ラグナの話と、死んだミスリル。

「レンはそういう男だ。実直で気持ちのいい性格をしている」


「そうだろうさ。眩しいよ、よく遺跡に籠っている俺みたいな男には特にな」



 茶化すようなことを言うが、他でもないラディウスの紹介とあってそれだけでは終わらない。

 深いため息のあとで、レンが淹れた茶を二口飲んだラグナ。



「俺の専門は考古学と古代魔法学だ。神聖魔法も詳しいとは思うが、神聖魔法単体が持つ力はレンが言ったものくらいとしか言えない」


「じゃあ――――」


「ああ。聖なる力は目を見張るが、他に特徴はない。そんなものだ」



 価値がないというわけでも、非力というわけでもない。

 結論として、レンが言った以上の力は特にないということ。



 ……やっぱり、神聖魔法による影響じゃない。

 ……神聖魔法じゃなくて、白の聖女そのものについて考えた方がいいのかもしれない。

 ……でも、もう少し聞いておきたい。



 大きな窓からエウペハイムを見下ろしながら。

 いまの顔を誰にも見せることなく一人、結論を出した。



「話は変わるんですが」



 レンが振り向いて、



「俺、何度か魔王教と戦ってるんです」



「知ってる。ラディウスから何度も相談されていた。ついでに奴らの力を解析したいだのって、何度も手を貸している」



 これは都合がいいと思い、レンは多少脚色を交えて話をする。



「魔王教の刻印に影響を受けた者たちは、身体能力や魔法が強化されていました。人によっては自我を失う例もあった、、、、、、、、、、気がします。これについてはどうお考えですか?」


「魔王の力とやらがばらまかれてる、それが根源だろう。影響を受けた者は分け与えられた力の暴走に耐えきれずに死を迎える。途中で身体に生じる変化は個体差があるとだけ」


「では、自我を失う例があったことについては?」


「さぁ? 魔石の性質変化みたいなものだろ」


「……魔石の性質変化?」



 レンはラグナの話を一言一句聞き逃さないつもりで耳を傾ける。

 リシアの体内にも魔石があるからこそだった。



「魔物の場合、進化の際に魔石が大きな変化を迎える。元の魔物でなくなれば、自我に変化が生じることも少なくない。それまでの記憶がなくなるわけではないが、大なり小なり変化がある」


「ですが、魔王教徒の身体に魔石があるわけじゃありませんよ」


「そう、それが肝だ」



 ラグナがつづける。

 レンの問いに迷うことなく。



「俺はこう考えている。奴らの刻印は魔物にとっての魔石と同じで、力を秘めるために刻まれたものであるとな」


「待て、ラグナ! 私はそんな話を聞いていないぞ!」


「はじめて言ったからな。ついこの前、ロマンを追い求めてる途中で考えた仮説さ。どうせなら今日話せばいいと思っていただけだ」


「……ああ、それでか」



 小柄なシェルガド人が話を戻す。

 ラディウスも、予期せず興味深い仮説を聞いたレンも驚いていたが、まずは本題へと。



「魔王教の刻印が魔物の進化と違うのは、刻印を刻まれた者を強引に強化するべく身を蝕むことだ。自らの強さにより変化を受け入れるのではなく、外的要因によって訪れる変化を受け入れるということだな。もっとも、受け入れられるかどうかは当事者の力に影響するわけだが」



 無理やり、という言葉がレンに興味を抱かせた。

 まるでそれは、リシアに生じた現象のようにも思えて。



「それは、どうしようもないのでしょうか」


「質問の意図がわからない。どうしようもというのはどの段階の話だ? 強引に強化されることを拒む術なのか、身を蝕むことか?」


「根本的な話として、自我に影響が訪れるような現象を避ける術です」


「死んでしまえばいい。刻印は恐らく宿主の魔力を餌に生きている寄生虫のようなものだ。死ねば刻印は消えるぞ」



 解決方法の一つとして、刻印を消すことを念頭に置けば理解できる。

 しかし、レンが欲する答えではなかった。



「では、死なずに刻印の強制力から逃れる方法はどうでしょう」


「――――そんなことをしてどうなる?」



 心の底から不思議に思ったラグナの純粋な疑問だった。



「助けたい魔王教徒でもいるのか?」


「いえ、今後の参考に。俺とラディウスが魔王教徒を捕縛しても、息絶える者が何人もいますし」


「限界まで情報を搾り取るためか。可愛い顔してエグいことを言うじゃないか」



 愉しそうに笑うラグナに、レンは特に反論しようとしなかった。

 ラグナはこれまでと違い少し考えて、言葉を選ぶ。



「強制力という概念が引き起こす、自我にも影響をもたらす潜在的な力。言い換えればそれは、力の持ち主が自らの力を抑えきれていないからだ」


「ふむ、蝕み姫のような話か」



 ラディウスが言った。

 第三皇子に勉強を教えていた経験からか、あるいはロマン好きの性格からか。

 蝕み姫という昔話をラグナは知っていた。



「彼女は違う。彼女は力を制御していたから意思を保っていた」


「では、暴走した例と何が違うのだ?」


「蝕み姫は所詮、昔話。だからどうこうとここで答えを論ずるつもりはないが、俺の考えでは彼女は力を制御していた」


「ならば何故、周りを蝕んだと思う?」


「人は息を吸えば次に息を吐く。そうした、彼女にとって普通のことが周りに悪影響だったということだ。彼女はそこにいるだけで周りを蝕む、ただそれだけさ。むしろ彼女にとって、正常じゃないのは彼女以外の人間すべてだ」



 しかしラグナが言ったように不確定なことばかりで、答えは導き出せない。

 ただの一例として、彼のちょっとした見解としての言葉だった。



「話を戻すぞ」



 レンが問いかけた本題へと。

 その答えは、魔王教の刻印に限らずレンにとって重要なもの。



「効果的なのはその強制力に抗いつづけて自我を保つことだ。負けたら自我を失い力が好き勝手暴れまわる。単純だろう?」


「……ちなみに、耐えきったとして二度目がない保証はありますか?」


「負けないで抗いつづけたら、個人を成立させるすべての要素が順応し、成長する。恐らくこれが、レンの求める答えに近いんじゃないか?」


「近い……そうかもしれません。でも順応ですか?」


「例に挙がっているのは、身体が耐えきれない力が身体を支配する現象なのだから、耐えられるよう成長してしまえば問題ない。同じ力で二度目の暴走は引き起こされない。何せ、制御できているんだからな」



「ほ、本当ですか!? でも、耐えきれたと判断する方法ってあるんでしょうか!?」



 レンの声が上ずった。

 リシアは一度、謎の強制力に抗いレンの元へ戻った。

 あのときの現象を魔王教の刻印や魔物の進化と同列に扱っていいものか断言はできないが、間違いなく欲していた情報の一つでもある。



「管理しきれていなかった力を使えた場合、力の暴走に耐えたと言える。魔法的概念からも身体が力に順応したと判断できる」



 つまり、剣魔との戦いの後半でリシアが強力な神聖魔法を使ったこともそう。

 レンの脳裏に、過去の出来事が蘇る。



 ……抗う、っていうのはまた違うかもしれないけど。

 ……バルドル山脈に現れた二人は刻印を管理しきれてた。



 二人組の片割れ、粗暴な口調が特徴的だったカイという男がいた。

 あの男はフィオナが持つ黒の巫女の力により、魔王の力を増幅されたため 力を管理しきれず倒れていた。

 恐らくあれが、強制力に何らかの影響を与えるものと同じ概念。

 一頻り考えたレンがつづけて、



 ……そうだ。ローゼス・カイタスも同じだったんだ。



 ローゼス・カイタス、そして時の檻。

 リシアは時の女神の力に満ちたあの空間において、自分の意思とは別に力を暴走させたと表現するべきだろう。あれをバルドル山脈での騒動と同列に扱うなら、神性に満ちた力がリシアに何らかの変化をもたらした。

 そしてリシアは抗い、レンの呼び声に応えるように舞い戻った。

 だから彼女はいま、レンの傍にいる。



 これらの情報整理したレンが息を吐く。

 ひとまず安堵していいようだ。

 思い返せば剣魔との戦いも佳境に入った際、リシアが用いた神聖魔法はそれ以前と比べて練度が大きく増していた。最近は彼女が忌避感を抱き使っていないのだが、ラグナが言ったことに説得力が増す。



 不思議な力に抗い切れたリシアはいま、間違いなく身体も成長している。



「……よかった」



 安堵のため息が漏れだした。

 


「魔王教徒に限れば、何らかのかたちで魔王が復活でもすれば話は別だぞ。伝承に残された魔王の力で、魔王教徒たちは例外なく気が狂うかもしれないしな」


「あー……言われてみれば確かに……」


「だがラグナ、力ある魔王教徒らは魔王の力に抗うというか、自らの意思で動けたぞ?」


「さぁ、どうだか。魔王の力がとてつもなかったら次はそうならないかもしれないだろ。下手すりゃ意思を持たない死兵になる。前に聞いた幹部とやらも、教主とやらもな」


「結局は、その段階にならないとわからないってことなのだな」


「ああ。魔王の話にはロマンが満ち溢れているが、決定的に情報が欠けている」


「ふぅ……面倒な時代になったものだ」


「仕方ないさ。魔王の力はすさまじい。唯一、神剣に対抗できる剣を手にした存在だったんだ」



 ここでラグナが悪態をつくように。

 つまらなさそうにエルフェン教を一蹴する。



「エルフェン教の坊主たちがあの聖遺物を守れたら、もっと楽に収まったはずだが」


「うん? どの聖遺物のことだ?」


「前にどこだかの神殿から盗まれたもののことだ。……あれだあれ、『エルフェンの涙』だよ。レオメルには聖遺物が多い。神殿然り、各地の貴族の手元にあることも少なくない。魔王教が何を考えてレオメルばかり狙っているのかわからんが、これも関係しているだろう」



 なにものも浄化する特別な力を秘めた液体、それがエルフェンの涙。

 魔王教の教主自ら、エルフェン教の神殿を襲った際に盗まれた聖遺物だ。



「例の液体が持つという神性なら、魔王教徒を刻印ごと浄化しきれていたろう」


「だとしても、盗まれたものは仕方ない。しかし、前にも思ったが魔王教にとってあれはかなりの劇薬だろうに。やはり自衛のために盗んだのだろうか」


「まぁ、エルフェンの涙が本当に噂の力を持っているかわからんがな」


「どうしたラグナ、聖遺物にもケチをつけるようになったのか?」


「やかましい。これは研究者として、学術的観点からだ。エルフェンの涙は紛うことなき聖遺物、神の力に欠点はないらしいが、生物には欠点がある。浄化の力がどれほど作用するか疑問が残るだけだ」


「自覚していると思うが、その言葉は矛盾しているぞ。神の力に欠点がないのなら、作用に関しても人の欠点を凌駕するのではないか?」


「矛盾? そうとも、世界は矛盾がなければ成り立たない。だから俺はらしいと言ったんだ」



 ラグナは神をも恐れぬ大胆さを誇った。

 レンが驚き、ラディウスが苦笑しても止まらない。



「何故なら神自身が矛盾しているからだ。ならばシェルガド人も一つや二つ矛盾してこそ。俺が言うことは何も間違えていないぞ」



 ラグナが臆することなく皮肉を言う。

 決して主神エルフェンに文句があるわけではないが、彼は現実的だった。

 良くも悪くも、彼は現実的ではない話を好まなかった。



「神に欠点は存在しない、神は我らにそう思わせている。しかし本当に欠点が存在しない全能なら、主神はわざわざ勇者を生み出すか? 魔王が誕生する前に何かしていただろう?」


「人に与えた試練という、都合のいい言葉は嫌いなようだな」


「嫌いだよ。そこにあるのは作られた物語ロマンだ。一つも面白みがない。あるとしたら、性格の悪い神がニヤニヤしてるのだろうという結論だけさ。俺は観劇するのは好きだが、役者になる気はないからな」


「たとえば神が人を産み落としたとして、そんなことを言っていいのか?」


「俺が間違っているのなら、全能を誇る神が正してくれるかもしれないぞ」



 これだけに留まらず、彼は言う。

 


「ああいや、別に正せなくてもいい。正せなければ、神が全能じゃないということが証明できるな。俺の知識欲が一つ満たされる」



 エルフェン教徒に聞かせれば叩きのめされそうな言葉を、彼は最後まで言い切った。

 第三皇子はあまり気にせず、魔剣使いの少年も苦笑を浮かべて話を聞くのみ。



「レン、この男のことがわかってきただろ?」


「あはは……回答は差し控えさせてもらいたいなーって……」


「その答えはやめてくれ。それは議会で面倒な貴族がよくする言葉だ」



 ため息を吐いたラディウスの顔に浮かぶ、疲れた表情。

 彼が疲れているように見えるのは、実はここに来てからの話ではなかった。

 最近のラディウスは、レンも度々気が付いているように疲れている。



「話は変わるが、ラディウスは最近、随分と忙しいようだな」


「……それがどうかしたのか?」


「いいや、なにも。強いて言えば、歴史に大きな変化が訪、、、、、、、、、、れようとしている気配、、、、、、、、、、は感じているが、、、、、、、



 意味深な言葉にラディウスは返事をしなかった。

 次に彼が何か言葉を発するのは、



「そういうラグナこそ、最近はエウペハイムにいる時間が長いらしいじゃないか」


「ああ、興味深いものが発掘されたからな」


「ラグナにとっても興味深いものとは、随分といい物が見つかったらしい」


「それはもう。気になるなら見ていくか?」



 ラディウスが「是非」と言えば、ラグナが部屋の中を歩いた。

 彼がこの部屋にある一際大きな棚に手を当てると、棚の扉に光る紋様が浮かぶ。何やら、呪文らしきものも唱えていた。



 左右に開いた扉の奥から、扉が開かれると同時にガラスに覆われたショーケースが前に押し出されてくる。

 ショーケースの中には一つ、サークレットが置かれていた。



「こっちに」



 ラグナに呼ばれ、レンとラディウスがショーケースの前に立った。



「最近発掘されたものを説明する前にこれだ。これは数十年前、旧市街、、、で見つかったサークレットだ」



 曰く、素材はミスリル。

 黄金にも勝る耐食性を誇り、熟練の職人が加工することで高価な合金を凌駕する特別な金属。



 この世界に存在するほとんどのミスリルは、魔王城が聳え立つ魔大陸で採掘された代物である。

 しかし、このサークレットは様子が違っていた。

 全体が黒に侵食されていたのだ。



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