4章のエピローグ【中】

 急な誘いではあるが、何か話があるのだろうと思ったレンが、



「大丈夫だよ。どこで話す?」


「実行委員で使っていた部屋はどうだ?」


「ん、りょーかい」



 話を聞いていたリシアがふと、フィオナを見かけた。

 フィオナもリシアの姿に気が付いて近づいてくると、ここにラディウスがいたことで頷く。彼女はリシアと目と目で会話をしてから声に出す。

 


「リシア様、よければ一緒にお茶でもどうですか? 食堂の新しいケーキがすごく美味しいそうですよ」


「是非。私も気になっていたんです」



 二人はそう口にして、レンとラディウスの傍を離れた。

 気を遣い、後で話を聞ければと思ってのことだろう。彼女たちはこの場を離れる前にレンを見て、唇の動きだけで「また後で」と柔らかな笑みを浮かべていた。



 レンはいまの気遣いに感謝してラディウスを見る。

 共に実行委員で使っていた部屋へ向かった。

 数分も歩けばたどり着き、数週間ぶりに足を踏み入れる。中は以前と変わらず、実行委員で使っていた書類もテーブルに残されていた。



「先のローゼス・カイタスでの真相を知る者は僅かだ」



 やはり、ラディウスは先日の件について話すつもりだったようだ。

 ローゼス・カイタスでの件は事が事なため、情報を共有する相手はかなり限られる。

 中でも時の檻にレンとリシアが巻き込まれたことや、剣魔との戦いは特にそう。



「時の檻だが、現状はその役目を終えたから封印が解けたと思われている。急に山の大部分が崩れたのは、時間が動き出したからだろう、とな」


「それって――――」


「時の檻は魔王軍の凄まじい力を抑えつけていた。それは明らかだ。剣魔のような存在がいたことも想定されているから、二人が剣魔と戦って倒したことは明かさずに済む。国防の面からも気にするようなことにはならん。こちらも既に動いている」



 たとえば皇帝やエステルも、そうした事実を耳にしている。あくまでも、レンとリシアが巻き込まれたことを知る者が限られるという話だった。

 


「レオメルの騎士も動員して調査が進んでいる。やはり結論は、時の檻が昔からの役目を終えたから消えたというものだ。昔からの話通り、ということになるだろう」


「じゃあ、レオメルとエルフェン教の間で緊張もない?」


「幸いなことにな。正直、私個人としてはいくらでも文句を付けたいところなのだが――――」


「……しない方が俺たちのためかな」


「ああ。二人に妙な調査が入る可能性を危惧すると、触れない方がいいとしか思えん」



 時の檻はあくまでも役目を終えて消えた。山の崩壊は時間が動き出したからである。これで話が終わるのなら、レンとリシアにとっては都合がいい。ラディウスが言ったように思うことがないわけではなかったが、それはそれ。

 他にもっと重要なことがあるから、口を噤んだ方がよかった。



「それもあって、ここ数日は大変だった」


「ん、調査が?」


「いや、ユリシスを押さえることでな」



 レンたちが巻き込まれたことに強い憤りを覚えているらしく、ラディウスは心配で様子を見ていたそうだ。ただユリシスも黙っていた方がいいことはわかっているから、恐らく大した行動は起こさなかっただろうが……。



「他にも調べたことがあってな。単刀直入に言うと、エルフェン教がローゼス・カイタスの中に何かを隠していた様子はない。たとえば、剣魔を意図的に隠していたこともということだ」


「俺とリシアが嵌められた可能性はなさそうってことか」


「そうなる」



 あくまでも剣魔の存在は示唆せずに。

 レオメル側からエルフェン教に多くを尋ね、不審な点がないか……答えが真実かどうか見定めた。仮に隠していたらレオメルと事を構えることになるから、そもそも可能性は低かったのだが。

 他にも多くの探りを入れたラディウスの結論が、いまの言葉だったのだ。



「ローゼス・カイタス周辺の警備にあたっていた騎士にも確認を取った。あの日、何らかの魔法を用いて来客を惑わした様子はなかったらしい。あの状況で二人だけを狙った魔法を行使することは難しかったということだ」



 エルフェン教が何らかの目的で二人を狙った可能性は限りなく低い。二人が時の檻に巻き込まれた理由は別のところにある。それがわからないことが問題となっているのだが、



「レン、巻き込まれた理由に心当たりはないか?」



 レンはあれから、二つの可能性を考えていた。

 巻き込まれたことを探るための手がかりがゼロというわけではなかった。



(――――まだわからないけど)



 一つ目の可能性は、時の檻が剣魔を浄化しきれなかったことから、『白の聖女』の力を求めたというもの。レンは一度リシアの魔石から力を得たため、一緒にあの騒動に陥った。



 二つ目の可能性は、レンがバルドル山脈でフィオナの『黒の巫女』に影響を受けたから。あの力は魔王に関係するものだというし、レンの中にまだ少しでも残されていたから、浄化すべき対象とされて巻き込まれた可能性だ。



 もっともそうした理由があるからといって、封印の中に巻き込む作用があったかどうかはわからないし、二つ目の予想では、リシアが巻き込まれる理由が不明だ。

 もちろん他の理由の可能性もあるが、いまはこの二つを考えていた。



(だから、二つが合わさった可能性だってある)



 レンとリシアがはじめてローゼス・カイタスの近くに行った際に時の檻が二人を感知し、妙な夢を見させたのかも。

 そう思うと、レンとしてはしっくりくる気がした。

 時の檻は特別な封印だから、そのくらいあっても不思議ではないとも考える。

 


「ふむ……どうやら心当たりがありそうだな」


「ん……ちょっとね」


「では、近いうちにでも聞かせてくれ。これは私の勘だが、レンの力のみならず、『白の聖女』のことなども関係していると思っているのではないか? ならば筋を通してから私に話してくれたらいい」



 苦笑したレンが「ありがと」とラディウスの気遣いに感謝を告げる。

 リシアとフィオナの特別な体質が関係しているというのが、口にしづらい理由だった。彼女たちに聞かず、二人の父にも聞くことなく勝手に話すような不義理はできなかった。

 ラディウスだってそれは望んでいない。近く、改めて聞ければそれでよかった。

 話すときは、魔剣召喚のこともラディウスに告げようと思った。



「ところで、レンからは何かないか?」


「俺から?」


「ああ。時の檻に巻き込まれた当事者として、何か調べておきたいことなどがあれば言ってくれ。私も調査に協力させてもらう」


「もうかなり手を借りてるけど……うーん……」



 調べる必要があることは何かと思うと、山のようにある。

 だが、その中から優先順位をつけることはできた。



「神聖魔法について調べたいと思ってる」


「なるほど。ではどうしたい? 正直、封印に巻き込まれたレンに帝都大神殿を勧める気にはなれんぞ」


「そりゃ、こっちとしても拒否したいところだけどさ」


「ではそうだな……どこか、いい情報を調べられそうな場所を――――」



 レンが神聖魔法について調べたいと言ったのは、リシアの背に現れた翼のことが気になって止まないからだ。

 あのときのことはずっと気になっているから、最優先事項と言ってもよかった。

 なので、何かしら調べられたらと思っていたのだが、



「あのさ」



 言葉を挟むようで申し訳ないと思いながらレンが言う。



「うん? どうした?」


「ラディウスは『神子』って言葉を聞いたことない?」


「神子……悪いが覚えにない。その神子というのがどうしたのだ?」



 剣魔が言った神子という言葉がアシュトン家を差しているのか、リシアを差しているのかはわからないのだが、レンはそのことを説明することにした。レンは以前、アシュトン家の先祖のことをラディウスと話したことがある。だからこの話もしやすかった。



「剣魔が死ぬ前、俺かリシアのどっちかに神子の末裔って言ってたんだ」


「神子の末裔……それもわからないな。しかし言葉から考えるに、神聖魔法に詳しい者たちに聞いてもいいかもしれん。学院長もいいが、他に詳しい者に聞いてみるのもいいだろう」


「じゃあ、俺が聞いたことを秘密にしてくれそうな、口の堅い人を紹介して――――っていうのはさすがに贅沢かな?」



 するとラディウスは思いのほか早く「いけるかもしれん」と言った。

 期待に満ちた表情を浮かべたレンがつづきを待つ。



「話を聞くためには帝都を離れることになるが、レンの希望を叶えられるだろう」


「本当に!? それで、どこに行けば会える!?」


「白い王冠と聞けばわかるはずだ」


「ッ……し、白い王冠ってまさか――――」



 レンは驚くまま、口を開いたまま唇を動かして。

 かの大都市のことを思い浮かべる。



「水の都――――エウペハイム!?」



 剛腕ユリシス・イグナートの領地にして、帝都に次ぐ大都市。

 レンの部屋にある机の中には、昔、エドガーがクラウゼルに置いて帰ったあの黒い招待状がいまでも入っている。


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