神秘庁。

 聞けばやはり、セーラたちは町の外に出るという。

 それでは自分が勝手に承諾するのもまずいと思って、リシアはセーラに「少し待ってて」と言って少しだけ席を外す。

 レザードの客室へ行って話をして、許可を得てから再びセーラの元へ。



「私も少しお邪魔していい?」


「やたっ! それじゃ下で待ってるから、準備したら来てねっ!」



 リシアが二人を見送って、もう一度父がいる客室へ向かう。



「お父様、先ほどの話なのですが」


「ああ、ヴァイスを護衛に付けるべきか迷ったが、七大英爵家の方々がいれば心配することもないだろう」


「わかりました。あの子たちも無理はしないはずですものね」


「そういうことだ。だがリシアも、レンがいないところで羽目を外し過ぎないようにな」


「お父様! まるでレンがいないと私が好き放題するみたいじゃないですか!」


「…………」



 レザードが黙りこくってしまう。

 彼は腰に手を当てると、



「私がそれだけレンを信頼しているということだ」



 何も明言せず、娘にはレンのことを告げるに留めた。

 とはいえリシアが言うように彼女が自由に振る舞いすぎることを懸念しているようなことはない。いまさっきの言葉は念のためで、見送る前の挨拶のようなものだった。



「あまり遅くならないうちに帰るように。いいかい?」


「ええ、わかってます」



 父との話を終え、自室に戻ったリシアが身支度を整え終えた頃には、セーラと別れてから十数分経っていた。

 宿の一階に向かえば、ロビーにセーラとヴェインの他に何人かの姿があった。

 カイトにネム……七大英爵家の者が勢ぞろいする中にも一人、を背負う少女が立っていた。



 ガーディナイト号の招待客以外の者たちは各々別の用事があったり、休日を共に過ごそうと話しをして、エウペハイムで顔を合わせていた。彼ら英爵家の者たちとヴェインの仲のよさが窺える。

 弓を背負う少女がリシアの前に歩を進めた。



「はじめまして、聖女さん」



 少女の濃艶な声と笑み。

 背丈はリシアよりやや低いが、それでも一般的には高めであるはず。

 彼女の身体つきは同性を嫉妬させるような凹凸に富んでおり、顔立ちと相まって婀娜っぽさに磨きがかかっていた。紫色の艶やかな髪。

 そのくせ彼女は、大人っぽすぎることなく可愛らしさを共存させている。

 リシアはその少女の美貌を前に、気後れすることなく、



「リシア・クラウゼルです。はじめまして」



 二人の美姫が並び立つと、それだけで迫力に似た何かが漂う。

 思いもよらぬ出会いを果たしたリシアは次に、



「まさかここで、ロフェリア様、、、、、とお会いできるなんて」



 少女の名を口にする。

 帝国士官学院二年次、特待クラスに在籍するシャーロット・ロフェリア。

 話したこともパーティで顔を合わせたこともなかったのだが、それでもリシアにはわかった。彼女は七大英爵家が一つ、ロフェリア家の令嬢であるからだ。



 さらにセーラがヴェインを巡り、たまに不機嫌にさせられていた先輩でもあったから話にも聞いていた。

 目の当たりにしてみた感想は、聞いていた通り綺麗で色っぽい先輩といったところ。シャーロットは歩くだけで異性を虜にしてしまいそうな少女だった。

 一言、セーラにとっても強敵だろうと思ってしまう。



「リシア、シャロのことは気にしないでいいわよ」


「シャロって、ロフェリア様のこと?」


「そ。シャロの相手を真面目にしてたら疲れるから、てきとーに流すくらいの方がちょうどいいわよ」



 七大英爵家の繋がりからか、セーラはシャーロットとも友誼がある。

 セーラにとって最近はヴェインを取られないかと気が気でない日々を過ごしていることもあるが、七大英爵家に生まれた者同士の関係は揺るがない。



「覚えておいて。シャロはウザ絡みについて他の追随を許さないからね」


「あはははっ! ネムもそう思う!」


「だなー……いつも絡まれてるヴェインを見てると、俺もそう思うぜ」



 七英雄の末裔たちが言うことを聞いていたリシアの前で、シャーロットが優雅に笑った。自信に満ち溢れた姿だ。



「心外ね。まるで私が綺麗だけどウザい先輩みたいじゃない」


「みたいじゃなくて、そう言ってるんだってば! あと、自分で綺麗とか言わないの!」



 セーラの返事をシャーロットがあしらう。



「あーはいはい。可愛い可愛い。セーラちゃんは今日も元気ですねー」


「あ、こらっ! いきなり人を撫でない!」


「いいじゃないのよ、可愛いんだから」


「ちがっ……そうじゃなくて! あーもう! シャロと話してると調子が狂うんだからっ!」



 リシアは七英雄の末裔たちが仲良く語り合う様子を見て、頬を緩ませた。

 自分が知らなかったところで友好関係を深めていたセーラには、こんなに仲がいい先輩がいたのかという驚きを抱く。



 派閥という大きな枠組みの違いをひしひしと感じていた。



「がーっ! もうおしまい! 放しなさい!」



 ウザ絡み。

 シャロにまとわりつかれていたセーラが彼女の腕を振り払う。

 乱れた呼吸を整えた彼女が、



「行くわよ!」



 ずい、と皆の前を歩く。

 彼女を追うように足を動かしはじめた皆に、リシアもつづいていた。

 目的地を尋ねようとしたリシアに応えるわけではないのだが、



「エウペハイムに来たんだから、あそこ、、、に行かなくちゃ!」



 これはレンが知る世界線において、聖女リシアがパーティに加わる数少ない機会。

 七英雄の伝説Ⅰも終盤、これまでにない場所でのちょっとしたお話の一場面。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 馬車に乗ったレンが向かうのは、エウペハイムにある官庁街だ。

 彼を待っていたラディウスとこの後のことを話す。



「このまま神秘庁、、、へ向かう」


「ん、りょーかい」



 神秘庁。

 レオメルに存在する公的機関の一つで、魔法に関わる国営の研究機関。

 古代の聖遺物をはじめ、神話などの非現実的な話も研究に用いられることが多い。獅子王に関わる歴史的な資料も、獅子聖庁と協力して取り扱うことがあった。

 そこにいま、ラディウスに勉強を教えた者が研究員として所属している。



「ところで、ガーディナイトの旅はどうだった?」


「楽しかったよ。いままでにない雰囲気を楽しめたし、はじめてのエウペハイムも明日からゆっくり過ごすつもり」


「それはよかった。今回は残念だが、いつか別の機会があればともに乗ってみよう」


「もちろん。楽しみにしてる」



 相手が第三皇子でも当たり前のように約束を交わす。

 これが二人にとっての日常だった。



「ってか、今日に間に合うならラディウスも一緒に来ればよかったのに」



 ラディウスの予定を軽視したつもりではなく、同行すればより楽しかったろうと思ったレンの本心だった。

 けれどラディウスは、この数日が特に忙しくてその余裕がなかったのだ。



「すまない。どうしても外せない用事があったのだ」



 なのでいつか、別の機会に。



 話をしているうちに十分、二十分と時間が経っていた。

 この間にも馬車は町中を進みつづけ、エウペハイムにある官庁街へ。

 さらに十分も進み、馬車が停まった。ラディウスが来訪するとあって、裏手の目立たないところで密かに。



「到着いたしました」



 馬車の外から騎士が声を掛けてくる。

 レンは外に出て巨大な神秘庁の建物を見上げた。



「おー……」



 とりあえず、感嘆してみせた。

 ここがあの有名な神秘庁か、と軽い気持ちで眺める。

 獅子聖庁に似て尖塔が多めで、象牙色の外観の塔のような建物。エレンディルが誇る巨大な複合駅、空中庭園よりもさらに高いことが特徴だ。



「すでに所定の手つづきを踏んである。安心して入ってくれ」



 裏口から入ってもわかる、とてつもないセキュリティが張り巡らされていた。

 何重にも重ねられた魔道具の防衛装置と、精鋭の騎士たち。床には黄銅色の石材を磨き上げた石畳が広がっている。

 同色の壁や天井、内部を照らすシャンデリアも目を引く。

 そこに、レンとラディウスの足音が響き渡っていた。



「――――の遺跡の調査報告だ」


「待て――――博士から連絡があって――――」


「――――帝国法院にはこう返事をしておけ。神秘庁の領分に手を出すな――――とな」



 周りには白衣に身を包んだ研究者が何人も歩いているし、高級そうなスーツに身を包んだ者たちもいた。



「よくわかんないけど、神秘庁と帝国法院って仲が悪いの?」


「とんでもなく悪い。神秘庁には研究と調査に対して様々な特権が与えられているのだが、法の解釈はいつの時代も面倒なものでな。度々、意見の相違で言い合いになっているぞ」


「あー……大変そう」



 小難しい話だから深堀はせず、そんなものかと思うだけ。

 大人たちが歩く中で、レンとラディウスは少し浮いている。

 中には怪訝そうな目で見てくる者もいたが、



「だ、第三皇子殿下!?」


「これはこれは――――っ」



 皆すぐに改めて足を止め、すぐに深々と頭を下げていた。

 ラディウスは軽く会釈をして応えながら、レンと肩を並べて長い廊下を進んでいく。



 レンが勝手知ったる様子のラディウスについて歩くこと数分、進んだ先にあったのは魔道具の昇降機だ。

 二人はそれに乗り込み、巨大な神秘庁の遥か上へ向かう。



 十階、二十階――――三十階を超え、昇降機は三十三階で止まった。

 折戸状の扉が開かれ、外に出れば長い長い廊下が一本だけ。この廊下の最奥に、一つだけ部屋が存在していた。

 


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