剣術の授業とラディウスの話と。

 放課後、職員室に戻った剣術の教員が別の教員と言葉を交わす。

 既にレンとリシアの二人と話をした後のことだった。



「新入生総代のレン・アシュトンをご存じですか?」


「もちろんですよ。彼は私が担当している魔物生物学の授業も意欲的に受講しておりますしね。先日の小テストもほぼ満点でした」



 答えた女性教員の後につづき、話を聞く別の教員たちも。

 


「こちらの授業も意欲的に参加してくれまして、私も教え甲斐がありますよ」


「レン・アシュトンと言えばつい先日、授業後の後片付けを手伝ってくれましたな。ああ、別の日は準備も手伝ってくれましたぞ」


「入学後も気を抜かず、引きつづき真摯な態度でいることはとても好感が持てます。上級生のアークハイセやイグナート、第三皇子殿下とまた違った優等生と言えましょう」



 口々に語られるように、レンとリシアは教員たちの評判が良かった。

 日々の態度が教員たちに良い印象を植え付け、更に生活態度も良いとあって二人を疎ましく思う者は皆無だ。



「ですが急にどうされたのですか? 剣術の授業で彼が何か?」


「ええ……アシュトンとクラウゼルに関して、私も判断しかねる問題が生じまして」


「まさか、あの二人が問題を起こしたとでも?」


「いえ、私の力不足です。あの二人が剛剣技を用いるということは学院長から聞いておりましたが、予想以上の実力者でした」


「ああ……他の生徒と一緒の授業させるわけにはいかなかったのですね」


「そうなのです。帝国剣術を指導することはできますが、あれでは他の生徒と差がありすぎます。他の生徒に刺激を与えてくれるでしょうが、逆にあの二人のためにはならないのです」



 先ほどの授業の後半は教員が皆に帝国剣術を指南したが、レンとリシアは何ら得るものが無いと確信せざるを得ない。あの二人が自分たちも知る技術を再確認することに意義を見出したとしても、教員はそうも言ってられなかった。



「毎年、剣術の授業では数人の実力者が上級生に混ざってたはずです。その二人には二年次や三年次……いっそのこと、もう四年次の剣術に参加させてはどうです?」



 だが、剣術の教員は「同じことです」と首を横に振った。

 彼が目の当たりにしたあの二人の強さは、最高学年でも比較対象にならない。二人は剛剣技を用いずともあれほどなのだ。

 誰がどう見ても、学生の授業を受ける必要性は感じられない。



「そ、それほどなのですか!?」


「はっはっは! そりゃすごい!」


「いやはや、それでは仕方ありませんね」



 肩をすくめた剣術の教員がこれしかないという声音で。



「剣術は必須科目なので、試験は参加しなければなりません。幸い、出席点はない科目なのでそちらは問題ないでしょう」


「つまり、普段は欠席で良いと?」


「そうなります。これは皆様もご存じのように特別措置ではありません。実際、試験だけ参加する生徒は前々から存在します」



 以前、ヴェルリッヒもレンに言ったことがあった。

 ある程度自由度が高くないと、この学院の場合はその性質から考えても多くの面で障害が生じる。なので授業参加より試験が重要視される科目がいくつも存在していた。



「うちは貴族の都合も気にしないといけない学院なので、試験だけ参加することに対しても、ある程度柔軟に対応できますから」



 その代わり、試験の難易度が他の学び舎と比較にならない。

 成績が悪ければ、貴族だろうが他国の王族だろうが容赦なく落第にされるため、授業に出ないなら相応の理由が必要になるのが実情だ。

 


 皆がレンとリシアのことを話していると、職員室へクロノアがやってきた。

 彼女の下を訪ねた剣術の教員が相談を持ち掛ける。



「学院長、あの二人のことなのですが――――」



 話を聞いたクロノアは「たはは、やっぱりかー……」と誤魔化すように笑った。



「試験はちゃんと受けてもらうとして、剣術の授業時間をどう過ごすかだね」


「二人はそれでも身になるから参加すると言っておりましたが、私は一人の教員として、二人には身になる時間を過ごしてほしいと考えております」


「うん。ボクもだよ」



 となると、教員側から提案すべきことがいくつかある。

 他の生徒の例となるが、二人のように試験だけ参加する生徒は何人もいる。そうした生徒の多くが、該当する科目で卒業生と同等かそれ以上の知識を誇る優等生だ。

 そうした生徒の中には該当する授業には参加せず、試験のみ受ける例が多々あった。



 彼らは図書館で勉強したり、別の教科の教員から課題を貰うことが多い。

 これらは自由度が高い特待クラスの生徒によく見られる例であり、自主性が尊重された校風にも沿っていた。

 レンとリシアも、その例に倣うのが一番と思ったクロノアは、



「他の先生たちとも相談して、レン君たちに課題をあげられそうな人がいたら二人に提案してあげてほしいな。ちゃんと、規則に則った上でね」



 ここは帝国士官学院であり、他の学校とは多くの面で違い存在する。

 高い教育を受けたい生徒がいて、その教育に見合う成績を示してるのなら、その生徒たちは高度な授業を受ける権利がある。

 無駄な時間を生徒に過ごさせること以上の愚行はなかった。



「レン君は剣術の授業を週に何回取ってるの?」


「必須単位となる帝国剣術のみですので、週に二回、午後にとっていたはずです」



 二人に有用な時間を過ごさせるため、教員たちは顔を見合わせた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 放課後の校舎を照らす茜色の陽光が、屋上で歓談する三人にも降り注いでいた。



「あっ、私もそうでしたよ」 



 たったいま、思いだしたような声音で言ったフィオナもその陽光を背に帯びて、自身のシルエットを主張していた。



「私も一年次の頃、薬草学の先生から別の科目の課題を貰うことを勧められました」



 屋上を囲むフェンスに背を預けたレンの傍で、フィオナが一年次の頃を思い出す。

 彼女は病弱だった過去があり、その際に自分のためにも薬草学を学ぶ時間が多かった。培われた知識はもうすでに、特待クラスの生徒が卒業時に持つ以上のそれだという。



「フィオナ様はその際、どうされたんですか?」


「私は他の先生たちから課題をいただいてました。イグナート家のお仕事が度々入ることがあったので、下手に他の授業に混ぜていただくよりその方がいいと思ったんです」


「確かに。そうしたら勉強以外にも時間を有効活用できますね」


「ええ。それにいただける課題は大変勉強になりますし、先生たちも空いてる時間は親身に教えてくださいますよ」



 話を聞くレンはリシアを見た。

 リシアは傍に置かれたベンチに座っており、レンを見上げて、



「私たちもそうした方がいいかもしれないわね。帝国剣術の復習も大切だけど、それだけなら屋敷でヴァイスに教わることもできるもの。私たちはここで自分たちを研鑽するって決めたんだから、時間は有効活用しないと」


「ですね。後は課題を先生たちにいただけるかどうかですが……」


「それでしたらご安心ください。最近もお二人みたいな方は何人かいらっしゃいますし、昔は確か……入学してすぐに四教科ほど、卒業生と同等かそれ以上の知識を持っていた男子生徒もいましたから」


「すごいですね。どういう方だったんですか?」



 レンが尋ねればフィオナは苦笑し、レンとリシアを納得させる言葉を口にする。



「私の父……です」



 それを聞いた二人はまったく驚くことがなかった。

 逆にすんなりと納得できてしまう。

 


「レン、イグナート侯爵なら仕方ないわね」


「はい。一瞬で納得できました」



 いずれにせよ、レンとリシアの二人も時間を有効活用したいことに変わりはない。

 後でどの教科の教員から課題を貰うか決めるとして、もう一つ決めなければならないのはどこで勉強に励むかだった。



(現実的に考えれば課題を貰う一択……ああでも、実行委員の仕事が忙しくなったら、それもやっちゃえばいいわけか)



 二人が剣術の授業に参加しない週二日の午後は、フィオナも同じく授業がないそうだ。先ほど彼女が口にした理由によるもので、午後は図書館で勉強したり、ときに学院の敷地内にある庭園の片隅で勉学に励んでいるという。



 リシアはその話を聞いた際に「ではご一緒できますか?」と尋ね、フィオナは「私で良ければ是非」と答えた。

 二人が大時計台の騒動以後、前にも増して打ち解けているのがレンにもわかった。



 ふと、



「ここにいたのか」



 屋上にやってきたラディウスが扉を開けて声を発した。



「あれ? もう時間だっけ?」


「まだだ。約束の時間になるまで暇を持て余していたからここにきたら、偶然にも三人を見かけたにすぎん」



 この後、レンはラディウスと剣術の授業がどうだったか話す予定があった。何てことのない世間話のようなものである。

 その予定には、もう二十分もすればという頃だ。

 リシアとフィオナには最初から伝えてあったから、二人には少し早いけど、と断りを入れて傍を離れていく。



「そういや、ラディウスも授業が入ってない時間があるんだっけ」


「いくつかある。たとえば今日の午後とかだな。公務が入ることが多いから、この日の午後は授業を入れないようにしているのだ」


「へぇー、午後の授業がない点だけは俺と同じか」



 話をしながら屋上を離れる二人を見送ったリシアとフィオナが、ほぼ同時に同じことを考えて互いを見た。

 まずは最初にフィオナが、



「……リシア様はどう思いますか?」


「もちろん、大いに不満です」


「で――――ですよねっ! 第三皇子殿下は雲の上の存在なんですよ!? あのお方と比べたら、侯爵令嬢なんて大したことないはずじゃないですか……っ!」


「それを言うと、私は子爵令嬢なので猶更ですけどね……」



 二人は互いに思うところがあった。

 それは先ほどのように、レンがラディウスをラディウスと呼び捨てることと、以前と変わらず友人として砕けた態度で接することにある。

 あの態度と、彼女たち二人に向けるレンの態度を比較してみると……



「「……はぁ」」



 この二人は互いにレンに砕けた態度を求めたことがあっても、固辞された者同士だ。

 恋敵ながら、こうした話くらい共有していいだろうと考えてため息を漏らした。




◇ ◇ ◇ ◇




 二人の傍を離れたレンが、



「くしゅん」



 とくしゃみをした。

 学院内の庭園に向かい、自然を楽しみながら話をしていた頃のことだ。



「どうした急に」


「わかんないけど、いきなり出てきた」


「春の陽気があっても、風邪は引かないようにな」


「うーん……別に油断はしてないんだけどね」


「それは何より。だがまぁ、風邪を引いたら見舞いくらい行ってやろう。そのときは私が、父や母から聞いた昔ばなしでも聞かせてやるさ」



 もうそんな年じゃないし、第三皇子にそんなことはさせられない。

 若干、ばつの悪そうな顔を浮かべたレンが髪をかきながら言えば、ラディウスは端正に整った顔に涼しげな笑みを浮かべた。



「昔話ってどんなの?」


「気になるのか?」


「そりゃ、皇族がどんな昔話で幼い皇族をあやしてたのかは気になるし」


「ふむ……ならば少し話すとしよう」



 短く整えられた芝生の地面を進みながら、ラディウスが夕暮れの春風に髪を靡かせながら。



「昔、とある国に一人の少女が生まれたそうだ」


「おお、割とありそうな感じのはじまり方じゃん」


「ちなみに、昔話のタイトルは『蝕み姫』だ」


「わぁ……一瞬で不穏になった」



 レンが唖然とした姿にラディウスが笑った。



「生まれた少女こと蝕み姫は、両親でさえ触れることができない、何者も蝕む魔力を持っていたそうだ」



 二人が肩を並べて歩きながら。

 ラディウスは自分も昔聞いたその話を思い返しながら、その昔話を語りはじめた。



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