翌日の呼びかけ。
二人と四人に別れ、十数秒後。
シャーロットがヴェインに話しかけた。
「あの子がいつも、聖女さんと仲良くしてる男の子ね」
そう言いながら、シャーロットがヴェインの腕を抱き寄せた。セーラの前でなかなか挑発的な行動だ。
「ちょっ! シャロ先輩!?」
「疲れたのよね~ちょっとヴェインの腕を貸して~」
当然、セーラが割って入る。
「は・な・れ・な・さ・い!」
「きゃん、セーラったら強引ねー」
何度目かわからないため息は疲れた証。
町の外へ行き、戦ったが故の疲れではないことは明らかだった。
セーラに掴まれたシャーロットは振り向いて、離れたところを歩く二人組を見た。
シャーロットは帝国士官学院の全生徒と戦っても、間違いなく一位か二位になれる自信があった。
もちろん、一位を争うのはカイト。
だが、最近はヴェインとセーラの成長があって危ういかも――――こんな考えも。
しかしリシアという存在を目の当たりにして、変化があった。
「さすが、獅子王の剣を学ぶ人たちってところかしら」
「なに!? シャロ、いまなにか言った!?」
「なんもでないわよー。セーラは可愛いし、私たち七英雄の末裔も頑張らなくちゃって思っただけ」
「……私を可愛いって言ったのと、頑張るってのは意味がわからないんだけど」
「わからないならセーラの負けにしときましょ」
「は、はぁ!?」
シャーロットがするするっとセーラの拘束から逃れた。
改めてヴェインに絡みはじめ、再びセーラを慌てさせた。
◇ ◇ ◇ ◇
レンとリシア。
夜のエウペハイムは日中と違った美しさだった。
「お父様に許可をいただいて、町の外に行ってきたの」
「だからだったんですね。遠出した感じはどうでした?」
「楽しかったわ。いつもと違う感じだったのと、英爵家の技を目の前で見れたから参考になったかも」
「おー、確かにそれは楽しそうです」
「セーラたちは明日も行くみたい。岬の下に洞窟があって、その奥に行こうって言ってたわ」
「あれ、今日はあの洞窟に入らなかったんですか?」
「ちょっとだけ。今日は寄り道が多かったから、帰りのことを考えて少しにしたの」
「町からそこそこ歩きますしね」
レンはそんなイベントもあったな、と微かに思い返していた。
けれど、だいぶ記憶が薄れているから事細かに思い出すことはできない。
時系列は、七英雄の伝説Iにてラディウスが攫われたあと。
剛腕ユリシス・イグナートが事件の黒幕であるという流れに入り、ヴェインたちがエウペハイムを訪れた頃だった。
本筋を外れたイベントの一つとして、海沿いの洞窟に足を運ぶことができる。
あの場所に行くことで、クライマックスのバルドル山脈を優位に進めることも。
――――これらの情報のうち、レンは半分くらい思い返せた。
それらの事柄とは別に、現れる魔物の強さなどを鑑みて制止する理由はなかった。
英爵家の護衛がどこかにいることも考えて、ここでリシアの交友関係に異を唱えたり、水を差すことはしない。
それとは別にリシアがつづける。
「私とレンも誘われてるんだけど……明日はイグナート侯爵のお屋敷に行くでしょ? だから断ったの」
「ははっ……そうなりますよね」
あの剛腕の誘いに勝る誘いはなかった。
「ねねっ、レンはどうだった? 神秘庁でどんな人とお会いしたの?」
「俺は――――ええ。ラグナさんはすごい人でした」
「ラグナさんっていうのが、第三皇子殿下の先生だった方のこと?」
「はい。ラディウスの先生をされてたとあって、すごい人としか表現できません」
レンがそのような表現するときは大抵、個性的な人物である。
ここにきてレンは、これまで会った人物が皆濃い性格をしていたことを知り、いつも通りかとも思った。
「私も会えるときがくるかしら?」
「きっと。っていうか――――」
ラグナがどのような人物なのか、簡単に説明する方法があった。
何せリシアも帝都で彼に会っているのだ。
「鞄の旅人がラグナさんだったって言ったら、どう思います?」
目を見開き、立ち止まる。
そんなリシアが口元に手を当て上品に、可憐に。
くすくすと笑って。
「すごい。どういう偶然?」
周囲を歩く異性を釘付けにする微笑みだった。
またしばらく進んでから。
「……それでですね」
歩きながら話すようなことではなかったかもしれない。
それでもレンは、リシアに一秒でも早く伝えたかったことがある。
「――――なので、リシアの身体にも似た現象が起こっているように思います」
ラグナから聞いたことをすべて共有した。
「剣魔と戦ったとき、最後はいままで以上の神聖魔法を使えたのもそれでなのね」
「だと思います。ただ、いきなり神聖魔法を使うようになるのもあれなので、少しずつ様子を見てからにしましょう。クロノアさんにも相談してみないと」
「うん、そうする」
リシアの顔に穏やかな笑みが浮かんでいた。
彼女はそれから、いきなり立ち止まって。
「リシア? どうしました」
「……あのね」
リシアが胸の前で手を合わせる。
レンの優しさへと、
「ずっとずっとレンに助けられてばっかりだから、その……」
改まって礼を言うことが恥ずかしくても、言わずにはいられなかった。
「ありがとって、いつも思ってるんだからね――――?」
リシアが改まらなければ礼を言わないわけではない。
いままでも、それこそレンとクラウゼルで過ごしていた頃から、彼女はきちんと礼を口にする少女だった。
さっきは改まって言いたかっただけ。レンもわかっていた。
そしてこの夜、宿にあるレザードの部屋でも同じ報告をする。
「では、ひとまず安心してよさそうだな」
レザードはレンと同じく安堵していた。
エウペハイムでの夜が、ゆっくりと更けていく。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、レンたちが朝食を終えて一時間もした頃。
時刻は朝の十時を過ぎて少し経ち、イグナート家の迎えが宿にやってきた。
エドガーの案内に従い、馬車に乗ろうとしていたら――――
「失礼」
馬車に乗る直前、レンに声を掛けてきた者がいる。
神秘庁に所属する文官であった。
「ラグナ室長がレン・アシュトン殿に話したいことがあるとのことです。……しかしこのご様子では――――」
様子を見ていたレザードが口を挟む。
「ラグナ室長というのは、昨日の方か?」
はい、とレン。
室長というのは、ラグナが神秘庁の研究室を預かっていることから。
レンは文官へ顔を向けた。
「けど、急にどうしたんですか?」
「私はお呼びするように、としか承っておらず……ですが、イグナート家のお方がいらっしゃるのを見れば、どうやらタイミングが悪かったようですね」
どうしたものかと迷う文官を見て、レンがレザードと顔を見合わせる。
ラグナは昨日、多くのことを教えてくれた。
ユリシスからの招待も決して軽んじてはならないが、昨日、貴重な情報を教えてくれた人物の呼び声に応えないのも避けたい。
ここでエドガーが「もし」ときっかけをつくる。
「レン様が神秘庁に行く話は、主も殿下から聞いております。二日目もそうなるかも、と主はお考えのようでした」
言ってしまえばそのくらいのことは想定済みだ。
詳細は知らなくとも、レンがラディウスに頼んで人を紹介してもらうことなど含めて、ユリシスが無理やりな予定を汲むはずもなく、予定には余裕がある。
なので、
「主には私からお伝えいたしましょう。お相手の方が殿下がご紹介されたこともありますので、こうするのがよろしいかと思います」
「いいんですか?」
「お気になさらず。――――神秘庁のお方、この後のご予定はおわかりですか?」
「ラグナ室長は午後にもお約束がありますので、間違いなくその前までだと思われます。レン・アシュトン殿にはこちらで送りの馬車もご用意いたします」
「では、それから当家にいらしていただくのはいかがでしょう、レン様」
レンはエドガーの提案を受け入れた。
――――――――――
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