二人の格。

 これは授業の一環であり、教員が生徒たちのレベルを図るための時間だ。

 しかしこの二人ならと思い、また別の思惑、、、、があった教員は二人が剣を交わすことも止めようとはしなかった。



 教員がその代わりに言葉を添える。

 二人に対してだけではなく、生徒全員に対して。



「これは授業の一環だ。実力を測るためではあるが、授業の範疇であることを理解したうえで剣を振るように。相手に怪我をさせるのは言語道断だぞ」



 その言葉をきっかけに、二人の立ち合いがはじまった。

 あくまでも授業の一環という前提はありながら、セーラはまるでそれを意識していないかのように剣を振る。

 その踏み込みと剣の振りは、間違いなくただの少女のそれじゃない。



「――――はぁっ!」



 空を割くような圧が訓練場に波及していく。

 身のこなし、剣の冴え、すべてが他の生徒たちから自信を奪うほどの実力だった。



 だが、リオハルド英爵仕込みの剣を披露するセーラへ向けられていた注目が逸れた。これまで鮮烈な姿を見せていたセーラに対し、すべて防ぎきるリシアの凄みが強調されはじめたのだ。



「ふふっ! 変なのっ! リシアったらまた強くなってるじゃないっ! でもどうしたの!? 私の様子ばっかり見計らっちゃって!」


「舐めてるわけじゃないわ。ただ、探ってるだけよ」



 それを証明するかのように、ある一瞬を境にリシアの立ち回りに変化が訪れた。

 風のように疾いセーラの剣が、リシアが構えた剣の真横を滑る。

 ふと、体勢を崩されたセーラが慌てて身構えれば、



「――――っ!?」



 そこへ迫る、リシアの剣。

 風のように疾かった――――そのはずだったセーラの剣よりも数段早い。

 受け止めるも重く、足元がふらつきそうになる。



 それでも、リシアは剛剣技特有の概念である纏いを用いていなかった。

 あれを戦技として扱うかどうか難しいところだが、授業の趣旨に沿わないと思ってやめていたのだ。



「ふふ……リシアっ! まだ疾くなるんでしょ!? 見せてよ! リシアの本当の剣速をあたしに見せてっ!」


「ええ! もちろんそのつもりよ!」



 一段、また一段と剣を振る速度を上げたリシアは、いつしかそれがレンを相手にする際の速度にまで昇華させた。

 そこに剛剣技の強さが加わっていたら、また別格だったはず。

 剣の重みも速度も別物のそれへと変貌し、更に格が違う姿を披露しただろう。

 しかしリシアは、その力を使わずともセーラを圧倒してみせた。



 一撃目を防いだセーラの足元が、新たな衝撃で揺らぐ。

 二撃目を防ごうにも体勢を整えきれなかったセーラの腕が、脇を大きく開けて伸びきった。

 三撃目は遂に何もできず、セーラが手にした剣が弾き飛ばされる。



 やがて、床に膝をついたセーラの前にリシアの剣が突き付けられた。



「……また完敗ね」



 敗北を喫したものの、彼女は笑みを浮かべていた。

 前に剣を交わしたときよりも開いた実力に募る悔しさは筆舌に尽くしがたいが、自分が目標とする少女の強さに、自分も更に強くなろうという気持ちにさせられた。

 すると、拍手の音が響き渡った。



「ほら、セーラ」



 セーラに手を貸したリシア。



「ありがと。はぁ……前よりも実力に差が開いてるじゃない。これで剛剣技も使えるんでしょ? そうなったらどうなっちゃうのよ」


「でもセーラだって、聖剣技を使えるようになるでしょ?」


「リシアは神聖魔法も使えるようになるわ。それがなくとも剛剣技を使うだけで別物の強さになっちゃうのにね」



 セーラは当てつけのように、不満げに言ったのではない。

 頬には笑みが浮かんで、先ほどまでの戦いに充足を得ていたことは事実なのだ。

 実際、リシアには感謝している。最後に彼女が披露した剣は、いまのリシアが纏いを用いない場合に披露できる最速だ。



 手を抜かないでくれたことがセーラは嬉しかった。

 あれ以上はもう、本当の戦い、、、、、になってしまう。だからここでリシアが見せることのできる、すべてだったはずだ。

 一方、セーラはその剣に何もできず敗北したことが悔しかった。



「もう一回! まだ時間はあるからいいでしょ?」


「ふふっ、いいわよ。でもヴェインはいいの?」


「平気。ヴェインにも今日はリシアとしたいって言ってあるから」



 舌をぺろっと出して言ったセーラにはまだやる気が満ち溢れており、つづく訓練においても心が折れることなくリシアと剣を振ることができた。



 そうしていると、他の生徒たちも刺激されて気合を入れた。

 同年代にあれほど強い二人の少女がいると思えば、この学院にやってきた生徒たちが躍起にならないはずがなかった。



 途中、リシアに声を掛ける男子生徒が数人いて、彼女と剣を交わしたいと口にした。



 その男子生徒たちは普段、リシアの美貌に惹かれて声を掛けていた者たちだ。ここでもその節が垣間見えた。リシアほどの少女を前にすれば多少は――――というところはあっても、リシアの気持ちは別だ。



「私たちも剣に覚えがございます。父が軍で将官を務めておりまして、聖剣技は幼い頃から学んで参りました」


「俺もです。どうか俺たちともお相手いただけませんか?」


「えっと……ごめんなさい。今日はセーラとって決めてるから」


「で、ではまた別の日はいかがでしょう!」



 袖にされた男子生徒がつづけて食い下がる。

 きっと彼は無意識だった。別にレンを貶すような意図はなく、自分がリシアとお近づきになりたいが故の必死さから出る言葉だった。



「わ、私なら、騎士の子より良き訓練相手になるかと思います……っ!」



 セーラは隣で話を聞いていて額に手を当てた。

 何を言ってるんだと思いながら、でも皆がレンの強さを知らないのは仕方ないと理解しつつリシアの顔を窺った。

 リシアはというと、それはもう可憐な笑みを浮かべていた。



「気遣ってくれてありがとう。でも平気だから、ごめんなさい」



 そう笑みを浮かべて言ったところで、リシアはセーラに顔を向けた。



「つづきをしましょ」


「ええ」



 こうなってしまうと先ほどの二人は口を挟むことができず、二人の剣を眺めることしかできなかった。

 すぐに教員が二人に「つづきをしろ」と言えば、二人は諦めて元の場所に戻る。



「リシア、意外と怒ってないのね」


「あの二人がレンの強さを知らないのは事実なんだし、あそこで私が怒る方が理不尽よ。そういえばあの子たちって、皇族派と英雄派の貴族の子だったわよね?」


「最近は結構多いわよ。ほら、バルドル山脈での件から派閥を超えた交流が増えたでしょ? 派閥争いがつづいているところがあれば、そうじゃないところもあるってわけ」


「ふぅん……だからなのね」



 午後の授業の前半は、この二人が誰よりも注目を集めた。



 同じくらいヴェインも注目を集め、その実力を同年代の少年少女たちに見せつけた。彼は剣の腕はまだセーラに及ばないとしても、膂力やその他を含めれば彼女と同等か、もしかするとやや上回っているのかもしれない。



 ――――レンがやってきたのは、授業が終わる直前の頃だった。



「すみません! 遅れました!」


「いや、話には聞いている。実行委員の仕事、ご苦労だったな」



 間もなく授業終了を知らせる鐘の音が鳴り響き、剣術の教員が授業終了の合図を口にした。

 汗をかいた生徒たちは授業が終了した段階で、少しずつ訓練場を後にしていく。



 休憩をしたり、雑談をして残る者。他にはいまやってきたレンを見て、彼も剣を振るのだろうかと興味深く観察している者。また、リシアに声を掛けた二人組も合わせて全体の半数ほどの生徒がまだ残っていた。



「ごめんなさい。私も一緒に仕事するべきだったのに」


「いえいえ。これ以上、リオハルド嬢をお待たせするのは申し訳ありませんし」



 もとはと言えば実行委員を引き受けたのはレンが発端なため、レンも若干申し訳なく思っていたのだ。

 その気遣いにリシアは「ありがと」と言って微笑んだ。



「今日はどんな授業でしたか?」


「あのね、先生が皆の実力を見たいからって、二人一組で剣を振るようにって言ったの。だからずっとセーラと剣を振ってた感じかしら」


「おおー、今後のために実力を測るんですね」


「うん。後半は帝国剣術の指南もしていただいたから、きっとみんな疲れちゃったのね。すぐに訓練場を出て行っちゃったのはそのせいだと思う」



 するとそこへ、



「アシュトン」



 この授業の教員が足を運んだ。



「すまないが、少し時間を貰えるか? そうだな……よければクラウゼルにも残ってほしいのだが」


「俺なら大丈夫です」


「私もです。でも、どうしたんですか?」


「クラウゼルの実力を確認した際、考えたことがあった。今後のためにもアシュトンの実力を実際に見せてほしいと思ってる。クラウゼルにはその相手を務めてほしい」


「私なら構いませんが、実戦形式で立ち合えばよいのでしょうか?」



 教員が頷く。

 授業がはじまる際、彼はある思惑があってリシアとセーラの立ち合いを止めず自由に戦わせた。それにはレンの存在も関係している。

 訓練場に残っていた生徒たちが、レンとリシアの様子に気が付いた。

 まずはリシアに声を掛けた二人組が、



「……あいつ、本当に強いのか?」


「最終試験も静かだったらしいし、どうだろうな」


「ま、見ればわかるか。恐らく聖女様に圧倒されるだろう」



 客席の一角でその声を聞いたセーラは前列の椅子の背もたれに肘を置き、頬杖を突きながら苦笑。

 隣に座っていたヴェインもまた、仕方なさそうにしていた。



「ヴェインは聞いてる? レン、最終試験ではまったく実力を見せず補助に徹していたそうよ」



「聞いたよ。魔物が現れても軽々と剣を振って倒してたから、本当の強さがわからなかったって」


「そ。だから楽しみ。彼がどのくらい強いのか、もう一度この目で見れるんだから」



 二人が密かに言葉を交わし合うのに気が付くことなく、レンとリシアが向かい合って居住まいを正した。

 武舞台の中心に向かった二人は、特に緊張した様子もなくいつもどおり。

 それこそ、獅子聖庁で訓練をする前の準備運動をするときのよう。



「レンは準備運動をしないとね」


「ですね。いつもみたいに剣を振りながら身体を温めれば大丈夫だと思います」



 彼の声を聞いたヴェインとセーラ、それに教員が目を見開いた。

 あれほどの剣を見せたリシアを前に、彼は実戦形式で身体をほぐす? それはあまりにもリシアを舐めてはいないだろうか、と。



 あるいはリシアが手加減をして相手を務めるのかとも思った。

 皆がレンを見る目は、彼の実力を疑っているのがよくわかる。



「いつも通りでいいのね?」


「はい。お任せします」



 はじまったリシアが見せる踏み込み、剣の振る速度にいたるすべてがセーラと立ち合っていたときとほぼ同一。

 ゆったりと構えたレンが反応しきれずにやられることが想像できた。

 ……しかし、



「……嘘、でしょ」


「いま、何があったの……?」



 女生徒たちが驚きの声を漏らす。

 いつの間に剣で受け止めたの? 何も見えなかった。彼女たちの表情から、そんな声が聞こえてきそうだった。



 彼女たちが見たのは、リシアの剣があっさり防がれた光景である。

 受け止めたレンの手元はおろか、彼は体幹もまったくぶれていなかった。ただ黙々と、平然とした様子で受け止めながら、文字通り準備運動に勤しむレンの姿があったのだ。

 それには腕に覚えのあるセーラとヴェインも驚かされる。



「やっぱり、去年の夏とは別格ね」


「……ああ」



 レンの強さを目の当たりにした経験のある二人が、あの夏を思い返してあれが真実であったと再確認する。

 他の生徒たちの声は圧倒され、言葉通り息を呑み瞬きを忘れていたほどだ。

 リシアに声を掛けた二人組にいたっては絶句している。



 リシアが剣を振る速度が更に増し、剣と剣がぶつかり合う音が皆の耳を刺す。

 いつしか、リシアの様子が変わった。



「ほんと、嫉妬しちゃう。あの子ったら、レンを相手にしたらずっと雰囲気が変わるんだもの」



 セーラが言うように、纏った雰囲気すら変わっていた。

 他の生徒たちもそれに気が付き、自分たちが想像していたよりずっと凄まじい光景を目の当たりにするのかも、と考えはじめた。



 ふと、リシアは剣を握る手により一層力を込め、すぅ――――っと息を吸った。

 眼前の少年……レン・アシュトンもまた、これまでリシアの剣を受け止めるだけだった立ち回りを変え――――。



 一瞬、響き渡った剣と剣がぶつかり合う轟音。

 受け止め方を変えたレンの手元から、リシアの手にもたらされる衝撃。



「どうなってるんだあれ……まるで、アシュトンが聖女様よりずっと強そうな――――」


「まるでじゃない、実際にそうとしか思えないだろ!」



 雰囲気が変わったリシアの剣は苛烈さを増しているにもかかわらず、レンは意に介した様子もなく対処した。



「そろそろ、俺からいきます」



 さっきはリシアが攻撃したはずなのに、受け止められたリシアが逆に後退していた。

 そこへ、いまの宣言をしたレンの剣が迫る。

 リシアが剣を構え直すとほぼ同時に、レンの剣が振り下ろされようとしていた。

 彼は深い踏み込みで勢いよく迫ったわけではない。なのに、彼の動きはその見た目と違ってリシアより疾やかった。



 しかし、リシアも負けじと剣を握る手に力を込めた。

 レンの剣を軽い身のこなしで避けると、避けた場所を剣閃が通り抜ける。

 今度は反対に、リシアが得意とする流麗な剣閃がこれまで以上の鋭さでレンに迫った。



 どうすればあれを防げるのか、どうすればあれをいなせるのか、そのすべてが誰にも考えつかなかった一撃。

 速度も膂力も、目を見張るものだった。



 ――――しかし、



「ふっ!」



 レンは真正面から容易にはじき返すと同時に、体勢を崩したリシアに剣を突き付けた。

 刹那の剣戟、生徒が誰一人として見切れぬ一瞬。

 気が付くとリシアが負けていたという事実だけが、生徒たちを驚嘆させる。



「……はぁ、いまのは結構自信があったのに」



 リシアが剣から手を放すと、彼女の剣が床に転がった。

 レンは容易に防ぐどころか一本を取ってしまったことに苦笑いを浮かべ、剣をそっと下した。



 学生離れなどという言葉では到底言い表すことができない。

 獅子聖庁で剣を磨く者がいかに常人離れした力を発揮するか、それを纏いや戦技を用いず知らしめた二人。

 もはや、レンの実力を疑う者は誰一人としていない。 

 彼を見る目は驚きと憧れに満ち溢れていた。



「アシュトン! クラウゼル!」



 剣術の教員が神妙な面持ちでレンとリシアに近づいた。

 彼もまた先ほどまで二人の剣に言葉を失い、強さに色々なことを考えていた者の一人である。



「話がある。こっちに来なさい」



 二人は教員に連れられて、訓練場を後にした。



 放心していた生徒たちはその様子を何も言うことなく見送ったのだが、十数秒後には息を吹き返したように口を開く。

 近くの生徒同士で一斉に、二人の強さへの驚きと称賛を語るために。




◇ ◇ ◇ ◇




「普段はもっと強度の高い訓練をしているのだな?」



 訓練場を出たところで、教員がレンとリシアを連れ歩きながら言った。



「はい。まだ準備運動くらいのつもりでした」


「やれやれ……その言葉も聞けて良かった」



 教員の言葉を不思議に思ったレンとリシアはほぼ同時に小首を傾げた。

 二人は教員に連れられて、訓練場近くにある剣術の教員が使う準備室に足を運ぶ。

 そこで椅子に座らされた二人の前に、教員が同じく腰を下ろした。



「ところで、いいんですか? 俺もちゃんと皆と同じように確認していただいた方が……」


「馬鹿を言うな。あれ以上何を確認すればいいのだ。まったく」



 剣術の教員も二人が剛剣使いであることは聞いていた。二人が足しげく獅子聖庁に通っていることは多くの者が知るため、言うまでもない。中にはレンがリシアの護衛か何かとして通っていると思っている者も少ないようだが、それはさておき。



 剛剣は他の流派と比べて使い手が極端に少ない。

 レンも偶に勘違いしかけるが、獅子聖庁が剛剣技の聖地なだけで外に出れば剛剣使いは滅多にいない。

 この教員も、剛剣使い同士が剣を交わす場面は久しく見ていなかった。

 


「クラウゼルから聞いている。アシュトンは帝国剣術においてもクラウゼルの上をいくそうだな。――――だから二人とは、今後のことを話し合う必要がありそうだ」



 彼は難しい顔を浮かべてそう口にした。


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