学院生活を送りながら。

(まぁ、フィオナ様たちが承諾してくれたらだけど)



 間違いなく杞憂に終わるのだが、レンはそんなことを考えていた。



「実行委員は中立派と皇族派で構成されるわけだな」


「それ、英雄派から何か言われたりしないかな」


「言ってくるものか。レンが思ってるほど実行委員に価値はない。目立つには目立つが、競技に参加することとは比較にならん。わざわざ引き受けたからといって、それで将来に大きな影響があるわけではないのだぞ」



 レンも度々考えたように、将来への影響が皆無なわけではない。

 いい仕事をすれば評価されるが、競技に出て成績を残すことが一番だし、他にも学院内での試験などでいい成績を残す方が何倍もいい。

 だから進んで引き受ける仕事にしては、雑用の面が強すぎた。



「などと話していたら、あそこに英爵家の者がいるな」


「へ? どこ?」


「ほらあそこだ。校庭の隅の木を見てみろ」



 ラディウスが目線で示した先にある、校庭の片隅だった。

 レンはベンチから立ち上がってその方角を見た。



「名前は確かヴェインと言ったか。レンの同級生と一緒にいる男子生徒が、その英爵家の者だ」



 ラディウスに言われた方角を見れば、確かにいた。

 一人はレンと同じ特待クラスに入学を果たしたヴェインその人で、もう一人は、今年二年次になったばかりの上級生。



 名を、カイト・レオナール。



 彼は身長が高く、引き締まった筋肉質な身体つきをしている。この学院の制服はある程度自由に着こなすことが認められており、カイトはスラックスの上にTシャツを一枚着こなすだけの、ラフな格好でそこにいた。



(カイトとヴェインがはじめて会うイベントか)



 ヴェインはこの学院で英爵家の者たちと知り合っていくのだが、最初に知り合うのが一歳年上のカイトだった。彼はとても気持ちのいい男で、何でも笑い飛ばしてくれそうな爽やかな人となりをしている。



 獅子王大祭における武闘大会の決勝戦で、彼を相手にした負けイベントを経て、主人公パーティの仲間入りを果たすのだ。仲間になってからは盾役として活躍する。



 そんなカイトが盾役になるのは、レオナール家の先祖が深く関係している。

 というのも、カイトの先祖である七英雄は大盾で他の七英雄を守ったからである。



「学院の名誉は彼らに任せればいい。英爵家の者たちは、実戦的競技で十分な成績を打ち出してくれるはずだ」



 ラディウスが気にした様子もなく、平然と言った。



「いいの? 派閥争いに影響が出そうなもんだけど」


「出ないとはいわんが、皇族派が後塵を拝するわけではない。弁論をはじめとした分野では特に我らに分があるから、別に目くじらを立てるものではない」


「ああ、得意分野の違いか」


「うむ。先ほど私が誘うと言った者も、前回の獅子王大祭では弁論にて優勝している」


「おぉー、すごい」


「だいたい、生徒が実力を披露する場に貴族の話を持ち込む連中がどうかしているのだ。……この言葉が綺麗ごとであることは、私もわかっているのだがな」



 綺麗ごとと表現したラディウスは自嘲していた。

 つづけて実行委員の話をして、ラディウスの頼もしさを何度も理解させられたレン。

 レンは思っていたより時間が過ぎていたことを知り、



「俺はそろそろいくよ」



 帰るということを口にすれば、ラディウスが「待て」と言って止めた。



「先日のシンリンクライの件だが、私の力や魔道具を駆使して色々と確かめた。しかし魔王教徒の関連はなさそうだ」


「てことは、偶にある例の一つだったって感じか」


「そのようだ。縄張り争いに負けた魔物が海を渡ることもよくある話だ。そうした何かだろうさ」



 レンは「かもね」と素直に頷いて、ひとまず先日の件が大きくなることがなさそうだと安堵した。

 


「また警戒はするとして、他に何かわかったら教えてよ」


「ああ、わかってる」



 二人は今度こそ別れ、レンは屋上を後にした。

 ラディウスと別れたレンは屋上を離れ、学院の出入り口へ通じる廊下へ向かった。

 そこで待っていたリシアがレンを見て笑みを浮かべた。



「お話しできた?」


「はい。ただ、最初は誰か紹介してもらうだけのつもりだったんですが、ラディウス自ら協力してくれることになりました」


「……い、いいの? 第三皇子殿下に手伝ってもらうなんて……」


「俺も最初は戸惑ったんですが、本人が気にするなって何度も言ってたので、大丈夫だと思いますよ」



 レンはあっさり言うが、レンだからこそそう言えることだ。

 父が子爵になって間もないリシアにとっては、すぐにそうですか、と頷くことはできない。

 だがレンとラディウスの仲を思えば、別に不思議に思うこともなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 同じ頃。



「だ・か・らっ! 本当に強いんだってばっ!」



 まだ校庭にいたヴェインと、カイト・レオナール。

 そこへヴェインを迎えに来たセーラが加わった三人が、ある話に花を咲かせていた。



「間違いないの! カイトも入学式で見た、あのレン・アシュトンのことよ! 彼が例の魔王教徒たちを一瞬で倒しちゃったんだってば!」


「んなぁーっはっはっはっ! リオハルドお前馬鹿か? 俺たちと同年代どころか一年次なのに、しかもとんでもない剛剣使いだって? そりゃないぜ! 俺を筆記試験が毎回赤点だからってバカにしてるのか?」


「だから本気で――――ってカイト、毎回赤点なの? よく二年次に進級できたわね」


「他の教科でどうにかしてる! だから父上たちは試験の度にお怒りだけどなッ!」



 セーラとカイトの二人は互いに面識があった。七大英爵家の嫡子たちは皆、互いを名前で呼べるくらいの関りがあったからだ。

 それに一歳しか違わないとあって、特に遠慮なく話せる間柄だった。

 


「話を戻すぜ。まずリオハルドの言い分は無理がある。何よりも剛剣技だっての。あの馬鹿みたいに特殊な流派の技を、俺らと同年代が使えるってか?」


「あたしは何度でも言うわよ。本当にそのくらい強いんだってば」


「そりゃーよ、クラウゼル家の聖女さんならもしくはって思うぜ。けど、そうじゃないんだろ? やっぱり本当かどうかわからねぇ話だ」


「はぁ……もういいわ。行きましょ、ヴェイン」



 すると、セーラはため息交じりにカイトに背を向けた。

 軽い足取りで歩を進め、ヴェインに声を掛ける。



「セ、セーラッ! カイト先輩はいいのか!?」


「あんな脳筋もういいわ。自分の目で見るまで信じないと思うし」



 話を聞き入れてくれないことに飽き飽きして、セーラがつんとそっぽを向いて歩き出す。

 彼女を追ったヴェインとセーラ、その背中に向けてカイトが告げる。

 さっきとさほど変わらない、気の抜けた声だった。



「どうだかな。見ても変わらないだろうぜ」


「あっそ。さすが、自慢の盾ですべてを防ぐって言い張る、レオナール家の人間ね」



 ふと、歩いていたセーラが足を止めた。

 隣を歩くヴェインもそれに倣う。

 すると、セーラはさっきまでと違う、まるで警告ともとれる声音でカイトに言うのだ。



「未だかつて、レオナール家の者が手にした大盾を砕いた者は存在しないわ。それがあなたたちの自慢だったもの。リオハルド家もそれ自体は尊重するし、あたしも尊敬の念を抱いてる」



 カイトに振り向き、ため息交じりに言い放つ。



「いいえ。魔王の剣には砕かれたわね。それを直したんだったかしら」


「い、痛いとこを突くじゃねぇか……」


「馬鹿にしてるわけじゃないからね。レオナールの力が勇者を守り、そのおかげで勇者が魔王を打ち取れたんだもの。ただ、同じようなことが起こらないとも限らないって言ってるだけ」


「……おん? レン・アシュトンが魔王だって話か?」



 あまりにも突拍子のない反応に、ヴェインが思わず吹き出しかけた。

 無論、セーラも唖然としてしまったけど、そんなはずがない。魔王がどうしてクラウゼル家に仕える騎士の末裔で、いまリシアの傍にいるのかという話だ。



「あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて……レン・アシュトンを舐めてると、カイトの大盾が砕かれるかもよってこと」


「や、やっぱり魔王じゃねぇか!」


「はぁ……どうしてそこで、獅子王のような強さを思い浮かべられないの?」


「そりゃお前……うちの先祖が獅子王と戦ったわけじゃないし、別に俺たちは剛剣使いに大盾を砕かれたわけじゃないしな」


「だから、それでも砕かれたらって言ってるんでしょうがっ!」


「セーラ、ちょっと落ち着いて……ほら、深呼吸」



 ヴェインに窘められたセーラが天を仰ぎ見て、言われた通りに呼吸を繰り返す。



「すー……はー……ありがと、ちょっとだけ落ち着いた」



 落ち着いたセーラはこれ以上話すつもりがなかったらしく、さっきまでの興奮を抑えきれていた。

 


「レン・アシュトンがレオナール家の大盾を砕く、はじめての剛剣使いになるかもね」



 度々のこととなるが、セーラはレオナール家を尊重しているし、その力にも敬意を抱いていることは事実だ。

 セーラは自分が目の当たりにしたレンの強さを、はっきりと口にしたかっただけなのだ。彼女はカイトの強さをよく知っていることもあり、舐めるべきではないと告げたかっただけ。



「悪かったよ。俺もちょっと悪ノリしてただけなんだぜ」


「だと思ってたわ。馬鹿みたいに相手を軽んじるような人じゃないものね」


「だがまぁ、驚いてはいるぜ。リオハルドがボロ負けしたっていう聖女よか、レン・アシュトンはもっと強いって言うんだからな。そりゃ、突拍子のない話ってやつだしよ」



 今度はカイトが歩きはじめる。

 彼はふわぁ、と大きな欠伸を漏らしてこの場を後にした。



 

 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、学院にて。



「私で良ければ喜んで」



 レンがフィオナに実行委員の件を話すと、彼女は間髪入れずそう言った。

 眩いほどの可憐な笑みを浮かべて、だった。



 二人がいたのは空き教室だ。

 彼らは空き教室の窓枠に背を預け、春の日差しを背に浴びながら言葉を交わしていた。



「いいんですか? フィオナ様も何らかの競技に出場される予定とかあったら、そっちを優先してくださいね?」


「あっ、それなら平気です。担任の先生には参加してほしいって言われていたんですが、私はあまり興味が無くて」


「ということは、イグナート家のお仕事がある感じですか?」


「ううん。それも特にありませんよ」



 思っていたよりもあっさりとした返事だったことに驚くのと同時に、彼女の助力が得られたことに喜んだレンが「ありがとうございます」と言って笑みを浮かべる。



「珍しいですね。ほとんどの方が競技に参加されるって聞いたんですが」


「あはは……かもしれませんけど、私はレン君とお祭りを――――」



 フィオナは隣に立つレンの横顔を何度も見た。

 彼にバレないようにしていたつもりだけど、不意に目が合ってしまい、僅かに頬を赤らめると慌てて目を反らす。



「ななな、何でもありませんっ! 今年はあまり気分じゃなかったみたいですっ!」


「はは……みたいですって、そんな他人事みたいに仰らなくても。ですがフィオナ様が手伝ってくださるなら、怖いものなしですね」


「ふふっ、ご期待に沿えるように頑張ります。ところで私以外には、レン君とリシア様、第三皇子殿下のお三方だけですか?」


「いえ。ラディウスがもう一人声を掛けてくれます」


「第三皇子殿下が? 私も知ってる人かしら……」


「確かアークハイセ家のご令嬢とか」


「ああ、存じ上げておりますっ! すごい方をお誘いなさってたんですね!」



 フィオナはレンが知らない情報を口にしていく。

 聞けば聞くほど、ラディウスに似て凄い人物だった。

 


「力試しのために一次試験から参加して、最終試験まですべて満点で合格なさったお方ですよ。入学してからも、試験で満点以外取ったことがないらしいです」


「――――すごすぎませんか?」


「私もそう思います。学生会長を辞めてからは、ずっと色んな先生たちにまたやってくれって頼まれてるみたいですね」


「おおー……でも、どうして学生会長を辞めたんでしょう?」


「恐らく、第三皇子殿下がご入学なさったからだと思います。幼い頃からお傍にいたそうですから、学内でもそうするためだったんじゃないでしょうか」



 アークハイセ家の令嬢が学生会長を辞めた理由は、フィオナが想像した通りだ。

 昨年、ラディウスが入学した年はすべてそつなくこなしていたが、やはりラディウスの傍にいる時間を増やそうと思ったら、学生会長の立場は邪魔になる。

 そのため、去年で席を退いていた。



 ちなみにレンはあのラディウスの傍にいるという女性をまだ見たことが無い。

 幸い、話が進むにつれてフィオナの口から見た目なども語られる。



「先祖返りの異人なんですって。お父君とお母君は純血の人ですが、アークハイセ家のご先祖に何人か異人がいらっしゃるそうです。ただ完全な異人ではなく、混血扱いだって聞いたことがありますよ」


「へぇー……先祖返りで種族が変わることもあるんですね」


「でも、ごく稀なんです。後は……普段はお城でも仕事をなさっているって、お父様が言ってました」



 フィオナは学院内で何度か直接顔を合わせたことがあるようだ。

 その一方で、話をしたことはなかった。アークハイセ家の令嬢がラディウスの傍に控えている際は、常に主人たるラディウスを立てることに力を注ぎ、自分から口を開くことはないという。



(俺がラディウスと会うときも遠慮してたのかな)



 レンとラディウスは互いに貴重な男友達同士である。

 ラディウスが言うには、大時計台の騒動などではきちんと動いていたと言うし、やはり少年二人が遊ぶ場には遠慮して顔を出さなかったのだろう。



「ふわぁ……」



 ふと、レンが気の抜けた様子で欠伸をした。

 今日も朝から獅子聖庁で剣を振ってきたからなのか、昼過ぎは若干眠くなってしまう。



「あらあら。今朝も訓練してきたんですか?」


「すみません。だらしない姿を晒してしまいました」


「ううん。頑張ってきたからだと思いますし……」



 隙を見せてくれるということは、以前よりレンが打ち解けたことの証明でもある。

 フィオナはそれを密かに嬉しく思っていた。



「リシア様に神聖魔法を使っていただいたので、これでも回復してる方なんです」


「リシア様は剛剣もすごく上達が早いって聞いてましたのに、神聖魔法もなんですね」


「神聖魔法の方は、剛剣の成長速度を軽く凌駕してますよ。最近はご自分も驚くほどの成長速度みたいです」



 リシアは才能に恵まれた努力家だ。日々、剣の訓練とは別に神聖魔法の練度を高めることにも余念がなく、屋敷でよくその訓練をしている光景を見る。

 彼女は時折、レンも呼んで訓練をすることもあった。

 獅子聖庁での訓練後、リシアがレンに神聖魔法を用いているのも訓練の一環なのだとか。



「――――あの、話は変わりますが」



 と、レンが不意に思いだした言葉を口にする。



「フィオナ様の体調って、あれ以来何もないんですよね?」


「あれ以来って……アスヴァルのときですか?」


「はい。ユリシス様から大丈夫だって話は聞いているので安心してたんですが、最近はどうかなと思って」


「平気ですよ。あれ以来『黒の巫女』のうずくような魔力も消えちゃいましたから」



 ほっと胸を撫で下ろしたレンの横顔を見上げたフィオナ。

 彼が心配してくれたことが嬉しくて、頬が少しだけ赤らんだ。

 空き教室に備え付けられた時計を見たレンが、授業開始時間が迫っていたことに気が付いて、「そろそろ行きますか」と言った。



「また何か進展があったら教えてください。普段は寮にいますから、いつでも来てくださいね」



 二人は空き教室を去り、学内を歩く。

 やがて、彼が進む先からリシアとセーラの二人が現れた。リシアが小走りでレンに近づいて話しかけた姿を見て、



「二人は相変わらず仲がいいのね」



 少し遅れてやってきたセーラが肩をすくめながら二人に話しかける。



「いけない?」


「いいえ、リシアの好きにしたらいいと思ってる。――――ところでレン、ヴェインを見なかった?」


「ヴェインでしたらさっき、二階に向かうのを見ましたよ」


「ありがと。じゃああたしは行くから、二人も授業に遅れないようにね」



 レンとリシアの隣を進んでいくセーラがおもむろに足を止め、振り向いた。



「五月になったら、各種目で獅子王大祭に参加する選手の選考会があるわよね」


「ええ、それがどうかした?」


「どうかしたも何も、もちろん二人は出るのよね? 武闘大会の代表、二人も目指してるんじゃない?」


「ううん。私とレンなら出ないわよ」


「ど、どうして!? あたし、そこで二人と戦えることを楽しみにしてたのにっ!」



 しかし理由を告げるとセーラは「そういうことね」と頷く。

 帝国士官学院の実行委員をやると聞けば、セーラのように競技に参加する者たちにとっては感謝の言葉が一番に出てくる。

 故にセーラもそっと頭を下げてから言う。



「でも、もうすぐ剣術の授業がはじまるから楽しみね」



 この学院の中でも、特に特待クラスは授業選択の自由度が高い。

 普通クラスの生徒たちより選べる科目が多いことに加え、生徒の裁量でどの授業を受けるか決められる幅も広かった。必須とされている単位の取得に問題なければ、自分が伸ばしたい分野に注力できる。

 その内の一つである剣術の授業は、セーラが一番楽しみにしていた授業だった。



「私たちは教室に行きましょ」


「ですね」



 レンはリシアと共に教室へ向かいながら、実行委員のことを話した。

 そして、昼にはその実行委員の立候補が締め切られる。

 予想通りレンをはじめとした五名になったのだが、心配は要らないだろう。一人一人の能力が、同年代と比べてずば抜けているからだ。



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