ガーディナイト号に乗って。[1]
レンは午後から自習の時間だったから、獅子王大祭の実行委員を務めた際に使った、図書館の奥にある小部屋へ向かった。
獅子王大祭のあとも度々利用するこの部屋に、今日はラディウスが一人でいた。
「レンか」
レンは小部屋に足を踏み入れ、定位置の席に座った。
先日、ユリシスが持ってきた招待状のことを口にする。ここで話せばちょうどいい、そう思い、
「――――ってことなんだけど」
ユリシスからガーディナイトの招待状を貰ったことを告げ、十一月に鉄道の旅に出ることを話した。
「その時期にラディウスが言ってた人を紹介してらもうのって、どう?」
ラディウスは「いいぞ」と首肯。
エウペハイムに滞在中、隙間のないスケジュールが組まれているわけではない。多くはレンやリシア、レザードもゆっくりするための……いわば休日をエウペハイムで過ごすような時間だった。
だからレンがしばらく席を外しても問題はない。
「先方にレンのことを伝えておく。当日は私も顔を出せるようにしよう。魔導船でエウペハイムに向かうから、そのつもりでいてくれ」
「うん? ラディウスは――――」
「私はユリシスの招待に断りを入れている。あまり皇族が参加するような場でもないからな。それに私は別の用事がある。ギリギリまでそちらに努めたい」
「そういうことか。手伝えることなら俺も手伝おうか?」
「いや、気にするな。こればかりはレンにも頼めん」
先日と変わらず、気疲れしていることがわかる声音だった。
どうやら魔王教などの面倒ごとではなさそう。
「一言で言えば、
含みのある言い方と、ようやくという気持ちが窺い知れる声音。
皇族が言う家庭の事情とやらを深堀りすることはできず、レンはいつも通り取り繕う。
「ラディウスのところほど、大変そうな家庭の事情はなさそうだね」
「ああ、我ながらそう思う」
◇ ◇ ◇ ◇
少しの日々が過ぎる。
帝都でもっとも大きな駅が、これまでにない賑わいにあった。
周りにいるのは、ユリシスに招待された者たち。派閥を問わず各地から招待された者たちだ。
噂のガーディナイト号の車体は、従来の魔導列車に比べて大きかった。これまでの車体と違い二階建てで、高さの他には幅も駅に収まる限界まで広い。流線型の体躯がこれまでの車両とは一味違うと主張しているかのよう。
式典では、皇族を代表してラディウスが祝いの言葉を添えた。
やがて、招待客がガーディナイトに乗り込んでいく。
「これを」
ラディウスから直接だと目立つから、近衛騎士の手から受け取る。
レンが受け取ったのは、高級そうな見た目の封筒だ。
「殿下からは、紹介状とだけ言付かっております」
察したレンは離れたところに立つラディウスを見た。
『ありがと』
『気にするな』
唇の動きだけで簡単に意思疎通すれば、ラディウスは護衛を連れて駅を後にした。
レンとリシアも他の招待客と同じように車両へ乗り込んだ。
ほどなく発車したガーディナイトはぐんぐん加速する。あっという間に都市を離れ、目的の終点、エウペハイムへ向かっていく。
車窓の外に広がる景色が、瞬く間に変わっていくのが見ていて面白い。
レザードとヴァイスもいるが、二人とは別行動。
日中がカフェ、夜はバーになるよう作られていた車両に足を運んだレンたち。
「すごい。こんなに早いのに全然揺れないなんて」
「さすが最新式ですね」
レンとリシアの会話のあとに、
「ふふっ、お楽しみいただけているようでよかったです」
優美に微笑んだフィオナがつづいた。
三人がここにいるのは、フィオナが誘っていたからだ。
この車両の壁は巨大な一枚のガラスが車窓になっていて、外に広がる景色を一望することができた。
ここでゆっくりとした時間を楽しんでいると、
「リシア、ここにいたのね」
車両の扉が開き、セーラが姿を見せた。彼女もこのガーディナイトに招待された者だった。
彼女は制服姿だ。というか、レンたち三人も制服姿だった。
今日は式典の前に学院で補習があったから、そのまま制服で乗車していた。他にも同じような令息や令嬢の姿があったことを、レンは覚えている。
……どうしよっかな。
セーラの来訪に不満があると言うわけではなく、自分以外は皆女性という事実。
ここで彼女たちと話しているのもいいが、
「リオハルドさん、ヴェインも来てますよね?」
「ええ。私の護衛として同行してくれてるわ。さっきカイトと展望車に行ったみたい」
ここも展望車と言っていいくらいなのだが、セーラが言った展望車は更に見晴らしがよく、天井もガラスに覆われている。
景色を楽しみ意味でも、悪くなさそうだ。
「じゃあ、俺もちょっと展望車を見てきます」
連絡通路に出ると、ここも招待客で賑わっている。
帝国士官学院の制服に身を包んだ少年少女も、他の学院の制服と思しきそれに身を包んだ者も合計数えるくらいだが見受けられた。皆が今回の事業に携わった親を持つ子供たちだ。
「行くか」
レンは招待客たちの横を抜け、連絡通路を進む。
後方部にある展望車の扉を開けてみれば、ここはレンがさっきまでいた車両より人で賑わっていた。
しかし、ヴェインとカイトのことはすぐに見つけられた。
「んお?」
窓際の席にいたカイトがレンに気が付き、大きく手を振り呼び寄せる。
「アシュトン! こっちだぜ!」
結構目立つ呼ばれ方だったが、レンは気にせず二人が座る席へ。
当たり前だが、二人も制服に身を包んでいた。
レンはヴェインの隣、カイトの対面に座る。その席のテーブルにはチェスに似たボードゲームの盤が置かれてあって、ヴェインとカイトが競い合っていた。
「レンもやるか?」
「いや、俺は見てるからいいよ」
と言いつつも、レンは懐に手を入れた。
文庫本程度の小さな一冊を取り出す。
「まーた珍しい本を持ってるな、アシュトンは」
これはレンが数日前、帝都の本屋で買った本だ。
学院の帰りにリシアと寄り、何の気なしに手にしていた。
「面白いですよ、これ。レオナール先輩も読んでみます?」
「俺が進んで本を読むと思うか?」
「……返答に困るので勘弁してください」
「はははっ! わりぃわりぃ」
すると、隣に座るヴェインがレンの手元にある本を見た。
「『リトルボアでもわかる! 魔導船の基礎』……?」
「そ。名前の通り魔導船についていろいろと書いてある本かな」
先日、レムリアの修理のために働いたからかこういう本も読んでみたくなった。ただそれだけで、深い意味も他意もない。
レンが魔導船についてまったくの門外漢でも、読んでみれば意外と面白い本だ。
「へー……レンってそういう本も読むのか」
「たまにはね。というわけで俺は、二人の勝負を見つつ本を読もうかなって」
ヴェインもカイトもレンが本を読んでいようが気にせず、気が知れた友人同士のように同じ空間で過ごした。
レンがページをめくりはじめて十数分。
ボードゲームを楽しむ二人の声。
「よっしゃ! もう一回だヴェイン!」
「いいですよ。次も負けませんから」
レンは盤上で繰り広げられる勝負を時折、ちらちら見ながらページをめくった。
本に集中しはじめると、傍にいる二人の声も遠ざかっていったような気がした。
「あっ――――お、おい! それは――――」
「勝負ですから――――正々堂――――」
「く――――ま、負けね――――」
白熱した勝負が繰り広げられている横で、じっと静かに。
いつの間にか、テーブルに茶が運ばれていた。この車両の者の気配りだろう。
レンはティーカップを口元に運び、下ろす仕草を何度も繰り返した。一杯飲み終わる頃には、ヴェインたちの勝負が三度目に突入していた。
「そういや」
カイトの特段感情を込めたわけではない普段通りの声。
彼は本に集中していたレンの興味を引く。
「エルフェン教の教皇の命令で、あちらさん自慢の
「なんですかそれ、まさかエルフェン教側から仕掛けてるってわけじゃないですよね?」
「そのまさかなんだぜ、アシュトン」
「……え? 本気ですか?」
主神エルフェンを信仰する者たち。
彼らの上層部が動いている事実にレンは驚愕した。
「どこだかの神殿も前に襲われたって話だろ。確か、エレンディルの大時計台が襲われる前じゃなかったか。噂だと秘宝が奪われたとかなんとかってことだったから、エルフェン教としてもこれ以上は見過ごせないんだろうよ」
カイトが言っているのは、以前、エルフェン教の神殿に保管されていた秘宝、エルフェンの涙のことだ。
「エルフェン教は魔王教の動きをわかってるんですかね」
「かもな。世界中に支部があるし、何かわかってるのかもしれないぜ」
「へぇー……道理で」
こういうとき、エルフェン教のような団体は強いだろうなと思った。
レンがティーカップの中身を飲み干すと、サービス係がそれに気が付き、すぐさまお代わりを淹れていった。
――――――――――
2巻発売に合わせての駅広告ですが、26日いっぱいとなっております。
ご興味がある方は是非、この機会にご覧くださいませ。
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