空に見えた大国。

「ここにきてすぐに私の心を折りにかかるとは……」


「……うん。元気になってくれてよかった」



 もうこれ以上は言うまい。

 元気になったのなら十分だと思い、ヴェインはもう触れずにおいた。

 しかし、これでもまだ六人。今年入学したばかりの英爵家の人間が一人、足りていない。



「リズ~? あの子はどうしたの?」


「私が出る前にお祈りしてましたから、もう来ると思いますよ。って、シャロ! 手を貸してくれるのは嬉しいんですが、どうして手を握ったままなんです!」


「え? だって迷子になったら大変じゃない」


「あー! また妹扱いですか!」


「妹扱いがどうとか以前に、小さかったときからこうしてあげてたじゃない。数年前までシャロお姉ちゃんって呼んでくれてたのに」


「私も大人になったんです!」



 二歳差の二人は昔から本当の姉妹のように仲がよかった。

 強がってみせるが本気で嫌がらないところを見れば、リズレッドがシャーロットに懐いていることは誰もがわかる。

 ウィンデアに木霊する賑やかなやり取り。



「んじゃ、どうすっかな」



 カイトがヴェインを見て、



「ウィンデアには人が作ったわけでもない仕掛けがある道が多い。大自然が生んだ天然の要塞とも呼ばれてるやつだ。神殿に向かうためには、どうにかしながら行くしかないな」


「わかってます。無茶はしないようにしましょう」


「ま、そういうことった。行ってみないとわかんねーこともあるだろうし、当たって砕けろの精神が大事ってとこだな」



 豪快に言ったカイトはいま、アイリアを手にしていた。

 アイリアはカイト・レオナールを持ち手に選んだ。彼自身、アイリアが見つかったときからそうであればいいと思い、同時に当主である父が持つべきであるとも思っていた。



 けれど、父はカイトが持つべきだと言い切った。レオナール領に運ばれた際、その道中と後にもカイトが手にしたときだけ光を放ち、反応を示したことは誰にも無視できなかった。



 魔導船の扉が開き、最後の一人が姿を見せたのはそのあとすぐ。

 七英雄の末裔が七人、はじめて全員揃ってする旅のはじまりだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 レムリアが停泊していたのは、ヴェインたちがいる場所から標高百メイルも低いところだった。さらにヴェインたちから見て正反対の岩肌に停まっていたから、そう簡単に出会える距離にない。



 だが、登っていけばいずれ近くを歩くことになるだろう。

 ここの地形からそれが明らかだ。 



「俺様はここでゆっくりしてっからよ」



 外に出る前のやり取り。

 レムリアの内部はいるだけで心温まるような、濃い茶色の木材に覆われたログハウスのようにも見える内装と、高級宿の雰囲気が合わさったようなもの。炉をはじめとした機構の周辺以外は過ごしやすい。

 外へ向かう廊下を歩きながら話をしていた三人。



「ところで、ヴェルリッヒ、、、、、、も戦えるのか?」


「おうよ。ラグナの旦那、、、、、、ほどじゃねーが、そんじょそこらの冒険者よりゃ立派なもんだと思うぜ」



 ただでさえドワーフは腕力自慢の種族だ。中でもヴェルリッヒは力が強い。

 レムリアの中にいれば魔物が襲ってくることもないだろうし、仮に襲ってきても簡単に逃げられるはずだから心配するほどではなかった。



 鞄の旅人姿のラグナでも通れる大きな出入口からタラップを伸ばし、まずは彼が外へ行った。



「毎日帰ってくるわけじゃねーんだろ?」


「ですね。はじめの間はここからそう遠くないところで活動する予定なので帰ってきます。途中から完全野宿ですね」


「んで、それから帰宅か」


「あくまでも予定ですよ。連休中に済ませておかないと俺も学院がはじまるので、長引いても一日二日くらいにしたいところですし」


「見込みはどうだ?」


「もちろん、連休中には絶対に何とかします」



 レンが自信のある口調で言った理由がヴェルリッヒにはわからなかったけれど、ヴェルリッヒはレンの強さと機転のよさを評価していた。



「それじゃ、行ってきます」


「おう! 気をつけてな!」



 レンもタラップを抜け、ウィンデアに足を下した。

 これほどの秘境に足を運んだのは、バルドル山脈以来のことだろうか。

 何度か気持ちよさそうに深呼吸を繰り返し、



「行きますか」


「ああ。まずはどこから探索してみるかだな」


「もしよかったら、俺が提案してもいいですか?」


「ふむ」



 積極的なレンの様子にラグナは少し驚き、すぐに笑った。

 つづけてくれ、そう言っているように見えたラグナに応えるべく、レンは懐から折りたたまれた紙を取り出してラグナに渡した。

 ラグナが開くと、そこにはレンの手書きでいくつかのメモが書かれている。



「見たところ、ウィンデアの地図に見える。各所にある赤い丸と、その隣にある番号はなんだ?」


「攻略じゅ――――じゃなくて、俺が行ってみたい順番です」


「わからないな。何故、これほど詳細に順路付けできている?」


「冒険者ギルドで情報を集めてみたり、本でウィンデアに自生する植物の生息図を調べました」



 端から端まで嘘だったのだが、魔力が多く秘められていそうな空間順ということは本当。この周辺に生える植物には空気中の魔力により、大きく育つ特別な品種が数多くあった。

 単純に考えて、それらの植物の周囲には濃密な魔力が漂っているということ。



「なるほど。そうした場所になら、水の女神の品が隠れているかもしれないということか」


「そういうことです」


「おおよそ俺が考えていた経路と同じだな」


「やっぱりラグナさんも考えてたんですね」


「当たり前だ。さっき俺がどこからと言ったのは、はじめはどこから行くか少し迷っていたからだ。しかしこれなら、レンの考えを参考にして進めよう」



 歩きはじめた二人。

 ときにウィンデアに存在する上昇気流なども利用して、こういった場所独自の進み方も交えて各所を巡る。

 


 数時間経て見えたのは、鬱蒼と生い茂った植物の奥に潜んだ、岩と岩の間にできた小さな泉だ。小動物が水浴びをするくらいにしか使えない、人が入るなどとんでもない狭さだった。



「面白いものがあるぞ」



 泉の中に、真夏の新緑を思わせる色の水晶玉が落ちていた。

 ラグナは手を伸ばし、迷うことなく水の中から取り出す。手に取ると、水晶玉の中で緑色の風が波のように動いていた。

 手にもってみると、周りから風が吹いてきたような気がした。



「風の結晶だ。わざわざウィンデアの水の中に沈んでいたところを見ると、両者の親和性は高そうだ。何かと縁がありそうじゃないか」



 レンの目標はこの風の結晶を集めること。

 水の女神の指輪へ至る、面倒な手順の一つだ。

 しかも、レンが印を描いたところに必ずあるわけではない。そのどこかにある、というだけだからいくつかは無駄足に終わる可能性が高い。



「水の女神の品を探しながら、風の結晶も集めてみますか」


「そうしてみよう。これは周囲の漂う魔力が長い年月をかけて結晶化した化石のようなもの。資産として価値はあるが、何かしらの聖遺物ではないから持ち帰ろうとかまわない。何かに使えるかもしれないな」



 ふと。

 近くの木々が不規則に揺れ、影に光るいくつかの瞳。

 二人は魔物が現れたことを悟った。



「レン?」



 すると、レンが何も言わずラグナの前に出る。



「俺の仕事ですよ。ラグナさんは他に何かないか探してみてください」


「では、そうさせてもらおうか」



 ミスリルの魔剣を手に、レンはいまにも襲い掛かってきそうな魔物たちに狙いを定めた。



 ――――夕方になる頃には、集めた風の結晶を持ってレムリアに帰参。

 船内にある浴室で湯を浴びてから、操舵室に連結したちょっとしたリビングスペースで遅めの夕食を食べながら、



「なぁなぁ」



 レムリアの番をしていたヴェルリッヒが話しかける。



「今日はどうだった? ここに出てくる魔物はDランクくらいだろ? 何ともなかったか?」


「驚くほど何もなかったですね」


「本当に特筆すべきことがないくらい何もなかったぞ」



 食事をしながら、迷うことなく言った二人。



「ま、二人ともつえーしな」



 とはいえ気を抜いていた瞬間はなく、だからこそすぐさま対応できていたともとれる。

 夕食で腹を満たして英気を養ったレンが、しばらくの食休みを経て、



「俺は明日に備えてもう休んでおきます」


「俺もすぐに休むとしよう。今日の成果をメモに残してからすぐに寝たい。ヴェルリッヒはどうだ?」


「俺様はレムリアの様子を確認してからにするぜ」



 番をしていたヴェルリッヒもレムリアの管理で忙しかった。



 十数分後、自室に帰ったレンがベッドの上で仰向けになって、ベッドの近くにある窓の外を見た。

 人里の明かりは皆無でも、エレンディルで過ごす夜より近くに見える星明かり。

 幻想的な景色を眺めていたレンが、



「みんなも頑張ってるかな」



 リシアとフィオナがどうしているか、そのことを考えてから眠りについた。

 初日の夜は、こうして更けていく。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 二日目も似たような時間を過ごし、三日目の夕暮れに。

 風の結晶は十分な数が集まっていたから、レンも心を落ち着かせることができていた。 



「俺たちが目星をつけた場所も少なくなってきたな」



 話しながら野宿する場所を定め、テントを広げて火を熾す。

 焚火を囲んで夕食の支度を進めながら、二人は手ごろな岩を椅子に座った。



 レンが横を見れば、茜色の空が夜の黒に飲み込まれていく空を臨めた。

 すでにこの周辺はウィンデアでも標高が高いところに位置しており、雲が近いどころか時折、真横を飛んでいたこともあった。

 風も強く、各所から湧き出た水の流れが美しい。



「焼けたぞ。しかしレン、ずっと空を見てどうした?」


「すみません。周りの景色に見惚れてました」


「気持ちはわかる。俺もよくそうなるからな」



 焼けた肉を頬張りながら、ラグナが優しげな表情を見せる。



「旅はいい。未知を目の当たりにできるだけではなく、すべてを忘れて自然と同化できる」


「それもあって、鞄の旅人を?」


「ああ」



 そう言うと、ラグナが「あっちを見てみろ」と空を指さす。

 遥か彼方の上空――――ここからどれほどの距離が離れているか想像もつかない空の果てに、レンが懸命に目を凝らすことでようやく見えた影があった。

 空の色に混じってとてもわかりにくい。



「見えたか?」


「何か浮かんでるみたいですね。けど……」



 少し見づらくて、目を凝らす。

 はっきりとその影が何なのか理解してから答えを尋ねる。



「なんですか、あれ?」



 答えは短く。

 ラグナが頬杖を突きながら、



「――――天空大陸だとも」



 どこまでも遠い空を飛ぶ影が微かに見えた空の国。

 昨年の騒動に関連していた氷河渡り。その現象は空を飛ぶ天空大陸が、このエルフェン大陸北方の空にやってくる年に引き起こされるものだ。

 あれからも天空大陸は浮遊をつづけ、ウィンデアからも見える場所にいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る