのこと、ラディウスに調べてもらうのってどうです?」
ラディウスが生まれ持った特別な力を使えば、この周辺に魔王教徒の痕跡が残されているかわかるかもしれない。
レンはそう思って口にしたのだが、
「無理だ。この様子ではもう痕跡を探ることはできない」
「試してみる価値もないですか?」
「ない。ラディウスの力は俺もよく知っている。理由は単純で、力の訓練を俺が一緒にしていたからだ。いまからラディウスを呼びに行ったところで、時間が経ちすぎていて、痕跡を探すも何もない」
「ああ……じゃあ間違いないですね……」
あとはこんな場所までラディウスを連れてくることが物理的に、立場的にも難しいという話もあった。
「例のカギの修理も含め進展は後で連絡する。それにしても、あの蒼鹿の警戒心が高かったのはこのせいかもしれないな」
「誰かがここに忍び込んだときの名残りですか?」
ラグナが首肯。
「まだ推測でしかないがな。だから風の結晶より、侵入者を強く警戒していたのかもしれない」
いずれにせよ予想でしかない。
気になる証拠といえば、蒼い水晶に多くの傷があったことと、この洞窟内部も荒れていたことくらいだ。
レンはまた何か起こりそうな予感をしつつ、
(一応、神殿のほうにも行ってみないと)
ヴェインたちのことが心配だった。
「神殿に行って、泉の様子も確認しませんか?」
「ついでだ。構わないぞ」
「ありがとうございます。それでですね……泉には先客がいるはずでして」
「先客だと? こんなところに誰が?」
「俺の友人たちです」
「帝国士官学院の生徒か? だとしても普通の学生たちとは思えないが」
「それはもう。勇者ルインの末裔と噂されている者たちですよ」
「――――なるほど。興味深い」
目的の場所へは、そう遠くはない。
◇ ◇ ◇ ◇
さらに上層にヴェインたちはいた。
ここまで来るのに、彼らはとても苦労していた。
標高の高い山道ではあるが、ウィンデアの岩肌を伝う水がときに、砂や土のない川を成している。
魚も泳いでいた。
サンゴ礁などで見かけるような、明るい色をしていた。
中には高級魚とされるものもいて、野宿するヴェインたちに舌鼓を打たせた。
だが、ある道ではその川を越えなければならず、苦労することも。水の勢いは強く、魔物も現れたことで彼らは何度も足を止めた。
風が色濃く緑色に染まり、壁になっている場所だってあった。
ヴェインたちは協力してそんな天然の要塞を突破し、先へ進む道を探していたところだった。
「あっちね」
シャーロットが確信めいた声で言う。
弓の名手シャーロット・ロフェリアは風の魔法も得意としており、ウィンデアの気配を探るのにこれ以上ない適正があった。
これまでの道中でも、彼女の判断にヴェインたちは助けられた。
崖際に立ち、山肌の外側の宙に吹き付ける風を浴びながら。
彼女とともにセーラたちの近くを離れてあたりを探索していたヴェインが、額の汗をぬぐった。
「もうすぐですね」
「ほんっと、やっとよね~。はぁ……魔道具で浴びるシャワーじゃなくて、ちゃんとお風呂に入りたいわ」
シャーロットは苦笑しながらそこまで言うと、すぐにニヤニヤ笑った。
「そうだ。帰ったら一緒に入ってあげましょうか?」
「へ、変なこと言わないでくださいって! ほら……いまは次の道を考えないと!」
「ふーん……考え終わったらいいってこと?」
「違いますって!」
勢いづいた声で否定したヴェインが、気を取り直して周りを確認しはじめた。
彼の横顔が、シャーロットには一年前とまるで別人に見える。その横顔につい目を奪われてしまう。
「……あのときと、全然違うのね」
声に出してもヴェインに聞こえないくらい小さな声で。
あのとき、というのは獅子王大祭の準備期間に突入する前のことだ。
シャーロットは参加したパーティの場で、セーラから何度もヴェインのことを聞いていた。セーラはヴェインを頼もしく思っていたように見え、それどころか恋しているようにも見えた。
だが、シャーロットがはじめてヴェインに会ったとき、彼はまったくといっていいほど頼りになるようには見えなかった。ヴェインの強さが本当か疑っていたくらいだだったのだ。
そして、最初の印象が変わる日が来る気もしていなかった。
『よろしくね。ヴェイン君』
はじめて会ったときに挨拶はしたが、そっけなかったと思う。
ヴェインに興味はなくて、あってもセーラが思いを寄せる男の子だからという印象くらい。
それ以上でもそれ以下でもなく、何度か話すことはあっても印象は変わらない。
しかし、意識が変わるきっかけがあった。
『――――どこにいっちゃったの?』
彼女が幼いころから大切にしていた首飾りがあった。
それは祖父が遺したもので、入浴や睡眠時以外は基本的に身に着けていた。
夜、彼女は入浴する前に首飾りがなくなっていることに気が付く。それから自室を探しても、屋敷の中をくまなく探しても見つからず、とうとう屋敷を飛び出して庭園や門の前を探してみたが、それでも見つからない。
『そう、ですか』
『見つかり次第ご連絡しますよ』
翌日は学院の事務室に落とし物として届いていないか聞いたが、届いていない。
そんな姿を見かけたヴェインが彼女に話しかけた。
『ロフェリア先輩、どうしたんですか?』
『……ええ。ちょっと探し物をしてて』
『よかったら手伝いましょうか?』
以前、レンが思い出した探し物のイベントというのがそれだった。
放課後になると空が真っ暗になるまで探す日々を繰り返す。
首飾り探しだが、シャーロットが帝都を歩いていた際にチェーンが切れて首飾りが落ち、それを拾った人物が後ろめたいことをしている商会を通じて売りさばこうとしていたことが判明。
どうにか取り戻そうと奮闘し、最後は不正をしていた商会の用心棒と戦いになり、ようやくこの騒動が終わるというもの。
『はぁ……はぁ……無茶しすぎよ……!』
『俺だけじゃないですよ。シャーロット先輩もです』
『わかってるけど……! ああもう、これじゃ二人して怒られるわね!』
シャーロットはそこで、ヴェインが恐れず立ち向かっていく姿に意識を変えさせられた。そして、彼女を守る姿にも。
友人が心を寄せるだけだった少年が、それ以上に。
事件の後は英爵家の人間やセーラから、無茶をするな! とこっぴどく叱られた。
『ヴェインもシャロも無茶しないの! いい!?』
『……わかってるわよ、謝るわ』
『俺もごめん。勝手に色々やっちゃって』
シャーロットの首飾りを必ず手元に戻すためにも時間がなくて、流れのまま戦いになったしまったこと。
応援を呼ぶ時間がなかったとはいえ、二人はしきりに反省の言葉を口にした。
『俺もシャロ先輩もその……どうしても何とかしたかったからさ……」
『……シャ、シャロ先輩?』
ヴェインは昨日までロフェリア先輩と呼んでいたはず。
名前で呼ぶのを通り越して、愛称で呼んでいるではないか。
『ど、どうして急に呼び方が変わってるのかしら……?』
『あ、ああ! シャロ先輩からそう呼んでいいって言われたんだけど』
『……そういうこと。いいわ。じゃあそっちもちゃんと話してもらわなくちゃ』
『ええ!?』
呼び方の変化もまたひと悶着生むわけだが、また別の話。
いまとなっては、シャーロットのいい思い出だった。
「シャロ先輩?」
シャーロットが成長したヴェインの横顔を眺めていたら、彼女が静かだったことを心配したヴェインが声をかけてくる。
彼女は彼を見て笑い、茶化すように言う。
「なーんでもない。男の子って成長が早いのね」
「え? 何のことですか?」
「だから、ヴェイン君も男の子なのよねって話よ」
「……は、はぁ」
シャーロットが上機嫌な理由は最後までわからなかったが、いま優先すべきはこのあとの道だ。
二人がこの後の進み方を考えていると、
『――――』
どこかから、魔物のものと思われる大きな鳴き声と、何かがぶつかり合うような大きな音が聞こえてきた。
「シャロ先輩、いまの音」
「聞こえたわ。念のために、急いでみんなと合流しましょう」
ヴェインはシャーロットと視線を交わし、辺りを警戒した。
仲間たちとすぐに合流したが、それ以上の事件が起こるようなことはなかった。
彼らは目的の神殿がある高さにやってきてすぐ、一斉に地べたへ腰を下ろし、険しい道で消耗した身体を休ませていた。
幸い、七英雄の末裔が七人揃えば癒しの魔法の使い手もいる。
おかげですぐに回復し、三十分もしないうちに立ち上がって辺りを見渡しはじめた。
ヴェインの隣に、リズレッドがやってくる。
「先ほどの大きな音と鳴き声はなんだったんでしょうね」
「カイト先輩も言ってたけど、魔物が戦ってたのかも」
「それにしても大きな音でしたよ。魔物が戦っていたのなら、強力な魔物同士ということになります。帰りは注意しないといけませんね」
彼らもまた、ここへ向かう道を探索しながら今日までやってきた。
レンが乗ってきたレムリアより上のほうに魔導船デウスを停泊させていたから、登山に使う時間も少なくて済んでいる。
「おーい! ヴェイン!」
カイトの呼び声に応じ、彼が待つ場所へ。
この場に鎮座した神殿は大きく、独特の鋭い地形であるウィンデアのそれに沿うように、複雑な造りをしていた。
反り立つ鋭い岩肌を背にしていたと思えば、それを足場にアーチを伸ばしたり、岩を柱にしてその上に離れのような石造りの建物があることも。
神殿に壁らしい壁はなく、太い柱が並んだ開放感に溢れた造りだった。
「んじゃま、行くか」
「行くってどこにです?」
「んなもん決まってんだろ、ヴェイン。俺たちは何のためにここに来たんだ?」
豪快に笑いながら言ったカイトがある方向に顔を向けた。
神殿が建つ広場の片隅にあったのが、目的の泉だ。
石造りの意匠が目立つこの場所であるが、こじんまりとした庭園のようなところがある。
周囲に木々が生い茂り、様々な色の花が咲く光景がヴェインの目を引いた。
周りの風が、その泉に向かっているように感じる。
「ヴェイン」
と、セーラが呼んだ。
「行きましょ。伝承が本当か確かめなくちゃ」
「……ああ!」
気が引き締まる思いにさせられたヴェインの横顔は凛々しく、足取りは雄々しかった。
――――――――――
今年もこのラノの時期がやってきまして、当作品も2巻と3巻が投票の対象となっております。
もしよければ、ご検討の一つに加えていただけますと幸いです……!
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