その頃のリシアたち。
「ラグナさん、これは?」
「見ての通りサークレットだ。使われているミスリルは死んでいる、不思議な品でな。これは腐食したわけでも、色を塗ったわけでもないぞ」
「金属が死ぬ……?」
「ああ。ミスリルは魔力を孕む金属だが、その特性を失っている。だから死んだと表現している」
そうは言っても、レンはもとより鉱石の分野に明るいわけではない。
武器や防具の加工に使う素材として、一部ならそれらの性質や採掘地を熟知しているのだが、特殊な加工になると話が別だ。
「そういう加工法が存在するんですか?」
「しない。ミスリルは粉にしてもその性質を失わないのが一番の特徴だ」
「……では妙ですね」
「だろう? しかし、同じ状況に陥ったミスリルが見つかった。つい先日、同じく旧市街で数十年ぶりにな」
神秘庁が行う定期調査で、同じくミスリルを用いた高価なペンが見つかった。
よく見ればショーケースの中にそのペンが並べられている。ラグナたちが調べたところによると、サークレットと同じ状況に陥っていたのだ。
「俺はどんな方法でミスリルを殺したのか気になってしょうがない」
興味がないと言えば嘘になるが、レンはラグナほど興味を抱けなかった。
研究者にしてみればすごい現象なのだろうが、そうした専門知識に疎いレンにとっては理解することの方が難しい。
いまの話を深堀しようにも、基礎的な知識が欠けているからだ。
「鞄の旅人として活動されているのは、こうした発掘も兼ねてなんですか?」
「――――ほー」
ラグナが興味深くレンを見て、口元を緩めた。
「どこで知った。ラディウスが言ったのか?」
「私は何も言ってないぞ。ラグナの活動はラグナから説明させようとしていた」
「ではレン、どうしてわかった」
「あんなにわかりやすく大きい鞄が置いてあれば、ここに鞄の旅人がいると思って当然じゃないですか」
「ふむ。それで俺をどこで見た?」
「先日、帝都の路地で拝見しました」
ラグナは「ああ!」と手を叩いた。
どうやら見間違いではなかったらしい。
「あの日は少し時間があったから帝都に寄ったんだったな」
「待てラグナ! それなら、なぜ私に顔を見せなかった!?」
「どうせこの機会に会うとわかっていた。それともなんだ、恩師の俺とそんなに話がしたかったのか? 可愛いところがあるじゃないか、ラディウス。頭を撫でてやろうか?」
「…………」
閉口したラディウスは当然、撫でてほしいから黙っているのではない。
相手をしたくなくて、ため息交じりにそっぽを向いたのだ。
「ところでレン、鞄の旅人を知っているとは通だな。さては卒業後の進路に研究者を希望しているな? 素敵な旅人の噂にわくわくしてたんだろ? 俺にはわかる」
「いえ、それほどでもないです」
鞄の旅人について語る者が何人もいると言えば、ラグナは「ああ……」と頷く。
「しかしレンは、これを見てもあまりそそられていないようだな」
「すごいとは思ったんですが、むしろそのすごいという感想以外に何も思い付いてないと言いますか……ってか、ラディウスの力で調べれば何かわかるんじゃないですか?」
ラディウスが生まれ持った解析という力があれば、何か手掛かりが得られるかも。
我ながら名案だと思ったレンだが、彼以外の二人がそれを試さなかったはずもなく、
「実はこのサークレットは私も初見ではない。ペンが発掘されたのはいま聞いたのだが、すでにこちらのサークレットは調べている」
結果は不明。
それらしい答えや情報が思い浮かばなかった。
謎の力によりこうなったことしかわからず、いまもペンに解析の力を行使して見たところ、同じ感覚でしかない。
一つ確定していたのは、サークレットとペンが同じ力でこうなったことだけ。
「ラディウスの力でもこの結果になることはわかり切っていた。だが、古き時代の品はこういうことがあるから面白い」
この部屋の主が指を鳴らせばショーケースが戻っていく。
扉は物音ひとつ立てずに閉じられる。
レンとラディウスは死んだと表現されたミスリルを――――黒に
今度はラグナが手洗いに行くと言って席を外す。
「ラグナさんって、シェルガド人なのに神秘庁で働けるんだね」
「国籍の話か?」
機密だらけの施設で研究員として働くこと。
レオメルの民でなくてもそれが許されているのかが、レンは気になっていた。
「ラグナがシェルガド人というのは、あの男も言っていたが種族としてのみだ。両親は一般的な人で――――というと語弊があるな。ラグナの両親はシェルガド人ではないレオメル生まれ、レオメル育ちの研究者だぞ」
ラグナは先祖返り。
先祖にシェルガド人がいるらしく、混血ではなく純粋なシェルガド人としてこの世に生を受けていた。
そんな例があるのだな、とレンが理解に至る。
「なんなら、ラグナはシェルガド皇国を嫌っている」
「へぇー、どうして?」
「シェルガドは他国に軍事介入をすることが多い。いつだったか忘れたが、ラグナが発掘しようと思っていた遺跡が戦に巻き込まれて崩壊した。その際、シェルガド軍が率先して武力行使をしていたようだ」
「あ、ああ……ラグナさんらしい理由だね」
遺跡が崩れたと聞いたとき、ラグナはどのような反応を示したのだろう。怒り狂ったのか、唖然として気力を失ったのか、そのどちらもか。
レンが話題を変える。
「さっきのミスリル、ラディウスはどう思う?」
「何もわからん。完全に専門外だ」
「あれは? ちょうど話題に出た蝕み姫と関係してるとか」
「……蝕み姫はどこの国の話かもわからない昔話だぞ?」
「いや、それはそうなんだけどさ」
「気持ちはわかる。蝕み姫の力はなにものも蝕んだと言うからな」
「でしょ?」
「つまりレンの言うことが正しければ、先ほどの品々は、蝕み姫の持ち物だったということか」
笑うラディウスとレン。
このあと帰ったラグナにそれとなく『神子』という言葉について尋ねてみた。
しかし、ラグナの返事は簡潔に「聞いたことがない」の一言だった。
この日はラグナが忙しくなりそうだったから、一度解散。
レンはまた後日、エウペハイムにいる間にラグナと話す約束を取り付けたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
エウペハイムを出て徒歩で一時間、切り立った岩々が迷路のように並び、潮風にも動じない木々が生えた場所がある。
景色がよく、中級以上の冒険者たちが狩りがてら楽しむこともあった場所だ。
近くには街道もある。
周辺にはEランクの中でもDランクに近い魔物が存在している。
街道の近くに現れる、討伐が推奨される人に危害を加える魔物たちだ。
ある程度の実力がないと足を運べないということだが、ここにきた少年少女たちには関係なかった。
七大英爵家の面々に加え、ヴェイン。
そして誰よりも――――リシア・クラウゼルという少女がいればこそ、この辺りの魔物は敵じゃない。
しかし、リシアが実力を示す必要がないくらい戦いは順調。
「ヴェイン! いったわよ!」
流麗な剣技で敵をいなしながらセーラが言えば、
「ああ! このくらい――――ッ!」
呼応したヴェインがあっという間に魔物を横たわらせた。
新たに現れた魔物も、たいして変わらない。
「おりゃあああああああッ!」
まずはカイトが自慢の大盾で弾き飛ばすと、
「残念、私の弓からは逃げられないわよ」
シャーロットの弓から放たれた矢が、魔物の額を射抜いた。
いきなり木陰がから現れた魔物たちはこれにて一掃、苦戦などもっての外。
出番がなかった二人が話をする。
「ねーねー、リシアちゃん。ネムたちは何もすることなかったね」
「わかってたことよ」
特に気にした様子はない。ネムもただ退屈そうにしていただけだ。
一方、リシアはシャーロットが見せた技に声を出さず感嘆していた。
……それにしても、すごい弓。
シャーロット・ロフェリア。七大英爵家が一つロフェリア家の令嬢にして、弓の名手だった七英雄の末裔だ。
彼女は物心ついた頃から弓を手にしていた。
敵の弱点を正確に射貫く腕は見事なもので、ヴェインが勝てないカイトですら、間合いが開けば追い詰められる。
前衛に強力な三人と、後衛の彼女。平凡な魔物たちが相手では、遅れをとることなどあり得なかった。
一応、出番があればネムも戦える。
基本サポートに徹する彼女だが、決して弱いわけではなかった。
「ネムとしては、リシアちゃんが戦うとこも見たかったのになー」
「そうよリシアっ! 私たちに遠慮してたの?」
戦いを終えたセーラがネムにつづいた。
「そういうのじゃないってば。私の出番がないくらい四人が強かっただけよ」
足元の芝に潮風が舞い、リシアのスカートが少し揺れた。
ここではないどこかにて、似たような光景の場面では。
【次はクラウゼルさんも一緒にどうかな】
【まぁまぁ、
そんな選択が現れることもあったが、いまは関係ない。
「次は私と一緒に戦うわよ! いい?」
「……ええ。わかった。楽しみにしてるわね」
リシアの仕方なさそうな返事と、それを聞き喜んだセーラが小躍りする姿。
街道を進むパーティの面々の声が、青々とした空に響き渡った。
――――――――――
原作1,2巻が同時重版となりました!
引き続き応援してくださる皆様、本当にありがとうございます!
また今回の重版に関連したキャンペーンも実施中ですので、もしよければ電撃公式さんのTwitterなどでご確認ください!
並行してご用意させていただいている3巻についても、現在、改稿作業の方を進めさせていただいております! これからも楽しんでいただけるよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます