六章・二年目の春
影は消えず。【3巻本日発売です!】
お待たせしてしまい申し訳ありません……本日から6章を更新して参ります!
また、本日は書籍版3巻の発売日となっております。是非、そちらも一緒によろしくお願いいたします……!
――――――――――
視界を遮る砂塵が限りなく広がっている。崩壊した建物の瓦礫で、辺りにはほとんど足の踏み場がなかった。
ここには数時間前まで、ある小国の都市が存在していた。
紛争だらけのマーテル大陸にあっては珍しく、エルフェン大陸の聖地から直接、聖職者が派遣されていた由緒正しき神殿が建っていた都市だ。
いまでは、都市だったころの姿は見る影もない。
「終わりましたか」
「ええ。ようやく」
「あれほどの戦力が動くとは。魔王教は何か考えがあるようだ」
聖職者たちの声だ。
皆が皆、魔法や剣の扱いにも長けたエルフェン教の戦力であり、実力者ぞろい。
ただでさえ紛争が多いマーテル大陸において、巡礼者たちを守ることもある者たちだった。
元は民家か何かの壁だったであろう、石レンガが積まれたところ。
彼らはそこに磔にされた男の様子を眺めていた。
磔にするために使われていたのは、聖職者たちが用いる聖なる槍や剣、魔法で生み出された石の棘など。
「何人やられたのだろう」
「我々以外に生き残りはいないのかもしれん。何せ、この惨状だ」
「ああ……主神エルフェンよ、あなたの子らに祝福を……」
同胞の死を悼み、そして磔にされた男を憎悪した。
ふと、三人の視線がほぼ同時に男から離れた一瞬のことだった。
「――――あ、れ?」
一人の聖職者の胸が、自分たちが使ったはずの槍に貫かれていた。
驚く二人目が別の武器に身体を貫かれる。
残る一人が磔にされた男を見ると、男は胸の中心を貫く石の棘に貫かれたまま、磔になりながらも笑っていた。
急ぎ、聖地で磨かれた剣を抜いた聖職者だったが、
「申し訳ありませんが、そう簡単に死ねる身体じゃありません」
男が指を鳴らすと、地中から現れた黒い魔力で作られた腕が聖職者の足を奪った。
転げてしまうも衝撃は収まらず、崩壊しきっていなかった家が瓦礫となって聖職者に降り注ぐ。
聖職者が忌々し気に男を見上げながら、何かに気が付く。
「そうか――――貴様が……再生の――――」
スラックスを履いた、一見すると大国の貴族にも見える若く凛々しい男である。
真っ白なシャツには汚れ一つなく、首元のボタンが二つ開いていた。男が降り立つと槍などに貫かれて破れていたはずの服が、見る見るうちにおろしたてのように整っていく。
シャツの上に羽織ったジレの胸ポケットからハンカチを取り出し、眼鏡に付着した砂埃を拭く。
瓦礫に体のほとんどが埋もれながら、聖職者がその男を睨みつけていた。
「……愚かな……」
額や頬を砂利交じりの血液で濡らしていた聖職者が、眼鏡を拭く男に告げる。
「神罰が魔王教に与えられんことを……」
「…………」
「……我らの神は必ずや――――」
「もう、口を閉じたほうがよいでしょう。苦しいのでは?」
男は聖職者に目もくれない。
眼鏡を拭きながら、
「神罰という言葉はとても便利だ。どのような状況になっても、君たち聖職者を奮い立たせる心の拠りどころでしょう。だがその一方で、神の不在を宣言したのと一緒なのですよ。何故なら、ここに神罰が下されないことがその証明だ」
「魔王教らしく……なんと傲慢なことか……」
「これはこれは」
男は笑っていた。
「それもいい言葉です。神の威光を自らの力と勘違いするような方たちが、なんと傲慢なことでしょう」
眼鏡を拭き終え、付け直す。
男はハンカチを折りたたんでジレのポケットに入れると、やはり聖職者に目もくれず歩き出す。
数日後、男はマーテル大陸から姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇
それから――――レオメルのとある都市。
規模はクラウゼルよりはるかに都会だが、エレンディルには劣る程度のところで。
昼の市で盛り上がる通りを歩く、麗しい銀髪の少女がいた。
彼女の銀髪にはいくつかの黒いメッシュが入っている。宝石のようなオッドアイも相まって人目を惹くだろう容貌だった。
それなのに、彼女を注目するものはおらず、人ごみを歩くうちに肩がぶつかろうと目もくれない。
偶然目が合った男性は自然に目が奪われたけれど、まばたきをするとその少女の姿を見失ってしまっていた。
「バカな子たち。
少女が氷菓子を片手に悄然と言い、未練を感じさせる沈黙。
優雅な微笑みに内包された悲しみは行く先がなく、少女の心の中に留まった。
通り沿いのベンチに座る男性を視界に収めた少女が、男の隣に腰を下ろす。
男性は少女を横目で確認し、一瞬、自分の目を疑った。都会的な雰囲気を漂わせ、物腰の柔らかさと人のよさを伺わせる容姿の整った男だった。
つい先日まで、マーテル大陸にいた男である。
「貴女様がどうしてここに?」
「さぁ? 別に言う必要はないでしょ」
男は緊張していながらも、それを隠して、
「いい機会だ。貴女様にお聞きしたいことがあります」
「答えてあげるかどうかわからないけど、言ってごらんなさい」
「それは何より」
男が緊張から生唾を飲み込み、喉仏を上下させた。
「あら、どうかした? 何か言いたいのならつづけて?」
あまりに間を置きすぎたからか、少女が問う。
言い淀んだ理由が少女にはわかっていたが、彼女は敢えて言わず、くすりと笑っていた。
「エウペハイム沖へ我らが放った
「そうだとしたら、貴方はどうする?」
「特に何も致しません。ただの確認ですよ」
「ふぅん、それだけなんだ。つまんないことを聞くのね」
少女のつまんない、という言葉に男が苦笑していた。
「なぜ、エウペハイムであのように暗躍を?」
「別に暗躍したつもりはないわ。七英雄が気に入らないから、あいつらの装備をちょっと探してみただけよ。ついでに
「残念です。我らに協力していただけたものだと思っていたのに」
「愚かね。協力してあげるはずないじゃない」
少女の濃艶な流し目が男に向けられた。
「答えてあげたんだから、今度は私に聞かせてくれる?」
はい、と短い返事とともに首を縦に振った男。
「レオメルのどこかに隠されてるっていう秘宝、まだ探してるの?」
「当然でしょう? 我らが陛下にお戻りいただくために、何としても必要なものなのですから」
「……あっそ」
求めていた答えを聞くや否や、少女は未練を感じさせない冷淡な声で言った。
もう、ほとんどの興味を失っているように見える。
「前と何も変わらないのなら、もう好きにしたら」
「おや、興味がなさそうで」
「ないわ。だから貴方たちと一緒に行動してないんじゃない」
少女はベンチから立ち上がり人気の少ない路地裏へ向かう。
まだ話したいことのあった男がその後を追った。すると少女は振り向くことなく、男に告げる。
「私は私のやり方で陛下の
「ですが――――ッ!」
少女はそこで男に振り向いて、
「――――もしも私の邪魔をしたら、貴方たちのことだって吸い殺しちゃうから」
いつの間にか男の頬に生じていた切り傷から、血液が滴る。
少女の右手は指先が伸びてリラックスしていたが、そんな指先を小指から一本ずつ、彼女が自分に向けるように折り曲げていく嫣然とした仕草。
最後に人差し指が男の頬に向けられていた。
血液が、魔力が、生命力が、少しずつ吸い取られていく。
それが完全に折り曲げられたとき、それは――――
「お戯れを」
「戯れか、警告か。どっちだと思う?」
「……」
「別に私は戯れでもかまわない。だけど貴方が私と戯れられる? きっと陛下でないと、私と戯れるのなんて無理だと思うけど」
そもそも、陛下以外と戯れる気もないんだけど。
そうつづけた少女が男から興味を失い、力を抑えた。
今度こそ去り行く彼女。
「次はどこに行くの?」
「
「……ふぅん」
少女が気にした様子で、
「エルフェンの涙のときから、妙に聖遺物を集めてるわね」
「これも陛下にお戻りいただくためですから。……しかし、あのときのように貴女がいれば、すべて楽に進むはずですが」
「あれはエルフェン教が気に入らなかったから手伝っただけ。それだけよ」
その言葉に少女は答えず、路地裏の影に消えていく。
男はメガネのブリッジに手を添え、メガネの位置を整える。
路地裏から空を見上げ、天高く広がる蒼穹を進む魔導船とその後ろにつづく雲を見て、来るべきときは近いと確信した。
――――――――――
本日発売日を迎えた原作3巻ですが、おかげさまで4巻の発売が決まっておりまして、現在、そちらの書籍作業も行っております!
いつも多くの応援を、本当にありがとうございます……!
そして早速の読了報告へも、心より感謝申し上げます!
また、本日いっぱいとなってしまいますが、電子版1,2巻がセールで大変お安くなっておりますので、是非この機会に書籍版も何卒よろしくお願い申し上げます!
今回の章ですが、4巻の作業を並行して行うため、月曜日と水曜日はお休みの予定で進めさせていただければと幸いです……。
それでは今回の6章もお楽しみいただけますように……!
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