レオナール家の嫡子は勉強が苦手。
「あの戦技って、名無しのままだと呼びづらくない?」
レンが「大いに呼びづらいです」と呼応し、今更ながらあの戦技、例の戦技と呼ぶことへのわかりづらさを実感。
名前の重要性を再認識させられた。
「それなら、せっかくレンが作った戦技なんだし呼び方――――名前を付けてみたら?」
理に適った、当たり前の提案なのだが……
レンは少しの間考えてから、
「名づけのセンスが皆無なので、リシアが考えてくれたら嬉しいです」
「わ、私? あの……私もセンスがあるわけじゃないんだけど……」
だが、リシアは考えてくれた。
自分でセンスがないと言い切ったから、ただ軽口を交わすようなつもりで、本気ではなく軽い気持ちで言う。
「ほ、炎で赤かったから――――
照れくさそうに笑いながらである。
あまりにも安直であることが自分でもわかっていたからだ。
「…………」
「ね、ねぇ! 黙らないでよ! 私だって本気で言ってるわけじゃないんだってば! ちょっと冗談を挟んだだけで……っ!」
「いえ、それでいきましょう」
「え?」
「ですから、炎の魔剣で使える戦技の名前を赤剣にします」
わかりやすく、響きも嫌いじゃなった。
レンはあっさりと炎の魔剣で使える戦技の名を赤剣と定め、今後そう呼ぶことに決めた。
戦技の名前なんてあってもなくてもよかったのだが、あればあるで、レンが考えるときも楽だった。
「早くない!? もうちょっと考えてよ!」
「そう言われましても、別に文句はありませんし。いいんですよきっと。長い時間考えたからって、もっといい名前が浮かぶわけじゃありませんし」
あまり大きく構えずのんびりと。
調子を崩さず保ちつづける彼を見て、リシアは「ならいいんだけど」と嘆息し、笑う。
彼女は思い出したように疲れを感じ、
「ん~……帰ってきたら急に疲れちゃったぁ……」
歩きながら背を伸ばすリシアがそう言って、レンを見る。
「ねねっ、帰ったらすぐお風呂に入って、寝る前に宿題を終わらせない?」
「あっ……確かにそんなものがありましたね」
すっかり忘れていたが、宿題と言ってもそれほどのものではない。
しかし、気疲れしていたせいかいつもより情けない声を漏らしたレンに、
「頑張らなくちゃ。ね?」
◇ ◇ ◇ ◇
ある日、まだ朝の早い時間にユリシス・イグナートがエレンディルへやってきた。
彼を迎えたクラウゼル家の面々と、レンに手渡されたのは招待状である。
クラウゼル邸の執務室にて、
「ガーディナイトの招待状です。一般への開通に先立ち、関係者向けのセレモニーをする予定でして」
「噂には聞いておりましたが、そこに我々を?」
レザードの問いにユリシスがにこりと頷く。
「クラウゼル子爵にもいろいろとご協力いただきました。ガーディナイトが停まる最初の駅、空中庭園がそびえ立つエレンディル領主を招待しないはずがありませんよ。是非ともクラウゼル家のお二人、そしてレン・アシュトンの三名を招待したいのです」
断る理由は一つもない。
レザードはレンと顔を見合わせすぐに「是非」と頷いた。
「ああよかった! 是非とも当日を楽しみにお待ちください!」
喜ぶユリシスと目が合ったレンが、
「いろいろな方が招待されてるんですか?」
「そうだよ。派閥を問わず貴族たちを、他にも関係者や地主をはじめとした方々をね。エウペハイムまで丸二日の旅を楽しんでもらえるよう、今回は私もかなり力を入れているわけさ」
優雅な鉄道の旅は十一月に予定されている。
一般に公開される一週間前に、関係者のみを集めて行われるのだ。
ユリシスは鉄道の旅が終わったら、そのままエウペハイムでしばらく過ごしてくれたらうれしいと言った。
今日まで話が届かなかったのは、鉄道の最終的な点検その他で時間を要していたことに加え、権利関係で些末事が重なったからだという。
本来であれば、もう一か月は早く連絡したかったとユリシスは詫びた。
事業の規模が大きいから、話を聞いた者たちにとっても理解できる。
ユリシスには気にしないでほしいと告げた。
それから、レザードが招待状に記載されている日程を見る。
「よく見れば、ご招待いただいたのは十一月の長い連休中のようで」
「ええ、それはもう」
ユリシスが楽しそうに告げる。
「その方が私たちの子も、レン・アシュトンも気兼ねなく羽根を伸ばせるでしょうからね!」
ユリシス曰く、鉄道以外にも見てほしいものがいくつかある。
エウペハイムで色々と大きな事業に勤しんでいたそうで、是非ともレンたちにも楽しんでほしいとのことだ。
そして――――同日に。
「ってことでよー……うちの親がすげえ怒っちまった。俺はこんなでもレオナール家の跡取りだし、もう少し頑張らねーと……」
カイト・レオナール。
英爵家の一つに生まれたその少年が、一歳年下のレンを前に先日の試験について話していた。
カイトは力ない表情を浮かべている。
「でもレオナール先輩、剣とか身体を動かす科目は満点だったんですよね?」
「おう! 俺の取り柄だしな!」
「だったら机でする勉強も大丈夫ですよ。身体を動かす訓練と同じで、反復してれば自然と身に付きます」
「それができりゃ苦労しないんだ……」
「ちなみに、何が大変なんですか?」
「ずっと机に向かってると、全身が痒くなってくるのが辛い」
「……おー」
向き不向きや、性格的な問題もあるだろう。
カイトは真面目だから、頑張れるだろうともレンは思った。
「話は変わるが、アシュトンはガーディナイトのお披露目に招待されたのか?」
「はい。クラウゼル家と一緒にご招待いただきました」
「だと思ったぜ。アシュトンはイグナート家と仲がいいみたいだしな」
レンは声に出して答えようとせず、乾いた笑みで茶を濁した。
「招待されたのって、レオナール家もですよね?」
「ああ。一応、うちも関係してる事業だったしな」
再び欠伸をしたカイトが眠そうな声で言う。
「勉強もそうだけど、最近はエルフェン教からも連絡つづきで、あんま寝られてなくてな~」
「エルフェン教からって、七大英爵家の繋がりとかですか?」
「おっ、理解が早いな。前にローゼス・カイタスの封印が解けただろ。そんで俺の世代とアシュトンの世代、それともう一つ下の世代に七大英爵家のもんが揃ってるのもあってな」
レンが「ああ」と訳知り顔で頷く。
つづく話に、おおよその予想が付いたのだ。
「夏の騒動は姿を見せた魔王教に対して、主神エルフェンがもたらした奇跡だって感じですか」
「そーゆーこった。だからってんで、どこかで勇者ルインの血脈も現れてるんじゃねーかーとか色々とな。んなこと、俺たちに言われてもよくわかんねーけど」
「まぁ……どこかにいるんじゃないですかね、勇者ルインの末裔も」
不意にカイトがレンに身体を寄せた。
声を潜ませ、他の誰にも聞かれないよう気を遣う。
「俺としては、セーラが昔見たっていうヴェインの力が怪しいと思ってる」
「ヴェインが勇者ルインの末裔かもしれないって考えてるんですね」
「がははっ! そういうことなんだが――――おん? アシュトン、笑わないのか?」
「ええー……逆にどうして笑うんですか」
「そりゃー、俺自身わかってるからな。馬鹿みたいに突拍子もないことを言ってるだろ? いまの俺」
ヴェインを勇者ルインの末裔を言うには情報が少なすぎる。
ただでさえ、魔王の呪いを受けて祖先に恵まれなかったと言われている家系なのだ。
それをただの田舎で、セーラが偶然出会った少年だったと言うのは突然すぎる。
カイトの直感が入るとはいえ、彼自身すべて理解したうえでの言葉だった。
「馬鹿なって笑うようなことでも、一蹴することでもないですよ。リオハルドさんもご自分の目で見たって言ってましたしね」
「……おお!」
カイトは否定されなかったからか上機嫌に頬を緩める。
よく見れば目元に眠気の名残りが窺えるが、声を弾ませていた。
「お前はやっぱりいいやつだな、アシュトン! がっはっはっはっ!」
――――――――――
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