4章のエピローグ【後】
驚くレンが一度落ち着き、話を戻す。
「詳しい人を紹介してもらう件は、また改めて相談させてもらおうかな」
「わかった。なら今日はこのくらいにしておこう。あの二人を待たせすぎても悪い」
リシアとフィオナのことだ。
レンが立ち上がればラディウスもつづき、二人は外へつづく扉を開けた。
下校していく生徒たちを横目に、
「しかし時の檻の件は助かった。第三者視点でも、封印の中に強力な魔物がいた形跡があったと証明できる要因がいくつもあった。おかげでこちらとしても動きやすい」
「そうじゃなかったら、俺とリシアのことも話さないといけなかったしね」
「……極力避けたかったがな。話せば二人を政争の道具にしようとする者が現れるだろうし、エルフェン教相手にも面倒なことになった可能性が高い。事をうまく納められるなら、穏便に処理するに越したことはない」
「じゃあ、これでよかったのかな」
「間違いなく。二人は偉業を成し遂げたが、その反面、時の檻の件で気にする者も現れよう。それにあの学院長も協力してくれている。何かあれば力になってくれると約束してくれた」
だからひとまず、ローゼス・カイタスのことはこれで終わり。
もしも状況が変わることがあれば、ラディウスからすぐに連絡すると決まった。
「後は、うちの家系のことかな」
「アシュトン家がどうかしたのか?」
「戦いの最後の方、剣魔がアシュトンって言ってたからさ」
ため息交じりのレンの話を聞き、ラディウスがレンの脇腹を小突いた。
第三皇子の不満げな顔。
「神子の話のときにまとめて言え」
「ごめん。俺も色々考えてて失念してた」
「……やれやれ。それで、どうして剣魔がアシュトンの名を口にしたのだ」
「もちろん、俺も全然わかってない」
「そうだろうな。だからため息交じりに言ったのだろう。ここで剣魔がアシュトンと仲がよさそうなら問題だったが、ちゃんと戦ったわけだろ?」
頷いたレンがあの時の戦いを思い出して。
剣魔が放つ圧と殺気が勘違いでなかったことを語る。
「アシュトンって言いながら俺を殺しにきてたかな」
「ならいい。……いや、襲われたのならいいはずもないが……しかしわからんな。何故、魔王軍の将がアシュトンの名を口にした?」
「わからないって。だから前に家系図とか探せたら頼むって言ったんだよ」
「む、言われてみれば確かにそうだ」
「あと、ご先祖様はすごく強かったみたい。俺の実家が燃える前は資料があったんだけど、全盛期のアスヴァルと戦ったようなことが書いてあったらしくて」
すると、ラディウスがもう一度レンの脇腹を小突いた。
今度はさっきより強く、勢いに乗って。
「もっと早く言え」
「ごめんって。こっちはレザード様たちにしか話したことなかったからさ」
「……まったく。しかしそれが事実ならとんでもない先祖だ。アスヴァルと戦い、魔王軍の将に忌み嫌われるだと? レンの先祖は何をしたのだ」
話しながら歩いて腕を組み、空を見上げたラディウス。
まさかな、と。彼は剣王ルトレーシェの存在を頭に浮かべて、大時計台の騒動の際に手を貸した理由を考えた。
「彼女は何か知っているのか――――?」
「うん? 何か言った?」
「……いや、何でもない。私の方でも何かわかったら知らせよう」
「ありがと。頼りにしてる」
アシュトン家の話もできたところで、校門が近づく。まだリシアとフィオナの姿は見えなかったのだが、ラディウスが馬車へ戻ると言うのでレンが彼を送る。
「――――ところで」
ラディウスが思い出したように。
「いつからだ?」
「へ? 何が?」
「リシア・クラウゼルに様を付けていないじゃないか。レンに限って忘れていたわけではないだろう?」
「……まぁ、ローゼス・カイタスの中で色々ありまして」
主に剣魔と出会う前の約束など。
短い時間だったけれど、あそこでの時間は濃密だった。
「仲が良くて何よりだ」
ラディウスは押し殺すように笑い、レンの横顔を眺めていた。
馬車に着くと、外にはエステルが立っていた。
早々に馬車の中に入ってしまったラディウスが最後に、「エステルが話したいことがあるらしい」と言い残す。
十数秒の沈黙を交わしてから、
「私はレンに謝らなければならないことがある」
エステルがそう口火を切った。
「まったく状況が理解できてないのですが……」
「秘密裏にレンを見張っていた。皇帝陛下の命令でな」
レンの頬が強張った。
皇帝が見張るよう命じていたと聞き、七英雄の伝説におけるレン・アシュトンのことが脳裏をよぎっていた。
しかし心配は不要だ。エステルがわざわざ口にしたことがその証拠だった。
「エレンディルで二度会ったのは、どちらもその仕事をしていたからだ。陛下はレンのことを判断しかねていた。レンがどういう存在なのか、そのすべてをな」
「――――もしかして、ラディウスと仲がいいことも?」
「それもあるが、剣王だ」
「剣王?」
「ああ。私がマーテル大陸にいた昨夏、剣王は大時計台の騒動の際にレンが参戦することを条件に力を貸したそうだな」
それならレンも覚えている。
いまでも疑問に思っていることだ。
「剣王がひとたび動けば、何事にも大きな影響をもたらす。派閥の力関係はおろか、レオメルが国家として動く必要が生じる可能性もあった」
「それは存じ上げていますが……というか、どうして力を貸してくれたのか、あれから剣王に聞いてないんですか?」
「陛下が何度か聞いたところ、噂の剛剣使いが気になったからとだけ言っていたそうだ」
確かにレンは度々色々なところで活躍していたし、獅子聖庁にも出入りして実力を高めつづけたからわからないでもなかった。
また、剣王の存在のみならず、次期皇帝の呼び声高きラディウスの傍にいることもそうだ。
「故に陛下は私に、『レン・アシュトンを見定めよ』と命じられた」
見定めるといっても主観が混じる。どうすればいいかエステルは迷ったものの、レンを近くで見るうちに彼の人となりを理解した。問題視するなどとんでもない。ラディウスに必要な友であると確信した。
「もっとも、レンとはじめて言葉を交わした頃から、問題ないと感じていたのだが」
「それは光栄です。でも、俺を見張ってたことってラディウスにバレませんでした?」
「おお! よくわかったじゃないか! そう、ラディウス殿下には早い頃から看破されていてな! そもそも、帝都やエレンディルといった、ラディウス殿下の目が届きやすいところで調べることに無理があったのだ!」
「……でしょうね」
「もちろん、陛下もそれを想定しておいでだった。逆に、ラディウス殿下がどう動くかは陛下御自身気になっていたらしく、そちらは陛下自らお調べだったようだ」
ラディウスは皇帝の考えを理解していたものの、許容しきれない自分もいた。
皇帝と話す時間を用意した際には基本的に冷静だったものの、皇帝の言葉に納得できなかったときには、近衛騎士が驚くほど感情をあらわにすることもあった。
話し終えたエステルが深々と頭を下げる。
二人がいた馬車の影は、周りの人にも見られない。
「だが、命令とはいえ気分が悪かったことだろう。申し訳なかった」
「エステル様! 大丈夫ですから! というか当然の調査ですって!」
ラディウスの傍にいなければ諸々の話が違ったろうし、致し方なく思う。世界最大の軍事国家レオメルの皇族相手では当然だろう。むしろ、皇帝がレンのことを何も調べようとしない方が問題に感じてしまう。
◇ ◇ ◇ ◇
レザードが屋敷に帰ったのは夕方だ。
彼はレンに呼びとめられ、廊下の壁に背を預けている。
「では、エウペハイムに?」
「そのつもりです。まだいつ行くか未定ですが、なるべく早く行きたいと思ってます」
「わかった。私とも後で詳しく話そう。予定が決まった暁には、私からもイグナート侯爵に話しておこう」
例の招待状もあることだしな、とレザードが笑っていた。
「――――おや」
彼がレンを見ていて気が付いた。
「もう、こんなに私と目線が近くなっていたのか」
「確かにそうですね……前はもっと俺が見上げる感じだったのに」
入学する前、それこそレンがエレンディルに住む前と比べると特に顕著だ。
母のミレイユに似た中性的な顔立ちをした男の子が、もうこんなに成長していた。レザードが感慨に耽る。
レンを探していたリシアが廊下の曲がり角から姿を見せる。
可憐な微笑み、レンを見る笑みは他の誰に見せるそれとも違っていた。
「レンっ! 探したんだからっ!」
彼女が軽い足取りで駆け寄って来た。
「あっ、ごめんなさい……お父様と話してたのね」
「気にするな。ちょうど終わったところだから、もういいぞ」
「本当ですか? ――――じゃあレン、いまから一緒に町に行かない? 読みたい本のつづきがなかったから買いに行きたいの。一緒にどう?」
空の端はまだ明るい。獅子聖庁からの帰りはもっと遅い日もあるから、三人は気にしていなかった。
レンが「いいですよ」と快諾すれば、
「よかった。すぐ行ける?」
「はい。行けますけど――――って、リシア!?」
「早く早くっ! 急がないと暗くなっちゃうわ!」
リシアがレンの手を引いて小走りで外へ向かっていく。
その光景を眺めていたレザードの傍へ、ゆっくり歩いてくるヴァイス。穏やかな笑みを浮かべて眺めるレザードに語り掛けた。
「ご当主様、ご機嫌よろしいご様子で」
「ああ。とても気分がいい」
その理由を尋ねるのは無粋と思い、ヴァイスはそれ以上聞かなかった。
町に繰り出した二人は本屋で目的の品を入手して、少しだけ涼しくなった薄暮の町を歩く。
最近は、以前より町中にいる騎士の数が多かった。ローゼス・カイタスの一件から、念のための警戒をしていたことと、封印が解けたことで訪れたエルフェン教の客人が増えていたからだ。
「……夢じゃないのよね」
リシアがローゼス・カイタスでのことを思い返して。
当然、誰にも聞かれないことを確認してから。
「私たちが魔王軍の将だった魔物と戦ったなんて、嘘みたい」
「嘘でも夢でもありませんよ」
レンが間髪入れず口にすると、隣を歩くリシアがレンの横顔を見上げた。
「ほら、これがその証拠ですから」
腰に携えたミスリスの魔剣を示したレン。ミスリルの魔剣はその大きさに合わせた鞘に納められているから剣身は見えない。しかし、持ち手が既に鉄の魔剣と違った姿かたちをしている。
ヴェルリッヒが新たに作っその鞘が、レンが歩くたびに少しだけ揺れていた。
「俺とリシアが経験したことは現実です」
「……ふふっ、呼び方もあれが夢じゃなかったって言ってるみたい」
「あの、改まって言われると照れくさいので、勘弁してくれませんか?」
「ダメなの? 私をいきなり名前だけで呼んで起こしてくれたこと、私、ずっと忘れないと思うわよ?」
レンが頬を掻いてそっぽを向く。いつもの照れ隠しの仕草。
こうして歩いているだけでうれしくて、頬が緩みつづけていることがリシアにとっての困りごとだった。
沈黙すら心地良くて、足取りも自然と軽くなる。
少しの間そうして薄暮のエレンディルを楽しんでいると、
「またあんなことがあっても大丈夫なように、もっと強くならないといけませんね」
「ええ。私ももうすぐ剣豪になれるから、レンは剣聖かしら」
レンが首を横に振り、どこか遠くを眺めていた。
「もう、剣聖を目標にすることはやめました」
「……剣の道を諦めたはずないわよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、何を目標にしてるの?」
レンはまだ明確に伝えていなかった。
自分に限界があるかのように振る舞って、遠慮がちにそうなれたいい程度にしか口にしていなかったその言葉。いまとなっては、あの存在のように強くなりたいという曖昧なそれではない。
憧れは、確固たる意志に。
「――――剣王になるって、決めたんです」
立ち止り、顔を向けた彼と目を合わせながら。いままでになくはっきりと、強く言い切ったレンの凛々しさ。
彼の言葉を笑うはずもなく、その凛々しさに見惚れる。
「だから、これからも一緒に剣を磨いていただけると嬉しいです」
「……もう。そんなこと言われたら、私も剣王を目指さなくちゃ」
「え!? リシアもですか!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない! だって私は――――」
それが険しい道のりであることは承知の上だ。彼女も軽々しく言ったわけではない。レンと剣を磨き合う立場だけは、誰にも譲りたくなかっただけ。
「私は?」
「……何でもない。まだ秘密」
夜が近づくにつれて、さっきまで明るかった空の端も黒に覆われた。
賑わうエレンディルの町中にいる二人。帰路に就いた際にもまた夜の町を楽しんで。
明日からもまた頑張ろう、そう言葉を交わして一日が終わる。
――――レンがいつか剣王の頂に上り詰めることができたとき、誕生する剣王は一人ではなく二人なのかもしれない。
答えはいつか、この物語のその先で。
――――――――――
【あとがき】
四章をお読みいただき、ありがとうございました。
つづく五章についてはまたお時間をいただき、連続で投稿できるようご用意させていただければと思います。
では五章でまた、皆様とお会いできますように。
これからも結城を、著作を何卒よろしくお願い申し上げます。
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