再びの屋敷へ寄り道して。
レオナール家が保有する巨大な魔導船の中で。
いくつか寄り道をしながら、レオナール英爵領へ向かうそこで。
「……まっずい」
カイトが緊張した面持ちでヴェインに話しかけた。
ここでも制服姿の二人が言葉を交わす。
「どうしたんですか?」
「パーティがもうすぐだってのに、身体が強張ってんだよ」
「ってことは緊張してるんですね」
「あ、当たり前だろ!」
開き直ったカイトが強気に言い、話し相手のヴェインが笑う。
「しょうがないですよ。七英雄が使っていた装備が見つかったんですから、パーティが開かれるのはわかってたじゃないですか。それも、かなりの規模になるっていうのは」
「……だとしても、緊張するのはしょうがないからなー……」
カイトは魔導船の窓から外を見て息をつく。
あいにくの天気で景色を楽しむことはできない。吹雪に見舞われていた。
カイトの隣に立ったヴェインが言う。
「こんな時代です。みんな、七英雄が残した威光をありがたいと思ってるんですよ」
そういうと、ヴェインはカイトと歩いて魔導船の中央へ向かう。
貴族の屋敷によくある玄関ホールがごとく広い空間が、この魔導船の中央に設けられていた。深紅の絨毯が敷き詰められたそこは、一見すると高級な宿の一室や貴族の屋敷と見間違う。
この広い空間に置いてあるソファに彼女たちはいた。
「あら」
カイトを見てくすりと笑った少女、シャーロット。
「珍しいじゃない。そんなに緊張してるのなんて」
「わ、悪いかよ!」
「べっつにー。胸を張ればいいんじゃない? って思っただけよ」
「胸を張る?」
「そうそう。緊張するのはわかるけど、それ以上に誇らしく思えばいいのよ。ここであの盾が見つかったのは、きっとカイトが選ばれたってことなんだし」
「だねー! カイト君はもっと堂々としてていいと思うよー!」
ネムが言った後で、
「ふんぞり返れとは言わないけど、もう少ししゃきっとしていいんじゃない?」
リオハルド家の令嬢がはっきりと言い、カイト以外の皆を頷かせる。
この時代にアイリアが見つかったことには
カイトの顔からはいつの間にか、緊張が消えていた。
「――――なら、遠慮なく堂々とさせてもらうかな」
いつもの調子を取り戻した彼を見て、少女たちが笑いながら茶化した。
同じように笑っていたヴェインは何の気なしに近くの窓から外の景色を見た。
「また荒れてきたな」
勢いを増す吹雪に目を奪われた。
◇ ◇ ◇ ◇
「うーむ」
夜空に浮かぶ魔導船の中で、エステルが腕組みしながら考え込む。
予定していた狩場に到着するはずだった時間はとうに過ぎ、いまこの魔導船は通りかかった山に杭を埋め込んで停泊している。
空模様は最悪だが、この程度ではドレイク家の魔導船には関係ない。
だが、問題となるのが、
「これほどの悪天候下で戦うのも一興だが、魔物たちが現れんな」
「雪中行軍の訓練をするだけになっちゃいますね。これほどの雪は魔物も隠れてそうですし」
「ということだ。しかし、それでは芸がない。わざわざ雪中行軍の訓練をしても意味がな……いや、ゼロとは言わないが、剛剣使いにそれはあまり求められておらん」
それだけでは強度が足りない。
獅子聖庁で剣を振るほうがよっぽどよかった。
「ならよ、姉御」
舵輪の前に置いた椅子に座りながら、ふわぁと大きな欠伸を漏らしたヴェルリッヒが提案する。
「このままエウペハイムに行かねーか? もう何時間か飛べば到着するぜ?」
「エウペハイムに行ってどうする」
「クソガキ――――もといユリシス・イグナートと話すことがある。俺が修理してるレムリアで使う素材で相談があってな。手紙より直接話しておきたい」
この間、レンが龍脈炉を渡したことが関係していた。
レンはすぐに「なるほど」と頷いた。
エステルも断る理由がないのか、つづきを聞くため耳を傾けるだけ。
「ヴェルリッヒさんの予定を優先しちゃいますか」
意見を聞くエステルは少しの間考え、「うむ」と。
「今晩はエウペハイムに泊まるとしよう。白い王冠で過ごす冬というのも悪くない」
決めてすぐにエステルが操舵室を離れ、吹雪の中、甲板に出た。
数分と経たぬうちに戻ってきた彼女は雪を払いながら笑う。
「杭をとってきた。もう飛べるぞ」
どうやら甲板から山に飛び降り、今度は山肌を蹴った勢いで飛んで戻ってきたようだ。
船の炉がすぐに動きはじめ、空へと向かう。
山の周りに吹き荒れる風もそうだし、高度が上がるにつれて生じた風でも魔導船が度々揺れていた。
途中で舵輪をとる必要もなく安定したところで、レンが皆の分の茶を入れた。
軽めの夕食もとりながら、操舵室で思い思いに過ごす三人。
「氷河渡りの時期はこうなるんだよなぁ……」
食べ物をほおばりながら言ったヴェルリッヒをレンが見る。
「そうなんですか?」
「おう。氷河渡りの時期は天空大陸がエルフェン大陸北方の空に浮かんでるってんで、普段はない寒波やら風が生じるらしいぜ。原理は知らねぇ。そういうもんってこった」
「へぇー……だからこんな天気に」
魔物が活性化して、さらに天候も悪くなる。
そんな冬を生じさせる氷河渡りは、十数年に一度だけ訪れる。
七英雄の伝説でも存在自体はあったのだろう。しかしそうした情報が出なかったから、天候の一つとして処理されていたようである。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の十時ちょうど、エウペハイムの魔導船乗り場にレンが降り立った。
エウペハイムの魔導船乗り場はエレンディルの空中庭園と違い、扇状で数階建て程度の建物を中心に、各魔導船乗り場への道が伸びている。
そのうちの一本、個人で所有する魔導船が停泊する道を三人で歩いていた。
左右の壁がほとんどガラスで、光沢のある大判の石タイルが敷き詰められた空間だ。
レンが足音を響かせていたら……
「――――レン君! ほんとにいらしてたんですね!」
この道の先からフィオナが駆け寄ってくる。
彼女の後ろにはユリシスもいた。
「レン、私はヴェルリッヒと少し明日のことを話す。
別行動をとるというほどではなく、彼女たちは近くにある、外を一望できるベンチに腰を下ろした。
レンは足を止めず、近づいてくるフィオナたちの元へ歩を進めた。
「フィオナ様、どうしてここに?」
ここはエウペハイムで、フィオナが帰省するという話は先日聞いたばかり。
だから彼女がいても不思議ではないのだが、レンたちがやってきたのを、何故こうも早く知りえたのか気になっていた。
その答えはユリシスの口から告げられる。
「ドレイク家の魔導船から、この建物に信号が届いたのさ。さすがにドレイク家となれば、この魔導船乗り場から私にも連絡が届くわけでね」
「私がレン君の予定を聞いていたので、もしかしたらって思ったんです。急にいらっしゃることが不思議で、何かあったのかな……って心配で……」
「い、いえいえ! 特に事件とか事故があったわけではなくてですね!」
どういう予定で魔導船に乗って狩りに出かけ、実際に何があったのか隠すことなく話した。
ユリシスはヴェルリッヒがしたがっていた話のことを聞き、それだけで諸々の事情を察したのである。
「そういうことだったのかい。じゃあ私は、ちょっとあちらの二人と話してこよう」
「わかりました。じゃあええと、俺は――――」
「外に馬車があるから、君はフィオナと馬車に乗るといいよ」
「――――なんでです?」
「いま、今晩の宿を探すってつづけようとしたんじゃないのかい?」
していた。
間違いではないのだが、そこからいきなり馬車の話になって驚いたのだ。
「うちに泊まっていけばいいじゃないか。あちらの二人ともその話をしておこう」
こうもあっさり、もう遅いから泊っていきなさいと友達の親に言われるかのように。
フィオナとの関係を思えばそう遠くない意味なのだが、相手は侯爵。
重みが全く違ったけれど、
「…………お世話になります」
レンが反応が遅れてしまったことすらもユリシスは楽しそうに眺めてから、
「フィオナ、頼んだよ」
と言い残してヴェルリッヒたちのもとへ行ってしまう。
残されたレンはフィオナを見た。
「た、たはは」
フィオナも聞いていなかったようなのだが、父の案を断るはずもない。
「先に帰るようにという意味のようですから、参りましょうか」
もう夜も遅い。
ここで話しているよりは建設的だろう。
――――ユリシスは最初からこうなることを予想していたのか、魔導船乗り場に遅れてもう一台の馬車が来るよう手配していた。イグナート侯爵邸に彼が帰り、先にやってきていたレンと話せたのは夜の十一時過ぎだ。
先日はレザードもいた執務室で一対一。
急な来訪にもかかわらず、ユリシスはやはり上機嫌である。
「それで、何日くらい泊っていく?」
「申し訳ないのですが、今日一泊だけお世話になります」
「つれないじゃないか。私と君の仲だろう?」
「そう言っていただけるのは光栄ですが、数日後にはエレンディルで仕事がありますので」
レザードの代わりにこなす予定の、ちょっとした仕事だ。
将来、レンが村を継いだときのためになるような機会だった。
「ということは、その日までに帰ればいいのかい」
(藪蛇だったか)
互いにほとんど冗談なものの、ユリシスはレンの宿泊期間が延びただけ喜ぶはず。
「ああそうだ。二人は宿に泊まるそうだよ。うちに来るかと聞いたら断られてしまった」
気持ちはわかる。
ヴェルリッヒほどユリシスと懇意でも、遠慮するところはあるだろう。エステルはユリシスとあまり懇意ではないからだろうか。
レンは二人が泊まるという宿のことを聞き、
「今日はありがとうございます。では、俺はそろそろ」
「ああ。前にも言ったが、自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」
ユリシスの執務室を後にした。
むしろいつか自分の家にしてくれ、そんな言葉が隠れていそうなユリシスの声はさておき、レンに用意された客間は、以前と同じ客間だ。
予定にない来訪を果たしたことに驚きつつも、先日泊まったときと同じ給仕とすれ違う。
「冬休みの間、どうかごゆっくりお過ごしくださいませ」
給仕が自然な声音で発した。
しかし、いまのぶっとんだ言葉にレンが平静を保つ。
「いえ、一泊だけお世話になります」
「……まぁ、残念ですわ」
ほう、と言葉通り残念そうなため息をついて給仕が立ち去る。
――――――――――
申し訳ありません!
時折、仕事で更新が遅くなる日がありますので、もしよければTwitterなどもご確認いただけますと幸いです……!
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