間章

【1巻発売記念SS】秋のはじめの出来事(1)

 いつもアクセスいただきありがとうございます。

 つづく4章をお待たせしているところではございますが、17日に発売する1巻に先立ち、間章のような形でSSを投稿させていただきました。

 全体で3万文字ほどあるのでSSでいいのかと自分でも思わないわけではないのですが、内容的にはSS的な部分が大きいので、表現についてはご容赦いただけますと幸いです。


 1巻発売後の18日まで、4日間に分けて投稿して参りますので、お楽しみいただけますと嬉しいです……!




 ◇ ◇ ◇ ◇




 それは九月に差し掛かった日のことだった。

 エレンディルにあるクラウゼル邸に、帝国士官学院から手紙が届いた。

 レンに宛てたものと、リシアに宛てたものの計二通である。 



 朝の訓練を終えて間もない二人は、それらの手紙を屋敷の庭園で確認した。



「私、合格したみたい」


「俺もです。これでようやく三次試験ですね」


「ええ。後は最終試験で終わりね」



 二人は淡々と言葉を交わしているようで、ちゃんとその顔に笑みを浮かべていた。

 一次試験と違って落ち着いていたのは、二人が自信に満ちていたからだろう。

 彼らが訓練で流した汗をタオルで拭いながら話していたところへ、ヴァイスがやってきて声を掛ける。



「どうやら試験結果が届いたようですな」



 リシアがヴァイスに試験結果を伝えれば、彼はくしゃっと頬を緩めて喜んだ。

 彼はリシアとレンの二人が試験に落ちると思っていなかったものの、実際に合格と聞けば喜ばずにいられない。



「是非、ご当主様にもご報告なさいませ」


「もちろんよ。シャワーを浴びてから、レンと一緒に報告に行こうと思ってたの」



 レンがそこで思い出したように、



「レザード様にご報告したら、俺はちょっと帝都に行こうと思います」


「む、少年、何か用事か?」


「帝国士官学院に行って、三次試験の申込書類を直接提出してくるつもりなんです」


「それなら、途中まで私と一緒に行きましょ」


「あれ? リシア様も帝都に行く用事があったんですか?」



 頷いて応えたリシアには、友人のセーラと会う予定があった。

 リシアとセーラは大時計台の騒動の後もまだ直接顔を合わせられておらず、セーラがリシアを心配してご飯でも――――と誘ってきたそう。



「お昼前に屋敷を出ようと思って。レンはどう? それでも間に合う?」



 レンが「もちろん大丈夫ですよ」と言えば、リシアは嬉しそうに笑っていた。



 

 ◇ ◇ ◇ ◇




 帝都にある小洒落たレストランのテラス席で、二人の令嬢が久方ぶりに顔を合わせた。



「ほんっとに、ほんっっっっとーに心配したんだからね!」



 白いクロスが引かれた丸テーブルに身体を乗り出して、セーラがリシアに顔を近づけながらだった。

 セーラの唐突な振る舞いに、リシアがふぅ、と息を漏らす。



「心配してくれたのは嬉しいわ。でも、私を心配しすぎるあまり、騎士の制止を聞かずに突進しかけたんですって?」


「うぐっ……し、仕方ないじゃないっ! 心配だったんだもの!」


「それはわかってるの。けどセーラは英爵令嬢なんだから、あまり無茶をしたらダメよ」



 同性のセーラも見惚れるほどの笑みを浮かべたリシアが、窘めるような穏やかな口調で言った。

 セーラは若干むすっとするも、いやいや身を引いて椅子に座り直す。



「結局、どうしてあんなことになったの?」


「――――さぁ?」


「さぁ……って。あのね、リシアが何も聞いてないなんてありえないじゃない。第三皇子殿下に、獅子聖庁の騎士たちだっていたのよ? お父様が言うには、あのイグナート侯爵も動いていたかもしれないって話じゃない」



 しかし、リシアはそれ以上答える気がなかった。

 友人のセーラがこれほど自分を心配してくれているのに答えられない事実には、決して無視できない申し訳なさが心に生じた。



 それでも、答えるわけにはいかないのが現実である。

 でもセーラを蔑ろにしたくなかったリシアが、



「クラウゼル家が皇族派の一員になったとかじゃないわ。それは勘違いしないでね」



 自分に答えられることだけセーラに告げた。



「……わかった。私も英爵令嬢だもの。貴族の面倒くささは理解してるつもり」


「ありがと。もう一つ忘れないでほしいのだけど、私はセーラのことを一番の友達だって思ってるからね」


「――――はいはい」



 セーラはぶっきらぼうに言いテーブルに頬杖をついた。ついでに茶が注がれたカップを手に、そっぽを向いて口元に運ぶ。

 リシアが見たセーラの横顔は、照れくさそうに赤らんでいた。



「あ、そういえば」



 不意にそのセーラがリシアに視線を戻す。



「リシアは二次試験、どうだった?」


「無事に合格したわよ」



 残す試験はあと二つ。

 十月中旬頃の三次試験と、年明けすぐの最終試験だ。



「リシアもあたしと同じで、推薦状を使ってないんだっけ」


「あたしと同じって……英爵令嬢のあなたも使ってないの?」


「うん。ヴェインのために推薦状を用意できなかったから、どうせならあたしも一緒に最初から受験しようと思って」



 リシアは久方ぶりに聞いたその名を、セーラの恩人である少年であることを思い返す。



「よくセーラのお父様がお許しになったわね」


「難しいことは難しいけど、最初の方で落ちるなら、推薦状を使ったところで意味がないでしょ?」



 そうかも。

 くすっと笑ったリシア。



「セーラが言う彼も合格だったの?」


「おかげさまでね。そういうリシアの方はどう? リシアより強いっていう子も受験してるんでしょ?」


「こっちも二人揃って合格できたわ」


「それじゃ、特待クラスでどんな子か見れる日も夢物語じゃなさそうね」



 二人が歓談していると、注文した食事が届きはじめた。

 ゆっくり、食事とともに猶も歓談をたのしむこと十数分。



「さっきの話で、ちょっと気になることがあったのよね」



 セーラがそう口にした。



「さっきの話って?」


「ほら、リシアより強い男の子のこと。その子も合格したって聞いたけど、私、多分その子より強い子を知ってるのよね」



 言葉通りに受け取れば、レンよりも強い同年代がいるということだ。

 セーラの口から発せられたからか、リシアはその言葉を与太話と思えず問いかける。



「私たちと同年代で、ってことかしら」


「もちろん。私が実際に目の当たりにしたから間違いないわ」


(……レンより強い同年代なんて、まったく想像がつかないわね)



 リシアはそう思いながら、一応つづきを聞くため耳を傾ける。

 するとセーラは、「私が見たのは先月なんだけどね」と前置きして、



「第三皇子殿下と一緒に馬に乗って現れたのよ。私たちと同年代なことは間違いないと思う。なのに実力のある剛剣使いだったから、間違いなく第三皇子殿下の切り札か何かよ」


「……大時計台の騒動のとき、第三皇子殿下のお傍にいたってこと?」


「そう! 第三皇子殿下と一緒に現れたと思ったら、魔王教徒たちのことを、とんでもない剣技で相手を一掃しちゃったんだから! 私がリシアにぼこぼこにされたとき以上の衝撃だったのよ!」


「ふ、ふぅん……そんなにすごかったんだ」


「すごいどころじゃないわ! あの実力はもしかすると、剛剣技以外なら剣聖級かも!」



 つまり剛剣技における剣豪級だと言いたかった。

 話を聞くリシアは相槌を打ち、驚くふりをしながら思う。



(――――絶対にレンね)



 あの夜のことは自分も説明を受けている。レンがラディウスと行動を共にして、大時計台まで馬で向かったことも聞いていた。

 ここでレン以外を想像する方が難しかったくらいだ。



 恐らくセーラは、リシアと再会した昨年の印象に引っ張られ過ぎている。

 リシアはこの一年で遥かに強くなっているが、レンはそれ以上の化け物じみた速度で強くなっているため、今回のような勘違いにいたったのだろう。



(どうしようかしら)



 誤解を受けている者の正体を自分が知っている。その名はレンという少年なのだと伝えてあげるべきか迷った。

 レンがラディウスの傍で行動していたとあってしり込みする。

 どうせいつか周知のことになろうが、いまここで口にする必要性はない気がした。



「コレ美味しいわよ。リシアも食べてみる?」


「ええ、ちょっとだけ貰おうかしら」



 幸いにも話題が変わったことで、リシアはその流れに従った。



「それにしても、十月の三次試験の前に遠出してパーティなんて、受験勉強の時間が足りなくなっちゃうわよね」



 セーラが少し面倒くさそうに息を吐きながら声に出す。

 話を聞くリシアは英爵家の忙しなさを垣間見た気がした。



「どうしたのよ急に。英爵令嬢なんだから、そんなの慣れっこでしょ?」


「普段ならね。三次試験が無ければ別にいいけど――――ってのはリシアも同じじゃないの?」


「私? どうしてセーラが参加するパーティに私が関係あるのよ」



 首を捻りながらラ返事をしたリシアを見て、セーラがきょとんとした様子でまばたきを繰り返した。



「何言ってるのよ。クラウゼル家も参加するパーティのことに決まってるのに」


「……はい?」


「……もしかして、聞いてないの?」



 何のことかさっぱりだったリシアが「ええ」と頷く。

 しかし、レザードがリシアに伝えるべきだったことを失念していたのではなく、リオハルド家の下に早く連絡が届いていただけだ。



ガルガジア、、、、、でパーティがあるのよ。主催はガルガジア子爵みたい」



 帝都から魔導船で六時間ほどの距離にある町のことだ。

 町の規模はエレンディルより若干小さい。

 七英雄の伝説時代は、主人公ヴェインが足を運ぶことはあっても、サブイベントの消化ばかりで本筋のストーリーにはあまり関係のない場所だった。



「どうしてそのパーティにクラウゼル家が関係してるの?」


「お父様が言うには、ガルガジア子爵が中心になっていた大規模事業の協力者の中に、クラウゼル男爵――――じゃなくて、子爵がいらっしゃったからみたい」


「私のお父様が? 大規模な事業って何のことかしら………」



 疑問を抱きながら呟いたリシアが、「あれかしら」と再び呟く。

 一年前、帝都で開かれたパーティに参加したリシアは、そこでユリシスとフィオナの二人と会うことができた。

 ユリシスがその場でレザードを讃えた功績を思い出して、リシアはそのことだろうと悟った。



「だから私も招待されてると思ったのね」


「そういうこと。クラウゼル家にも近いうちに連絡が届くと思うわ」




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 同日夜、レンとリシアの二人は広間で試験勉強に勤しんでいた。

 レザードがその場に足を運び、二人を労ってからレンに告げる。



「すまないが、レンに頼みたいことがある。実は――――」



 つい先ほど帝都から連絡が届いたらしく、その差出人がラディウスだったようだ。



「可能であれば来月のはじめに、二、三日ほど時間が欲しいと仰せだ。何でも、大時計台の騒動の際に現れた魔物についてとのことだ」


穢空あいうろのタイラントのことですか? 確か燃えかすがいくつかエレンディルに落下した――――みたいな話は聞いてましたけど」



 あの魔物は当時、どうしてか戦列に参加した剣王があっさり屠った。

 町の落下していたのは、その僅かな燃えかすだ。



「第三皇子殿下はその燃えかすを調べていたそうだ。何らかの情報が得られる可能性がゼロじゃないとお考えだったらしく、専門の機関に運ばれたらしい」


「えっと、そこに俺が関係するのはなぜでしょう?」


「せっかくだから、調査結果を一緒に聞きに行かないか、とのお誘いのようだな」


「あー……そういうことでしたか」



 別にそのくらいなら構わない。ただそれらしき場所に足を運ぶだけだろう。

 またいつもレンの自主性を尊重しているレザードも、第三皇子が相手になるとレンに承諾してほしいところだった。

 当然、レンもそうだろうと思っていたし、断る理由もないから、



「わかりました。すぐに返事を用意します。今晩中にでも、誰かに返事を届けてもらった方がいいでしょう」


「助かる。本当にレンには世話になるな」


「いえいえ。いつもお世話になってるのは我がアシュトン家ですから」



 すると、レンの真向かいに座っていたリシアが、



「いまでも不思議な気分になっちゃう。レンが第三皇子殿下のご友人になったなんて」


「俺も常々驚いてます」


「ウソ。レンは夏からずっと、慌てた素振り一つ見せなかったじゃない」


「リシア様のお耳に入る前に驚きすぎたせいですね。俺はあんなでも、結構びっくりしてたんですよ」



 レンは座ったまま肩をすくめ、頬を掻いた。

 彼の傍で、リシアとレザードが顔を見合わせて苦笑した。



 そして、翌日のことだ。

 朝からやってきた客人が、今度は別の手紙を屋敷に置いていく。

 やってきたのは、ガルガジア子爵の使いを名乗る騎士だった。



 どうやらいま話題の子爵、レザードには直接招待状を渡すことにしたらしく、使いを送ったのだという。

 手紙を受け取ったレザードが、リシアと共にした朝食の席で彼女に言う。



「パーティの招待状か」


「私がセーラから聞いていたパーティのことですね」


「そのようだ。十月のはじめに開催すると書いてある」


「十月のはじめ……もしかして、レンは一緒に行けないということでしょうか?」


「うぅむ……どうやらそのようだ……」



 ラディウスにはもう返事をしてしまったから、ここにきてやっぱりなしと言うのは無理がある。

 第三皇子とパーティのどちらが重要かという話は時と場合によるが、おおよそは第三皇子を優先すべきだろう。



 たとえレンとラディウスが友人同士でも、レザードはそうも言ってられない。

 そもそもレザードが、自分の都合で前言撤回させることを好まなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 少しの日々が過ぎ、リシアはレザードとともにエレンディルを離れた。

 空中庭園へ出向いて魔導船に乗り、およそ四時間の距離にあるガルガジアへ向かった。



 ガルガジアはエレンディルほどではなくとも都会の一つで、クラウゼルと比べても遥かに規模が大きい。

 空中庭園と違う、平地に設けられた魔導船乗り場を下りてからリシアが、



「すごい数の魔導船ですね」



 広い平地に所狭しと敷き詰められた石畳の地面と、そこに散見される魔導船の数々。それらの魔導船は地上から僅かに浮かせるか、専用の移動式の鉄塔などに固定することで停泊していた。

 また、魔導船から降りた者が乗るための馬車も見える。



「個人所有の魔導船も多く停まっているな」


「豪奢な馬車も確認できるのはその影響なんですね」


「ああ。恐らくいずれも、一部の貴族か資産家のものだろう」


「私たちも、魔導船を保有した方がよいのでしょうか?」


「所有できれば便利なことは便利だが……どうしても維持費がな……」



 いまのクラウゼル家は決して貧乏ではない。大都市エレンディルを預かっているわけだから、それなりの財力だってある。その財力は年々増していた。

 が、クラウゼル家に個人所有の魔導船を持つ必要があるかというと、



「当家はエレンディルを預かっているとあって、空中庭園の運営に関して一定以上の裁量がある。魔導船の運航にあたって融通も利くから、まだ無理をして保有する必要はないかもしれないな」


「私たちが保有しても、あまり乗ることがないですものね」


「残念なことにな」



 二人が肩をすくめ、苦笑いを交えて話していたところで、



「いつしか、クラウゼルにも魔導船が停まるようになるかもしれませぬ。その際は魔導船があって損は無いと思いますぞ」



 リシアとレザードが地上へ向かうタラップを抜けた先で、一足先に待っていたヴァイスが考えを述べた。

 


「クラウゼルが発展すればこそ、間違いなく必要になりましょう」


「やれやれ。何十年後の話だ? 魔導船乗り場が必要になる規模まで成長するのは」


「この数年の速度で言えば、十年もかからないかもしれませんな」



 クラウゼル家の近年は成長著しく、あのユリシス・イグナートも認めるほど。

 レンという存在も影響して子爵にだってなれた。また、派閥を問わず注目を集めていることから、レザードの有能さは言うまでもなかった。

 此度のパーティに参加することだって、その証明に外ならない。



「ではお二人とも、参りましょう」



 エレンディルとクラウゼル両方の発展を願いながら、一行はこの日、宿泊する宿へ向かうための馬車に乗り移る。

 パーティは明日、日が傾きはじめた頃にはじまる予定だ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 すべての招待客に対して失礼のないよう、ガルガジアで一番の高級宿に皆の部屋が用意されていた。

 レザードとリシアは別室だったが、二人は昼食の場に向かうためレザードの客間にいた。



「最上階のレストランに席を用意していただいているそうだ。昼はそこでいただこう」


「ええ。どういうお料理をいただけるのか楽しみです」



 嬉々とした様子のリシアを見て、レザードも楽しそうに頬を綻ばせた。

 二人は客室を出て、外で待っていた護衛のヴァイスと合流する。

 最上階へ向かう昇降機へ向かった三人は、そこで予期せぬ出会いを果たす。



「リシアっ!?」



 昇降機がやってくるのを待つセーラの姿と、



「おや? そちらはまさか、噂のクラウゼル子爵か?」



 セーラの父、現・リオハルド家当主がそこに居た。

 その男の名はエルク・リオハルド。年のころは三十台も半ばで、セーラと同じ茶髪の背が高い細身の美丈夫だ。

 聖剣技においては剣聖級で、その実力は同流派の中でも上位にいた。



「これはリオハルド英爵。リシアが幼い頃、帝都のパーティでお会いして以来でございます」


「こちらこそ。どうやら同じレストランに向かうようだな。では、途中までご一緒しようじゃないか」



 父の手前、セーラは食事の席を一緒にしたいという言葉を飲み込んだ。



「ねぇリシア、あとで部屋に行ってもいい?」


「えっと……お父様?」


「大丈夫だとも。仕事は私がしておくから、リオハルド嬢のご厚意に甘えなさい」


「甘えるとはとんでもない。そちらの令嬢に甘えているのは、いつもセーラの方だ。――――いいや、甘えるどころか迷惑をかけているといったところか」



 すると、父の言葉を聞いた娘がばつの悪そうな顔を浮かべていた。

 次の句を予想して、逃げたそうにしているように見える。



「リシア殿においては申し訳ない。セーラがやかましかったら、いつでもその旨をセーラに伝えて構わない。直接は言い辛ければ、私に手紙を送ってくれ。娘にはきつくいっておく」


「お、お父様! そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」


「はぁ……だったらリシア殿を見習ってくれ。セーラはお転婆すぎるのだ。来年には弟も生まれるのだから、少しは落ち着いてくれよ」



 話を聞く中で、弟が生まれるとのことにレザードとリシアの二人が驚く。

 リオハルド家に二人目の子ができたことを祝う。こればかりは派閥とは関係のない話だ。

 一頻りその話をした後で、レザードはヴァイスに振り向く。



「うちのリシアも、レンの前ではだいぶお転婆なのだがな」


「……私からはなんとも」



 密かに交わされた会話にヴァイスは何とも言えず茶を濁し、そっぽを向いた。

 一方、リシアは二人が何を話していたのか悟っており、先ほどのセーラのようにばつの悪い表情を浮かべていた。

 彼女も彼女で言い返せなかったので、閉口せざるを得ない。



「よかった。リシアと会えたから、明日のパーティはいつもと違って楽しめそう」



 もうすぐ、昇降機がこの階に停まろうとしていた。



「あら? いつものパーティは楽しくないの?」


「堅苦しいことが多いだけよ。ずっと笑ってないといけないから、パーティが終わったら頬が筋肉痛になっちゃうし」


「そういえば、前もそんなこと言ってたわね」


「うん。だから今回はリシアがいてくれて本当によかった」



 やがて、昇降機が停まって扉が開かれていく。

 ゆっくりと、その中に居た人物の姿をあらわにしはじめた。



「パーティ、楽しみましょうね! 私、リシアが傍に居てくれたらずっと笑え――――」



 ふと、だった。

 それまで愉しそうにしていたセーラの頬が、開かれた昇降機の扉の奥を見て硬直した。一応、笑みを浮かべたまま。

 だけどそれは、まるで一瞬で凍り付いたかのように引き攣っていたのである。



「セーラ?」と首を捻ったリシアが昇降機の中を見て、その理由を悟った。



 昇降機の中に居た一組の男女を見て、これはどうしようもないと思ってしまった。



「――――やぁ!」



 が、セーラの緊張なんてまったく意に介さず、昇降機の中に居た男が笑う。

 彼が連れていた一人の少女は、状況を察して申し訳なさそうにしていた。



「おや? クラウゼル子爵もリオハルド英爵も、乗らないんですか? 最上階のレストランに行くのでは?」



 この場においてただ一人、その男だけは最後までいつもの調子を保っていた。

 レザードはユリシスを前にしても以前ほど緊張しないが、それでも皆無じゃなかったし、急な邂逅には驚いていた。

 七大英爵家が一つ、リオハルド家の現当主も思わず緊張せざるを得なかった。



(……賑やかなパーティになりそうね)



 いや、なんだかんだリシアも落ち着いていた。

 そのリシアは心の内で三家が顔を合わせたこの状況を見て、ひとまずこの場をどうにかしなければと考える。



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