ラディウスが忙しかった理由。
ラディウスはとある都市にいた。
朝、目を覚まして間もない彼の寝室をノックする音が響き、目を覚ます。
高級な一室のベッドの上で身体を起こし、ドア越しに、
「どうした」
『申し訳ありませんのニャ。お客様が来てますのニャ』
「客? 誰だ?」
『ラグナ殿、ですのニャ』
また急にやってきたものだ。
ラディウスはため息交じりに「すぐにいく」と言って、身支度を整える。
十数分後、この一室のリビングに足を運ぶと、そこにはラグナが待っていた。
「先生の気配を感じて起きてくれたのか?」
「馬鹿なことを言うな。ミレイに決まってるだろう」
ふわぁ、と大きな欠伸を漏らして。
ラディウスはラグナが座るソファの対面に腰を下ろした。
「何しに来た。最近は随分と急に現れるじゃないか」
「気に入らないか?」
「別にどうも。顔を見せてくれないよりよっぽどましだ」
「ふむ、素直に先生に会えて嬉しいといえばいいものを」
「はぁ…………それで、用件は?」
「ん? ああ、そうだな」
ラグナはすぐにローブの内側に手を入れた。
取り出したるは一通の封筒。魔道具による封蝋がされたもの。
「前に話していたものだ。やる」
「……何のことだ」
「ガルガジアで話したことをもう忘れたのか? 冒険家アシュトンのことだ」
「ッ――――な、何かわかったのか!?」
「調べられる範囲で少しだけな」
「……」
「気になるだろうが、後で読め。忙しいだろうから、俺との話を優先したほうが自分のためになるぞ」
「また知ったような口を利くじゃないか、ラグナ」
ラグナはそれを聞いて席を立った。
窓の前に立って外を見ながら、
「もう一度言うが、最近は以前にも増して忙しそうじゃないか」
「だったらどうしたというのだ」
「ふてくされるなよ、俺の可愛い可愛い元教え子よ」
冗談はこのくらいにするつもりなのか、ラグナが頬を緩めた。
「俺がわざわざここに来たんだ。手紙のためだけだと思ったか?」
「面倒な言い方はやめろ。はっきり言え」
「そろそろだと思ったから来てやったんだ。ラディウスも俺に頼みたいことがあったんじゃないのか?」
ラディウスが目を合わせることなく、
「……ああ」
と小さく頷いた。
「素直に言えたなら、
「――――念のために聞く。どこで知った?」
「どこでも聞いていないとも。それでも様子を窺っていればわかる。ああ、ラディウスはきっとあの件で忙しいのだろう――――とね。もういい時期だ。都合がいい」
ラグナはラディウスの前に立ち、うつ向いていたラディウスのシャツを、胸倉を掴んだ。
無理やり顔を近づけさせる。
小柄ながらその実、大人の色香があるシェルガド人が意地の悪い顔を浮かべ、
「言ってごらん。さぁ、先生にお願いしてみるんだ」
挑発的な態度にラディウスがふぅ、と吐息を漏らして、
「では素直にお願いしようか。ラグナ、私についてくれないか?」
「何のためだ? はっきり言ってみろ」
わけあってまだ言いづらかった。
そんなことも知っていたラグナは、この沈黙を楽しく思った。
最後には彼の口から仕方なさそうに、
「
助け船が出される。
これは、七英雄の伝説で起こらなかった出来事である。
すでに命を落としていたラディウスは、それ以前から皇太子となるだろうと期待されていた。
けれどそのときは訪れなかった。
「各地を回って、帝都にいない皇族と話し合いもしているみたいじゃないか。もうすぐイグナート侯爵たちとも話しに行くんだろ?」
「……本当にすべてわかっていたのだな」
「当然だとも。それで、どうだった? 滅多に話をしない皇族たちとのやりとりは」
「皆、面倒な者ばかりだ。こうして根回しするのも金輪際したくない」
「だろうな。で、いつだ?」
「皇太子に任じられる日のことなら、まだ決まっていない。早くとも夏か……あるいは秋だ」
半ば予想できていた答えだったからか、だろうな、と簡素にいったラグナがこの部屋の扉へ向かっていく。
「私にねだらせて帰るとは、相変わらずいい性格をしている」
「念のために言っておこうか。俺はいまのやりとりがなくてもラディウスの味方だったぞ、昔から変わらずな」
「では、いまのやり取りには何の意味がある?」
「俺の趣味だ。他に説明が欲しいようには見えないが」
「……ああ、ラグナの性格を再確認できて何よりだ」
ラグナが扉の前で足を止め、話していなかったことを思い出す。
それは、昨日のことである。
「ラディウス、襲撃があったことは聞いているか?」
「
「くく! あの年齢で剛剣の剣聖級とは、史上最速じゃないか?」
「同率で最速といったところだ」
「あん? じゃあ誰だ? 例の長官殿か?」
「エステルは十八歳で剣聖入りを果たしている。もう一人はレンと同じ、十四歳の頃だ」
「……剣王か?」
頷いたラディウス。
「つまりレンは、未来の剣王というわけか」
「気が早いぞ、ラグナ」
「期待することは自由だ。違うか? ただでさえもう剣聖だ。……そういえば勲章と、
ラグナが去り際に言い残す。
「その手紙に書いてあることは秘密にしておけ。よくわからないが、事は俺が想像していた以上に仰々しい。彼らの名が世に出てない時点で、相当な」
読み終えたら燃やしてしまえ。
そう言い残し、来たときと同じく急に去ってしまう。
残されたラディウスが待つリビングへ、控えていたミレイがやってくる。
「終わりましたかニャ?」
「ああ。ついでに、私が皇太子になる下準備をしていた件は看破されていた」
「ニャハハ、あの方ですしニャー」
ミレイは手紙について言及せず、ラディウスの朝食の支度を準備する。
こういうとき、あまり話さずともミレイはすべてを察して動いてくれる。
封蝋を外したラディウス。
中に収められていた一枚の羊皮紙も、わざわざ魔道具のペンで文字が記されている。仮にラディウスが処分し忘れたとしても、文字は勝手に消えるようだ。
『孤児院にあった手紙の主は、不死鳥の素材を欲していた』
つづきを。
『どうしてだろうな。何か装備でも作りたかったのか、宝物にしたかったのか。別の使い道があったのかは不明だが――――』
それから、ラグナは様々な情報の関連性に疑問を抱く。
『ここで手紙に書いてあった彼女、という存在が気になる。手紙の主はその彼女のために天空大陸へ向かい、不死鳥の素材を手に入れたような文面だった』
ラディウスはいつの間にかミレイが用意してくれていた茶を飲む。
彼にしては珍しく、礼を言うことも忘れて手紙を読んでしまう。
『不死鳥ほどの魔物の素材は、世界的に見ても稀有な秘宝だ。それを装備や宝物として飾ったという例は聞いたことがない。魔王が存在したころの資料は襲撃により多くが燃やされた。だから残されていないのかもしれないが、たとえば、こういう考えはどうだろうな』
まさか、という予想。
『昔話に現れた蝕み姫だ。彼女はとてつもない宝物を要求したそうじゃないか。そのうちの一つが不死鳥の素材だったと思えば、とても楽しいことになる』
以前は馬鹿なと一蹴したラディウスだったが、今回はできなかった。
つづくラグナが書いた文言に、ある種の説得力を感じたからだ。
『孤児院にあった死んだミスリルのコインはなんだろうな。旧市街から発掘されたペンもそうだ。あれらが蝕み姫に影響を受けた品だとすれば、点と点がつながる気がしてならない』
「――――だが、ラグナ」
『ここまで読んで、ラディウスはきっとまさかと思っているだろう。いま、どんな表情を浮かべているのかも想像がつく。だが、俺の考えをもう与太話だと笑い飛ばすことはできないぞ』
そして、またつづきを。
呟いたラディウスがその先を読んだ。
『ジェノという院長の妹こそ、蝕み姫その人だと俺は考えている。そしてもう濁す必要はないな。手紙の主は冒険家アシュトンと呼ばれる存在だ。いくつかの逸話を参考にすれば、これ以外の答えは思いつかない』
「……ああ、わかっている」
『レオメルの歴史から存在を消された、正体不明の英雄だ。俺はこれからも可能な限り調べてみる。ラディウスも気になるのなら、落ち着いたところで考えてみればいい。孤児院を運営していたジェノという男のことを調べられたら、おのずと蝕み姫のこともわかるはずだ』
手紙の最後には、
『――――そういえば、とある国の辺境を研究していた人物の本に、面白い情報があったぞ』
セシル・アシュトン。
とある村を救った人物がそう名乗っていたという言い伝え。ラグナが短期間で見つけ出すことができた、冒険家アシュトンの名前だ。
羊皮紙に書かれていたことを読み終えたラディウスは、羊皮紙に火をつけた。
「……レンには直接話したほうがよさそうだ」
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明日で五章は終了となりますが、最後までお楽しみいただけますと幸いです!
また、電子版1巻2巻がともにBOOK☆WALKERさまのGWフェアでお得になっております!
夏に発売予定の3巻の前に、既刊もよろしくお願い申し上げます!
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