剣聖の神秘(酒)

 別の日の放課後に。

 大通り沿いにはいくつかの駅があって、レンはそのうちの一つで下りた。

 文房具の店を出て歩いていたら、二人は見慣れた者の姿に気が付いた。制服姿の七大英爵家組である。



「お、レン」



 三人だった。

 最初にレンのことを呼んだカイト、それにヴェインにシャーロットだ。

 皆、帰りに寄り道でもしていたのだろうか。

 彼らがレンの近くに足を運んだ。



「カイト先輩たちは寄り道ですか?」


「おう。偶然みんな顔を揃えたからな。飯でも食っていくかって話してたんだ」


「レンもどう? 一緒に行かないか?」



 ヴェインの提案にレンが一瞬迷ったが、すぐに頷く。

 あまり遅くならないうちに帰れるだろうから、このくらいはと。



「あのさ」



 歩きはじめてすぐにヴェインがレンに尋ねる。



「冬休み、よかったら俺たちと一緒にカイト先輩のところにいかないか?」


「あれ? 英雄派のパーティとかがあるんじゃなかった?」


「そうそう。……英雄派の集まりは別として、一緒に冬休みを楽しみたいって思ってさ」



 言いづらそうにしていたのはヴェインに限らず、残る二人も思うところがありそうにしていた。

 恐らく彼らは、昔あったギヴェン子爵の件があるから申し訳なさそうにしているのだ。



 あれがたとえギヴェン子爵単体の暴走だったとしても、特にカイトとシャーロットは生家が英雄派の筆頭なことが関係して、無視することはできなかったのだ。

 レンは何も明言することなく肩をすくめた。



「多分、勉強したり剣を振ったりしてると思う。エステル様ともまた狩りに出かけるかもしれないし」


「確かその方って、カイト先輩」


「ああ。獅子聖庁の長官殿だな。レオメルが誇る最強の騎士だ。俺の親も前に武を競ったらしいんだが、十数秒しか立っていられなかったらしい」



 その名を聞き及んでいない方が嘘だろう。

 誘いの内容が気になったカイトが問いかける。



「くぅ~、アシュトンはまだ強くなろうとしてるのかよ! ヴェイン! 俺たちも負けてられねーぞ!」



 先祖の盾を見つけたカイトは一層、強くなることへの意識が高まっている。

 もちろん、彼の他にも七英雄の末裔たちが影響を受けており、彼らはこれまで以上の速度で成長しようとしていた。



 心なしか、ヴェインの顔立ちも逞しくなったように見える。

 レンはヴェインを見て、



「応援してるよ、ヴェイン」


「ありがと。頑張るよ」



 優しく微笑んでみせた。

 そしてもう一つ、レンは唐突に助言を口にする。



「それと、魔王教周りには気を付けて」



 あとでエステルたちを通じて、別の助言をする予定もある。

 この世界線で同じ戦いが勃発するかわからないが、伝えられることは伝えるべきという判断により、レンは注意喚起をするつもりだった。



 英雄装備を手に入れるイベントは、いわゆるサブイベントでしかない。

 しかし、何かできるかもしれないと考えて。



「ははっ! わかってるって!」


「大丈夫だぜ、アシュトン。俺たち英爵家の戦力も揃うし、各当主も顔を揃えるしな」


「ええ……それはわかってるんですが……」



 言葉を選ぶレンは苦笑していた。

 戦いは戦いでもどうにかなることを知っていたからだろうか。

 レンの微笑みを向けられたヴェインがふと、自信の手を見て口を閉じる。



「ヴェイン?」



 数秒経ってからレンが呼びかければ、ヴェインは「ごめん」と言って笑った。



「なんか最近、俺も何か掴めそうな感じでさ。起きたときとか寝る前とか、いまみたいに急にっていうのもあって……よくわからないけど、前より強くなれそうな気がしてて」


「はははっ! おいおい! なんだそりゃ!」


「カイト先輩に笑われてもしょうがないですけど……本当にそんな感じなんです」


「笑うなんてひどいわよねー。ほーらヴェイン君、優しくて綺麗なシャロ先輩がいいこいいこしてあげる」


「だから! シャロ先輩はいつも急なんですってば!」



 三人の仲のよさにレンが再び微笑んで、特にヴェインの今後を改めて応援。

 いま、この時期のヴェインに変化が訪れようとしていることは、彼が勇者ルインの力を受け継ぐ者として覚醒に近づいているからだろう。



 だが、ユリシスは敵じゃない。アスヴァルだってもう復活することはできない。

 いったいヴェインは、どこで覚醒にいたるのだろう。

 わからないがレンには確信があった。ヴェインはどこかで必ず覚醒するということに。



 ……シナリオが変わっても、変わらないものだってあるし。



 そんなのは何度も経験しているから、レンが考えると説得力がある。

 魔王教の存在と対になっていると言ってもいいのが、七英雄の末裔たちなのだ。英雄装備の一つが見つかったいま、彼らはますます七英雄と同じ道を歩むだろう。

 レンは陰ながら、彼らの活躍を願った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ヴェインたちと別れてから、レンはヴェルリッヒの工房を訪ねて龍脈炉のことを話した。



「っしゃあ!」



 話を聞いて開口一番、ヴェルリッヒが握り拳を振り上げる。



「十分だぜ! あとは前に話した素材やらなんやらが揃ったら、どうにかこうにか試運転に持っていける! レムリア再始動まであと少しだ!」


「じゃあ、これはヴェルリッヒさんにお預けしますね」


「おうおう! どでかい船に乗った気分で待ってろよな!」



 この日は偶然、エステルもヴェルリッヒの工房にやってきていた。彼女の剣、黒威を研ぐためだった。

 レンが座る椅子の隣にはエステルがいる。



「レムリアだったか。稀代の名船だったと聞くが」


「当たり前だぜ姐御! あれ以上の魔導船は作れないってくらい、俺様が頑張ったんだ!」



 テーブルの上にある巨大なジョッキをエステルが持って、一気に呷った。

 水を飲むようにさっと飲み干してしまう。彼女は足元に置いていた樽からすぐに二杯目を注ぎ、それもあっさり飲み干した。



「飲んでるのってお酒ですよね?」


「そうとも。我がドレイク地方のな」


「姐御はすげえよなー。俺たちドワーフは酒に強いが、ドレイク地方の酒をそんなに呷るのは喉が焼けるってのに」


「物心ついた頃から飲んでいる。ドレイク人の嗜みだ」


「それは帝国法的にどうなんですかね?」



 などと話している間にも、エステルは足元に置いてある酒樽から酒を注いだ。

 心なしか、先ほどよりおどおどレンの顔を覗き見ながら。

 それでももう一度勢いよく酒を呷ってから、四杯目を注ぎはじめた。触れる方が負けに思えてくる。

 彼女はそっと声を潜ませる。



「……幼い頃の話だ。時効ということにしてくれ」



 エステルは微塵も酔った様子を見せず、



「――――こほん。それほどの名船なら、クラウゼルにも魔導船乗り場を作ればいいだろうに」


「いやいやいや、お金がかかりすぎますってば」


「まぁ、新設しようと思えば確かに高価だな。話に聞くクラウゼル子爵のことだ。イグナート家が支援すると言っても遠慮しそうに思える」


「もうすでにそんなことがありましたね」


「うーむ……しかしもったいない。見事な品だろうに」



 迷ったエステルがまた酒を飲み干す。

 ここまでくると、彼女はその細身にどうやってこれほどの酒を収めているのか気になってしまう。



「剣聖の神秘……」


「うん? 剣聖がどうしたって?」


「剣聖ってすごいんだなーと、ふと思いまして」


「む? レンもそう遠からず剣聖になれるだろうに、改まるじゃないか」



 五杯目を呷りながらの彼女が笑う。

 飲酒に関して留まる気配を知らなかった。



「他の流派は知らんが、剛剣使いが剣聖に至るためには、何かしらのきっかけが必要だとよく言われている。これ自体は前にも話したと思うがな」



 確かエステルは部下を連れ、窮地に至った。

 部下と帰還するために死力を尽くしたところ、最後の最後に剣聖となった。



「私の見立てでは、レンの実力は剣聖級だ。あとは戦技やらなんやら……いわゆる剣聖級と認められるための要素が少し足りていないだけさ。剣聖になればまた化けるだろう」


「それだとめっちゃ半端じゃないですか、いまの俺って」


「そうとも。半端ものだな。はっはっはっはっ!」



 笑い事ではないのだが、こう素直に言ってもらえた方が気が楽になる。

 エステルもただ笑うわけではなく、



「一つだけ、レンに助言をしよう」



 その言葉が、あるきっかけへとレンを誘う。

 いまの彼はそれを、知る由もなかった。



「前にも言ったが我らの本質は『星殺ぎ、黒を仰ぐ』だ。獅子王が戦場いくさばで謳ったこの言葉には意味がある。魔法と考えられていた星も、すべて殺がれれば暗い空が広がる。その黒こそ、剛剣の本質であるというたとえだ」


「とりあえず戦いつづけることが成長の近道、ってことですよね」


「うむ。だから剣を振りつづるべきという話だな」



 夜空に浮かぶ星を魔法と表現した獅子王が、戦場にてすべてをねじ伏せる。

 星が消えた空の暗闇は勝利の証でもあるのだと、学者の間で解釈されていた。



「でもあれですよね。どうせ見上げるなら満天の星の方が気持ちよさそうです」



 一瞬、きょとんとしたエステルがジョッキを呷ってから。



「あーっはっはっはっはっ! ああ、確かにそうだな!」


「ちょっ! いきなり肩を組まれるとびっくりしますって!」


「そう言うな! しかし獅子聖庁の長官に対し、よくいまの言葉を言えたな! よろしい! そろそろ冬休みだろう? この冬は私がレンとリシアの面倒を見てやろう!」



 レンがきょとんとすれば、今回のエステルはすぐに何をするのか語りはじめた。



「訓練だ。前みたいに魔導船に乗って遠出もいい」


「それってつまり、毎日のように俺たちに稽古を付けてくださるという……」


「毎日のようには駄目だ。課題があろう」


「……そこはちゃんとしてらっしゃるんですね」


「当たり前だ。成すべきことを成さずに剣だけを振っても、レンの将来のためにならん。腕力だけでは将来苦労するぞ」



 するとヴェルリッヒが腕組みをしてこちらを見る。

 彼は少し考えてから口を開き、



「姉御、レンが剣王になるってんなら話が変わるんじゃねーか?」


「む、確かにそうだったな」


「申し訳ありませんが、それはそれ、これはこれでお願いします」



 別にレンも勉学をないがしろにしたいわけじゃないのだ。

 レンは勢いよく進む話に待ったをかけ、ため息をつく。



「話が変わりますけど、エステル様は英雄派のパーティとかのことは知ってますか?」


「当然だ。エルフェン教が主導となる催しの後で、貴族が集まるパーティを開くという話だったな」


「あれって、レオメルが国として何か行動するようなことってあります?」


「七英雄の装備が見つかったことへの祝いとして、皇族の方々がということか?」


「似たような感じです。他にもたとえば、特別な祝日を設けたりとかっていうのは……」


「そういったことはないな。国外からも賓客が訪れると聞いているが、それらは英爵家が担う仕事だからレオメルが国として関与する予定はない。第二皇子殿下がレオナール家に足を運んで祝いの言葉を伝えるくらいだ」



 一応、皇族も参加しないわけにはいかなかった。

 これに関しては英雄派、皇族派、中立派と関係ない祝いの席だ。世界を救った七英雄に関わることだから、政治的に面倒なことを避けていることがレンにもわかる。



「急にそんなことを話してどうした」



 レンがいまの話をした理由は、前にも思い返したイベント戦のことがあるから。

 魔王教という敵が現れるとわかっているのに黙っていることはできず、その伝え方を考えていたからだ。



「いえ、魔王教が現れそうな気がしたので」


「それについては英爵家からも城に連絡が来ている。兼ねてよりレオメルを狙う奴らのことだ。七英雄の遺産が見つかったと聞けば、間違いなく牙を剥こう」



 だが、七英雄の装備が見つかったのに何もしないわけにはいかない。

 この状況下で何もしないことで、レオメルが魔王教を恐れていると思われてしまう。政治的な意味合いとしても、また昨今の情勢を鑑みて不安を抱く民のためにも、その催しごとが新たな希望になるだろう。



「魔王復活のために、七英雄の力は今後邪魔になりそうですしね」


「破壊したくてたまらないだろうさ。もちろん我らもそんなことは想定済みだ。第二皇子殿下が陛下の名代として足を運ばれるとあって、獅子聖庁も騎士を多く派遣する。移動中の護衛艦だって何隻もあるぞ」



 ゲーム時代は敵としての立ち位置が多かった剛剣使いたちがいる。

 彼らの力をよく知るレンは、ゲーム時代のイベント戦以上の安定感があると知り、むしろ撃退されるはずの魔物が討伐されるのではないかとも思った。

 しかし、だからと言って軽視はせず、



「レオナール英爵領は水源が豊富な土地でしたよね。仮に魔王教が魔物をけしかけるとすれば、水棲の魔物が利用されそうな気がします」



 多少説明口調になってしまったが、そんなことを告げた。

 エステルがレンを見て笑う。



「レンが言うようにあの地は水源が豊富だ。水の都エウペハイムまで馬で二週間とない距離であることに加え、周辺の山々から流れる水が大地を富ましている。水に生きる魔物はさぞかし使役しやすかろう」



 そうしたことへの対策も完璧であるという。

 エステルはたとえ戦いが勃発しようと、レオナール家の領地の安全は確保できているとつづけた。



 それに馬で二週間といえば、アシュトン家の村からクラウゼルの町までと比べて数日多い程度の距離だ。あれほどの大都市と英爵家の領地の間にある長い街道も、相応の安全が保障されていた。



 またエステルは具体的に地域の名も述べ、特に警戒している場所をレンに告げた。

 こうなると、高確率で襲撃される可能性があっても、レンに言えることはもうない。



(俺が警戒する必要がないくらいだ)



 警戒されている敵の存在から、敵の行動経路まで。

 いずれも手を尽くされているのなら、やはりレンにできることはもうなかった。

 これ以上のことはもう、レンが覚えているシナリオ外の出来事だ。



「水源が汚染されることも恐ろしい。英爵家側も、我ら騎士側も警戒している」



 そこまで準備しているのなら大丈夫だろう。

 つづけてエステルは具体的に何匹か魔物の名前を例に挙げたのだが、そのうちの一匹が七英雄の伝説にて実際に、イベント戦で戦うことになる魔物だった。



「だからこちらが動くとすれば、別のことだ。多くの者たちがレンと同じように、魔王教が手を出してくると思っている。英爵家とその周りに至っては、攻められる前に攻撃を仕掛けようと思っているようだ。無論、我々も話をしていないわけではないが、英爵領は扱いが面倒でな」



 そういえば――――とレンが、



(七英雄の伝説でこの時期は、まだ魔王教っていう敵があまり公になってなかったっけ)



 だからエステルが言ったようなことはできなかったし、選択肢すら出てこない。



「ラディウス殿下が特に入念に支度なさっている。仮に魔王教徒が姿を見せたら捕縛できるようにと、ユリシス・イグナートと相談しているようだ。獅子聖庁も秘密裏に動いていてな――――というのはここだけの話だが」


「あー……それもあったんですね」



 七英雄の伝説と違いあの二人が協力していれば、こうした利点もあるようだ。



「英爵家の者たちにもかなりの護衛がつく。心配はいらないさ」



 話を聞けば聞くほど、万全の体制であることがわかった。

 むしろ、レンがここに注意しろ! と伝える必要のないくらいだし、逆にレンが知ること以上に皆が警戒し、支度をしている。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、レンは獅子聖庁の外にフィオナと二人でいた。



「フィオナ様が獅子聖庁にいらっしゃるのって珍しいですよね」


「早く目が覚めちゃったんです。レン君たちが獅子聖庁にいたら、一緒に学院に行けたら嬉しいなーって思って」


「そうだったんですね。けど、すみません、完全に逆方向ですよね」


「う、ううん! こうして一緒に歩けるなら毎日だって……」



 今日も今日とていじらしく呟き、幸せな時間に浸る侯爵令嬢。



「もうすぐ冬休みですね」



 ふわふわ舞い降りる雪を見て、フィオナが言った。



「あの……レン君は冬休みをどうお過ごしになる予定ですか?」



 話を聞いて、よければ自分とも過ごしてほしい気持ちを告げようとした。

 しかし、レンが言う言葉を聞いて、仕方なさそうに諦める。



「エステル様にお誘いいただいたので、いろいろな訓練三昧の日々になりそうです」


「そ、そうだったんですね! ふふ、レン君らしいです」



 だが、密やかに意気消沈しかけていたフィオナの胸が早鐘を打つ、そんな嬉しい言葉をレンが告げる。

 


「でもそのあとの試験が心配なので、よければ冬休み中に、フィオナ様に勉強を教わりた――――」「任せてください!」――――いと思ってたんですが、いいんですか?」



 フィオナがやや焦りを含ませた声でつづける。

 心なしか頬が赤くなっていたけれど、恐らく冬の寒さによるものではない。

 豊かな胸元に誇らしげに手を置き、微笑んで、



「何時間だって、いつだってお付き合いしますから」



 頼もしい言葉をレンに告げた。



「エウペハイムでの仕事とかは大丈夫ですか?」


「ええと――――何日か帰省するので、そのとき以外なら大丈夫です!」



 話していると、レンはエウペハイムで過ごしたときのことを思い出した。



「そういえば、水路の異変って直りました?」


「町中の異常は無事に直ったって聞きました。ですが、町の外の水脈とかもちょっとおかしいかもって、お父様たちが調査されてるみたいです」



 思い出話も交えながらここでの時間を過ごす。

 身だしなみを整え終えたリシアが獅子聖庁から出てきたのは、それから数分後のことだった。



 今日の午後から冬休みに入るため、午前中の前半は各教室でホームルームが行われた。

 全校生徒が大講堂へ足を運んでの集会が開かれたのは、その後で。

 最後に挨拶をするのは、もちろん学院長クロノアである。



「みんな約束を守って、楽しい冬休みを過ごしてね!」



 壇上のクロノアは普段から長い挨拶を好まなかった。

 そわそわする学生たちを見ているだけで、いつも早く挨拶を済ませて生徒たちを楽しませてあげたいと思ってしまう。

 そんな彼女の思いを汲んでか、生徒たちが冬休みの到来を喜んだ。

 集会の終わりが宣言されると、一斉に皆が喜びの声を上げたのである。




◇ ◇ ◇ ◇




 学院の施設の多くは冬休み中も解放されている。普段と比べて短い時間ではあるが、特に図書館に足を運ぶ生徒は多い。

 レンとフィオナがバルドル山脈以来の再会を果たしたときも図書館は開かれていた。

 いま、図書館奥にある小部屋に元実行委員の面々が顔を揃えていた。



「眠い……」



 開口一番、皆にそう言ったのはラディウスだ。

 彼は目元にくまを作り、あまりしてみせない欠伸すら披露する。

 随分と油断した姿にリシアとフィオナが驚くも、一方でラディウスのそんな姿を時折見ていたレンが問いかける。



「例の忙しい仕事のせい?」


「ああ。今日も二時間後には空の上だ」


「へぇー、どこかに行くんだ」


「帝都に住んでいない家族と会ってくる。誰もかれも面倒な性格をしているが、話さなければならないことがいくつかあるのだ」



 また意味深なと思いつつ、話はそこまで。

 ニャハハ、とラディウスの側近が笑う。ケットシーの血を引く少女、ミレイ・アークハイセその人だ。

 伯爵令嬢の彼女はラディウスの側近として、いつも彼の仕事を支えている。



「殿下の冬休みのスケジュールは、もうびっちり埋まってるのニャ~」


「ミレイさんそれって、今日から冬休み最後の日までずっとですか?」


「んむ。日によっては分刻みで予定があるニャ」


「……ラディウス、大丈夫なの、それ?」


「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれると、当たり前だが大丈夫じゃない方に寄っているぞ。しかしやらねばならぬことだから力を尽くすのみ。そのためなら今日も、楽しくポーションを呷ろうじゃないか」



 ラディウスが席を立つ。

 彼はもう一度大きく欠伸をして、ミレイを伴い部屋の外へ。

 レンはラディウスたちが去る前に、



「エステル様が俺たちに稽古を付けてくださるんだけど、ラディウスと一緒に行かないの?」


「うむ。エステルが消化すべき休暇を消化していないのだ。いい機会だからまとめて使ってくれと頼んである。――――では三人とも、充実した冬休みを過ごすように」



 仕事でいっぱいいっぱいの男に言われても笑みを浮かべて頷くことはできず、かろうじてレンだけが苦笑を浮かべて頷けた。

 残った三人が顔を見合わせた。



「……私たちはどうする?」


「どうしましょうかね」



 迷ったレンとリシアを見て、フィオナが提案。



「午後のご予定がなかったら、このまま少しだけ冬休みの課題をしていきませんか?」



 断る理由はなかった。

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