戦技の種類と使い勝手。
該当する海域に注がれる陽光が天空大陸の影響で極端に減り、氷河はさらに分厚く、広くなる。
氷河渡りはその際に生じる。
「すると面白いことに、二つの大陸で、一部の魔物たちが旺盛に動きはじめる」
「どうしてですか!」
「あら、たかが氷河がなぜそれほどの影響を……?」
「多くの魔物が氷河の道を渡り、二つの大陸を行き交うからだ! 進化のために餌を求める魔物の多くが、本能に従ってか……あるいは馬鹿なのかわざわざな!」
しかしそうした魔物が完全なる捕食者になれるかというと、そうでもない。
氷河を渡る魔物は強力だが、それらの個体を逆に餌にしてしまおうと考える魔物も数多く存在した。
「レッサーグリフォンも影響されたのだろうさ! 他の魔物たちがにわかに活気立ちはじめたのを知り、闘争心を煽られたのかもしれん!」
それが氷河渡り。十数年に一度の自然現象。
レオメルにとっては隣国を挟むため、直接的に氷河渡りへの対処を検討することは滅多にない。この大国は自国の利益を第一に、ときとして援軍を要請されれば検討するくらいだ。
戦いはつづき、レッサーグリフォンはレンとリシアの二人に一切の傷をつけること敵わず斃れていく。
逃げずに獲物を狙う凶暴な性格から、国が討伐対象にしている理由がよくわかる。食欲とあくなき凶暴性が、どこまでもレッサーグリフォンたちを残虐に駆り立てるのだ。
個体数がかなり減るも、状況は変わらない。
様子を窺っていたヴェルリッヒが空を見上げた。
「んお?」
そのヴェルリッヒを襲おうと、一匹の大きなレッサーグリフォンが羽ばたいた。
群れの長、一番の実力を持つ一際大きな個体だ。狙われたヴェルリッヒが声を漏らすや否や、長に倣い他のレッサーグリフォンもつづこうとしていた。
それでも、ヴェルリッヒは動じない。
「姐御、頼んだぜ」
「うむ。よく見ればあれは手配されていた魔物ではないか。都合がいい」
エステルが長い外套を靡かせながら歩いた。
ヴェルリッヒを横切り、背負っていた漆黒の大剣を抜く。銘を『黒威』、ヴェルリッヒが打った名剣である。
彼女が手にした黒威が青紫に光る波動を纏っていた。
ときどき、紫電が迸るような鋭い音が剣から鳴る。
波動は時間が経つにつれてより色濃く、剣の周囲の景色を歪ませていた。
剣聖級が扱える特別な
「――――果てろ」
波動を纏う剣を、エステルが横に薙ぐ。
ただの剣戟がすべて必殺の一撃と化す、剛剣技の剣聖たちが用いる理不尽の最たるもの。
空を飛ぶレッサーグリフォンは押し寄せる漆黒の剣圧に全身を襲われた。そこに暴力的な圧はなくて、レッサーグリフォンの身体を通り抜けるように空を泳ぐ。
けれど、剣圧――――波動を浴びた個体から様子が変貌。
一匹の例外も許されず、空を飛ぶ勢いがまたたくまに弱まりはじめ、生気を失い、瞳から光を失い墜落していく。
「他愛もない。所詮は鳥か」
冷酷な一言が、息を吐くように。
いまの戦技は使用者が違えば、波動の色と攻撃力に加え、性質そのものが変わる戦技だった。
ある者が使えば敵を傷つける度に使用者の膂力を増し、またある者が使えば、継続して相手に損傷を与えることもある。
魔法を使えなくすることもあり、剣がオーラを帯びた姿がまるで形態が変わった纏いのよう。
剛剣技を用いる剣聖級が扱うそれは、性質のほとんどに個人差がある特殊なもの。
性質の強弱もそれぞれだが、エステルは剣聖の中でも特に異質。
――――『死食い』
その二つ名を持つエステルが放つ戦技の本質は、本人以外には誰も知らなかった。獅子聖庁長官の強みは、たとえ皇族であっても知らされていない。
レンとリシアは力なく墜落していくレッサーグリフォンたち眺め、息を呑んだ。
しかし、ヴェルリッヒは違っていた。
「あのよ姐御、言いにくいんだが……」
彼は言いだしにくそうに髭をさすりながら、
「どうしたヴェルリッヒ、私の力に惚れ惚れしたか」
「俺様はそこで驚いてる二人と違って何度も見てるしな。そりゃ驚きよりは、惚れ惚れするって感じだけどよ」
「うむうむ、正直でよろし……む、それにしてはどうして苦笑いを浮かべている。言いたいことがあるのなら、遠慮するんじゃない。水臭いぞ」
「……じゃあ言うがよ」
ここに目的の一つを忘れていたのか、それともレンとリシアに力を見せつけ刺激を与えたかったからなのか。
ヴェルリッヒは頬を掻き、やはり言いづらそうにしながら、
「その――――墜落させちまうと、素材がな」
獅子聖庁長官……剣聖の答えは、
「…………あ、」
たっぷり時間をかけた返事から、エステルはただ忘れていたことがわかった。
いまの情けない表情は、とてつもない戦技を披露した者には到底見えない。
◇ ◇ ◇ ◇
エレンディルに帰ると随分、夜が更けていた。
「んじゃ、俺様ももう帰るぜ」
魔導船を降り、魔導列車に乗り換える前にヴェルリッヒが言う。
頬には一切の疲れが見えない。
「これでよーやく必要な素材が溜まってきたな。あと
いざとなれば別の素材で代用することも考えながら、ヴェルリッヒが帝都へ帰っていく。
レンとリシアは屋敷への帰路の途中、エステルが見せた戦技を思い返して話に花を咲かせていた。エステルはまったく実力を見せず、あっさりと剣を振ったようにしか見えなかった。
それなのに彼女は強かった。強すぎた。
「でも、エステル様ったら」
くすくす笑いながらリシアが空を見上げる。
「お一人で素材を取りに戻るなんて、すごいお方だわ」
「本当ですよ。帰りは何時になるやら」
「ふふっ、絶対に明日の朝とかよ」
森に墜落していったレッサーグリフォンの素材をとるために、エステルは一人であの地にとんぼ返りした。
わざわざそうした理由は単純で、他の魔物に斃れたレッサーグリフォンが食われてしまわないように。骨すら残さず食べてしまう魔物は多くいるから、彼女はもう一度あの山へ向かった。
『俺も手伝いますよ』
『駄目だ。二人の保護者に申し訳が立たない。帰宅が遅くなることは許さんぞ』
『そうだぞ、レン。もとはと言えば姐御が張り切って戦いすぎたせいだしな』
『ぐっ……本当のことだから反論しづらいのだが……仕方ないだろう! 頑張る若者に年長者として示したかったのだ! たまにはカッコつけさせろ!』
『がははっ! わかってるぜ、姐御!』
魔導船レムリアの修理に使う素材とあって、レンとリシアの二人も残ろうとした。
しかしそうなると帰宅できる時間が日を跨いでしまう。それはエステルの本意ではなかった。
なのでエステルはレンたちをエレンディルに連れ帰ってから、もう一度魔導船で先ほどの地へ向かってしまった。
わざわざエステルもエレンディルに戻る必要がったのかどうか。
こればかりは、彼女が引率した保護者としての責務を果たしたかったが故に。
『どうせ明日も非番だ。狩りは気分転換になるから気にするな』
エステルにとってはいい休日になる。
ならば、とレンとリシアも素直に厚意に甘えていた。
「ねねっ、私たちはどんな色になるかしら」
「エステル様が用いた剣聖級の戦技を、俺たちが使えるようになったらって話ですよね?」
「そう! やっぱり私は白くなる気がするの!」
「かもしれませんね。俺の場合――――」
何となくアスヴァルの炎が脳裏に浮かび、度々、かの龍の翁から受け継いだ力で窮地をしのいだ経験を想起する。
では深紅、あるいは黄金の炎に似た色の波動だろうか。
何一つ保証はないのだが、
「赤とかでしょうか」
彼がそう言えば、リシアは「あっ」と思い出す。
「赤だと、剣魔が剣に纏っていた力と似てるわね」
「……やっぱり、赤以外の方が気持ち的によさそうです」
「あら、レンったら」
あの戦技で生じる波動の色は使用者の人となりや魔力の性質など、個人を示すような色として顕現される――――とエステルが言っていた。
レンの気持ちで別の色になれとは言えないし、思っても変えられない。
いまは、剣聖になれたときの楽しみにしておくことに決めた。
「剣魔と戦ってたときにレンが使ったのも、戦技なの?」
「ええと、どれのことです?」
「炎の魔剣……だったかしら? あの魔剣で使ってた炎のことよ。星殺ぎみたいな力のある炎を使ってたでしょ?」
今日まで改まって共有することがなかったと思いだし、レンがあれは――――と、自分で編み出した戦技に触れる。
炎の魔剣が放つ炎が、戦技・星殺ぎに似た力も示したものについて。
「俺は戦技として扱ってますよ。前にエドガーさんが見せてくださった戦技を思い出してたら、なんか似た感じの炎を出せるようになってたんですよね、あれ」
「……
多分無理だ、レンはその言葉を飲み込んで苦笑い。
炎の魔剣の力と、諸々の相性がよかったから編み出せた戦技だろうから。
「ただ、あの名無しの戦技が使える代わりに、星殺ぎとかは使いにくいんですよね」
「炎の魔剣に限ればってこと?」
「そんな感じです」
剛剣使いとして戦技を使えないわけではないが、炎の魔剣は我がままだった。
アスヴァルの魔石から得られた魔剣だからなのか、いつも炎に頼らせようとしてくる。
いま思い返してみれば、ミスリルの魔剣が鉄の魔剣だった頃から、戦技の効力に幾分か差があった。ついでに消費される魔力も余分な気がした。
「じゃあじゃあ、ミスリルの魔剣とかの方が星殺ぎは使いやすいのね」
「ですねー……まぁ、使い分けができていいのかもしれません」
「魔剣ごとに使う戦技が違うから?」
「そうなりますね」
炎の魔剣はあの名もなき戦技で、ミスリルの魔剣はそれ以外の戦技。
もしかすると今後、大樹の魔剣などでも新たな戦技を編み出すことはあるかもしれないから、魔剣ごとに戦技を使い分ける前提にした方がいいのかも。
リシアがレンを見て、「あのね」とつづける。
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