頭のいいシェルガド人がご褒美をくれるかもしれない。

 その庭園は広かった。

 地面を埋め尽くす芝は一年のほとんどの季節で生い茂るよう、品種を混ぜて植えられていた。冬になるとほとんど枯れてしまうが、秋も終盤のいまは青々としていた。

 二人はこの空間に似合い過ぎていた。周りの花より華やかだったから。



「すみません……お父様はずっと楽しみにされていたので……」



 フィオナが謝罪したのは、リシアとレザードが屋敷に来てすぐの出来事について。

 ユリシスはこの日を何年も待ち望んでいたと言ってもいい。フィオナの命が救われた頃から、夢に見ていたほどだった。



 その影響で、彼はクラウゼル家の二人を強く歓迎した。

 屋敷を案内すると言い、いつもより強引にレザードを連れ去ってしまうくらい。

 徹底した歓迎は相手を委縮させてしまわないだろうかとフィオナが思うも、しかしユリシスが手を抜きたくないと言うことから、いまがある。



 それはもう、まるで皇族が来たかのような歓待がリシアを待っていたのだ。

 いまはフィオナと二人だけだが、姫になったような気分を味わった。



「平気です。あんなに楽しそうなイグナート侯爵を見れて、私も嬉しかったですし」


「たはは……そう言っていただけると助かります」



 彼女たちのスカートから伸びたしなやかな足が、秋の花を咲かす花壇の前で止まる。



「綺麗な花ですね」


「秋にしか咲かないお花なんですよ。名前は――――」



 意外にもいつも通り。

 リシアは隣で少しだけ腰を折り、花に顔を近づけるフィオナを見た。

 リシアはフィオナの魅力を誰よりも知る少女である、その自信があった。

 他の異性には向けられない、恋をした令嬢の可愛らしく綺麗な姿。それがきっと、フィオナの一番魅力的な姿なのだ。



 同性から見ても愛らしい高貴な令嬢が一人の町娘のように恋をする姿には、妖しさを感じてしまうくらい目を奪われる。



「? どうかしましたか?」



 リシアの視線に気が付いたフィオナがきょとんとしていた。

 そんな姿も、やはり素敵すぎる少女だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇

 



 レンが昨日も足を運んだ神秘庁の中。

 今日はラディウスがいない一人での来訪だが、緊張はなかった。

 ラグナが待っていたのは、昨日と同じ高層階の一室だ。



「待ってたぞ」



 レンは昨日と同じく、尊大な態度で座るラグナに迎えられた。



「ラグナさん、室長って呼ばれることもあるんですね」



「ああ、この研究室のという意味でな。たまに博士と呼ばれることもあるが、大したことはない。神秘庁お抱えの数ある研究室の一つにすぎない。そう考えると、神秘庁も妙な連中だよ」


「妙な連中?」


「俺みたいな男を室長待遇で迎え入れたことを、おかしいと思わないか?」



 レンは昨日の触れ合いを思い返し、昨日より遠慮なく。

 されど、一定のラインは保ち、距離感を間違えないよう気を配る。



「ラグナさんは個性的かもしれませんが、ご自身が追及している叡智とロマンが貴重だからこその待遇なんじゃないですか?」


「ほう」



 すると、ラグナが気をよくした。

 彼が度々口にする単語を聞き、頬を緩ませる。



「俺の目は間違えてなかった。レン、やっぱりお前もロマンを理解できる男だ。わざわざ朝から呼んだ甲斐がある」


「そうだ。どうして俺を呼んだんですか?」



 レンはラグナが待つ机に歩を進める。



「なぁ、旧市街に興味はないか?」



 旧市街は昨日、不思議なミスリルが発掘された場所だと話題に出たところだ。

 また、リシアが寄り道して眺めた場所でもある。



「綺麗な場所だと聞きますが、そのくらいの印象ですね。見てみたいとは思いますけど、現地がどうなってるかあまり知らないんですよね」


「あそこは興味深い場所だ。水に沈んだ建物の多くが石造りで、当時の形を残しているものも少なくない」



 そうした屋敷が水の中に残された光景。

 色とりどりの小魚が泳ぐ様子が幻想的ですらあった。

 


「まだまだ希少品が眠っていそうですね」


「そう、その通り!」



 ラグナの興奮した声。



「当時のエウペハイムは帝都以上に賑わっていたとも言われている。交易の要所だったこともあって、国内外の新技術が行き交う場所でもあったそうだ」


「へぇー……じゃあ、研究所とかも沈んでいるんですか?」


「もちろん。いくつもあったぞ」



 公の管理下にある理由がそれだ。

 神秘庁がわざわざ定期的に調査をしている理由もよくわかる。

 レンは昨日の、死んだミスリルよりも興味が引かれた。



「当時は七英雄が台頭していた。ということは魔道具の神とも呼ばれる、ミリム・アルティアの技術が健在だった時代だ」


「ってことは、ミリム・アルティアが作った防衛装置とかが生き残ってるとかですか?」


「そう、大きな屋敷や研究所などには彼女が直々に作った魔道具がある。それらが建物ごと守護しているわけだ。何百年も経っていまでも、彼女の技術を突破することは難しい。時間がかかる一番の要因だな」



 話を聞いているレンも心が躍る思いだった。

 ほとんどが水没した町は、レンが想像する以上の遺産が眠っていそう。

 レンはミリム・アルティアが作り出した防衛装置に守られた場所のことを、



「開かずの扉って表現すると、カッコいいですよね」



 ピクッ、とラグナの眉が揺れ動く。

 そして頷いた。



「ああ……とんでもなくカッコいい……扉を開きたいのだが、むしろ開かないでほしいと思う自分がいるくらいだ」


「わかります。開けるまでが一番楽しい気もしますし」


「いい趣味をしてるな。よろしい、レンにはこの部屋にある一番高価な茶を淹れさせてやろう」



 意気投合すれば、ラグナはより一層気をよくした。

 相変わらず偉そうな物言いであることも彼らしくて、けれどそこにも二人の距離感が近づいていることがわかる。

 レンが茶を淹れ終えてからラグナの元へ戻ると、



「ついでにいいものをやろう。金はとらん」



 机の引き出しを開けた彼が取りだすのは、折りたたまれた古びた羊皮紙だ。



「……これは?」


秘密の地図、、、、、。どうだ? ワクワクしてきただろう?」



 いいえとは言えない。

 地図と称されたものを受けとって、レンはすぐに開いてみた。

 地図は大きすぎても小さすぎてもいない。左右の手で両端を挟んで、レンの肩幅より内側に収まる程度である。折りたたまれた痕が深く残されている。



「あれ? これって旧市街ですか?」


「わかるのか」


「地形から察しがついただけですよ。行ったことはありませんから」



 秘密の地図もとい、旧市街の地図にはいくつか赤い印が残されている。

 ラグナの字でいつ調査したのかなどのメモも記されていた。



「古い魔道具により閉ざされた扉が何個もある。赤い印はそれが残る建物だ」


「へぇー……爆破したり、無理やり開いたりはしてないんですね」


「したい気持ちはわかるぞ。一発で中を確かめられるからな。しかし、歴史的な建築物と環境を破壊することは避けたい。ついでに帝国法に定められた決まりにより許されていない」


「……まったくついでじゃないですね、それ。あと念のために入っておきますけど、別に俺が爆破に興味を持ってるわけじゃないですからね」



 興味本位から呟くように漏らしただけ。

 それ以上でもそれ以下でもない。



「ってか、そんな大事な地図をどうして俺に?」


「それは俺の予備だ。古くなったから新しい地図を用意してある」


「そうじゃなくて、いきなり俺にくださった理由が気になるんです」


「俺のロマンをわかってくれたレンへの、ささやかな贈り物だとも。他に理由なんてないぞ」


「……ありがとうございます。活かせる機会が来るかわかりませんが、その機会ができたら使わせていただきますね」



 レンはそこまで言ってから、



「でも沈んだ町の調査ってどうやってるんですか?」



「潜るための装備を用いることもあるが、防衛装置が残っているところの多くは、沈んでも中に空気がある。実際に見に行けば、面白い景色を楽しめるぞ」


「つまり、地図を活かす機会が来たら一緒に楽しめと」


「そうとも。本を読むときも、先に結末を知らされたら楽しくないだろう?」


「まぁ、確かに」



 それとは別に、景色を説明しにくかった。

 実際に見た方が早い、ラグナは重ねてそう言う。



「立ち入りの許可が必要なことだけが問題ですかね」


「機会があれば程度に思っておくといい。その地図は俺とレンが共有したロマンの証だ。私が個人的に書いたもので別に機密というわけでもないから、好きに使え」


「ありがとうございます。なら遠慮なく」



 レンが地図を懐にしまい込んだところで、今日、朝からわざわざ呼び出されたことを気にしはじめた。

 ちゃんといまの話以外にも理由があった。

 ラグナは神聖魔法や、古い神話について記された本を何冊かレンに渡す。

 


「やる。全部何度か読んだ本だ」


「あ、ありがとうござ――――すみません、これ何語ですか?」


「マーテル大陸南部で使われている言語やら、西方大陸に住まう獣人たちの言葉だ。辞書でも引きながら読んでみろ。勉強にもなるぞ」


「……ラグナさんは辞書がなくても読めるんですか?」


「所詮、人や異人が話す言葉だ。どれも数週間も学べばいくらでも話せるようになるだろうが」



 この男が言うことは規格外であるから置いておくことに決めたレン。

 だがラグナは昨日話した以上の情報は期待できないといった。それでも用意してくれたのは、何かレンが調べたいと思ったときの参考になればと思ってのことだ。

 レンは深く感謝すると、どこかで言語辞典を買わなければと思い定める。



「ああ、そうだ」



 ラグナが机の上にどんっ! と足を乗せて笑う。

 どこか挑発的な表情を浮かべていた。



「もしも開かずの扉を開けられたら、ご褒美をやろう、、、、、、、


「うわぁ……その言い方、絶対に無理だろうと思いながら言ってますよね?」


「半分くらいはな。だが、開いたらそれはそれでいいわけさ」


「本気ですか? 鞄の旅人がくれるご褒美って聞いたら、俺もかなり期待しちゃいますけど」


「構わん。その暁には、俺のコレクションの中から面白い品をやると約束しよう」



 ラグナはそう言って笑った。

 そのあとすぐ、この部屋を慌ただしくノックしてきた者たちがいる。面倒くさそうにラグナが返事をすれば、何人かの研究員たちがやってきた。

 どうやら午後からの予定が前倒しとなったらしく、ラグナはもういかなければならないようだ。

 ラグナはせっかく呼びつけたレンに対して真摯に詫びた。


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