【SS】一年ぶりにお茶を楽しんで。

 例によってSSは、時系列など細かな箇所はあまり気にしない方向でお楽しみください。

(といっても、今回は盗賊騒動前です)


 最近フィオナのイベントが多めですが、リシアのSSもまたご用意させていただきますので、いずれもお楽しみいただけますと幸いです!



 ――――――――――



 ある日、帝都に足を運んでいたレン。



 彼の目が、大きな噴水のある広場を囲むように並んだ屋台に奪われる。

 暖かな飲み物を提供する店に足を運ぼうとしたところで、その近くにフィオナとエドガーが居ることに気が付いた。

 二人は噴水傍にある大きな建物を出てきたところである。



「レ、レン君!?」



 フィオナの白いコートの姿に、彼女の艶やかな黒髪が良く映えていた。驚いたせいで、斜めにかぶっていたベレー帽と胸元のネックレスが僅かに揺れる。

 小走りでレンの傍に近づいた彼女が言う。



「ごめんなさい。お会いできると思ってなかったので、びっくりしちゃいました」


「実は俺もです」


「ふふっ……もう、本当ですか? レン君はすっごく落ち着いてるように見えますよ」


「それも、必死に隠しているってところです」



 本当かどうかわからない惚けた様子に、フィオナはくすっと微笑んだ。



「フィオナ様はどうしてここに? エドガーさんと一緒に、あちらの建物から出ていらしたようですが」


「今日はイグナート家の仕事があったんです。あちらはお父様の仕事と関係のある機関の建物なので、私が代わりに行ってきたんですよ」



 とのこと。

 彼女の傍に控えるエドガーは静かに会釈をして、レンと挨拶を交わす。



「レン様はお買い物でしょうか?」


「ええ。入試のための参考書をそろえに来てました。もう帰るところだったんですが――――」



 ここで会ったのも何かの縁だ。

 もしもフィオナが寮に帰るなら、途中まで送ろうと思った。



「馬車でお帰りとかでなければ、寮までお送りしましょうか」


「……そう言っていただけるのは本当に嬉しいんですが、実はまだ、仕事が残っていて……」



 一度、休憩がてら外の空気を吸いに来ただけのようだ。

 しかしそれを聞いて、控えていたエドガーが「いえ」と口を挟む。



「フィオナ様が成すべき仕事はすべて済みましたので、寮にお帰りいただいて問題ありませんよ」


「で、でも」


「後は些末事ですし、私が主に命じられていた内容に限られます。フィオナ様は一年次の締めくくりとなる試験もありますから、どうかそちらを優先なさいませ」



(そういや、もうそんな時期か)



 もうすぐ進級するフィオナにとって最後の試験がある。

 彼女が成すべき仕事が済んだのなら、もう寮に戻ってその勉強にかかった方が良いだろう。誰もがそう思うはずだ。



「レン様がお傍に居てくださるのであれば、護衛の問題もございません」


「わかりました。では、俺が寮までお送りします」



 フィオナは不必要なまでの遠慮はせず、素直に喜んでいた。

 すると、エドガーはあっさり二人がさっきまでいた建物に戻ってしまい、レンとフィオナの二人が残される。

 二人だけになってしまった彼らは、寮への道に就こうとしたのだが、



「……」



 フィオナの目が、さっきレンが見ていた飲み物を提供する店に向いていた。

 その店から漂う茶の香りに誘われたのだろうか。



「お疲れのようですし、少しいただいていきましょうか」



 レンがそう提案すれば、



「いいんですか?」



 とフィオナが期待に満ちた目でレンを見る。



「仕事終わりのお茶くらい、楽しんだって罰はあたりませんよ。一応聞きたいんですが、ちなみに今日は何時からお仕事されてたんですか?」


「日の出前に起きて、二時間ほど支度をしてからなので――――」


「……お茶くらい飲んで帰りましょうよ」



 それほど早くから仕事をしていたとは恐れ入る。



「ちょっと進んだ先に公園があるので、そこで飲んでから寮に行きましょう」


「あはは……レン君って、ほんと帝都に詳しいんですね」



 二人はすぐに先ほど目についた店へ向かい、店主に「こんにちは」と挨拶された。

 簡素なカウンターに置かれたメニュー表を二人で見る。



(これにしよ)



 そこには茶葉や産地が詳しく書かれている。レンは迷うことなく注文の品を決めた。実は七英雄の時代も注文することできた茶で、僅かに体力が回復する効果がある。

 フィオナは何にするのだろうと思っていたら、



「レン君はどれにしますか?」


「俺はこのお茶にしようと思います」


「じゃあ、私も同じものにします!」



 別にゆっくり選んでもらって良かったのだが、と思いながらもレンはその言葉を口にせず、選んだ茶を二人分頼んだ。

 間もなく注文した茶が二人に渡される。



「おまちどうさん。熱いから気を付けて」


「ありがとうございます。お代、カウンターに置きますね」


「はいよ。またどうぞ」



 茶の代金はレンが支払った。

 当然のようにフィオナに先んじてだったため、フィオナがそれを見て慌てた。



「あ、あのあの! お世話になるんだから、私が出しますよ!」


「俺が出したいだけなんで、気にしないでください」



 いつもの調子で平然と、笑みを浮かべて言われればこれ以上無粋に食い下がることはできなかった。

 フィオナは申し訳なさそうに、でもレンに買ってもらった茶が入ったコップを両手に持つ。



「……ありがとうございます」



 ややはにかんで、可憐な微笑みを浮かべてレンを見上げた。



 ところで、二人が手にしたコップは焼き物のコップでも木のコップでもなければ、紙コップでもない。木の実を半分に割っただけの簡素なコップだ。



 家を建てるために用いられる一般的な木に、その実を成らせる品種がある。

 レオメルの屋台では、その実が使い捨ての容器にされることが多々あった。

 その実はカラカラに乾くと内部が空洞になるため、店主は半分に割るだけでいい。実自体の油分でしばらく水を弾き、なおかつ安価なため、重宝されているようである。

 難点は実の底が丸いため、削らないとテーブルに置けないことくらいだった。



 ……と、そうした豆知識も思い返しながら、レンはフィオナを連れて歩く。



 十分としないうちにたどり着いたのは、路地裏にある小さな公園だ。その公園には屋根付きのテラス席があって、冬場も雪を被らず腰を下ろせる。

 いまは二人の他に、小さな子供たちが雪で遊んでいるだけだった。



「あっ……このお茶、美味しいです」



 ふぅ、ふぅ、と表面を軽く冷ましながら飲むフィオナが両手に握ったカップを口元に運ぶ度に、冬の寒さに湯気が入り混じる。

 彼女の対面に腰を下ろしていたレンも彼女に倣い、暖かい茶を口に含んだ。



(おおー……)



 体力回復の効果をどう実感できるかという話だったけど、意外にもそれが理解できた。

 年が明けても時間があれば獅子聖庁に通っていたこともあり、レンは身体のどこかしらを筋肉痛に見舞われている。それが少し、和らいだ気がした。



「お茶、ゆっくり選んでよかったのに」



 語り掛けるわけでもなく、レンが苦笑して呟いた。

 当然それを聞いたフィオナが言う。



「ううん。私も同じものを飲んでみたかっただけですよ」


「本当ですか?」


「ええ。本当です」



 上機嫌に声を返したフィオナ。

 彼女もその茶の味に満足しているようだから、これでいいのかもしれない。

 レンはそれ以上、深く考えることはしなかった。



 数十秒が過ぎた頃、フィオナが思い出したようにハッとした。

 すると木の実のコップを両手に持ったまま、上目遣いになってレンを見る。



「……あの」



 と、聞きづらそうにしていた。



「はいはい? なんでしょう?」


「バルドル山脈でのことって、まだ覚えていらっしゃいますか?」


「何でしたら、フィオナ様とお会いする前の登山中のことまで覚えてますが、それがどうしました?」



 レンの返事を聞き、フィオナがこほん、と咳払い。



「……私が淹れたお茶のことも?」



 確か吊り橋が崩落した後で、新たな下山道を探していたときだったか。野営中、フィオナが茶を淹れてくれたことをレンは思いだした。

 ちなみに茶の味がとても渋かったことも、同じく思いだす。



「すごくいい香りのお茶でした。いまでもちゃんと思いだせます」


「では、お味は――――」


「美味しかったです。それはもうとんでもなく」


「……ほんとですか? 特に飲みづらいとかは……」


「いえ、まったく」



 明らかにレンが気を遣ってくれていることのわかる、強引且つ間髪入れない返事だった。

 だがレンに嘘を吐く気はない。実際、飲んでいた当時は美味しいと感じたし、渋みは強かったがそれくらいだ。



「私、あれから何度も練習したんです。いつかまた、今度はちゃんと美味しいお茶を淹れられるようにって」



 当然それは、レンに対して。



「前みたいに渋すぎないお茶にならないよう、勉強したんです」


「確かに渋みはありましたけど、別に美味しくないとかでは――――あ」


「し、渋みはあったんじゃないですかっ! 私も自覚はありましたけど! やっぱりそうだったんですねっ!?」


「いえ、ちゃんと美味しかったですからね?」


「でもでも、渋かったのもほんとなんですよね!?」


「……俺は好きな味でした」



 墓穴を掘った後の気遣いに、フィオナが気が付かないはずがない。

 だけど優しい言葉には心温まる思いだったし、そっと視線を外して言ったレンの様子が少し可愛らしくて、彼女の頬も自然と緩んだ。



「ほんと……レン君は優しいんですから」



 その声を口にしたフィオナの頬は、少しだけ赤くなっていた。



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