レンとリシアにとって都合のいい話。

 クロノアが申し訳なさそうに、言い辛そうに。



「毎回、実行委員になりたいって人がまったく見つからなくて……」



 そこまで言ってもらえれば、レンとリシアも多くを理解できる。

 クロノアは二人に協力を頼みたかったのだろう。彼女は懐から新たな紙を取り出して、二人に手渡す。

 そこには、『獅子王大祭準備及び実行委員会について』と記載がある。



「略して実行委員ってことですか」


「うん。レン君の想像通りだよ」



 実行委員と言っても、獅子王大祭全体の運営にかかわるものではない。あくまでも帝国士官学院の諸々を調整する役割だ。

 学内における諸々の折衝や、情報の整理を教員たちと共に担当する仕事を担う。



 獅子王大祭当日も仕事はいくつかあるが、その頃にはそう忙しくないため、レンとリシアの予定を台無しにしてしまうこともなさそう。 



「こういうのって、先生が生徒に伝えて立候補者を募ったりはしないんですか?」


「もちろんそれもあるよ。明日から先生たちにお願いして、数日掛けて募集するんだけど……今年は本当に望み薄かなー。だから二人さえよければ、一度考えて貰えないかなって思って声を掛けたんだよ」



 クロノアが何を言いたかったのか、レンはこの時点で理解しきれていなかった

 同じくリシアもそうで、話を聞きながら不思議に思っていた。



(どうしてだろ。別に全員が競技に参加するわけじゃないのに)



 その答えは数日後、同じ学院長室で放課後に聞くことができる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌々日。

 クロノアが言っていたように実行委員の立候補を待つ期間が設けられたのだが、立候補者はまさかのゼロ人だった。

 それなりに生徒数がいるのにどうして、と思ったレンに、



「うちではみーんな競技に参加する方を選んじゃうのと、実行委員が事務仕事が多いから好まれないのとかもあってねー……」


 

 先日と同じようにソファに座ったレンとリシアに、クロノアが先日と同じような様子で口にした。



「でもこの学院でそうした役職を務めたのなら、卒業後の進路にもいい影響がありそうですが」


「そう! ボクもしばらく前までレン君と同じことを考えてたんだ!」



 力強く言うものの、クロノアの表情は依然として晴れない。



「いい影響があることは事実なんだよ。でもうちの場合、ただ卒業するだけで十分な利点があるから。それなら実際の競技でいい成績を残したい~っ! って思ってくれる子がたくさんってことでさ……」


「そっか、得意な競技の代表になれなかったとしても、人数制限のない競技とかに参加する方がいいってことですね」


「……そういうことだね」



 特待クラスともなればそれが顕著で、わざわざ実行委員を務める理由がないに等しい。

 実行委員を務める以上に自分の価値を示すことのできる場があればこそ、この学院に入学した生徒たちは実行委員に目もくれない――――いいや、正確には他のことに必死なため、実行委員を務める余裕がなかったのだ。



 実際、帝国士官学院の性質を鑑みれば、生徒たちが競技で好成績を残そうと思うことの方が自然なのだ。

 なので生徒たちが間違っているわけでもないということで……。



(クロノアさん、だから俺たちに相談してきたんですね)


(ええ、そうみたい)



 レンとリシアの二人が目配せを交わしてその考えを共有し、苦笑を交わしてからクロノアを見た。

 書類を見たリシアもレンと同じで、獅子王大祭付近にあるクラウゼル家の用事も問題なさそうと思い、返事をレンに委ねた。



「一応聞きたいんですが、普段は何人くらい集めてるんですか?」



 クロノアの身体がゆっくり動く。

 たとえば機械仕掛けの身体であれば、全身の歯車が軋みを上げていそうな鈍い動きだった。



 立ち上がった彼女は春風入り込む窓の前に立つ。

 暖かな風に髪を揺らすたび、彼女の髪から甘い花の香りが広がっていく。



「……十人くらいかなー」 



 ぼそっと呟かれた言葉に、レンとリシアの頬が引きつった。

 それを見ていないのに、二人の反応を感じ取ったクロノアが慌てて二人に振り向いた。



「で、でも大丈夫! 生徒間のやり取りをまとめるのが実行委員の仕事で、たとえば資料の配布とか、最終的な日程の調整とかは全部こっちでするから!」


「でも、俺とリシア様だけだとあと八人ですねー……」



 レンの鋭い……いいや、普通の突っ込み。

 それにつづいてリシアが言う。



「それにクロノア様、今年はこれまでより多くのお客様が国内外からいらっしゃるでしょうから……」


「うん……前回はお客さんを呼ばないで、学生たちの競技だけだったからね」


「え?」



 二人の声を聞くレンの疑問。



「前回の獅子王大祭って、いつもと違ったんですか?」



 レンが知る獅子王大祭は大いに賑わう。

 前に開催されたのは、レンがはじめて帝都に足を運ぶ少し前だったはずだ。ヴェインとセーラの二人も学生の身分でなくとも、その催し事を見て自分たちも頑張ろう、と気持ちを高めるイベントの一つでもあったはず。

 それに加え、ヴェインの覚醒にも関連する重要なそれだった。

 あくまでも七英雄の伝説の話に過ぎないが、自分が知らない展開にレンが首を傾げた。



「バルドル山脈の騒動のせいよ。あの騒動は他の学院にも波及しちゃったから、あの年は念のためにってことで、生徒だけの催し事になってたの」


「ああ、だから当時、レザード様もそうしたことを仰ってなかったんですね」


「そういうこと。今年は事実上、四年ぶりの獅子王大祭って思う人も少なくないみたいね」



 前々回の獅子王大祭にあたる四年前は、レザードがエレンディルを任されて間もないこともあり余裕がなかった。帝都近くのエレンディルもほとんどの宿が満室になるほど賑わうため忙しいのだが、大都市を任されて間もないレザードにすべてを任せるのは酷だった。

 それ故、当時は帝城の文官や他の貴族が分担して、必要な仕事にあたっていたのだとか。



「これはあくまでもボクの予想なんだけど、久しぶりに賑わう獅子王大祭だからこそ、今回は全力で楽しみたいって思う子が多いんだと思う」



 その影響と、この学院の性質が影響して今回は立候補者がいなかった。

 


「言われてみれば確かに。他には競技に参加したりとかで、実行委員を務める余裕がなさそうですしね」


「そう! だから今年の獅子王大祭はこうなるかもって覚悟してんだけど……まさか立候補がゼロ人なんて思わなかったなぁ……」



 そうした事情を鑑みつつ、やはりこの学院の性質を思い返せば理解できる。

 この学院に入学した者は皆、高い目標を抱いていると言ってもいい。厳しい受験を勝ち抜いた目的を考えてみればこそ、仕方のないことだろう。



(それにさっきの話から考えると、レザード様にとって、獅子王大祭の仕事は今回がはじめてみたいなものなんだよな)



 であればレンも協力を惜しむつもりはない。

 自分が実行委員を務めることで、学生の立場だろうと少しでも協力できればいい。そう考えさせられる。

 ここでの仕事の成果は、クラウゼル家の評価にもつながるだろう。



「クロノアさん、今年の獅子王大祭はすごく賑わいそうですね」


「……大丈夫だもん。いざとなったら、ボクが十人分働くからさ」



 現実的ではない話だが、そこはクロノアにもしっかり考えがある。

 クロノアをはじめとした教員たちも手伝えばいいだけで、現に実行委員が足りない際は半分が教員で構成されることもあるのだとか。



 実行委員の仕事は主に諸々のまとめ役にして、生徒たちの代表である。

 だからこそ、あまり教員が入らない方が良いとされている立場なのだが、どうしようもないときは存在してしまうのだ。 

 獅子王大祭の準備ができない、それ以上の失態はないだろう。



(でもクロノアさんって確か、獅子王大祭中に大切な仕事、、、、、ができたとか言って、帝都を離れてたような)



 それがなぜなのかは不明ながら、そんなことがあったなと七英雄の伝説を思い出す。

 しかしそれ以上の情報はないため、ひとまず置いておくことにした。



「リシア様、どうでしょうか?」


「私はクラウゼル家の仕事を手伝ってるし、レンも偶に書類仕事を手伝ってくれてるものね。同年代の子たちよりは書類仕事もできると思う」



 だがそれにしても、もう少し人数を揃えた方がいい。

 特に生徒の代表として振る舞うなら、一年次の自分たちだけでは心もとなかった。



(んー)



 レンはそのことを考えて、どうしたものかと天井を仰ぐ。

 取りあえず一つだけ、実行委員を引き受けることに条件をつけなくてはならないことを思い出した。



「俺とリシア様は引き受けたいと思っています。ですが相談がありまして」



 ユリシスに頼まれていたこと、クラウゼル家の事情を包み隠さずクロノアへ告げる。するとクロノアは、慌てて両手を振って「ご、ごめんね! じゃあ無理しないでっ!」と言った。



「ああいえ、当日は時間をいただければ大丈夫ですので!」


「そうです! 私もレンも、偶に席を外すことさえお許ししただけるなら、是非、お手伝いさせてほしいと思ってるんです!」



 実際、レンとリシアにとって悪くない話なのだ。

 ユリシスの頼みやクラウゼル家の仕事をこなすだけよりは、獅子王大祭にかかわる仕事もしていた方が、二人の将来にだって繋がるだろう。

 名前を売ることや人脈形成にも、一役買うことは疑いようがなかった。



 つまり、競技に対して熱がない二人にとっては得しかない。

 忙しくなることは仕方ないが、日程を調整できる余地さえあればどうってことないと言えたのだ。



「それに実は、裏方の方が楽しそうだなって思う自分がいます」


「私もです。せっかくのお祭りですから、こうして携われるなら嬉しいです」


「こういうのって、準備期間が一番楽しいですしね」



 二人の返事を聞いたクロノアは満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げて感謝した。



(でもこの人数はまずいから、帰りに話してみよ)



 さすがに二人だけでは色々と厳しいため、人を集めたい。

 だが、この数日で立候補者がいなかったということは、もう誰かが名乗りを上げることに期待はできなかった。

 そのためレンはある存在を頭に浮かべ、その存在がまだ帰っていないことを祈った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「というわけなんだけど、誰か紹介してくれたりしない?」 


「わからんな。何故そこで私に頼もうとは思わんのだ」



 レンがラディウスに声を掛けて足を運んだのは、学院の屋上にある庭園だった。

 話を聞くラディウスがレンに向かっていまのように答えたのだ。



「へ? ラディウスに頼んでもいいの?」



 二人は茜色の空を臨みながら話をつづけた。



「どうして疑問に思うのか、私はまずそれがわからんのだが」


「だって第三皇子だし、実行委員を任せるというか頼むのもまずい気がしてた」


「別に関係ないとも」


「そう? でもさ、ラディウスも競技に参加するのかなって」


「興味がないと言えば嘘になるが、獅子王大祭の期間中は私もやることがある。他国からの来賓と語らったり、相手によっては案内することもあるのだぞ」



 ラディウスもそれがあるから実行委員に立候補しなかったし、何らかの競技に参加する気が無かった

 しかし、レンに誘われたなら無下にはできない。

 何度もレンに力を借りた身としては、協力することに迷いはなかった。



「皇族の仕事があるのに、本当に大丈夫?」


「気にするな。常に仕事をしているわけじゃないから、そちらの仕事も十分こなせるさ」



 まずこの男なら、いくら忙しくても完ぺきに仕事をこなしてしまいそうなものだ。

 レンはこれ以上遠慮がちに尋ねることは彼にも悪いと思い、いつもの様子で、



「じゃあ、頼める?」


「任された。これで実行委員は三人だな」


「普段は十人くらい揃えてるって聞いたし、さすがにまだ足りないかな」


「どうだかな。我々なら十分な仕事ができると確信しているが」


(言われてみれば確かに)



 このラディウスがいれば、間違いなく。

 だが戦力は多い方がいいだろう。レンもリシアも手伝えない時間があるから、ここで無責任にすべてをラディウスに任せるつもりはなかった。

 それでもラディウスは一人ですべて片付けてしまいそうなものだが、



(友達としてそれはどうなんだ)



 誘っておいて投げっぱなしなどということはレンも好まない。

 やるならやるで、責任をもって務めたいところだ。



「確か明日の昼が立候補の締め切りだ。現状ゼロ人ということは、我々が動かないと仲間を集められないということになる。とはいえ、フィオナ・イグナートにも声を掛けるのだろう?」


「うん。実はラディウスのとこに来る前に探したんだけど、フィオナ様はもう寮に帰っちゃってたんだ」



 フィオナはあのユリシスの傍で学ぶ令嬢のため、必ず力になってくれるはず。

 が、彼女にはイグナート家の仕事があるかもしれないから、実行委員を務める時間がないかもしれない。

 レンはそのことを気にしていると口にしたのだが、



「何を言ってるんだ。レンが頼んで断られるはずがなかろう」


「いやいやいや、どうしてそう断言できるのさ」


「――――気にするな。いまのはレンに聞こえるようにいった独り言だ」


「それはもう独り言じゃないって……」



 ラディウスはあまり無粋なことは口にせず、それ以上の言葉は呑み込んだ。

 夕方の風を浴びる彼は、レンの言葉に上機嫌に頬を緩める。



「くくっ……何故かあの剣王ですら動いたのだ。レンが頼めば誰もが言うことを聞いてくれるかもしれないぞ」


「いやいやいや、剣王のことこそよくわからないって」



 昨夏、大時計台の騒動の際に力を貸した剣王の真意はいまだ不明だ。

 ラディウスが尋ねても皇帝が尋ねても、ただ一言、『気になったから』以外の返事はなかった。

 皇帝曰く、彼女は何度尋ねようと答えないだろうとのことである。



「後はそうだな、私も一人声を掛けてみよう」



 レンは近くのベンチに座り背もたれに身体を預けた。ラディウスは屋上のフェンスに背を預け、レンの方に身体を向ける。



「友達とか?」


「幼馴染で、昔から私に仕えてくれている者だ。今年、四年次に進級した女生徒になる」



 ラディウスの傍にそんな存在がいただろうか、とレンは記憶を探った。

 レンがこの世界に生まれてからはや十四年が経っているとあって、それ以前の記憶を探ることがここ最近は特に難しい。薄れつつある記憶を懸命に探ってみたところ、ラディウスが言った存在に心当たりはなかった。



 ラディウスは七英雄の伝説Iで死んでしまうため、出番が少なく情報が限られているからだろう。



「アークハイセ伯爵家の令嬢だ。聞いたことはないか?」


「ごめん。ないかも」


「なら教えよう。アークハイセ家は私が生まれる数年前まで英雄派だったのだ。しかし、同派閥内で意見が食い違ったことから、皇族派の一員となった家系でな」


「へぇー……どういう家なの?」


「過去には宰相も輩出している文官の名門だ。現当主は陛下の補佐官を務めていてな。令嬢が私の傍にいる理由がそれだ」



 現当主を含めてそれはもう優秀な文官揃いのようだ。

 道理で派閥を変えても皇族の傍に人を置いていたのだな、とレンが興味を抱く。



「ってか、ラディウスの幼馴染って聞くとなんかすごいな」


「ん? 何故だ?」


「何となくだけど、すっごく優秀な人って印象がある」


「……優秀、まぁ……優秀だ。昨年の大時計台の件でも十分な仕事をしてくれたし、それ以前にも、レンが魔王教徒のアジトを潰す際も私の傍で力を奮ってくれたからな」


「おおー、想像以上にすごい人だった」


「優秀さに限っては文句のつけようがないぞ。昨年はこの学院でも学生会長を務めたから、間違いなく力になる。――――あくまでも、優秀さに限ってだがな」



 ラディウスの言葉には先ほどから妙な一言が多い。

 彼にしては珍しく相手を強く称賛しているというのに、そこに妙な一言が入っていることでレンにも印象を強く刻み込んでいた。

 いったい、どういう女性なのだろう。

 この第三皇子にとって気を置けない存在であることは想像できるのだが……。



「まぁ、色々と個性的なだけで実力はある」


「あ、ああ……りょーかい」



 気になる言葉だらけなものの、ラディウスがこれほどまでに言うのだから、実力は疑う余地がないだろう。



「実質四年ぶりの獅子王大祭とあって、生徒たちの意識が実行委員に向くとは思えん。明日の昼にはこの五人で確定となるだろうさ」



 話を聞くレンもそんな気がして、「そうかも」と頷く。

 例年に比べて半分の人数になりそうだが、レンはそれを不安に思うことはなかった。

 逆に、これなら何一つ問題ないだろうと確信できたほどである。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る