黒き騎士たちを率いる者。

 リシアはセーラと買物をして帰るそうだ。

 帝国士官学院は寄り道や買い食いは禁止していない。当然、学院の品位を損なうようなことをすればそれなりの対応はあるが、二人ならそんな心配はいらない。



 それもあって、レンは夕方に一人、鍛冶屋街にあるヴェルリッヒの工房へ足を運んでいた。



「次はレンの身体の成長を考えて防具を作ろうと思っててな」



 ヴェルリッヒには兼ねてから、アスヴァルの角で防具を作ってもらっている。

 レンは時折、その話をするため足を運ぶことがあった。



「悪いな。レンの防具が後回しになってて申し訳ねぇ」


「気にしてないですよ。というか、魔導船レムリアの修理を優先してくれって頼んだのは俺ですし。それにヴェルリッヒさんも言ってたじゃないですか」


「お? 何をだ?」


「次の防具のために、魔物の素材を探してくれてる最中なんですよね?」


「まぁな。だが、ユリシスクソガキにも話をしてやっと手に入るところなんだぜ」


「ってことは、素材が届いたら取り掛かれるんですか?」


「おうとも。待たせた分、炎王ノ籠手に負けないよう頑張らせてもらうからよ。俺様が作る防具に乞うご期待ってわけだ。――――よっしゃ、俺様はそろそろ空中庭園に行ってレムリアを修理するぞ!」



 ヴェルリッヒは子供の頭ほどもありそうな力こぶをもう一方の手で叩き、ニカッと豪快に笑う。


 

「こんな時間から修理するんですか!? もう日暮れですよ!?」


「新しい部品が届くんだ。新しいもんはさっさと見たいってのが男心なのさ」


「なるほど。わかります」



 すぐに頷いたレンがヴェルリッヒと一緒に工房を出た。

 ヴェルリッヒは工房に鍵をして、ふわぁ、と欠伸を漏らしながら大股で歩きはじめる。

 レンがその後ろを追うと、



「そういや、学院はどうだ?」


「普通ですよ。いつも普通に授業を受けてる感じです」


「んだよ、もっとこう……学生らしい話はないのか?」


「逆に聞きますけど、どういう話を期待してたんですか?」


「たとえばほら、剣術の授業とかはどうなんだよ」


「それなら、もうすぐはじまる感じですね」



 入学してすぐはまだはじまっていない授業がいくつかあって、剣術の授業はそのうちの一つだった。

 新入生は意外とすることが多いためである。



「ほーん……でもま、レンは参加しない方がいい気がするが」


「へ? どうしてですか?」


「無駄だろ。お前さんとこの特待クラスは試験で成績を残せば割と問題ないんだし、サボって別の授業の自習でもした方がマシだ」



 日頃、獅子聖庁で剣を振って腕を磨いているレンにとって、剣術の授業は何一つ身につくことがないと言い切れる。

 もちろん、リシアもそうだろう。

 


「いっそのこと、教える側になった方がいいだろうに」


「いやいやいや……教えるのもそれはそれで難しいですよ。ヴェルリッヒさんだって、自分の技術を若い人に教えてくれって国に頼まれたらどうします?」


「がぁーっはっはっはっ! 無理だし無駄だ! 俺様が人にものを教えられるわけがない!」


「実際にどうなるかはわかりませんが、俺も似たようなもんですよ」



 とはいえ、レンは面倒見がいい性格をしている。教える側に立つことに無理がある、とは言い切れなかった。

 しかしながら、学生なのでそうはならないだろうが。

 ふと、ヴェルリッヒが空を見上げて、



「そういやもうすぐだな」



 おもむろに話題を変えた。



マーテル大陸、、、、、、から軍が帰ってくるって話は聞いてるか?」


「いえ、まったく。というか、マーテル大陸にレオメルの軍が遠征してたことも初耳です」



 マーテル大陸はエルフェン大陸の右隣に位置している。

 大陸の規模はエルフェン大陸より小さく、存在する国々の規模もエルフェン大陸の国々と比較にならない小国が多く、紛争が多い大陸だ。



 ゲーム時代は行く機会がなかったため、プレイヤーが得られたのはその情報のみだ。だがレンがこの世界に来てからというもの、試験勉強をはじめとしたいくつかの機会にその他の情報を得ることがあった。

 使われる言語の割合や、人種の割合などの様々なことを。



「それで、どうしてレオメルの軍が派遣されたんですか?」


「マーテル大陸に聖地が派遣した人道支援の一団が、活動する拠点ごと紛争に巻き込まれたんだとよ。それで聖地がレオメルに援軍を頼んだから、レオメルは聖地や、その本境地の銀聖宮ノディアスに恩を売るため軍を派遣したってわけだ」


「おおー……それで、どのくらいの期間派遣されていたんですか?」


「レンがこっちに引っ越してくるちょい前からだったから。一年と十か月ってとこか? 派遣された戦力は数十人規模で、だいたい一小隊のはずだぜ」


「あれ、派遣した戦力ってそれだけなんですね」



 紛争地域にその程度の人数を派遣して何をするのかと思ってしまう。

 しかし、次の言葉を聞いたレンは当たり前のように頷くことになるのだ。



「全員が獅子聖庁の精鋭たちだぞ。ついでだから若干の示威行為も兼ねてるんだろ」


(――――十分じゃん)


「しかも率いていたのが獅子聖庁の長官様、、、だ。あの姐御がいりゃ、たかが小国同士の紛争は一人で十分だったかもしれねぇな。任期が長かったのは、紛争地域での活動の他にも、各国との折衝とかも務めてたからだとさ」



 長官様、という言葉を聞いたレンが一瞬眉を揺らした。



「事情があったとしても、それほどのお方が二年近く国を離れてたんですね」


「んお? 言われてみりゃ確かにそうだな」



 仮にそれが重要な戦争であれば理解できるのだが、そうではないように思える。

 もしかすると、何か隠されていて長期派遣に至った可能性もあるが、話を聞いたばかりのレンは何も想像できなかった。

 ――――何にせよ、気になる話だ。



「ってか、レンは意外と姐御のことを知ってるみたいだな」


「ええ……名前とその強さの噂はかねがね」



 それもゲーム時代の知識でしかないし、もうレンとして生きるうちに薄れた記憶を懸命に思い返しての記憶でしかない。

 明らかなことは、その長官がとんでもない実力者であるということ。

 レンはヴェルリッヒと歩きながら思い返す。

 


 ――――獅子聖庁長官、エステル・オスロエス・ドレイク。



 『死食い』の二つ名を持つレオメル最強の騎士だ。剣王は騎士の立場にないため、事実上彼女が頂点という扱いである。



 彼女がゲームではじめて登場したのは、七英雄の伝説Ⅰの本編終了後だ。

 時系列的には、主人公たちが一年生の冬の話となる。いまのレンの状況に置き換えれば今年の冬だ。

 七英雄の子孫たちはIの段階で全員登場するものの、入学していない一つ下の年代はパーティに加わらない。主人公たちと、一つ上の年代の者でパーティを組んでいた頃のことになる。



 本筋のストーリーをクリアした後は、基本的にサブイベントの消化やレベルを最大に上げること、他には見落としがないかアイテムを探したりする楽しみ方が主だったが、七英雄の伝説はやりこみ要素に富んでいるゲームのため、ちゃんとクリア後にも隠しイベントが用意されていた。



 イベントの発生条件は、七英雄の伝説Iのサブストーリーをすべて終えることだ。

 放課後になってから学院長室の前に足を運ぶと、学院長室の中から彼女の声が聞こえてくる。



『私はそろそろ行く。陛下に呼ばれてるのでな』


『うん。またね、エステル』



 学院長室から姿を見せた者こそ、エステルであった。

 会話の相手がクロノアであることはその声からわかっていたのだが、プレイヤーがエステルの存在を知るのはここがはじめてだ。



 エステルは主人公たちを一瞥してすぐに去ってしまうため、特に会話はなかった。

 イベントの最後には実績〈勇者の末裔〉を得ることができ、七英雄の伝説Iが本当の意味でクリアとなる。

 


 つづく彼女の出番は七英雄の伝説Ⅱでやってくる。

 レン・アシュトンの騒動が勃発して以降、主人公パーティとは別に魔王教やレン・アシュトンを追うようになり、度々顔を合わせて話をするイベントがあった。

 敵にも味方にもならない存在だったが、設定上の強さはとてつもない。

 その力が七英雄の伝説Ⅲで明らかになることを、プレイヤーたちは期待していた。



「レン、急に考え込んでどーしたんだ?」


「すみません。どういうお方なのかと思って考えてました」


「おう、やっぱりそうか。んー……レン、姐御と会ってみてーか?」


「色々と悩ましいところですが、そもそも簡単にお会いできる人じゃない気が――――ん? ヴェルリッヒさんさっきから、何度か姐御って言ってますよね?」


「エステルの姐御は俺様の顧客だしな。帰ったらすぐに俺様のとこにくるだろうし、そうでなくとも、獅子聖庁で会えるんじゃねーか?」



 レンはその話を聞いてきょとんとした後に、なるほどと頷く。

 ヴェルリッヒの腕は言うまでもない。その名工の顧客に獅子聖庁の長官がいることは不思議じゃなかった。



「ま、会えたらしっかり挨拶しとけよな」


「ええ、そうします」



 一つの話題が終わって訪れた十数秒の静寂に、ヴェルリッヒが欠伸を漏らす。

 すると彼は、鍛冶屋街をひやかすような目で見ながら言う。



「鍛冶屋街もまた賑わいはじめんだろうなー。獅子王大祭の時期になるといつもそうなんだぜ」


「あれ、武器とか防具は獅子王大祭の運営が用意してませんでしたっけ」


「そっちはそうだが、来客だ。帝都には有名な鍛冶屋が多いからな」



 ヴェルリッヒが指をさすのはこの鍛冶屋街の中でも、名店に数えられる鍛冶屋が並ぶ通りだ。そこには以前と変わらず学生の姿もないわけではなく、また貴族をはじめとした資産家も多く姿が見られる。早くも国外からの客と思しき者たちが混じっていた。



「賑わってるとこは獅子王大祭でやってくる客向けに、品数を増やしてるって話だぜ。どんだけ働いてんだろうな!」


「稼ぎ時でしょうしね。けど、ヴェルリッヒさんは仕事をしないじゃないですか」


「がぁーっはっはっはっ! レンも俺様をよくわかってきたじゃねぇか! いいぜ! この前作った調理ナイフを後でくれてやる! 打ってみたんだが、考えてみりゃ俺様は自分で料理しねぇからよ!」


「ありがとうございます。きっと料理長さんが喜びます」


「おう! 研いでほしくなったら俺様んとこまで持って来いよな!」



 数日後、クラウゼル家で料理長を務める男がそのナイフを受け取り、あまりの逸品っぷりに驚くのはまた別の話である。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 夜、レオメルへ向かう魔導船が、空を泳ぐように進んでいた。

 途中、幾隻もの魔導船が空中で停泊し、専用のタラップを繋げて人と人が行き来する。



「お待ちしておりました!」 


「お帰りなさいませ! ここより先は、我らがレオメル領空となりますッ!」



 何人もの剛剣使いたちに声を掛けられた、背の高い女性がいた。 

 この場にいないレンの周りには背の高い男性が多かったが、彼女はその男性たちと同じくらい背が高い。髪はとても長く、腰まで届きそうなほど。ボリュームに富んだ緋色スカーレットの髪は気品を感じさせる。

 整った顔立ちに言葉では言い表せない力強さと、剛剣使い特有の凄みを孕ませた女性だ。



 ――――彼女が獅子聖庁長官、エステル・オスロエス・ドレイクだ。

 久方ぶりに彼女を目の当たりにした獅子聖庁の騎士たちは、その迫力につい息を呑んでしまう。

 


「出迎えご苦労。皆がこれよりマーテル大陸へ向かう者らだな」



 エステルは床についてしまいそうなほど長い漆黒の軍服を、見事に着こなす。

 空高き場所に吹く夜風を浴びる彼女は、その軍服を翼のように靡かせていた。



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