白い王冠で迎える最初の夜。
賑やかに、散策を楽しみながらさらに進む。
一行の目に、これまでと違う古い街道が姿を見せた。
大部分が水没した町に向けてまっすぐ伸びる、いまはもう使われていない街道だった。
これまで進んでいた道を外れ、古い街道を歩くことしばらく。
「あれかしら?」
「ええ。リシアもはじめて見るでしょ? もちろん私もだけどね」
背の低い丘陵を超えたところで、辺りの様子が一変。
数百年前の町が見えてきた。
――――旧市街。
魔王軍が帝都に迫った頃、同じく大きな被害を受けたエウペハイムの名残り。
旧市街は魔王軍が猛威を振るった当時、エウペハイムに誕生して間もない真新しい区画だった。
しかし、町の中心を離れたところから魔王軍の襲撃を受ける。
剣魔をはじめとした力ある魔物たちの攻撃が重なり、地形に対しても大きな変化をもたらした。
周囲の川と海が繋がり、該当する区画がすべて水に沈んだのである。
皆は古い街道を進み、それが途切れたところから水に沈んだ旧市街を見下ろす。
石造りの家々の多くは形を保っており、さながら水中にある遺跡のような光景を作り上げている。
色とりどりの魚たちが、沈んだ町を優雅に泳いでいた。
「ここから先は許可がないと行けないわね」
と、セーラが水面の少し手前で。
旧市街はその歴史的価値から、神秘庁も定期的に調査を行っている。
頻度は低いが騎士の見回りも行われていた。
警備のために専用の魔道具も置いてある。観光客や冒険者がこの辺りに足を運ぶことは問題ないが、これより先、旧市街に足を踏み入れるには領主の許可が要る。
ここに来たのは、途中で見ることができるからだ。
観光がてら寄っただけで、本命の行き先はここから先に進んだところにある。
「セーラちゃん、そろそろ行こっか」
「そうね。また帰りに見に来ましょう」
街道を外れて岩と木々が並ぶ方角へ進路を戻す。
改めてそんな、魔物が現れる道を進むうちに、新たな魔物が姿を見せた。
だが、今回現れた魔物はさっきまでと様子が違って――――
「リシアが参戦するなら、ちょうどいい魔物かしら」
セーラが勝気に、しかしさっきより身構えて。
現れたのは龍鱗に似た鱗に全身を覆われた大きな馬、Cランクに近いDランクの魔物。
雷系統の魔法を用いることから、より一層の警戒が求められる。
『――――!』
前触れもなくその魔法が放たれようとしていた。魔物の足元で電撃が迸る。
リシアはその様子を眺めながら、腰に携えていた白焉を抜いた。
軽く、埃でも払うように振る。臨戦態勢を取った他の面々の前で、彼女が一歩前に進み――――
『心配しないで』
もしもリシアが聖剣技を学んで、剣聖になっていたら。
そのときの彼女はきっと、神聖魔法と聖剣技の
「リシア!」
しかし、いまはすべてが違った。
セーラとヴェインの声を背に受けながら、リシアが振り向かず。
「心配しないで」
閃光が彼女の身体に届く前に、白焉をもう一度横に薙ぐ。
押し寄せていた電撃は光の粒に変わり、霧のように消えてしまう。
魔法が消えた――――いや、殺がれた。
『あら、こないだまた
秋、獅子聖庁の帰りにレンと話した言葉だ。
リシアはあのとき自分が口にした言葉を頭に浮かべ、確かな充足を得ていた。
剣豪級となった自分は、少しでもレンに近づけているだろうか? 等級だけならレンと同じ高みに立ったというのに、いまだ答えは「そんなはずがない」だ。
セーラは、そしてヴェインたちもまた呆気にとられた。
魔法を殺ぐことの意味を、剛剣使いがそれを成すことの意味を知っていた。
剛剣という流派の中でも剣豪。その他の流派において一段等級が上がる言われる剛剣でそうなのだから、たとえば聖剣使いの間では剣聖級?
どれも等価値かと言われると疑問はあるが、おおよそ正しい感覚だった。
言うなれば、リシアが格の違う強者ということ。
「セーラ、なにぼーっとしてるの」
「え、ええ……みんな、行くわよ!」
そのあとをリシアが譲り、最後は魔物の眉間をシャーロットが放った矢が貫いた。
重低音が辺りにどよめき、魔物が横たわる。リシアは驚く皆に微笑みかけ、白焉を鞘に納めて言う。
「意外と呆気なかったわね」
「……そう、ね」
驚きながらも先へ進めば、皆の目に映し出されるのは絶景だ。
エウペハイムを離れた先にある岬の影、入り組んだ道を進んでやっと目の当たりにできるのは隠された秘境。
【海岸線の洞窟。偉大なる遺産】
コバルトブルーの海と白い砂浜、穏やかな波の音。
近くにある洞窟の入り口が、七英雄の末裔たちを新たな冒険に誘おうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夏であればまだ日が出ていただろう夕方、冬に近づいたいまはもう空が真っ暗だった。宿への帰路に就くレンと町の外から帰ったリシアが、エウペハイムの町中で再会した。
「あっ――――レン!」
リシアはそれまでセーラたちに見せることのなかった、きらきら輝いて見えるほどの笑みを浮かべて彼に駆け寄った。
セーラが見守るような微笑で見ていた。
「レンも帰る途中?」
「はい。話が終わってからラディウスと喫茶店によって来たんです」
「ふふっ、じゃあ歩いて帰ろうとしてたところなのね」
用事の内容はリシアも聞いているから知っていた。
自分が関係するとあって、リシアは申し訳なさそうにしているようにも見える。
「なのでちょうどリシアと会えたところで………それでリシアは――――あれ?」
レンがセーラたちの姿に気が付いた。
すると、彼女たちもレンとリシアの傍にやってくる。
「珍しいわね、レンがリシアと別行動なんて」
「そうでもありませんよ。というか、学院にいるときは割とあるじゃないですか。だよね、ヴェイン?」
「ああ。でもここは学院じゃないし」
「……まぁ、今日は俺も用事があったんだよ」
次にカイトが高笑い。
彼が背負う大盾をレンがちらりと覗き見ていた。
「がーっはっはっはっ! だよな、アシュトンだって色々あるだろうよ!」
「そういうことです。ってかレオナール先輩たちは、そんな装備でどこに行ってきたんですか? それに皆さん制服ですし」
「俺たちは噂の岬に行ってきたんだ。知ってるか?」
「カイト、いくらレンでもそれだけの情報じゃ――――」
セーラの呆れたような声だったが、
「旧市街より遠くにある、綺麗な場所ですよね」
「ほらな? レンは物知りなんだよ」
「……はいはい。もう好きにして」
はぁ、と息を吐いたセーラにヴェインが笑いかけていた。
方やレンの傍では、
「君が噂の男の子ね」
シャーロットがはじめましての挨拶をしようとしていた。
二人は軽めに自己紹介をしてから、
「今日は聖女さんの時間を貰っちゃったの」
「リシアのってことはやっぱり、リシアも一緒に町の外へ行ってたんですね」
「ええそう。すごいのね、彼女。年下とは思えないくらい強かったわ」
言うまでもないことだと思うも、レンとしても悪い気はしない。
だろうな、そう頷いた彼が密かに喜んでいた。
これでレンが出会った七英雄の末裔は、全部で五人。残る二人は、レンの一歳年下とあってまだ会えていなかった。
ヴェインたちは会っているだろうが、言ってしまえばレンは派閥も違う他人だ。
「リシア、アルティアさんは一緒じゃなかったんですか?」
「ネムなら『もう眠い~っ!』って言って、すぐに宿に帰っちゃった」
ちょうど解散しかけたところでレンが現れただけだった。
リシアがレンの服の袖を摘まんで。
「このあと、少しだけ遊んでから帰らない?」
「もちろん大丈夫ですよ」
「じゃあ、ご飯もいい?」
「俺は平気ですけど、帰りが遅くなるとレザード様を心配させてしまうかも……」
「そ、そうよね……じゃあ別の機会に……」
「いえいえ。どうせなら一度帰ってから出直しましょう」
「ほんとに!? じゃ、じゃあ行きたい!」
友人の頑張りを微笑ましく思い、セーラが邪魔をしないようにと。
「私たちはシャロが泊まってる宿に行くから、またね」
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