夕食の席で。

 白い光だった。

 学院の屋上で放課後に、軽い打撲を癒してもらうセーラの姿があった。

 セーラを癒す光の正体はリシアの神聖魔法だ。



「リシアの神聖魔法、また強くなった?」


「そうかも。レンと訓練しながらこっちも頑張ってるから、ちょっとずつ成長してるんじゃないかしら」


「ちょっとずつにしては、随分と強くなってる気がする」


「そう? でも成長する分にはいいじゃない」


「……あたしの自信は失われていくけどね」



 セーラの言葉は恨めしそうなわけではなく、自分ももっと頑張らなくてはと意気込むようなそれだ。

 あまりよく聞こえなかったリシアがセーラの顔を見た。



「自信?」


「何でもない。独り言だから」



 リシアは「変なセーラ」とだけ呟いて、神聖魔法の光を消した。

 そして思いだすのは、ついさっきまで開催されていた武闘大会の代表選考だ。

 この学院の生徒が多く足を運んだ今日の催し事は、今日までに行われた代表選考のどれと比べても一番の盛り上がりだったと言えよう。



『しゃあっ!』



 まずはカイトが代表に決まり、



『よし! これで代表だ!』



 つづけてヴェインが決まり、



『……こんなところかしら』



 最後の四人目に、セーラが評判通り代表の席を確保した。

 その三人以外にも後一人、二年次にいる英爵家の令嬢も代表に決まっていたのだが、彼女は代表に決まってすぐ家の仕事で学院を去ったのだ。



 本戦でのセーラの奮闘を祈ったリシアは、そっと彼女の傍を離れる。

 ヴェインたちが屋上にやってきたのを見てからだった。



「私はもう行くわね。代表に決まって嬉しいからって、気を抜いて怪我したらダメよ」


「わ、わかってるわよ!」



 銀と紫水晶を混ぜたような髪を靡かせて、リシアがセーラに背を向ける。

 すると、その背に向けて、



「――――リシアが代表選考に出てたら、どうなってたと思う?」



 リシアはその声を聞いて足を止め、空を見上げた。

 夕焼けの端が夜に侵食されだしたその景色を一頻り眺めてから、どこかいたずらっ子のように微笑みながら振り向いて、



「バカね。ここで仮の話をしてもわからないわよ」



 その言葉を残して立ち去ったリシアを、セーラは今度こそ何も言わず見送った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 実行委員の部屋へ帰る途中、ラディウスが隣を歩くレンに話しかける。



「やはり、武闘大会の選考会は注目の的だったな」


「うん。――――やっと代表が決まったし、あの四人ならきっと本戦でも勝ってくれるよ」


「私もそう思う。特にカイト・レオナールは攻守ともに凄まじい。技の冴えという意味ならセーラ・リオハルドたちが上をいくだろうが、レオナール家の技はまだまだ打ち破れんだろう」



 レオナール家は聖剣技などの流派と違い、巨大な盾を使う戦い方を代々受け継ぐ家系だ。剣の冴えとして他の者たちと比べることは難しいが、戦技を用いた際の攻撃力や防御力は特筆すべきものだ。



「こっちもそろそろ詰めの作業だし、頑張るかー」


「ああ、その件だが」



 歩きはじめてすぐに、ラディウスが思いだした様子でレンに告げる。



「現状残っている書類仕事は私とミレイが城に持ち帰ろうと思う。だからレンたちは、明日以降の仕事に備えて英気を養ってくれ」


「へ? それならみんなでやった方がよくない?」


「代わりに頼みがあるということだ。急ですまない」



 ラディウスが急に頼みごとをしてくるときは、おおよそ重要な話か用事があるときだ。レンが今回もそうだと思っていると、ラディウスはレンの肩に手を置いて顔を寄せた。



「ユリシスも呼んで、アーネアで夕食を共にしようじゃないか」


「……アーネヴェルデ商会自慢の宿で食事?」


「どうだ?」



 わざわざ改まっていうべき話、ということが明らかだ。

 こうして耳打ちしたことがその証明だ。



「ご招待いただけて光栄だよ」



 ラディウスの意図を理解したレンは迷うことなく頷いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 アーネアの最上階にあるレストランを貸し切って行われた会談には、レン、ラディウス、ユリシスの三人が顔を揃えていた。

 軽めに挨拶を交わした後に、ラディウスがはじめに食事を楽しんでくれと言う。

 運ばれてきた食事はこのアーネアの料理人が作る美食だ。数ある美食を楽しんだ経験のあるユリシスも舌鼓を打つほどの料理で、三人は腹を満たした。



 やがて、レンとユリシスの二人がそろそろか――――と気持ちを切り替える。

 ラディウスは「見せたいものがある」と言い、二人の前に数枚綴りの書類を渡した。



「まずは謝らせてくれ」



 獅子聖庁が誇る長官エステルに密命を託し、マーテル大陸で何をさせたのか。彼女がどんな情報を持ち帰ったのかといったすべてを、二人に語るまで時間が掛かり過ぎてしまったことをラディウスは詫びた。



「本来であればもっと早く共有すべき話だった。しかし事が事なことと、エステルへの密命が関わっていたとあって、私の方でも準備が必要となってしまってな」


「密かに何か命じておられたのですね」


「さすがユリシス、わかっていたか」


「当然ですとも! このユリシス、ラディウス殿下のことはよく理解しておりますからね!」



 ユリシスが仰々しく、そして愉しそうに言った。

 彼はすぐにレンに顔を向け、「君もわかっていただろう?」と笑う。



「何かあるのかもとは思ってましたが、そのくらいですよ」


「ふふっ、それで十分さ」



 前置きはこの辺りにして、二人は書類に目を通す。

 書かれていたのは、エステルが以前ラディウスに報告した魔王教の教主のことと、その男の下に二人の大幹部がいるという情報だ。

 まず、教主について。



「魔大陸一の魔境セラキア地方を魔王より預かっていた、吸血鬼の真祖たる男だ」



 名をメダリオと言った。家名はない。

 伝承に残る情報はいくつもあるが、その容姿は定かではない。

 七英雄と戦った記録こそないが、世界中で猛威を振るったことはどこの国の歴史にも残っているほどだ。



「確かにそういう男が魔王の側近にいた記録がありますね。ラディウス殿下はどう思われますか? その男が生きていたことは間違いないと?」


「ああ。今後はそうした情報も踏まえて行動する必要がある」


「魔王教徒と事を構えて捕まえても、最期はレニダス元司教みたいになるのかな」


「そうだな……あの男のように衰弱して命を落とすだろう。しかし、何もしないわけにはいかん」



 大時計台を襲ったレニダス元司教は、あの夏を超すことができなかった。

 捕えてからも徹底して死なないよう栄養を与え、劣悪とは言えない環境で管理していたというのに、穴の開いた風船がしぼむかのように息絶えたのだ。

 例の魔王教の刻印が、レニダスの力を奪うかのような状況だったという。



「話を戻そう。教主の名はメダリオと思われる。それが間違いだとしたら――――」


「教主がメダリオを自称しているとか?」


「そうなる。だが、魔王の復活を企む連中の長が魔王の側近を騙るとも思えん」


「ですねぇ……ただでさえ死んだ記録がない側近です。騙ることは愚を極めることでしょう。そうでなければ、奴らが魔王を復活させる目的も真かわからなくなる」


「我々が警戒するに越したことはない、ということだ。敵の黒幕が吸血鬼の真祖メダリオだと断定して動いた方が、我らにとっても損はない」



 そこでレンが疑問を口にする。

 実はメダリオの名をはじめて聞いたからだ。



「メダリオの情報って、本に残ってる?」


「あるはずだが、そう多くないぞ」



 すると、ユリシスがレンをみて、



「どうして情報が少ないと思う? そこにはある理由があるんだよ」


「七英雄とも戦ってない、以外にもですよね?」


「そうとも。決定的な理由があるのさ」



 レンは苦笑して、これがその理由だったら嫌だと思いながら言う。



「姿を見た者は基本的に命を落としたから、とかですか?」


「そう、メダリオはとてつもなく強かったらしくてね。奴が率いた魔王軍が数多の国を滅ぼしたせいで、記録らしい記録が残されていないんだ」


「二人には他の貴族たちに伝える前に情報を共有させてもらった。今後は魔王教の教主メダリオと、その部下である大幹部二人を忘れないでおいてくれ」



 簡単に言うが、これ以上何をするかという話にもなる。

 レンは資料を持ち帰っていいと言われたので、それを懐にしまい込んだ。

 同席できなかったレザードにはレンから伝えることに決まる。



「本当は今日も呼びたかったのだが、近頃のレザードは私よりずっと忙しそうにしてるからな。呼びつけるのが申し訳なかったのだ」


「あー……子爵になってから、色々と声を掛けていただいてらっしゃるみたい」


「それなら私もさ! 私の領地エウペハイムの商人たちも、いま話題のクラウゼル子爵との縁が欲しいらしくてね。度々、話題に挙がるんだよ」



 レンも誇らしく思える話だ。

 クラウゼルの発展は自分の村の発展にも繋がるため、クラウゼルにいた頃に抱いた目標の実現にも近づける。今後もそうなってほしいと思うと、今日の話題である魔王教の存在が何よりも疎ましい。



「ラディウス、今日の話はこれで終わり?」


「私からは以上だが、ユリシスは何かあるか?」


「では、この場を借りて」



 今日三人が集まった本題は終わったので、後はゆっくりできる。

 三人の間に漂う雰囲気もやや柔らかく、普段の雰囲気を取り戻していた。



「エドガーが謝っていたよ。最近の忙しなさのせいで二人の剣を見れていないことをね」


「お気になさらず。でも、俺に話すことってそれだけではないですよね?」



 ユリシスがわざわざ口火を切ったのだから、間違いない。

 レンはユリシスから届いた春先の連絡を思い返していた。



「もちろん。本題は獅子王大祭期間中のことさ」


「例の、俺の時間が欲しいって仰っていたことですね」


「そうさ。獅子王大祭の期間中、国外からも賓客が訪れることは知ってるかい?」


「詳細までは聞いておりませんが、おおよそのことならわかります」



 確か、他国の貴族や王族も足を運ぶことがあるとのことだが……。



「今年は天空大陸、、、、をはじめ、数多くの国からお客さんがやってくるのさ。七英雄の末裔たちが参戦するとあって、今年は過去にない賑いが予想されている。その影響でね」



 剛腕がレンの時間を欲したのは、それが関係していた。



――――――――



 来週仕事で更新できない日が出てくるかもしれないので、本日はもう一本更新します。

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